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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族12 さらに孫たちの学生時代編
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4 出る杭は打たれる!? 春也を襲う上級生の理不尽な嫉妬

 ブルペンから投げ込む直球は自画自賛したくなるほどだった。ドヤ顔で胸を張る春也にマスクの奥で苦笑しつつも、熊先輩がボールを返してくれる。


「ナイスピッチ。当たり前だけど、俺がいた頃よりもずっと成長してるな」


「つーか、成長しすぎだろ。俺からエースナンバー奪う気かよ」


 隣でも先輩の1人が苦笑していた。小学校時代も同じチームで、共に頑張って全国大会まで行った仲である。熊先輩も含めて中学でも一緒というだけで、かなり心強かった。


「1年でエースで4番とかだったら恰好いいっスね。4番は熊先輩がいるし、さすがに無理だろうけど」


「なんだなんだ、恰好つけて気を惹きたい女でもいんのか?」


 からかうようなエースに、春也は白い歯を見せる。


「姉ちゃんの1つ上のまーねえちゃんです」


「まーねえちゃん?」


「多分だけど、西野陽向先輩のことじゃねえかな」


「あのおっかない人か! お前、度胸あんな」


 陽向はかなりの有名人だったらしく、熊先輩に補足されたエースが口をあんぐりさせた。


「ああ見えて寂しがりだったりもするんスよ。本人の前で言うとヘッドロック決められるっスけど」


「やっぱり度胸あるって。でも、確かに美人だったもんな。俺らが1年の時に、OGとしてお前の姉ちゃんとこに来てたぞ」


「あの外見で人見知りするっスからね。友達いないんスよ。本人の前で言うと、挙動不審になってめっちゃ強がるっスけど」


「お喋りはそのくらいにしとけ。監督にどやされるぞ」


 熊先輩が緩んだ場の空気を引き締め、今度はエースの球を受けるべく場所を変わる。代わりに春也の投球を受けてくれるのは智希だ。こちらも晋悟ともども主力候補として期待されている。


「よっしゃ、いくぞ智希。俺たちの中学伝説の始まりだ」


「何を言ってるんだ、貴様は。姉さんがいないんだからとっくに終わってるに決まってるだろう。さっさと高校伝説に進めろ」


「その頃には姉ちゃんたちは大学伝説になってるかもだけどな」


「チッ、やはり飛び級して今から南高校に通うしかないか」


「お前も本当に相変わらずだよな」


 当たり前にプロテクターを外そうとする智希を、呆れ顔の熊先輩が昔を思い出すような動きで即座に取り押さえた。


   *


「お前、あんま調子乗ってんなよ」


 練習終わりに用具の後片付けをしていると、いきなり肩を強く押された。そんなことをされる訳がわからず一瞬呆けてしまったが、すぐに怒りがこみ上げてくる。


「別に調子になんて乗ってないっスけど」


 別の小学校出身だったのだろう。顔も知らない先輩を春也は正面から睨みつけた。


「それが調子に乗ってるってんだよ。1年のくせに3年相手に生意気だぞ」


 掴みかかられそうだったので、春也は素早く避ける。後輩だからといって、理不尽な暴力に晒される理由などなかった。


「意味わかんないスけど」


 上級生だとわかっていても、非がないのに絡まれると腹が立つ。威圧するように前に出ると、相手は怯むのではなくさらに目を吊り上げた。


「待ってください。暴力事件なんて起こしたら問題になりますよ!」


 こちらの様子を窺っていたのか、晋悟が一触即発になったタイミングで慌てて割って入ってきた。


「そういや、お前もイキがってたよな。1年のくせに3年を差し置いてポジション取ろうってのか? ああ!?」


 凄んできた先輩の剣幕に、まあまあと両手を前に出しつつ晋悟が上体を反らす。なんとか相手の敵意を解消させようと、愛想笑いまで浮かべる。


「何をしているんだ、貴様らは。さっさと片付けを終わらせねば姉さんの元へ帰れぬではないか」


 そこに智希までやってきたのだから、事態がさらにややこしくなりそうな様相を見せる。


「ハッ、お前も仲間だったな。ガキの頃にたまたま良い成績出したからって、調子に乗られるとこっちが迷惑すんだよ。3年にとっては春も夏も最後になるんだ。黙って大人しくしてろ」


「良いことを言うじゃないか」


 相手の睨みを軽く受け流し、逆に肩に手を置いてみたりする智希。


「俺も常々そう思っていたんだが、あの熊やら監督やらが姉さんの所に行かせてくれんのだ。貴様からも是非、強く言ってやってくれ。何なら、今から一緒に行こうではないか! さあ、早く着替えるがいい!」


「チッ、離せよ! 今日はこれくらいにしといてやるけど、これ以上調子に乗るようならマジでシメるからな!」


 後ろに控えていた仲間に顎で合図し、先輩が部室へと歩いていく。その背中が小さくなったところで、春也はずっと頭にあった感想を零す。


「捨て台詞も含めて、どこぞのチンピラみたいな先輩だったな」


「その通りだと思うけど、間違っても本人の前で言わないでね!? 絶対に問題になるから!」


「だが問題を起こせば廃部になって、放課後はいつでも姉さんに会いに行けるようになるぞ」


「その前に智希君が、お母さんや希お姉さんからたくさん怒られるからね!? 絶対に止めようね!?」


「むう……ならば仕方あるまい。あんな阿呆の戯言を気にしてないで、片付けを続けるぞ。俺はとっとと姉さんのところに帰りたいんだ」


 家と言わずに姉というのが、とても智希らしかった。だが春也の荒みそうな心を潤してくれたのは間違いない。


「だな。けど小学校の時はあんな先輩いなかったからビックリしたぜ。今でもあんな昔の漫画みたいなことが起きるんだな」


「あの先輩は確か控え投手だったはずだよ。今日は春也君がブルペンに入ったから、グラウンドでランニングとかキャッチボールをしてたみたい」


「てことは俺にポジションを取られそうだから絡んできたってことか? マジかよ。そんな暇あんなら練習して実力を高めればいいだろ」


「世の中にはそう考えない人もいるってことだよ。あまり酷くなるようなら監督や熊先輩に報告するから、春也君も短気を起こさずに僕に教えてね」


「ああ、わかった」


   *


「中学に上がると球速も勝手に伸びんのかな。絶好調だったぜ」


 日曜日の夕方。自校のグラウンドでは先ほどまで練習試合が行われていた。最初は主力チーム同士で、その後に1年生同士で対戦した。地区のライバルでもあるので、両校の監督がお互いに相手の戦力を確かめようとしたのである。


「球速云々はわからないけど、確かに調子は良かったみたいだね。去年まで手こずってた打者もいたのに、今日は簡単に三振させてたし」


「だろ? でもそういう晋悟も2安打したじゃねえか。しかもそのうちの1本は自慢の足でレフト前を2塁打にしてたろ」


「あれは相手守備がもたついてたからね。だけど思ってたよりギリギリのタイミングになっちゃったから焦ったよ。お姉さんに見られてたら間違いなく夜にお説教コースだから、その場で応援に来てないか確認しちゃった」


「あーねえちゃん、晋悟には厳しいもんな」


 などと笑いながら後片付けを終えようとしたタイミングで、またしても例の先輩が絡んできた。


「同じ1年相手にたまたま活躍したからって、ずいぶん得意そうにしてんじゃねえか。さっさと片付けもできない無能がよ!」


 春也は鬱陶しく思いながらも、面倒事は避けて欲しいと晋悟に頼まれているので軽く会釈だけしてこの場を離れようとした。


 だが直後に背中を衝撃が襲い、グラウンドに倒される。何事かと確認すると数人の3年が笑っていた。最初に絡んできた部員に蹴られたのだと判明する。


「何をしてるんですか! これは問題になりますよ!」


「お前らが黙ってりゃいいんだよ。それともやり返してみるか? 殴るなら顔にしろよ。暴力振るわれたってチクりやすいからな」


 ニヤニヤした顔を晋悟に差し出しながら、その先輩はずっと春也を睨み続けていた。


「ちょっと球が速いだけで偉そうにしてんじゃねえよ! こっちはな、3年間頑張って練習してきたんだ! てめえみたいなのに勝手に割り込まれると迷惑なんだよ! わかったらとっとと部を辞めろ。じゃねえと腕を折るぞ」


「やってみろ、クソ野郎」


 頭にきた春也が起き上がる前に、そう言って上級生の胸倉を掴んだのは先ほどまで少し離れてグラウンドを整備していた智希だった。


「実力で敵わないから暴力に訴えるゴミ虫が。調子に乗ってるのは貴様だろう」


「ああ、やる気か、てめえ!」


「上等だ。俺の友に手を出したこと、その身をもって後悔しろ」


 目が光ったかどうかは不明だが、握力を強めた智希があろうことか上級生の首を掴んで片手で持ち上げてしまった。


 あっという間に窒息しかけて苦悶する3年。仲間が慌てて助けようとするも、智希にひと睨みされただけで動きを止めてしまった。


「春也の腕を折るとか言ったな。なら俺はそんな真似ができないように貴様の首を折ってやるとしよう」


「待て! それはさすがにマズイって!」


「そうだよ! 殺人者になったら希お姉さんに会えなくなっちゃうよ!」


 春也に続いて、晋悟もようやく我に返って慌てて智希を止める。


 その智希はあっさりと上級生を解放すると、春也たちを振り返り、


「冗談だ」


「心臓に悪すぎだよ!? 本気にしか見えなかったからね!?」


 晋悟が智希に追撃させないよう話しかけてる間に、春也は座り込んで咳をする上級生を見下ろした。


「気持ちはわかるっスけど、だからって後輩を脅したり、蹴り入れたりとかダサすぎでしょ。先輩らしく野球の実力を見せてくださいよ」


「てめえ……いい気になるなよ……!」


 歯軋りしながらも、智希の実力を恐れたのか、それきり上級生は連れ立って逃げていった。


   *


 紅白試合のマウンドに立たせてもらった春也は、歯を食いしばって腕を振る。対峙するのは上級生ばかりだが、恐れることなく立ち向かう。


 実力で劣っていたとしても、気迫では負けてなるものかと、数日前の練習試合後に絡んできた3年の一味も三振にしてやった。


 そして智希はといえば、春也とバッテリーになった白組の4番を務め、例の3年のストレートをいともあっさり本塁打に仕留めた。


「春也、遠慮する必要はないぞ」


 智希に捕手を任せ、この試合では白組の1塁に入っていた熊先輩が、ベンチで唐突にそんなことを言い出した。春也が目をパチクリさせていると、巨体を揺らして苦笑した。


「柳井から聞いた。矢島が迷惑かけたんだってな」


「矢島?」


「今、マウンドにいるアイツだよ」


「ああ、逆恨み先輩っスね」


「……そうだ。確かに奴の言い分もわからなくはないが、だからといって暴力に訴えるなど言語道断だ。俺がキツく言っておいたが、まだ何かするようなら部を辞めさせるから、すぐに教えてくれ」


「そこまでする必要もないっスよ。それに逆恨み先輩が上手くなれば、問題は解決するっスから」


 当たり前に言った春也に、何故か熊先輩は笑顔に混じる苦味を強めた。


「そう簡単に言えるところに嫉妬したんだろうな。持たざる者はどんなに望んでも高く飛べないんだ」


「そんなもんスかね」


「そんなもんだ。でも努力は無駄にならないと俺は考えてる。矢島もそう思って頑張ってくれるように、色々と面倒を見るつもりだよ」


 そう言った熊先輩はまさに主将で、不覚にも春也は少しだけ恰好いいと思ってしまった。


 そしてこの日以降、3年による春也たちへの理不尽な文句はなくなった。

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