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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族11 孫たちの学生時代編
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雪辱を晴らそうとしたのにとんだ大誤算!? 穂月だって勝ちたくなるんです

 野球と比べても部活のソフトボールに応援に来る人間はさほど多くない。大抵が身内か関係者だ。


 それでも小学生時代に穂月たちが全国制覇しているのもあり、地元のソフトボール人気は高い。


 葉月たちの代から全国大会に出場し、着実に高めてきたのも理由の一つかもしれない。


「おーほっほっ、まずは県予選を制して東北大会まで駒を進めますわよ」


「おー」


 特に試合で張り切る凛の高笑いを、穂月は横から見上げる。


「はわわ、りんりんが緊張してないの。なんだか調子が出ないの」


「わたくしだってさすがに慣れますわ。というより注目を浴びるのは貴族の務め、いつまでも醜態を晒すわけにはまいりません!」


 穂月の背中からひょっこり顔を出した悠里がからかうも、腰に手を当て胸を張るお得意のポーズで凛が笑い飛ばした。


「その様子なら今日の試合でも期待できそうね。フフフ、今年こそ県予選を突破して目にもの見せてあげるんだから」


「怖いくらいにあーちゃんに気合が入ってるような気がするんですが」


 今もグフフと不気味に笑う朱華に、眼鏡の奥で目を瞬かせた沙耶が後退りする。


 普段とは違う主将の理由を教えてくれたのは、穂月たちより1年早く一緒に部活をしている陽向だった。


「県中央の連中にあれこれ嫌味を言われてたからな」


「お友達がいるのー?」


 穂月の問いかけを、即座に陽向が否定する。一緒に揺れるポニーテールが尻尾みたいで、なんとも可愛らしい。


「春の選抜で一緒のチームになった時に、選手層の薄さを指摘されてな。どっちにしろ田舎県なのに、人口少ないのは大変ねとか。俺は今年初めてだったが、朱華は2回も経験してるから余計に腹立たしいんだろ。言われるたびに今年は吠え面かかせてやるって煽り返してたし」


 言われっぱなしで終わらないのはさすが朱華である。


「そういうことだから連中と当たるまで絶対に負けられないのよ!」


 改めて朱華は部員に気合を入れるが、顧問の芽衣だけは笑顔を引き攣らせていた。


「あくまでスポーツだから正々堂々とね? お願いだから問題は起こさないでね」


   *


 トーナメント制で行われる県予選で、穂月たちは順調に勝利を重ねた。しかし実力の差がそのまま勝敗に現れたりしないのが、一発勝負の怖いところでもある。


「……からかう気にもなれないわね」


 寂しそうに呟いた朱華の視線の先に、グラウンドで崩れ落ちる女性たちがいた。ユニフォームは汚れきり、激闘の跡が窺える。


「相手はベスト8まで来たのも初めての学校だってよ」


 誰かから聞いてきたのか、陽向がそんな情報を口にしながら朱華の隣にしゃがみ込む。


 偵察だと鼻息の荒い朱華に連れられて午後の試合前に訪れた球場で、彼女がライバル視する学校が敗れた。僅差だからといって何の慰めにもならないのは、この場にいる誰もがわかっていた。


「油断していると明日は我が身ね」


 半眼になった朱華がグラウンドに背を向ける。


「直接対決の前に負けてどうすんのよ」


 悔しそうな幼馴染の横顔に、何故か穂月の胸が痛くなる。


 朱華もまた3年生。小学生時代もそうだったが、負ければそこで引退となる。受験もあるので、部活に遊びに来る回数もそう多くないだろう。


「あ……のぞちゃん」


 気がつけば友人たちが心配そうに見守っていた。茫然とその場から動かない穂月を心配して、1番の親友が肩に手を置いている。


「……私たちはまだ試合ができる」


「そうだよね……うん、そうだよっ」


 朱華と1日も長く部活をやるために、穂月はソフトボールをやるようになって初めて強く勝ちたいと願った。


   *


「ほっちゃん、落ち着いて。さすがに力み過ぎよ」


 遊撃からやってきた朱華が、グラブでポンポンと頭を撫でる。


「でも……穂月が頑張らないと……」


 朱華は優秀なピッチャーだが何試合も1人で投げれば疲労も溜まる。それは同じ立場の穂月が誰よりよくわかっていた。


「おいおい、んな鬼気迫る顔するなんて、ほっちゃんらしくねえぞ」


 3塁手の陽向も心配そうにグラブで背中を叩く。沙耶も1塁から心配そうに駆け寄り、いつの間にかマウンドには輪ができていた。


「……怖い顔でお芝居してたら、劇の良いところだって伝わらない。あーちゃんと長く試合したいのはわかるけど、その前にほっちゃんが楽しまないと」


「のぞちゃん……」


 穂月が微かに目を潤ませると、そうだったのと朱華が横から抱き着いてきた。


「私の我儘で始めたソフトボールなのに、そんな風に思ってくれてたのね。それだけでも十分よ。だから勝つんじゃなくて、皆で遊びましょう。声を出して、走って、打って、守って、投げて」


「……うんっ」


 仲間の声で鉛のようだった腕が軽くなる。見上げた空は澄み切った青。流れる汗を顔を振って飛ばし、見据えるのはポジションに戻った親友のキャッチャーミット。


「さあ! 今しか体験できない夏をもっと楽しむわよ!」


 主将の激励に大きな声で応え、穂月は懸命に腕を振った。


   *


 朱華が勝ちたいと願っていた学校を破った相手と決勝でぶつかるも、穂月たちは大差で勝利し、勢いを保ったまま東北大会も制した。


 小学生の頃に続いて全国大会への出場を決めた朱華は、皆のおかげで引退が延びたと嬉しそうだった。


 そして迎えた全国中学校女子大会。初戦の先発はもちろん朱華で、穂月は遊撃から彼女の雄姿を見守る。


 小学生時代に全国制覇の経験はあっても、中学校という上のステージではまだ1年生。常連校の主力メンバーと比較しても、圧倒的に優れているわけではなかった。


 朱華でも打ち込まれ、県ではほぼ敵のいなかった打線もあと1本が出ない。


「まだよ! 私たちに負けた学校のためにも、簡単に終わってあげないんだから!」


 吠えた朱華が窮地を凌ぎ、5回を終わって5-2。3点を追う穂月たちは、2番の穂月からになる。

「ほっちゃん、頼むわよ」


「おー」


「……気合が入ってるのかわかり辛いわね」


 頬をヒクつかせる朱華の背中を、ネクストバッターズサークルに向かおうとする希が叩く。


「……大丈夫」


 県予選を制したあと、嫌味を言われていたという選手が涙ながらに朱華に頑張ってと繰り返していた。


 感動の場面に相応しくしっかり手を握り返しつつも、笑顔で「なら嫌味は駄目よ?」と釘を刺すあたりがとても朱華らしかったが。


「……ほっちゃんは友達想い。たまに想いが強すぎて暴走するけど」


「アハハ、ほっちゃんらしいわよね」


 友人たちの優しい視線に見守られ、迫りくる白球を綺麗に打ち返す。左中間を破り、穂月は快足を飛ばして2塁まで到達する。


「次はのぞちゃんの番だよ」


「……わかってる」


 甲高い金属音を響かせ、打球が今度は右中間を転がる。穂月がホームに還って2点差。さらに続く4番の凛がセンター前に安打を放った。


 ノーアウト1塁3塁で打席には主将の朱華。投手ながらも最初の試合は打席に立ちたいと監督に直訴していた。


「ヒロインの座は私のものよっ!」


 打ち上げた白球が風に乗り、観衆が見守る中でフェンスの向こう側に落ちた。


「よっしゃ! さすがキャプテンだぜ!」


「そうなの! 前の回で併殺打で終わった3塁手とは大違いなの!

 痛っ! まーたん、歓喜の抱擁が強すぎるのっ」


「ハッハッハ、何でだろうなあ」


 じゃれ合う陽向と悠里の肩に手を置き、穂月は飛び跳ねながらホームランを打った朱華を出迎える。


「すごいね、あーちゃん、すごいっ」


「フフン、お姉ちゃんに任せなさいっ!」


 逆転に観客席も盛り上がり、朱華の母親と希の母親が喜びすぎて周囲から若干引かれていた。


   *


「あー……中学校でのソフトボール生活も終わったわ。過ぎてしまうと本当に一瞬よね……」


 宿舎の畳で仰向けになった朱華は、とても感慨深そうだった。試合直後は負けた悔しさを露わにしていたが、反省会も終えてだいぶ持ち直したようだ。


 1回戦で劇的な逆転勝利を果たしたまでは良かったが、勢いそのままとはならずに2回戦で敗退。


 穂月が先発しただけに責任を感じていたが、朱華を始めとする3年生全員が気にしないでと慰めてくれた。


「ほっちゃんたちが入ってくれたおかげで、中学校でも全国大会に出場できたのは良かったけど……ベスト8にも届かずか……」


「んな顔すんなって、来年、仇を取ってやるからよ」


 反省会の席で新主将に任命された陽向が、ニッと笑って自分の胸を叩いた。


「のぞちゃんママも引き続きコーチしてくれるっていうし、朱華の代の記録はあっさり塗り替えられるだろ」


「生意気言ってくれるじゃない。期待させてもらうから頑張りなさい。

 まずはほっちゃんの引き留めからね」


「えっ、いや、さすがにそれはないだろ」


「そうとも限らないわよ」


 軽口を叩かれた仕返しか、朱華が先ほどの陽向よりも良い笑顔を作る。


「同じ小学校の子たちが、何か部活に入らないといけないならって、演劇部に籍を置く子が増えてるみたい。もしかしたら単独でも活動可能になるかもね」


「嘘だろ……」


 愕然とする陽向に、沙耶や悠里が沈痛な面持ちで前主将の言葉を肯定する。


「もちろんだけど、ほっちゃんが抜けたらゆーちゃんも抜けるの」


「私も演劇部に付き合いつつ、受験勉強の比率を増やしたいです」


「うわあああ、ほっちゃんは俺を見捨てないよな!? な!?」


 小学校の時同様に全力で腰に抱き着かれ、穂月は「おー」と涙目の陽向の頭を反射的に撫でていた。

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