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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族11 孫たちの学生時代編
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校外学習で穂月が手作りカレーを振舞います、でも食べさせるのは先生の役目です!?

 春の大会では東北大会まで駒を進めた穂月たちだが、競りながらも1回戦で負けてしまい少なくない課題を残した。


 迫る夏に向けてやる気を漲らせる部員も多い中、穂月は高い木々に勢いを弱められた陽光を頭から浴びていた。


「山だねー」


 たった一言の感想ながら、周囲にいる友人は揃って同意する。


「自然と触れ合って知識を深めるための校外学習ですし」


 同じように見上げた沙耶が、黒縁眼鏡をクイと直す。中学生になっても委員長に立候補した彼女は、やはりグループの保護者的存在のままだ。


 何かと突発的な行動を取るメンバーが多いので、担任の芽衣もすっかり頼りにしており、小学生の頃までと同じ構図ができつつある。


「田舎とはいえ、整備された山は多くないから、大抵の人は来たことあるの。ゆーちゃんも何回目かわからないくらいなの」


 悠里が唇を尖らせる。煩わしそうに肩にかかった黒髪を払う姿を見れば、今回の校外学習を歓迎していないのがわかる。


「ゆーちゃんさんはキャンプとか好きではありませんでしたかしら」


 完璧なお嬢様を目指しつつも、相変わらずなりきれない凛が不思議そうに首を傾げた。高木家の主催で何度もお泊りキャンプをしているからだろう。


「キャンプ場は草原っぽいとこばっかりなの。近くには建物もあるの。だけどここは山なの! 普通はハイキングコースとか行くはずなの! この学校の関係者は狂ってるの!」


 両手をブンブン上下させながら、激情を迸らせる悠里。


 穂月が「おー」と眺めていると、芽衣がやってきた。話が聞こえていたらしく、顔には苦笑いが張り付いている。


「沙耶ちゃんも言った通り、自然と触れ合うために登山と散策を中心にしているの。去年まではハイキングコースだったらしいんだけど」


「信じられないの。嫌がらせだとしか思えないの。のぞちゃんだってグッタリしてるの」


 悠里が指差したのは、例のごとく穂月の背中にもたれかかる希だった。身長が高いので引き摺るような形になっているが、周囲も含めてあまり気にしている人間はいない。


「あれはいつものことです」


「入学数ヵ月で当たり前の光景として、クラスメートから受け入れられるというのもある意味とんでもないですわよね」


 沙耶は肩を竦め、凛は肘に手を当てて頬を引き攣らせた。


「小学校から穂月ちゃんと希ちゃんを同じクラスにした方がいい、なんて報告があったらしいんだけど、今になって理由がわかったって先生方が言ってたわ」


 さらっと芽衣が裏話を暴露する。沙耶と凛がさもありなんと頷くのを横目に、悠里だけはいまだプンスカ状態だった。


「ほっちゃんも普通のハイキングコースの方が楽しくていいと思うの」


「んー……でも空気は気持ちいいし、それに」


 にこっとして、穂月は可愛らしい友人に右手を差し出した。


「ゆーちゃんと一緒に山登りするの好きなんだ」


「奇遇なの。ゆーちゃんも山登りは大好きなの」


 ポッと赤らんだ頬に手を当てて、悠里が嬉しそうに受け入れる。


「……鮮やかな掌返しですわね」


「なんだかゆーちゃんの方が、ある意味で貴族っぽいですね」


「なっ……! 負けていられませんわ!」


「お願いだから普通に山登りしよう? ね? あっ、穂月ちゃん! 希ちゃんが落ちそうになってる!」


 目を離せば何をしでかすかわからないという理由から、芽衣が穂月たちのグループをぴったりマークするようになった。


   *


 歩を進めれば進めるほど緑の匂いが濃くなる。山を下りて少し進めば海もあるのだが、さすがに現在位置から確認することはできない。


 ハイキングコースばかりで山を甘く見ないようにと、登山経験のある教師があえて選択した山道は足場も不確かで、普通に歩くのも困難だ。


 それでも従来の登山道から大きく離れてはいないのだが。


「ふうふう、はあはあ、山頂まで登るわけじゃないはずなのに、だいぶ体力が持っていかれてるの」


 弱音を吐く友人を、穂月は繋いだままの手に力を入れて励ます。


「でもゆーちゃんはだいぶ体力がついたよ。小学生の時は歩きやすい道だったけど、皆からかなり遅れてたもん」


「ほっちゃんと一緒にソフトボール部で鍛えたおかげなの。だけど懐かしいの。あの時は確かほっちゃんが転びそうになって、のぞちゃんが助けてくれたの」


 思い出話に微笑む友人たちとは異なり、芽衣が驚きを露わにする。


「希ちゃんって動けるの!?」


「私たちの中で、1番運動神経がいいのはのぞちゃんです」


 他の教師からも信頼の厚い沙耶の言葉だけに、いまだ信じられないような女担任もひとまずは納得する。


「この姿からはとてもそうは思えないわね……柚先生が希ちゃんを動かすのは難しいって電話で教えてくれたけど」


 昔の恩師だけに、芽衣は久しぶりに立ち寄ったムーンリーフで柚の携帯番号を教えてもらったみたいだった。よく相談もしているという。


「試合でも頼りになるんだよ。のぞちゃんのおかげで勝った試合もあるし」


「ソフトボール部ね? 穂月ちゃんたちは小学生の時に全国制覇しているのよね。凄いわ」


 素直に褒められると悪い気はしない。いまだに演技の方が好きとはいえ、ソフトボールも決して嫌いではないのだ。


「ほっちゃんの言う通りなの。守備も上手いし、顔しか知らない人が多いからなんて、常人には理解できない理由で緊張もしないの」


「のぞちゃんさんが凄いのは認めますが、さりげなくわたくしをディスるのはやめていただきたいですわ!」


 悠里の毒舌に、守備が下手で妙な緊張しいの凛が唾を飛ばした。


   *


 予定の山道を踏破したあとは、お待ちかねのお昼ご飯である。メニューはこうした行事では定番のカレーだ。


「あら、カレーくらい事前に用意しておいてほしいの、とかは言わないのですわね」


 山道での仕返しか、凛が悠里をからかう。


「りんりんは相変わらずだめだめなの。だからいつまで経ってもお嬢様ヘアーを完成させられないの」


 どこまでも真っ直ぐに伸びる凛の毛髪は、下手な小細工など通じない。気取った髪型にしようと目論んでも、頑なに拒まれる。


 以前に皆でお泊りした時に悠里の発案で、完璧なお嬢様ヘアーにしようと皆で頑張ったが、結局は志半ばで諦めたほどである。


 それでも当人はいつか必ずという野望を胸に、今日も懲りずに挑戦しては儚く敗れてしまっている。


「髪の話はよろしいですわ。それよりもどうしてわたくしがだめだめなのか、教えていただきたいですわ」


「簡単なの。用意されてたら、ほっちゃんの手料理が食べられなくなってしまうからなのっ」


「おー」


 友人たちと会話しつつも、穂月はすでに包丁でジャガイモの皮を剥き終わっていた。隣ではピーラーを装備した沙耶も手伝ってくれている。


「穂月ちゃんはずいぶんと手際がいいわね。これなら安心だわ」


 心配して様子を見に来た女担任が、安堵しきったように微笑んだ。


「手先が器用なのね」


「ううんー、穂月は不器用だってママもバーバも言ってた」


「そうなの?」


 今日何度目かもわからない驚きに、芽衣が目を丸くした。


「でもバーバが教えてくれるから上手になったの」


「いいおばあ様ね」


 その通りなので、穂月は満面の笑みで頷く。


「なんかね、穂月がジージに免許皆伝を与えられたら困るからってバーバが言ってた」


「免許皆伝? 響きはなんか良さげだけど……」


 芽衣が目を瞬かせていると、穂月の背中に自らの背中を預けていた希がクワッと瞳を大きくした。


「……今はカレー作りに集中する」


「その通りですが……のぞちゃんは何か知っているんですか?」


 人参を手頃な大きさに切る沙耶が視線を向けると、希はゆっくりと首を左右に振った。


「……世の中には、知らなくていいこともある」


   *


 カレーが水っぽいと嘆く男子を後目に、穂月たちの作ったカレーは家庭で食べるものと遜色ないくらい美味しかった。


 木で作られた椅子とテーブルで青空の下食べるのも、そうした感想を強くする一因かもしれない。


「ジャガイモもホクホクで美味しいねー」


 口の中で転がしながら、穂月は頬を緩めた。辛い味が極端に苦手だという友人がいないため、中辛のルーを使っている。


「まーたんがいたら、甘口になっていたんですかね」


 穂月と似たことを考えていたのか、自分で切った人参に目を細める沙耶がそんなことを言い出した。


「ヤンキーっぽい外見なのにすごい甘党ですものね。それとは対照的に、あーちゃん先輩はとんでもない辛党ですけれど」


「東北大会で遠征に出た時は付き合わされて、とんでもない目にあったの」


 当時を思い出したらしい悠里が、スプーンを咥えながらげんなりする。話題を提供した凛はナプキンなどを用意して、食事中も貴族らしくというのを心掛けている。仲間うちから何度もツッコまれている通り、貴族でもお嬢様でもないのだが。


「そういえば菜月ちゃんも辛いのは苦手みたいー」


 そんなことを話していると、穂月たちの利用する席を芽衣が訪ねてきた。顔を出す頻度が高いのは、それだけ心配しているからだろう。


「穂月ちゃんたちのところは美味しくできたみたいね」


「先生も食べるー?」


「いいの? それじゃあ、貰おうかしら」


 調理中から生徒が怪我しないように見回っていた教師たちに、カレーを作っている時間はなかった。そのためどこかの班から分けて貰う必要がある。芽衣ならずとも、大抵はクラス内で一番美味しそうな出来のを狙う。


「本当に美味しいわね……って、希ちゃんは食べないの?」


「……」


 無言の希が甘えるように、女担任の膝に頭を乗せた。規則的に置かれた椅子を器用にベッド代わりにしている。


「ええと、あの……食べる?」


 コクンと頷いた希に、芽衣が恐る恐るスプーンを近づける。


「あ、ほら、希ちゃん、水を飲む時は少しだけ顔を上げて、そうそう」


「なんだかお母さんみたいだねー」


 最初は戸惑いつつも、徐々に熱心に世話をする女担任がなんだか微笑ましかった。


「芽衣先生は意外と母性本能が豊かだったみたいなの」


「のぞちゃんさんのことだけに、もしかしたら一目で見抜いていたのかもしれませんわね」


「だとしたらすごいですけど、恐ろしいです」


 穂月に続いて、悠里、凛、沙耶と口々に感想を述べる間も、希は満足そうな顔で女担任にお世話されていた。

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