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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族11 孫たちの学生時代編
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最後の夏の大会で有終の美を飾りましょう、しかし穂月には新たな野望があるようです

 バットを振り抜いた力強さに負けないように、白球が勢いよくグラウンドを転がっていく。夏の日差しに僅かに煌めき、まるで大地を這う流星みたいだった。


 地区大会を順当に勝ち抜き、穂月たちは駒を進めた県予選でも実力を遺憾なく発揮する。小学校からの実績で快進撃とは言われず、各関係者は想定通りの状況に満足そうな表情を浮かべていた。


 穂月1人であれば厳しかっただろうが、投手に慣れた悠里の支えもあり、無事にトーナメントを勝ち抜く。彼女もまた穂月ともども県内の有望選手として、関係者の間では名前が有名になりつつある。


 それ以上に有名なのが凛だった。地区や県ではほぼ敵なしで、勝負を避けられることもしばしば。穂月も仲間として誇らしかった。


「今日もホームランなんて凄いね」


 決勝進出をかけた一戦、ツーアウトから先ほど出塁したばかりの希を1塁に置き、初回に先制となるツーランホームランが放たれた。得意げに戻ってきた友人は、穂月の称賛に笑みを深める。


「あの程度ではまだまだですわ」


「さすがに謙遜しすぎです」


 話を聞いていたらしい沙耶が口を挟むも、自らを貴族だと呼称してやまない友人は重そうに首を左右に振った。


「最初はわたくしもそのつもりだったのですけれど、先ほどみたいに返すたびに実希子コーチは確かにもっと凄かったと言われれば、本当にまだまだだと思わざるをえませんわ」


「……りんりんの成績より凄かったんですか? ちょっと信じられないです」


「公式戦では全打席敬遠されても当たり前の怪物だったそうですわ。実際に今でも時折バッティング練習に混ざっては誰よりもかっ飛ばしておりますし」


「その血を引いてるんだから、のぞちゃんも凄いわけです」


「おー」


 穂月の感嘆の声で会話が締められると、丁度自チームの攻撃も終わっていた。


   *


「やっぱり穂月ちゃんが入ると、打線に厚みが増すわね」


 ベンチの隅に腕を組んで立ち、芽衣が監督らしくジッと状況を見守っている。コーチを頼んだ希の母親にソフトボールの知識を与えられ、今では1年目のような初々しさもなくなっていた。


 穂月はそんな女監督の隣で「おー」といつもと変わらぬ調子で頷いてみた。途端に芽衣がクスリとする。


「去年の夏が終わってちょっと危ういところも見受けられたけど、もうすっかり大丈夫みたいね。穂月ちゃんの平和な仕草には試合中でも安心させられるわ」


「そうなの?」


「ええ、今が決勝戦の真っ最中だなんて忘れそうなくらいよ」


「それは忘れたら駄目だと思うの。とんだ不良監督なの」


「ゆ、悠里ちゃん!?」


「変わったようでいて、なんだかんだで芽衣先生も変わっておりませんわね」


 悠里と凛の指摘に顔を赤くしつつも、話題を変えるべく女監督がコホンと咳払いをする。


「話を戻すけど、もしさらに勝ち進めば、やっぱり穂月ちゃんの打力は外せなくなるわよね」


 今日の打順は1番に足の速い2年生で2番が沙耶、3番に穂月で4番が凛、そして5番が希である。6、7、8番と3年生のレギュラーが入り、9番が守備の上手い2年生となっていた。


「ほっちゃんが先発すると、のぞちゃんが3番に入るので、どうしても4番のりんりんとの勝負を避けられてしまうんですよね」


 ううんと唸る沙耶に、芽衣も難しそうな顔のまま頷く。


「あまり負担はかけたくないんだけど、今後は穂月ちゃんが先発でも打線に名を連ねてもらうことになるかも」


「穂月なら大丈夫だよ。でも、まだ決勝戦の最中だよ?」


 首を傾げた穂月に、控えも含めた全員が同意する。


「そうでしたわね、油断は禁物ですわ。例えすでに10点以上の差がついていたとしても!」


 初回から大量得点して緩んでいた気を、凛が代表して引き締め直した。


   *


 順調に東北大会も制し、どうして俺の時だけと悲しそうな顔をしていた陽向からも声援を受けつつ、全国大会の舞台に臨む。


「それはいいの。問題はどうしてゆーちゃんが初戦の先発なのかなのっ!」


 まだ納得がいかないのか、マウンドで悠里がプルプルしている。怒っているのではなく、不安と緊張のせいだ。


「東北大会でもほっちゃんは投打に大活躍でしたからね。それに全国制覇を目指すには、どうしてもゆーちゃんの力が必要です」


「そんな正論はいらないのっ」


「えぇ……」


 陽光の下で眼鏡を曇らせる沙耶に、悠里が中学3年生になってもまだ可愛らしいと形容できる手をブンブン振る。


「今すぐ圧倒的な能力が欲しいのっ。そうすれば……」


 グラウンドをぐるりと見渡す悠里。初回ノーアウトにも関わらず、すべての塁が埋まっていた。


「大丈夫だよ、ヒットを打たれたわけじゃないし。それにゆーちゃんが失点しても、誰も責めたりしないよ。だから穂月たちとずっと一緒に練習してきた実力を信じて」


「ほっちゃん……」


 捕手の希も、ミットで悠里の頭を軽く叩く。


「……全国大会で投げるのは初めてじゃないんだから気負い過ぎ。アタシのミットだけ見ててくれればいい」


「わかったの! ここからは愛のパワーで抑えるの!」


「愛?」


 穂月はきょとんとするが、瞳の奥に燃える炎を宿した悠里には聞こえていないみたいだった。


「はわあっ」


 いつもの気合が入っているのか抜けているのかわからない叫びを放ち、悠里の投じたボールがようやく希の構えたコース通りに収まった。


   *


 何度経験しても大舞台の初戦は緊張する。しかしそこさえ乗り越えてしまえば、穂月たちの経験値は他の全国常連校と比べても決して劣ってはいなかった。


 優勝の本命校とまではいかなくとも、強豪と認められていただけに、決勝まで勝ち進んでもダークホース的な扱いはされなかった。むしろ小学生時代に全国制覇していたのも知られており、順調な成長に安堵する関係者が多かったほどである。


「ゆーちゃん、そっちいったよ!」


「はわわ! いつまで経ってもフライは苦手なのっ」


 ライトでパタパタと忙しなく足を動かしつつも、運動が苦手なはずの少女はしっかりと落下地点で捕球した。


 続く打者がセーフティバントを仕掛けてくる。しかし1塁手の沙耶が素早く見抜き、穂月がベースカバーに入ったタイミングで胸元にボールが届けられた。


「ほっちゃん、これでツーアウトです!」


 指でツーアウトのマークを作って微笑む友人は、普段通りの冷静さと優秀な頭脳で今日も要所要所で助けてくれていた。


 大きな声で返事をして、穂月は肺一杯に空気を吸い込む。空は目の覚めるような青一色。少しずつ視線を落とせば、スコアボードに刻まれた3-0の数字が見える。最終回ツーアウトランナーなし。家族も揃って駆け付けてくれている応援席のボルテージがさらに上がる。


「だからどうして、俺たちがいないとこんなに強いんだよおおお」


「まーたんと一緒にしないで欲しいわね。私が主将の時は全国に出てるもの。初戦も勝ったし」


 歓声に負けないように話しているため、年上の友人2人の声は穂月にも丸聞こえだった。


「……またやってる」


「あれ、のぞちゃん?」


「……緊張してるかと思って」


「大丈夫。次で決めようね」


「……楽勝」


 戻るなり、グッとキャッチャーミットを構える友人の凛々しさに頬が緩みそうになる。演劇でもソフトボールでも常に隣――というか背後にいてくれる大切な親友に、穂月は感謝の想いを込めて最高の1球を放る。


 ボテボテと転がったボールを希が手で掴み、矢のような送球を披露する。パアンと小気味良い音が響き、沙耶が大きく両手を挙げた。


 ライトから悠里が叫びながら駆け出し、観客席では希の母親だけでなく陽向も一緒に落ちそうになっていた。


 そして穂月は満面の笑みを浮かべ、いつもの気怠そうな様子が嘘みたいに真っ先にやってきた希と抱き合って、反射的に「ありがとう」と叫んでいた。


   *


「というわけで目出度く3年生は引退……と思っただろうけど、そうは問屋が卸さないんだよ!」


 祝勝会後の宿舎で、眠る前に穂月は拳を握って部員に力説する。


「夏が終わればやってくるのは秋! そう! 文化祭なんだよ! ついに本番がやってくるんだよ!」


「そういえば演劇でもコンクールがありますわね」


 穂月に付き合っての演劇にもすっかり慣れた――というより現在ではほぼ同じレベルでノリノリの凛が下唇に人差し指を当てた。


「そっちでも全国大会を目指すんだよ! 演劇部の皆も気合が入ってたよ!」


 秋は文化部の季節……と穂月が勝手に思っているだけだが、これからが本番というのは偽らざる本音でもあった。


「ほっちゃんが凄いやる気なの。ゆーちゃんも全力でお手伝いするの!」


「演劇だと勝ちにこだわるんですね」


「……多分、違う」


 穂月同様にメラメラと情熱を感じさせる悠里をさておき、沙耶の仮説を希が否定した。


「……ほっちゃんの場合、演劇をやる回数を増やしたいだけ」


「さもありなんですわね。ですがわたくしたちが全国大会まで勝ち抜けるとは思えませんわ」


 思案顔の凛が指摘した通り、演劇部の顧問は兼任の芽衣。しかもソフトボール部とは違って、有力な経験者にコーチをお願いすることもできなかった。


「そこは気合で乗り切るんだよ! 去年よりも1回でも多く、皆で素敵なステージに立つんだよ!」


「もちろんなの! ゆーちゃんは最期までほっちゃんと一緒なの!」


「何故でしょうか……ゆーちゃんさんの言葉に危険な響きを感じたのですが」


「……りんりん、勘が鋭いと長生きできないの」


「ひいっ!? ブラックゆーちゃんさんが出ましたわ! さっちゃんさん、なんとかしてくださいませ!」


「こ、こっちに押し付けようとしないでください!」


「ゆーちゃんを悪魔みたいに扱うのはやめるの!」


「おー」


 ワイワイと仲間が騒ぐほど、笑顔の数も増えていく。穂月はその輪の中心にいられる幸せを噛み締め、友人たちに負けないように笑い続けた。

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