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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族12 さらに孫たちの学生時代編
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3 高校では部活の掛け持ち禁止!? どうなる穂月と演劇部とソフトボール部

 無事に入学式を終え、旧友との親交を温めれば、次は高校生活を彩るための準備に入る。その1つが部活だった。


 今回も演劇部とソフトボール部を掛け持ちしようと、意気揚々と入部届を貰いに行った穂月だったが、職員室で想定外の事実に直面する。


「今現在の南高校では部活の掛け持ちが認められてないのよ」


 穂月の情報をある程度知っていたからか、座っている椅子を回転させ、穂月を見上げた美由紀はとても申し訳なさそうだった。


「だから高校ではソフトボール部一筋で――」


「――じゃあ、皆とソフトボールできなくなっちゃうんだ」


「え?」


「え?」


 お互いの瞳に相手の顔が映ること数秒。奇妙な緊張感が穂月と女担任の間に流れる。


「ええと……穂月ちゃんはソフトボール部に入ろうと思ってたのよね?」


「うんっ。でも1番入りたいのは演劇部なんだ」


「そ、そうなの?」


 嘘偽りなど何ひとつないので、穂月は元気よく顔を縦に振った。代わりに美由紀が絶句する。


「と、とりあえず、お友達とも話し合ってみたらどうかしら。例えば、そう、朱華とか! あとは……朱華とか!」


「先生、あーちゃんを2回言ったよ」


「それだけ大事なことなのよ! だからまずは朱華と話してみて、お願い!」


 元より穂月もそのつもりだったので、手を合わせたまま目を瞑っている女教師の頼みをすぐ了承した。


   *


「――ということなんだ」


 昼休みになるなり、穂月は皆を誘って朱華のいる3年生の教室へお邪魔していた。近くの人の椅子を借り、休み時間に職員室で美由紀とした会話をそのまま伝えた。


「掛け持ち禁止って、それ本当?」


 生徒会長も務め、普段からわりと冷静な朱華も虚を突かれたような顔になる。


「おいおい、朱華も知らなかったのかよ」


 2年生なのに、何故か穂月たちよりも先に朱華の教室にいた陽向が、手作りと思われる弁当箱を広げて箸を咥えていた。中学校までと違って給食もないので、穂月も祖母が準備してくれた弁当を持参中だ。


「小中と問題なかったから、高校でもそうだと思っていたわ」


 慌てて生徒手帳を確認し、該当項目を見つけて天を仰ぐ朱華。


「ほっちゃんの希望としては……」


「……演劇部に入りたい、かな」


「そうよね……子供の頃からお芝居するのが大好きだったものね」


 とにかく演技したがった穂月を、部員にも協力させるからと半ば強引にソフトボール部へ誘ったのが朱華だった。


「こうなれば演劇部に直談判に行くしかないわね」


   *


 放課後になるなり穂月たちは朱華に連れられて演劇部の部室を訪ねた。掛け持ちが無理なら籍を置かずに助っ人参戦できないか確認するためである。


 けれど結果は芳しくなく、穂月たちは朱華と一緒に生徒会室で項垂れていた。


「コンクールを目指して真剣に取り組んでるのに、たまに参加するだけの生徒が良い役を掴んだりしたら部員の士気に関わる。完全な正論でしたね」


 パイプイスをギシリと鳴らし、沙耶が天井へ吐息を浮かばせた。生徒会室は中央に茶色の長机を2つ並べ、その周りにイスが6つ置かれていた。他には簡易型の黒板があるだけで、広さは教室の半分程度といった感じだった。


「私ならそれでも実力があれば採用するけどね。その上で本格的に自分の部に主軸を置いてもらえないか直談判するわ」


 すぐ後ろにある窓に後頭部をコツンとぶつけつつ、腕組みをした朱華が唇を尖らせた。


「朱華の方針でも、ほっちゃんに才能があれば演劇部に引っ張れちまうじゃねえか」


「そうなのよね……平和的な解決方法ってないものかしら。小学校も中学校も演劇部がなかったおかげで、たまたま上手くいってただけと痛感させられたわ」


 厳しくも正しい反論で掛け持ちは断られてしまったが、演劇部の部長は穂月の入部自体を拒否したりはしなかった。同じ中学校から入部したばかりの生徒も一緒になって事情を説明してくれたのもあり、それほど熱心なら是非にと誘われたほどだ。


 その場で頷きそうになった穂月に朱華が慌て、背中を押されるように演劇部の部室から廊下に出させられてしまったが。


「……大事なのは、ほっちゃんがどうしたいか」


 昼休みから黙って付き合ってくれていた希が、穂月の目を真っ直ぐに見てきた。


「……穂月はお芝居がしたい」


「なら入部すればいい。ほっちゃんが我慢してまで、他の人に付き合うことはない」


「事実ですわね」


 重苦しい空気の中、椅子に座らずに立っていた凛も希に同意した。


「わたくしもほっちゃんを通してお芝居の面白さを知りましたけれど、ソフトボール部を諦めてまで、とはなりませんもの」


「ゆーちゃんも、ほっちゃんの好きにしたらいいと思うの」


 悠里の言葉に沙耶も頷き、最終的には朱華と陽向も穂月の意思を尊重してくれることになったのだった。


   *


 翌日から穂月の生活は中学校までと比べて一変した。放課後になればユニフォームに着替えるのではなく制服姿のままで演劇部の部室に向かう。


「失礼しまーす」


「穂月ちゃん、今日も早いわね」


 笑顔で出迎えてくれるのは部長だった。ショートカットでスレンダーな体躯をしており、凛々しいという評価がとてもしっくりくる女性だ。


 同じ中学校出身の部員は穂月がソフトボールを諦めたことに驚いていたが、日数が経過するに連れて慣れてきたみたいだった。


 希も一緒に演劇部を見学したのだが、途中で自分にはついていけそうにないからと入部を諦めて帰宅部になっていた。そのため穂月にくっついて入部してくれたのは悠里と沙耶の2人だった。


「ゆーちゃんもいるの。またこの鬼部長は小さくて見えなかったと言い出すつもりなの」


「ちょっと待って!? 私、そんなこと言った覚えがないんだけど!?」


 部室内で体操服に着替え、柔軟や基礎の発声練習などを中心に行う。その後は経験の有無に合わせて練習メニューが組まれたりする。


 すぐにお芝居とはならなかったが、これまでにない本格的な練習はとても楽しかった。


   *


「……頑張ってるみたいね」


「あーちゃんだ!」


 体育館のステージで部活に励んでいると、練習用のユニフォームに身を包んだ朱華が1人で様子を見に来た。


 他の部活も体育館で練習をしているが、ステージ上まで使うことはあまりないので、演劇部が申請すれば比較的簡単に借りられるのである。


「演劇部は楽しい?」


「うんっ、学ぶこともたくさんあって、すっごく面白いよ!」


 一瞬だけ目を瞬かせたあと、朱華は嬉しそうに笑った。


「ウフフ、目がキラキラしてるわよ。ほっちゃんにとっては子供の頃からの念願が叶ったんだものね……」


「あーちゃん?」


「何でもない。それじゃ、部活を頑張ってね」


 にこやかなまま手を振り、背中を向けた朱華が遠ざかる。


「……もしかしたら、ほっちゃんをソフトボール部に誘いに来たのかもしれないですね」


 沙耶の推測に、穂月はいつもみたいに「おー」と簡単に言ったりできなかった。


   *


 日曜日の午前中に学校で演劇部の練習を終え、3人で自転車置き場まで歩いていると、グラウンドから大きな声が聞こえてきた。


「そういえば、今日は練習試合があるとりんりんが言ってたの」


「おー、なら応援に行こう!」


 穂月の提案に、情報を教えてくれた悠里だけでなく沙耶も応じてくれる。


 まだ暑いとまではいかない日差しに照らされながら、グラウンドを駆け回るソフトボール部員たち。中にはもちろん穂月の知っている顔も多い。


「相手は、地区では南高校のライバルとなる商業高校みたいです」


「おー、さっちゃん、よく知ってるね」


「リサーチは必須かと、入学前に調べて――あっ、その……何でもないです」


「うん……」


 気まずそうにした沙耶に何も言えず、穂月もそれきり俯いてしまう。


 空気の悪さに焦ったのか、悠里が慌てて穂月の手を引いた。


「そんなことより、スコアボードを見てみるの。りんりんも入部したから――え?」


 悠里が目を丸くした。直後に穂月も唖然とする。


 2-7。南高校が5点差で負けており、そして今、マウンドで項垂れる朱華を嘲笑うように敵の得点がプラスされた。残すのは7回の裏のみで敗北が濃厚になった瞬間だった。


「あーちゃんがFPで打席に入ってないとしても、りんりんがDPでいるからそんなに影響はないはずなの」


「確かにライバル校とは言いましたが、ここまで実力に差があるような感じではなかったんですが……」


 沙耶も現在の状況が信じられないみたいだった。


 試合は結局、そのまま南高校が負けた。春の大会前の散々な結果に応援に来ていた生徒も落胆を隠せずにいた。


「去年の新人戦は調子良かったのにね」


「今年は有望な新人も入ってくれるから、全国を狙うんだって言ってたのに」


 どうやら朱華の友人だったみたいだが、気を遣ったのか話しかけたりせずに沈痛な面持ちで去っていった。


「あーちゃん……」


「ほっちゃん!? まさか応援に来てくれてたの? まいったわね、格好悪いとこ見られちゃった。でも安心して、りんりんも入ってくれたし、春の大会までにはきっちり仕上げて見せるからね」


「負けたのは俺らのせいだ。ほっちゃんは気にすんなよ。せっかく演劇部に入れたんだろ」


 負けたばかりで悔しいはずなのに朱華は笑顔を作り、陽向は慰めるように頭を撫でてくれた。


   *


「もー、遅いよ!」


 翌日の放課後、穂月は中学時代からの練習用ユニフォームでグラウンドに立っていた。昨日の結果を気にしてか、足取り重く練習に現れた朱華にビシッと人差し指を突きつける。


「ほっちゃん!? どうしてここに……」


「ソフトボール部に入部したんだよ!」


「でも南高校で掛け持ちは……」


「うん……だから演劇部は辞めてきちゃった。部長さんには引き留めてもらえたんだけど……」


 事情を知るなり朱華は慌てて演劇部に戻るように言ってくれたが、穂月は口元に笑みを浮かべて首を左右に動かした。


「お芝居は好きだけど、演劇部も楽しいけど、でもね、あーちゃんたちのことはもっと大好きだからこれでいいの。だからまた穂月と一緒に遊んでくれる?」


「ほっちゃん!」


 真っ先に朱華が抱き着き、陽向もすぐに穂月の元までやってきた。


「ゆーちゃんたちもいるのに、眼中になさそうなの」


「仕方ないです。まさかほっちゃんが演劇部を諦めるなんて思ってませんでしたし」


 わざとらしく拗ねた悠里を沙耶が慰める。2人もまた穂月に付き合ってソフトボール部に鞍替えしてくれたのだった。


「歓迎すべき事態に間違いありませんが、同じクラスなのですからせめてわたくしにだけは先に教えてくれていてよかったではありませんの」


「それはいわないでほしいの。これはあれなの」


「わかっておりますわ、サプライズですわよね?」


「違うの。仲間外れにしただけなの」


「辛辣すぎですわ! でも……なんだかとても懐かしいです」


「はわわっ、少し見ないうちにりんりんがドMになってたの!」


「大きな声で不埒な出鱈目を言わないでくださいませ!」


 ギャイギャイとグラウンドで騒ぐ穂月たちを、遅れてやってきた顧問の美由紀が見つけ、そして――


「ちょっと! 誰か倒れてるんだけど!?」


 ベンチから落ちたらしいのだが、気にせずにそのまま静かに眠っていた希を見て腰を抜かしそうになっていた。

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