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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族13 春也の高校編
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4 春也の初めての甲子園、力投するエースの背中がとても大きく見えました

「こんなものがあったのか……」


 ズラッと並ぶ地元住民の顔ぶれを前に、春也は口元を引き攣らせた。


 中学時代はグラウンドで関係者に見送られて全国大会に出発した。高校でもそうだとばかり思っていたのだが、やはり甲子園というのは特別な大会だったようである。


「宏和さんの時もやったらしいよ」


 ユニフォーム姿で隣に立っている晋悟が、こっそり春也に耳打ちしてくれた。


「宿泊費なんかも寄付で賄ってるから、どうしても顔見せは必要なんだって」


 野球人口の低下が叫ばれて久しい昨今、逆に人気は上がっているような気がするのがなんとも不思議だった。


「先輩たちの家族も来てるから、なんか照れ臭そうにしてんな。普段は仏頂面ばかりの2号先輩もなんかニヤついてるし」


「聞こえたらまた睨まれるよ」


「そんなことはどうでもいい」


 窘める晋悟を一刀両断したのは春也ではなく、この場で誰よりも憮然としている智希だった。


「何故、姉さんの姿が見えない、これは誰の罠だ」


「単純に眠いから来たくなかっただけだろ」


 大勢に参加してもらうために、いつも利用しているスーパーの出入り口前のスペースを日曜日の今日借り切っているが、姉たちの姿は見受けられない。


「晴れ舞台を見て貰いたい気持ちは一緒だけど、本番はまだ先だしな」


「だから貴様は阿呆なのだ」


 フンと鼻を鳴らし、智希は横目でジロリと春也を睨む。


「見られるのではなく、見ることこそ至高なのだ。ゆえに俺は今からでも姉さんの元へ馳せ参じたい」


「おう、年々ストーカーっぽくなってくな」


「愚か者め、俺は昔からこのままだ」


「そうだったな、警備のために来てるお巡りさんに連行してもらうからちょっと待ってろ」


「2人とも、少しは真面目に壮行会に参加してくれないかな」


 晋悟がいつ誰に気付かれるかと、ヒヤヒヤした様子で春也と智希に小声で注意した。


   *


 監督の号令で3年からバスに乗り込んでいく。壮行会には市長も参加していたので、見送り時にはさらに人数が増えていた。その中でも春也たちの家族は最前列をガッチリとキープしていたが。


「店とか大丈夫なんだろうな……」


 春也が密かに呆れていると、ポケットでスマホが鳴った。確認してみると、陽向からLINEが入っていた。


『頑張ってこいよ』


 その一文だけだったが、実に絶妙なタイミングである。


「もしかして見てたりしてな」


 誰にともなく呟いた直後だった。


『そんなことねえし』


「来てんじゃねえか! しかもすぐ近くにいるんじゃねえか!」


 呟きを拾える距離で建物の陰となると限定されるので、すぐに目当ての女性を見つけることができた。


「まーねえちゃん!」


 いきなり大声を上げた春也を、何事だとばかりに大勢が注目するが、ここは地元。陽向の顔も見つけると、納得したように温かい目を向けるようになる。交際の事実はともかく、昔から仲良くしているのを見ているので、それこそ保護者みたいな立ち位置になってしまうのだろう。


「お、おう、奇遇だな」


「いい加減に観念しなさいよ」


 同行していたらしい朱華が、軽く右手を上げるなり、回れ右をしようとした陽向の肩を捕まえた。


「お姉さんも来てたんですか」


 春也を追いかけてきた晋悟が、路地に差し掛かるところで実姉を見つけて目をパチクリさせる。どうやら陽向たちは誰にも教えずに壮行会を見に来たらしい。


「まーたんがずっとそわそわしてて、練習にならないから皆で――もがっ」


「ほほほっちゃんは何を言ってんだか! そんわけねえし? そんわけねえし!」


 陽向は穂月の口を両手で押さえると、明後日の方を見ながら唾を飛ばして否定する。


「そんな態度だと春也が気にして、甲子園で本来の実力を発揮できなかったりしてね」


「うっ……」


 朱華の指摘を受け、陽向が痛い所を突かれたとばかりに胸を押さえる。


 おかげで穂月の口は友人の手から解放され、暴露大会が再開される。


「穂月にずっと春也のことを聞いてくるし、だったら一緒に行こうかって言ってみたら、いきなり腕を掴まれて電車に乗せられたんだよ」


「はわわ、美由紀先生には絶対に見せられない愛のワンシーンなの!」


 わざとらしく慌てた様子で、悠里が左右を確認する。本人はソフトボール部の顧問がこの場にいるわけないと思っていただろうが、


「久しぶりに顔見たかと思ったら、相変わらず面白いことばかりを言ってるわね」


「ひはいの、ひはいの」


 ぷにぷにほっぺを左右に引っ張られ、涙目になる悠里。高校時代と変わらないやり取りに周囲がほんわかとしている中、陽向がこっそりと春也に耳打ちする。


「応援してるから頑張れよ……できたら観戦にも行くし……」


「おう! 任せとけ!」


 満面の笑みを浮かべ、春也は握り拳を作って見せた。そのすぐ近くでは、智希が凛に背負われた希を、スマホで狂ったように激写していた。


   *


 甲子園での南高校初戦の相手は、過去に一度だけ出場がある高校だった。それだけに今年にかける期待は関係者ともども大きい。


 しかし南高校も負けてはおらず、全校応援を繰り広げるスタンドからは大きな声援が送られていた。


 だが今ばかりは大人しく――というより祈るような静けさに包まれている。


 五回裏。2-2の同点ながら、2アウト満塁のピンチ。マウンドに立っているのは、肩で大きく息をする背番号1。


「らしくないっスよ、なにビクついてんスか」


 ベンチから伝令が走ってくるのに合わせ、春也はマウンドに駆け寄るなり今も逆恨み先輩と呼ぶエースの背中をグラブで軽く叩いた。


「お前と違って俺はデリケートなんだよ」


「だから実力ある1年の前でイキっちゃったんスね」


「その通りだよ、ちくしょうが」


 この場は矢島に任せる。おもいきって投げろ。伝令から伝えられたエースは力強く頷き、軽口を叩き合った春也の背中をお返しとばかりにグラブでポンポンとした。


「才能に嫉妬するだけじゃなく、努力を続けてよかったよ。おかげで甲子園のマウンドで投げられてるんだからな」


「しかもエースとしてね」


「お前、意外と根に持ってるだろ」


「逆恨み後輩っスから」


「ハハ、そうだったな」


 目に力強い輝きが戻ったのを確認し、春也も再びショートにつく。どんな打球にもすぐ反応できるように腰を落とし、中学の頃に比べて大きくなった先輩の背中にエールを送る。


 直後に強い打球音が響く。グラウンドを駆け抜けようとする白球を、しかし春也は横っ飛びでキャッチし、起き上がるなりすぐに2塁へ送球する。


 塁審の右手が上がり、南高校のエースが空気へ叩きつけるように何度も何度も握り拳を振った。


   *


「……に代わり、バッター小山田君」


 7回表、ツーアウト1塁3塁の場面で、代打に送られたのは智希だった。独特極まりない性格ながら打撃技術はチーム随一であり、出場させるためだけに春也が先発の試合はキャッチャーマスクを被り、正捕手の熊先輩がファーストに入るほどだ。


「お、智希の奴、珍しく本気だな」


 左利きながら、希と違うのが気に入らないと右利きに矯正する男が、本来の打力を発揮できる左打席に入った。


 春也の感想に、初めて目の当たりにする監督も「本当だったのか」と頷いた。この時のために、智希は両打になっているのである。それなのに右投手の時も右打席に入るので、事情を知らない対戦相手からは怪訝な目で見られるが。


「なんやかんや言って、あいつも意外とチーム想いだよな」


 誰かが感心するように言った矢先、金属音をお供に痛烈な打球が右中間を深々と割った。


   *


 エースナンバーを背負った矢島は頑張った。けれどその結果、監督は交代時期を遅らせてしまった。


 8回裏、ツーアウト1塁の場面。相手校は下位打線。点差は1点。同点になったら投げさせると言われていた春也は、ショートで空高く舞い上がった白球を眺めることになった。


 地方大会でも本塁打がなかった打者の逆転ツーラン。相手校の応援席は大盛り上がりで、逆に南高校側は悲鳴に包まれた。


 ガックリと肩を落とすエースに春也は声をかけられず、ただボールだけを受け取った。


   *


 3-4。南高校の甲子園は熱戦を繰り広げた1日だけで終わった。


 泣きながら土を集める先輩たちの背中を摩りながら、春也はしかし同じようにはしなかった。来年以降、必ずまた来て借りを返すとただ唇を噛んでいた。


 地元新聞社が撮影するフラッシュを浴びながら、敗者の列を作って球場を後にする。時折聞こえる嗚咽が心に痛みを走らせる。


 宿舎に戻ったチームを出迎えたのは、健闘を称える従業員の拍手だった。その中に見知った顔を見つけ、春也は夕食前に許可を貰って外に出た。


「見に来てくれてたんだな」


 朱華や穂月も同行しているはずなのに、春也と待ち合わせたのは陽向だけだった。普段なら隠れてないか確認するところだが、今日だけはそんな余裕もなかった。


「まあな……」


 言ったきり、陽向が沈黙する。そして、


「泣いていいぞ」


 顔を赤くしながら両手を広げた。


「……何言ってんだ」


「素で返すなよ、俺がアホみたいじゃねえか!」


 よほど恥ずかしかったのか、陽向は涙目だ。自主的にそんなことをするタイプに思えないので、恐らく誰かに唆されたのだろう。


「犯人の本命はゆーねえちゃんで、対抗はあーねえちゃんってとこか?」


「……悪かったな、俺が自分で慰めようとしたんだよ」


 プイッと顔を逸らした陽向を、春也は笑ったりできなかった。ただ伝わってきた優しさに胸が痛くなって、


「ありがとう……」


 お礼を言って、恋人の好意に甘えていた。恥ずかしさはなかった。温もりが心地良くて、勝手に涙が溢れてきた。


「ちくしょう……ちくしょう……」


「ああ、悔しかったな。来年、また……勝負してやろうな」


 頭を撫でる手がどこまでも優しくて、春也は陽向の服をギュッと掴む腕に力を入れ、悲しみを誤魔化すように強く強く抱きしめた。

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