16 将来は新興宗教の教祖!? それはさておきクリスマスとお正月を楽しみましょう
例年であれば大切だと知りつつも、直近に大きな大会がないので気が緩みがちになる冬。けれど今年は事情が違った。
出場がほぼ決まった春の甲子園で勝ち抜くため、練習は厳しさの一途を辿る――わけではなく、従来と同様の質と量で行われていた。監督曰く、急に頑張ったところで怪我のリスクを増やすだけということらしい。
それでも明確な目的のおかげで部員の気は引き締まっており、約1名の問題児も、裏から手を回して希から激励の言葉を贈ってもらったのでやる気が漲っている。
練習試合も盛況で、わざわざ大学関係者やプロのスカウトも足を運ぶようになった。密着マークを受けているのは、もちろん春也だ。
150kmを超えるストレートにキレのあるスライダー。さらに落差のあるフォークと、緩急の利いたカーブ。どれもがプロで通用し、春と夏の活躍次第ではドラフト1位指名もあると言われていた。
おかげで女性人気もうなぎ上りになるかと思いきや、秋季大会後に盛大にやらかした影響でファンの人数はだいぶ減らしていた。代わりに熱視線を多く集めているのが智希である。
「おーおー、今日も外見しか知らない女子が群れてんなー」
専用グラウンドに入るまでの道に大人数が押し寄せ、学校側が警備員を雇ったほどである。一部関係者以外立ち入り禁止なのでブーイングも凄いが、まだ学生という立場上、キャーキャー言われて浮ついた気分になっても困る。
「なんて建前を学校側は言ってるけど、実際は問題を起こすなってことだよな。ま、智希がそんなことするとは思えねえけど」
「それでも学校は心配なんだろうね。智希君については僕も同意見だけど」
春也と晋悟は、揃ってすぐ後ろを歩く智希を見た。四方八方から名前を呼ばれまくっているが、そのすべてに反応する素振りすらなかった。
「何だ?」
「お前はどんな状況でもいつも通りだよな」
「当たり前だろう。俺の1日は姉さんで始まり、姉さんで終わるんだ。
ところで新しいポスターを部室に貼りたいんだが……」
唐突に出された要望に、晋悟が蒼褪めた顔を大慌てで左右に振った。
「この間、駄目だって監督に怒られたばっかりだよね!?」
「それが解せんのだ。ポスターや写真ならば1年の頃から飾ってただろうが」
「智希君1人の問題だったからね。でも徐々に他の部員まで……最近では1年もそれなりの人数が拝み始めちゃったよね!?」
「うむ、喜ばしいことだな」
「はっはっは、ご神体を褒められれば教祖も上機嫌になるわな」
「春也君も煽らないでくれるかな!? お前らは新興宗教でも作るつもりなのかって、先生方に毎日怒られるのは僕なんだからね!?」
*
雪がチラつくようになれば1年の終わりを感じ、冬休み前最後のイベントとして、高木家でクリスマス会が開催される。大学生や高校生ともなれば彼氏彼女で過ごしたがるものだが、春也たちの場合はほぼ身内でカップルが成立しているため、そのような事態にならなかった。
「それでアタシが、わざわざ美由紀先輩から呼び出し食らったのか」
フライドチキンを貪りながら、智希の母親がげんなりする。秋の1日に学校へ来るよう言われ、職員室で延々と息子への注意を受けたらしい。当時は何を言われているのか詳しく理解できず、つい先ほど春也から改めて事情を聞いたのである。
「授業の前に拝み始めるわ、教室に写真を飾ろうとするわで一時期大変になったしな」
「今は落ち着いたんだろ?」
「いや、明確に禁止されたから地下に潜った」
「今度はレジスタンスでも結成すんのかよ」
ワインで口内の肉を飲み干す智希の母親。やけ食いっぽくなっているのは、春也の気のせいではないだろう。
「似たようなもんになってるな。クリスマスも体育館を借り切って、のぞねーちゃんをゲストに集会を開こうとしたらしい」
「万が一、希が参加しても最初から最後まで寝てるだけだろ」
「だからステージ上でベッドに寝かせたのぞねーちゃんを、1人ずつ花を捧げながら拝んでいくんだと」
「葬式じゃねえか! んなもん開催されてたまるか!」
「そう言って監督と美由紀先生が全力で阻止してた」
マジかと智希の母親は肩を落としたが、直後に怪訝そうに片眉を上げた。
「その割には、美由紀先輩から怒り狂ったLINEがこなかったな」
「智希の1件で、恋人まではいかなくても戦友みたいな絆が生まれたらしい。監督も密かに感謝してたし」
「世の中、何が幸いするかわかんねえな」
「でも喜びすぎた結果、智希にのぞねーちゃんのご利益だって言われて、写真を買いそうになって美由紀先生に蹴り飛ばされてた」
「世の中、何が災いするかわかんねえな……」
色気のない話題を途中で切り上げ、自室で陽向と2人きりになっては面白がる智希の母親に乱入され、それでも全員が宿泊予定だったので隙を見てイチャイチャしたりもした。
おかげで春也には、例年よりもずっと楽しいクリスマス会になった。
*
冬休みに入れば、すぐに大晦日と正月がやってくる。大掃除を手伝い、車で多少遠出して温泉で汗を流し、翌朝は新年の挨拶とともにお年玉を頂戴する。
「新しい筋トレグッズでも買うかな」
「穂月はDVDかな」
姉弟で毎年使い道が同じような気がすると家族に笑われつつも、友人たちが合流すると揃って初詣に出発する。
「真菜も来年には2年生か」
「仲の良い友人と同級生になれればいいのですが、こればかりは自らの希望でどうにもできませんので、今から多少の不安を抱いております」
「うん、相変わらず小学生とは思えねえな」
春也の隣を歩く陽向も、すでに真菜を知ってはいても口元を引き攣らせる。
「俺がこのくらいの時は、碌でもないガキだったけどな」
「ヤンキー気取って、ほっちゃんに遊んで貰うまでぼっちだったの」
「ゆーちゃんは今と違って、おどおどしてて可愛かったけどな」
「敵が迫ってきたの、彼氏らしくゆーちゃんを助けるの」
「盾にしないでもらえますか!? 陽向お姉さんも本気でグーを作ったら駄目ですって!」
「はっはっは、晋悟とゆーねえちゃんもすっかりラブラブだな」
「今のやりとりのどこでそんな感想を抱いたのか、詳しく聞いてもいいかな!?」
微かに涙目の晋悟を放置しつつ、春也は真菜を伴ってお参りする。続いて希と穂月、さらには智希が並んで手を合わせた。
「今年は最後の……じゃねえのか、一応は来年もあるし」
「まあ、ほとんど最後で間違ってねえだろ。俺ともどもな」
春也に追いついてきた陽向が得意気にニヤリとした。
「そういや、まーねえちゃんも4年になるのか」
高校と大学で、卒業年数が異なるからこそ重なった偶然だった。
「そして私は卒業ね。もっとほっちゃんたちと一緒に大学へ通いたかったな」
「ならばそうすればよいではありませんか」
寂しそうに笑う朱華に、智希が励ますでなく単純なことのように言った。
「留年すればいいんですよ。就職先の問題は朱華さんほどの学力があれば、どうとでもなるでしょう」
「一理あるわね……」
「お姉さん!? 正気に戻ってください! 智希君も人の家族を惑わすのは止めてもらえるかな!?」
*
初詣を終えると、タイミングよく日が差してきた。暖冬の影響かまだ雪もほとんど積もっておらず、こうなると体を動かすのが大好きな朱華が真っ先に声を上げ、
「そうだね、お正月から皆で演劇するのもいいよね!」
と穂月が瞳を輝かせる。周囲はとにかく姉に甘いので、流される前に肉親の春也が力任せに結論付ける。
「真菜もいるし、ゴムボールで野球でもするか」
「おー?」
首を傾げても、大学でもソフトボールをするだけ姉も動くのが好きな人間である。すぐに賛成へ回ると、満場一致で春也の意見が採用された。
子供の頃に遊んでいた近所の公園で、春也がピッチャーをやり、真菜が最初の打者になる。夏休み中で春也の祖父母と一緒に甲子園まで応援に来ていたのもあり、ずっと野球に興味を抱いていたみたいだった。
「ボールの軌道がこうで……バットのスイングがこうなので……」
「フッ、理論だけで打てるほどバッティングは甘くねえぞ」
不敵に笑って投じた初球。グリップを指1本分余して握った空バットを真菜が一閃。乾いた音が響き、ゴムボールが瞬く間に外野ポジションにいる晋悟の頭上を越えていく。
「おいおい、簡単に打たれたじゃねえか」
3塁の陽向にからかわれ、春也は思わず苦笑いを顔に張り付けた。
「菜月ちゃんの血も引いてるし、ソフトボールをやったらウチの姉ちゃん以上の選手になるかも」
「ホームランを打った本人は、野球の方に興味津々みたいだけどな」
陽向に言われて打った少女を見ると、瞳をキラキラさせながら簡易ベースを元気よく一周していた。
「春也の代わりに甲子園に出てもらった方がいいんじゃねえか?」
「一躍スターだな。俺がスカウトならドラフト1位確定だ」
「こらこら、自分の子供でもないのに親ばかぶりを発揮しないでよ」
穂月が遊撃にいるので、二塁を守っていた朱華が半笑いで肩を竦めた。
「子供か……」
朱華は冗談のつもりだったのだろうが、春也の心に意外なほど突き刺さった。それを感じ取ったのか、陽向がやや慌てる。
「欲しいとか言い出す気かよ、さすがに早すぎるだろ」
「そうでもないぞ。俺は来年で18になるし、まーねえちゃんも22で大学卒業だ」
「確かにそう先の未来でもねえのか……って、何で結婚前提になってんだよ!?」
「嫌なのか?」
「答え難い質問すんな! ほっちゃん、弟をなんとかしてくれ!」
「おー?」
新しい1年の始まり。毎年同じようでいて、どこか少しずつ違う。そんな1日の空気を目一杯吸い込むと、春也は今年もやってやろうという気になった。




