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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族13 春也の高校編
510/527

13 2年連続の甲子園、春也が見た光景

 春也はふうと小さく息を吐いた。二度目ではあっても、甲子園の開会式は緊張する。特に2年生エースとして、注目を集めているのなら猶更だ。それでも恋人に格好いい姿を見せたい一心で胸を張る。


「後で背中が曲がってたなんて言われたくないしな」


「貴様は阿呆か。情けない姿を見せておいて、母性本能を擽るのも恋愛においては戦略の一つだろう」


「そういう智希は実行しないのか?」


「貴様は阿呆か。姉さんに幻滅されたらどうしてくれる気だ」


「開会式で友達に罠を仕掛けるんじゃねえよ」


 春也が周囲にバレないように軽く歯を剥くと、智希は器用に鼻で嘆息した。


「貴様は三度同じ言葉を繰り返させるつもりか。姉さんと陽向さんでは女性としての特性が違うだろうが」


「なるほど。それはつまりウチの姉ちゃんやゆーねえちゃんにも当てはまるわけか」


「穂月さんは基本的に彼氏の在り方には興味を示さないだろう。むしろ自分ならこうしてたと、見本ならぬ演技をし始めて楽しむ可能性が高い」


 その姿が簡単に想像でき、春也は噴き出しそうになりながらも、対象が実の姉だけに複雑な感情も抱いた。


「とにかく自分が主役になりたがるタイプだからな」


「その分だけ、意外と周囲もよく見ているがな。それに引っ張っていくタイプでもある。わかりやすいリーダー気質とは違うので、気付く人間も少ないだろうが」


「よく見てるな。さすがストーカー免許皆伝だ」


「フッ……そう褒めてくれるな」


「どうして智希にとってストーカーが褒め言葉になるんだよ……っていうか自覚があったのかよ」


「それはさておき、次は悠里さんだが……彼女の場合は仮に晋悟がテレビで醜態を晒せば……」


「……恥をかかせるなって後で怒られるな」


 その場面も簡単に思い浮かべられたので、春也はそれなりに自信を持っていたのだが、


「その可能性もあるだろうが、俺としては爆笑するに票を入れたい」


「あー……それはかなりありそうだ。んで散々笑ったあとに、お前もたまには役に立つことがあるの、とか言いそうだしな」


「うむ。あの人は他人には気弱で受け身な性格が前面に出るが、相手が気の置けない友人だと奥底に眠っていた毒舌と腹黒さが牙を剥くからな」


「迷惑だから永遠に眠らせててほしいもんだな」


「だがそれでは晋悟が悲しむだろう」


「さっきから聞いてれば2人とも真面目に行進しなよ。テレビに映ってたらどうするのかな!?」


「「僕の名前は柳井慎吾ですと自己紹介する」」


「変なところで息ぴったりになるの、やめてくれないかな!?」


   *


「お前ら、行進の最中にお喋りしてやがったろ。バッチリ映ってたぞ」


 初戦の前夜、わざわざ宿舎まで陽向が応援に来てくれた。南高校野球部と多少の縁ができた県大学ソフトボール部の面々も一緒だ。活躍できたら、自分たちと一緒に練習できたからだと言って欲しいと、上目遣いを駆使して宣伝のお願い中だったりするが。


「県大学も年々、ソフトボール部員の数が減っててな。去年あたりはほっちゃんたちの活躍もあって、それなりに増えてたけど」


 春也がそちらを気にしていたからか、陽向が肩を竦めながら教えてくれた。


「なるほど……で、行進中の様子はそんなにはっきり映ってたのか?」


「当時はムーンリーフにお邪魔してたんだが、一緒に見てたほっちゃんバーバが情けないと嘆いていた」


「無様な結果で帰ったらお説教一直線っぽいな」


「のぞちゃんママは大笑いしてたが、好美さんが変な真似をしなきゃいいけどって呟いたら、途端に顔を蒼褪めさせてた」


「智希のことだからな、映っていると知れば全力でのぞねーちゃんにアピールしていた可能性もある」


 相変わらずのシスコン野郎ではあるが、意外にも穂月も大事に思っているらしく、遠征の最中に気に入りそうなプレゼントを選んでいたりなどかなり気を遣っている。


「もしかしたらのぞねーちゃんへの愛情が特別なだけで、ちゃんと異性には恋愛感情を抱けるのかもな」


「智希のアレは家族愛というより、神仏への崇拝にも似ているからな」


 的確な感想に、春也は指をパチンと鳴らした。


「それだ。なんか長年の謎が解けた気分だな」


「試合前に何よりだよ。で、1回戦は大丈夫なんだろうな」


「当たり前だろ。大好きなまーねえちゃんが、わざわざ激励に来てくれたんだぞ。

 ……いや、待てよ」


 わざとらしく、春也は顎を指で挟んで思案顔をする。途端に恋人は何だよと慌て、先を促してくる。


「いいところを見せようとしすぎて、逆に力が入り過ぎてしまうかもしれない」


「おい、それはマズいだろ。まさか……応援に来ない方が良かったのか」


「そんな事態になったら落ち込むから逆効果だな」


「じゃあ、俺にどうしろってんだよ」


 狙い通りに導けた発言に、春也はバレないようにニヤリとする。


「体の力を上手く抜けばいいんだよ。例えば添い寝してくれるとか」


 周りに部員もいるので、さすがに拒否されるだろう。しかしそれは想定の範囲内、高度な要求を最初にしておいて、徐々にハードルを下げていくという交渉術を駆使して最終的には例えほっぺであろうともチューを勝ち取るつもりだった。


「そんなことでいいなら任せとけ」


「だよな、じゃあせめて――え?」


「えって何だよ、お前が望んだんだろ?」


「いや、そうだけど……」


「要するに隣に布団を敷いて寝ればいいんだろ? 今更恥ずかしがる間柄かよ」


「マジで!? 嬉しいけど周りには部員がいるし……さすがにバレたら問題だろ!」


 自分から仕掛けたはずが、予期せぬ展開に大慌てする春也。だからこそ平気なふりをしながらも、陽向が小刻みに震える指をもう片方の手で必死に押さえつけているのに気付けなかった。


   *


 結局、添い寝もほっぺにチューも獲得できなかった翌日。春也は何の罪もない対戦校の打者を、マウンドから親の仇のごとく睨みつけていた。


「ちくしょう……何が乗っていけば最後には俺が慌てて降りるのがわかってただよ。お姉さんぶりやがって」


 男の純情を弄んだ恋人にはあとでしっかり抗議するとして、まずは初戦を突破するのが肝心だ。幸いにして全校応援とは違う知り合いの女子が応援に来てくれている事実に、部員たちのやる気はかつてないほど漲っている。


「おい、そこの投球前からすでに力んでいる阿呆。俺の言いたいことはわかるな」


「平常心だろ、わかってるよ」


「フン、貴様は策を弄するタイプではないのだから、願い事があるなら愚直に頼み込めばいいだろうが。相手もそれをよしとする性格なのだしな」


 陽向から朱華へ、そしてそこから知り合いへと情報は拡散され、春也の無残な敗北ぶりはとっくに知れ渡っていた。


「だったら優勝してから、たっぷりおねだりしてやるさ」


「それもよかろう。だが深呼吸は忘れるなよ」


 力み過ぎて失敗する質なのは、誰よりも春也が自覚しているので素直に頷く。


 智希が捕手のポジションに戻ったのを見てから、センターにいるもう1人の親友を確認する。それだけで嘘みたいに緊張が和らぐのが不思議だった。


「友達っていいもんだよな……アイツらの前じゃ言えねえけど」


 軽く笑って、足場を確認する。去年と変わりないように思えて嬉しくなる。


「戻ってきたんだ……春は来れなかった鬱憤をたっぷり晴らしてやるからな」


 プレイボールの合図に続いて投じた第1球。スピードガンが計測した152kmという球速に場内から大歓声が上がった。


   *


 初戦を春也が2失点の完投勝利で飾ると、あれよあれよという間に南高校は勝ち進んだ。テレビ報道も過熱し、姉が同校のソフトボール部でインターハイ三連覇しているのも紹介され、母親や叔母も同様にインターハイ出場チームの主力だと知られ、アスリート一家だと全国区で有名になった。そのたびに甲子園に出場できなかった父親は肩を落としていたが。


 親族にはプロ野球選手となった宏和もおり、弥が上にも春也への注目は過熱した。おまけに決勝戦まで駒を進めてしまったのだから猶更だ。


「まさか、ここまでくるとはな……」


 見上げるスコアボード。5-1と南高校がリード中ですでに9回裏。背負っている走者もいない。


「何を呆けた顔をしていると言いたいところだが、無駄に力が入っているよりはマシだな」


「智希はこんな時でも緊張感がないんだな」


「フン、このような場面に遭遇することはとっくに想定済みだったからな」


「おい、それって……」


「さっさと試合を終わらせるぞ。俺は早く姉さんに優勝の報告をしたいのだ」


 いつものように鼻を鳴らして遠ざかる背中。それが奇妙な安心感を生み、変な感慨から春也を現実に引き戻した。


 観客席を見れば声を枯らして応援する最愛の女性。大会前に変な画策をしたにもかかわらず、気がつけばあれこれと気を遣ってくれていた。


 両親を始めとした家族にも散々サポートしてもらった。してもし足りない感謝を、今こそ結果で返そうと握ったボールの感触を確かめる。


「力を入れすぎないようにしねえとな」


 薄く笑ってプレートについた土を払う。夏特有の風の香りを肺一杯に吸い込み、真っ直ぐに背中を伸ばす。


「よし、行くか」


 振りかぶり、勢いをつけて腕をしならせる。衰えを見せない直球が小気味良い音を立ててキャッチャーミットに吸い込まれる。


 1球ごとに歓声が大きくなる。震えそうな指先も、キャッチャーマスクの下にある見慣れた顔を見れば落ち着く。


 アウトカウントが1つ2つと増え、そして3つ目が灯された瞬間、球場全体を爆発的な熱気が包み込んだ。

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