14 色恋に目覚めるクラスメートも多い中、春也は何故か母親連合チームと野球の試合をしました
新しい春を迎え、内装はほぼ同じであっても違う教室にウキウキする。そんな春也のもとに、腰の前で手を組んだ少女がおずおずと声をかけてきた。
「今年は同じクラスだね」
「御子柴もB組だったのか」
「うん、他にも野球部関係が多く集められてるみたい」
「でも担任は芽衣先生だったよな」
「ウチの監督は3年生の担任だし、1年の時に春也君たちを教えてたからじゃないかな」
「その言い方だと、俺たちが問題児っぽく聞こえるぞ」
「違うの?」
可愛らしく首を傾げた少女に苦笑する。
「問題を起こすのは主に智希と晋悟だ」
えっ、とどこからか聞き慣れた大きな声がしたが、気にしないことにする。
「あはは、2年生になっても相変わらずでちょっと安心したよ」
「安心も何も、春休みも練習でちょこちょこ会ってたろ」
「そうなんだけど、監督の補佐や雑用をしてるから話す機会はあまりなかったし」
「マネージャーは大変だな」
「そうよ? 皆の頑張りを陰ながら支えてるんだから、もっと感謝してよね」
「ありがとうございます」
「素直でよろしい、なんて」
また「あはは」とマネージャーが笑ったタイミングで、友人らしき少女が声をかける。会話が一段落するのを待っていたのかもしれない。
「要ー、ラブラブなとこ悪いけど、ちょっといいー?」
「そ、そんなんじゃないから!」
御子柴要が顔を真っ赤にして、両手をブンブン振る。友人らにからかわれ、唇を尖らせる姿もいちいち可愛らしい。短めの髪でボーイッシュな外見なのに、女の子らしい仕草が多いのが人気なのだと、以前に野球部の仲間から教えてもらった記憶がある。
「ごめんね、春也君、友達が呼んでるから行くね」
黒髪を弾ませ、要が少女たちの輪に飛び込む。声をかけてきた友人の肩を軽き叩きつつ、笑顔で何か会話を交わしている。
春也がなんとなく気にしていると、右肩に誰かの手が置かれた。
「相変わらず、マネージャーと仲いいな」
同じ野球部に所属する連中が、ぞろぞろといつの間にか傍に集まっていた。
「お前らも話くらいはするだろ」
「部活のことでな。それ以外で頻繁に話しかけられるのは春也だけだって。
で、御子柴とはどうななんだよ? 付き合ったりしてるのか?」
「んなわけないだろ」
「それは朗報だな。マネージャーを狙ってる部員多いし」
「そうなのか?」
1年の時から同じ野球部に所属しているが、初めて知った春也である。
友人は坊主頭をぺしぺしと叩きつつ、苦笑を浮かべる。
「高木はこういう話にあまり食いつかないからな」
「逆にお前らはこういう話ばかりするのか?」
「そりゃ、中学生にもなれば色々したりしたいじゃん」
色々の部分に力を込めてウインクする坊主頭。本人は爽やかさを演出しているのかもしれないが、正直かなり不気味だったりする。
「そういうもんか」
そう言いつつも、春也自体、春休み中に陽向に告白しているので気持ちはわからなくもなかった。
「けど、女子ってのはめげないよな」
「どういう意味だよ?」
着席したままの春也が目線だけを上げると、やたら恰好をつけるように仲間は肩を竦めて見せた。
「そのままの意味だよ。高木ほどわかりやすい……いや、小山田の方がもっとわかりやすいか……ああ、そっちの話は置いといて、どう見てもお前ってソフト部にいた西野先輩のことが好きじゃん」
「西野?」
「え?」
「え?」
顔を見合わせて、しばらく気まずい沈黙。最初に破ったのは色恋話にやたら熱心な友人の方だった。
「ほら、あの茶髪でヤンキーっぽいポニーテールの……」
「ああ、まーねえちゃんのことか。そういや西野って名字だったか、呼ぶことないから忘れてたわ」
「お前な……間違えたかと思って焦っただろ。
とりあえず話を戻すけど、その西野先輩に惚れてるのが丸わかりなのに、めげずに高木にアプローチしまくってるじゃん」
女子に声をかけられる回数は、今にも複数の女子に囲まれて雑談をしている晋悟に続いて多い自負がある。感情の機微に鈍い方だとは思うが、小学生時代に比べるとかなりマシにもなっていた。
「まあな……告白されても好きな人がいるって断ってるんだけどな」
「一縷の望みってやつに懸けてるんだろ。乙女心ってやつだ」
「つーか、お前ってそんな語る奴だったか?」
「恋は男を雄弁にするのさ」
芝居がかった動作で両手を広げる友人。春也はなんとなく演技好きな姉が見れば喜ぶだろうなと思った。
「お前が誰を好きでもいいけど、間違いだけは起こすなよ」
「もちろんだ……っていうより、俺より先に注意すべき奴がいるだろ」
2人して、デジカメでプリントアウトした姉の写真を熱心に凝視する智希に視線を向ける。なんとも言えない微妙な空気が場を支配した。
*
「……何でこんなことになってんだ?」
春也はグラウンドにあるベンチで、マウンドに立つ母親に頬を引き攣らせた。
「原因は春也君だって聞いてるけど?」
隣でグラブの調整をしていた晋悟がジト目を向けてくる。
「俺のせいじゃねえよ。晩飯の時にあーねえちゃんの引退試合のことをからかったら、ムキになりだして俺にも試合してみろって言ってきやがったんだよ」
その試合では春也たちも助っ人で参戦していたが、種目がソフトボールだったので実力を発揮できなかっただけと言い訳できた。姉の穂月はそれが気に入らなかったらしい。
「で、気がついたら野球で試合をすることになってたと」
「許可する監督も監督だよな」
保護者チームの中心である智希の母親が、姉たちが中学生の頃にソフトボール部のコーチをしていた関係で、教職員に顔見知りが多かったのも幸いというか災いした。
加えてチームメイトは小学生からの付き合いが多い。こうした事態にも慣れっこで、嫌がるどころか張り切っている。
1名だけはつまらなさそうにぶちぶち言っているが。
「姉さんが観戦に来ない試合など、どこにやる意味がある」
「おう、それを言ったら大会自体に意味がなくなるな」
「その通りだ!」
「胸を張って言わないでくれるかな!? こういう会話が監督に耳に入ると、決まって僕が怒られるんだからね!?」
若干涙目の晋悟を放置して、春也は集まりだしているギャラリーを見る。
「なんでこんなに人が多いんだよ。誰か宣伝でもしたのか?」
「ユニフォームを着た大人の女性がぞろぞろグラウンドに集まってれば、注目されて当然だと思うよ。それに春也君のママは有名だしね」
地元では知らない人間がいないと言っても過言ではないムーンリーフ。そこの店長をしているだけあって、面識のある生徒は多い。
「にしてもわざわざ休みの日に、息子の学校まで野球をしに来るかね」
ムーンリーフは母親の方針で週に1日定休日が設けられている。2号店も同じ曜日に休んでいるので、こうした集まりも可能になる。店も友人付き合いも大切にしている葉月らしいと周囲には好評だったりする。
「ま、とりあえず試合してやるか。先輩たちもその気だし、ボコボコにされてねえちゃんにからかわれるのも嫌だしな」
*
所詮はソフトボールの、しかもかなり前に引退した投手。野球部に蔓延していた油断が思わぬ苦戦を招いた。
「嘘だろ……高木の母ちゃんの真っ直ぐ、120キロを超えてるぞ」
「カーブの変化もエグいし……下手したら息子より活躍してくれるんじゃねえか」
「ちょっと、先輩たち、さすがにそれはないでしょ!」
抗議する春也だったが、絶対にないとは言い切れない。中学生から見るとかなりのレベルだし、何よりコントロールが抜群なのだ。考えてみれば娘は小、中、高と全国制覇をしたソフトボール部の主力であり、息子の春也もまた全国大会出場の経験がある地元でも名の知れた選手だったりする。
「確かにママの実力を侮ってた、でもそれ以上に問題なのは……」
「ソフトボールでも野球でも関係ない智希君のママだね……」
さすがにバッティングは苦戦する母親チームの中で、主戦を務める3年生の投手から2打席連続本塁打をぶちかましたのである。
「おかげで春の大会を前に自信を失ってるじゃねえか……」
「次の回からは春也君の出番になりそうだね」
「ま、軽く抑えてやるさ」
*
などと軽く言っておいて打たれる……などという悲劇を迎えることもなく、春也は対峙した実希子をなんとか三振にした。あわやホームランかというファールを2つも打たれたので勝った気は全然しなかったが。
それでも当の実希子はさすが中学生だと嬉しそうに笑っていた。もう敵わなくなるなと試合後に頭を軽く叩かれ、妙に誇らしい気分になったのは秘密だ。
「そういうわけで俺はきっちり活躍したぞ」
夕食の席で自慢げに胸を張ると、すかさず隣に座る姉からジト目を向けられる。
「でも試合には負けたんだよね」
「うぐっ……」
早速言葉に詰まる春也。指摘された通り、試合自体は3対2で負けてしまった。交代した春也が追加点を防いでも、打線が葉月、愛花の継投になかなか対応できず、7回裏に2点を返すのが精一杯だったのである。
本当は9回までやりたかったが、母親チームの主力は40代も後半なので無理をさせられなかった。むしろ7回までよく持った方だ。1人だけ最後まで元気な選手もいたが。
「でも春也が想像以上に凄くなってて驚いたよ。これも和也君との秘密特訓の成果なのかな」
「えっ、ママ、知ってたの!?」
「むしろ同じ家に住んでて、今まで知られてなかったと思ってた方が驚きだよ……」
「それもそうか。でも俺はもっと凄くなるぞ。目指してるのはプロだからな」
「うん、春也ならきっとなれるよ」
家族から温かい応援の言葉を貰い、春也は明日からも部活を頑張ろうと、テーブルの上で強く拳を握った。




