6 調子に乗った者の悲劇!? 人の忠告は素直に受け入れた方が良い場合もあります
「はっはっは、いやー、絶好調だな」
強烈な日差しも少しずつ和らいできた日曜日。県外の有力校を招いて行った練習試合に完勝し、春也は有頂天になっていた。
「見えない鼻がどこまでも天高く昇っていくようだな」
「どうとでも言ってくれ、今の俺にはまったく気にならないからな」
呆れるような智希の態度を鼻で笑い、腰に手を当ててグッと胸を張る。監督からもエースとして頼むと直々に言われていた。
「3号先輩も頑張ってるみたいだけど、やっぱり俺がやらないとな」
逆恨み先輩1号こと矢島と、同じ3年生だった2号は国体に出場するため練習こそ続けていても、新チームの主体は春也たちに変わっていた。
「今日の練習試合でも3安打完封、気を抜くわけじゃないけど、中学時代に全国制覇した実力は伊達じゃないって示せただろ」
「矢島先輩も困ってたけど、想像以上の浮かれっぷりだね。マネージャーとしてなんとかしないと……」
「おいおい、マネージャーさんよ、調子の良いエース相手に何をしようっていうのかな。なーんつって」
「……重症だな」
「そうだね、智希君が本気で心配してるくらいだもんね。御子柴さんじゃないけど、早めになんとかした方がいいね」
*
「……で、まーねえちゃんに白羽の矢が立ったわけか」
練習試合での活躍ぶりを全力で家族に報告した夕食後、リビングでの団欒も終えて自室に戻ると、待っていたかのようにスマホが鳴りだした。恋人の名前を見て慌てて出るなり、調子に乗るなと注意されたのである。
そういえばマネージャーや晋悟が何やらこそこそ話していたなと思い出し、先ほどの台詞に繋がった。
「あの女マネージャーが俺を頼るなんてよっぽどだぞ」
「何でだよ。今は矢島先輩と付き合ってんだから、俺のことはもうどうとも思ってないだろ」
「お前に対してはそうでも、俺に対しては違うんだよ。対抗意識とか持っちまってるだろうからな。要するに乙女心は複雑ってことだ」
「そうなのか、俺にはあんまり理解できない世界だな」
春也は素直な感想を告げただけなのだが、何故か電話向こうで首を傾げてるような雰囲気が伝わってきた。
どうしたのかと尋ね、逡巡と思しき沈黙を経て、陽向が答えを教えてくれる。
「俺が乙女だ何だって言うと、大抵、ゆーちゃんが爆笑するからな」
「で、姉ちゃんがフォローしようとして、とどめを刺すんだよな」
「さすが弟、よくわかってるじゃねえか」
悪気のない天然素材でできているのが春也の姉である。子供の頃は今よりも寝てばかりで動かなかった智希の姉の天敵でもあったらしい。
「って、俺のことはどうでもいいんだよ。要するにあんまり調子に乗り過ぎてると足元を掬われるっつー話だ」
「はっはっは、本気で言ってんのか? 晋悟やマネージャーに頼まれたからって、わざわざ気にするふりしなくていいんだぞ。まーねえちゃんの気持ちは俺が誰よりわかってるからな」
「……いや、お前が本気で言ってんのかよ」
「当たり前だろ。まあ、見てろって。秋の大会も軽く優勝を決めて、春には俺の実力でまーねえちゃんを甲子園まで連れてってやるから」
恰好をつけるべく「俺の」を強調しつつ、声でもイケメンを気取ってみる。
「なるほど……道理で俺に頼むわけだ。いいか、春也」
「大丈夫だって。まーねえちゃんの惚れた俺はそんなに弱い男か? 油断も慢心もない実力で、どんな打者もねじ伏せてやるさ!」
「おい、聞けよ!」
「だからまーねえちゃんは俺とのことだけ考えてなって。今度会ったらデートとかしようぜ」
「だから、聞けっつってんだろ!」
結局、この夜の通話は、最後まで話が噛み合わないまま終わった。
*
どうしてこうなった。そう問わずにはいられない秋の1日。マウンドに立つ春也の額には大粒の汗が滲んでいた。
今日も朝から絶好調で、これまでの練習試合と同じく完封してやろうと意気込んでいた。ところが蓋を開けてみれば、5回までで被安打8に4失点と想像もしていなかったスコアになってしまった。
「貴様の阿呆ぶりは衰えることを知らんな」
タイムを取ってマウンドに来た智希に、冷めた目で呆れられる。
「小学生の頃も似たような失敗をしておいて、中学に上がってマシになったかと思いきや、高校で懲りずにやらかすとはな。しかも原因が天狗になったからとは、どんな無様すぎる冗句だ」
「ぐ……返す言葉もない……」
「当たり前だ。晋悟らが散々注意したにも関わらず、聞き流した挙句に大会で醜態を晒してるのだからな」
あまりに厳しい物言いに、さすがに2年生が智希を落ち着かせる。これにより春也に刺さる厳しい視線の量が減った。こっぴどく叱る代わりに、友人が守ってくれたのは考えるまでもなかった。
「ああ……だせえ……」
調子に乗っている時は当たり前のように振舞っていたが、今にして思い返せば完全に痛い奴だ。できるものなら、悶えたくなる言動を繰り返した過去の自分をぶん殴りたい。
「ようやく正気に戻ったみたいで何よりだ。今のままだと貴様が3号と呼んでる控えの方が主力になりそうだったからな」
「うう……ますます何も言い返せねえ……」
自業自得という表現がピッタリ当てはまる現状を招いたのは、他ならぬ春也だ。全部受け入れて、結果で周囲の信頼を勝ち取るしかない。
「わかったら、とっとと心を入れ替えて投げろ」
「そうするよ……くそっ、結局キャーキャー言われて得意になってたってことだろうな。ああ、くそっ!」
もう一度自分に罵声を浴びせ、プレイ再開後に投球動作に入る。しかし冷静になれなければ力が入り過ぎてしまうのは必然で、その後も滅多打ちを食らった挙句に、南高校はコールド負けを喫してしまったのだった。
*
東北大会どころか県予選で、しかも夏ではベスト8に残れば大騒ぎの高校に大差で敗れた。その衝撃は学校だけでなく、県の関係者もザワつかせた。一部では高木は高校で伸び悩んで終わったとまで言われるほどだ。
屈辱極まりないが、文句も言えない日々を過ごす春也だったが、本当にキツいのはここからだった。
「春に応援に行く服はどんなのがいいと思う? 今度のデートで選んでくれよ」
「……本当にすみませんでした」
予想通り、時間ができるなり遊びに来た恋人に、春也は自室で正座の上、深々と頭を下げていた。ほぼ土下座である。
「今から活躍が楽しみで、スマホじゃなくてビデオカメラで撮影しようかなんて考えてんだよ。これから電気店に行くか?」
「マジでもう勘弁してください」
さっきから似たようなやりとりの繰り返しである。最初に心配の電話をくれた以降も、メールやLINEも含めて何度となく注意を受けた。春也はそのすべてに調子に乗りまくりの痛い言動で対応してきた。
「あ、そうだ。俺たちのラブラブっぷりをSNSに上げてもいいか?」
そう言った陽向のスマホから、そうした春也の天狗発言の数々が流れてくる。
「録音してたのかよ!?」
「どうせこうなるだろうと思ってたからな。人の話を聞かない奴にはお仕置きが必要だろ?」
「……ハイ、ソウデスネ」
睨まれればすぐに小さくなるしかない春也だった。
「まさかこの状況で、前みたいに慰めてもらえるなんて思ってなかったよな」
「……けど、これは虐めすぎじゃ……」
「俺についてこいだの、俺と付き合ったのが一生の自慢になるなだの、勘違いしまくった発言をかまされまくった果てに、忠告をすべて無視されたんだぞ? これでも優しく怒ってる方だ」
「……まーねえちゃん」
「捨てられた子犬みたいな目をしても無駄だぞ、演技なのはわかってるしな」
「うう……子供の頃から知ってる相手は厄介すぎる……」
「だからこそ何度も伸びた鼻を矯正しようとしたんだがな」
足を崩し、後ろに手をついて、陽向が天井に長い溜息をぶつける。
「すでに春は絶望的だろうが、もう二度と下手に調子に乗るんじゃねえぞ」
「はい、わかりました」
殊勝に返事をしたあとで、春也は上目遣いで恋人を見つめる。
「ところでその……改めて慰めというか……恋人同士の嗜みというか……」
「あ?」
「はい、我慢します……」
*
心から反省をしたところで、やらかした事実は決して消せないのが現実である。
「調子乗り後輩、ちーっす」
「今日も元気に鼻を伸ばしてるか?」
3号と呼んでいる2年生も加わり、部活になればここぞとばかりに口撃される。
「伸びきってもう折れましたよ! っていうより3号先輩も代わった後、打たれてたじゃないっスか。こういうの五十歩百歩って言うんスよ!」
「はあ!? じゃあ次の試合で勝負だ」
「望むところっス!」
「……コテンパンに負けたあとで、上級生と下級生の距離が縮まるのはさすがに予想外だったかな」
近くで様子を見守っていた晋悟が呟くと、訳知り顔の智希が顎に手を当てて軽く頷いた。
「3号に人を呪わば穴二つと言ってやったからな。それから少しだけ態度が丸くなった。奴らは口も性格も難があるからな、誰かが仲介してやらなければならん。まったく世話が焼ける」
「「お前にだけは言われたくねえよ!」」
同時に叫んだあとで、春也は先輩と一緒にピッチャー用の練習に入る。
「……高木が本調子でないと甲子園は難しいんだ、あんなヘマはもう御免だぞ」
「迷惑かけたっス。けど勝ち抜くには1人じゃ無理っス。優秀なピッチャーが必要なんで、これからもお願いします」
「フン、普段からそういう態度なら文句もないんだがな」
「いや、最初に絡んできたのは高梨先輩方っスよ」
至極もっともな指摘をしたにも関わらず、春也は剥いた目で見られるはめになる。
「お前……俺の名前を覚えてたんだな」
「人を何だと思ってるスか」
「調子乗り後輩」
「反論できない弄りは勘弁してください」
「無理だ。俺もずっと3号先輩だろうしな」
「それもそうっスね」
「そこは否定しとけよ」
ランニングを終えてキャッチボールを済ませ、並んで投球練習に入る。春也のみならず先輩のボールも、いつになく受けてくれる捕手のミットを楽しそうに鳴らした。




