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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族11 孫たちの学生時代編
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春也もお年頃、野球部に入って好きな子にいいところを見せようとして、最後はぶっ倒れました

 青と白の色合いが綺麗な空の下。穏やかな太陽を浴びながら、春也は誰よりも目を輝かせていた。


「見ろよ、野球部だよ、野球部」


 4年生になったことで部活へ入る許可が出るなり、真っ先に訪れたのは念願の野球部だった。


「俺はさっさと帰りたいんだが」


 実の姉以外にはぶっきらぼう極まりない友人が、組んだ腕を苛々したように揺すっている。


「智希も一緒に入るんだよ」


「断る」


「そう言われてもお前のママに頼まれちまってるからな。好き勝手にさせておくと、またのぞねーちゃんのとこ行くだろ」


「それのどこが悪い」


 胸を反り返し、ふんすと鼻から息を吐く智希。


「普通に遊びに行くならいいけど、お前、この間しつこくしすぎて通りすがりの人にストーカーと間違えられただろ」


 眉根を寄せた春也の指摘に、その場に一緒にいたもう1人の友人もうんうんと頷く。危うく警察を呼ばれそうになり、なんとか2人で説明し、さらには自分の姉たちまで呼んで事なきを得たのだ。


「それのどこが悪い」


「全部だよ」


「意見の相違だな。俺は俺の道を行く」


「だから勝手に消えんなっての」


 襟首を掴まれて喉が締まったのか、智希が恨みがましい目を向けてくる。


「貴様に何の権限があって俺の邪魔をする」


「お前のママとのぞねーちゃんに頼まれてるからだよ」


「姉さんにだと……! 貴様、俺の知らないところで話したのか! どうなんだ、吐け!」


「うおお、落ち着きやがれ」


 襟首から肩に移動させた手で友人の突進を押さえる。希という名前の姉が絡むと、理性を失うのは昔からのことなので驚きはないのだが多少は焦る。


「行動を制限するのと監視のために智希君を野球部に入部させるのはわかったけど、どうして僕まで連れてこられたのかな」


「あーねえちゃんに、ついでだから晋悟も入れろって言われた」


「うん、予想はついてたんだ、やっぱりお姉さんが絡んでるよね。ついでに僕を監視役にさせるつもりなんだろうね……」


 何やら遠い目をしている晋悟も引き連れ、春也は顧問の先生に挨拶する。運動会などで見知っており、前々から野球部に入りたいと話していたので入部自体はスムーズに終了した。


   *


「バッチコーイ!」


 テレビで覚えていた台詞を使い、勢いよく転がってきた白球を横っ飛びしてミットに収める。


 どうやら春也の運動神経はかなり良いらしく、4年生にしてレギュラーを任せられそうだと監督も喜んでいた。


 巻き添えで部員となった晋悟もそつのない守備力を発揮し、今から有望視されている。だが――。


「何故、俺が球拾いなどせなばらならんのだ」


 1人だけまったくやる気のない男がいた。それが智希である。渋々とだが在籍こそ承諾したものの、仁王立ちするばかりで真面目に取り組まない。


 4年生の練習はまず基礎体力をつけることに始まり、球拾いなどを経て、守備練習に入る。その中で見込みがあると打撃練習にも加えてもらえる。


 ソフトボール部員よりは人数が多くても、強くて有名な学校と比べれば少ない方に入るため、上級生の練習を黙って見学しているだけという時間がないのは幸いだった。


「小山田! 何度も説明しただろうが! 球拾いだって足腰を鍛え、打球に慣れるために必要な練習の一部なんだ!」


 監督が大声で檄を飛ばすも、絶対姉ラブの阿呆には届かない。顔を逸らすのではなく、見下すように外野で胸を反らして鼻息を荒くする。


「俺に練習など必要ない! 必要なのは姉さんだ!」


 当初はすべてが姉に帰結する智希にチームメイトもドン引きしていたが、少しずつ慣れてきたのか、もしくは諦めたのか、とにかく現在では放置が推奨されている。


 春也たちもそうできればいいのだが、生憎と幼馴染で一緒に入部した間柄でもある。智希が何か問題を起こせば、すぐに話が回ってくる。


 それを誰よりも理解している晋悟が、春也にスススっと近づいてきた。


「このままだと、どんどん智希君の立場が不味くなるよ」


「そうは言ってもな、アイツが素直に人の言うことを聞くと思うか?」


「でも智希君が退部させられたら、春也君も困るよね」


 智希の母親から直々に、それも恰好をつけたい女の子の前で頼まれているので、やっぱりできませんでしたとは言いたくない。


「じゃあ、どうするか……あっ、そうだ。いい方法があるじゃないか」


   *


「さっさと次を打て、ノッカー! 今宵のグラブは血に飢えているのだ!」


「今は昼だし、ノックに血とかないだろ」


 グラウンドではしゃぐ友人に春也が冷静なツッコみを入れていると、いつかと同じように晋悟が音もなく隣に立った。


「希お姉さんに頼んだんだね」


「智希をやる気にさせるにはそれしかないからな」


「でも、どうやって希お姉さんに実行してもらったの? 素直に応じてくれるような人ではないと思うんだけど」


「そこはうちの姉ちゃんに頼んだ」


 他人の言うことなど無視して自分のスタイルを貫く希だが、最近は丸くなってきたのに加え、穂月が話しかけると反応が良くなる。


「けど頑張っての一言だけで、あんなにやる気になるもんかね。監督も先輩もビックリしてたぞ」


「春也君は好きな女の子に応援されても、張り切ったりしないのかな」


「……するな。いいとこ見せようとする」


「そういうことだね。

 ……対象が実に姉というのが問題だけど、それは僕たちの手に負える問題じゃないし」


 小さくなった晋悟の声が届く前に、春也は智希に負けないように気合を入れて練習に戻った。


   *


 休日の午後、近くの公園で春也はひたすら張り切っていた。


「野球部に入った俺のボールが、まーねえちゃんに打てるかよ」


 理由は少し前でプラスチックのバットを構える女性だ。ポニーテールを揺らし、真っ直ぐに見つめる目には凛々しさがある。


「言うようになったじゃねえか、調子に乗ってると泣かせちまうぞ」


 楽しそうに笑うのは姉の昔からの友人――陽向だった。同級生では見当たらないほど可愛かったりするのに、兄貴分みたいな性格でよく遊んでくれる。


 今日もソフトボール部の練習が午前中で終わったからといって、わざわざ遊びに来てくれたのだ。周りには穂月たち仲良しグループが勢揃いしており、今は守備に就いてくれている。


「その前に……智希はそこ退けろって」


「何だと! まさか貴様も姉さんの隣を狙っているのか! 絶対に渡さんぞ!」


「そうじゃなくて危ないだろ、のぞねーちゃんキャッチャーなんだから」


「そんなことは関係ない!」


「……智希、邪魔」


「……わかりました」


 姉の命令に素直に従う智希に、途中でキッと睨みつけられる。どうやら邪魔にされたのは、春也に原因があると思ったらしい。


「智希は相変わらずか」


「相変わらずだ」


 陽向とほぼ同時にため息をついてから、気を取り直して投球動作に入る。握っているのはゴムのボールだが、もっと小さい頃から慣れ親しんでいるのでどう投げればいいかはわかっている。


「三振したら、まーたんにずっと遊んでもらうからな」


「ハッ、甘いんだよ!」


 全力で腕を振ったにも関わらず、あっさりと打球が外野の頭を越えていく。さすがに公園の敷地から外には出なかったが、ゴムボールをあそこまで飛ばされると大抵はホームラン扱いになる。


「残念だったな、まだまだ修行が足りねえぞ」


「ちくしょう、もう1回だ!」


「いいぜ……って言いたいところだけど、他の奴らにも順番を回してやらねえとな」


「なら次は俺が打席に立とう」


 陽向から赤色のバットを受け取ったのは、先ほど春也のせいで希の隣を追い出されたと逆恨み中の友人だった。


「春也と智希か、のぞちゃんはどっちが勝つと思う?」


 何気ない陽向の質問に、バットの先端で土に書いただけの打席に入った智希の耳がピクンと反応する。


「……春也」


「貴様あああ!」


 智希の背後に燃え盛る炎が見えたような気がした。


「姉さんに色目を使うとは言語道断! 俺が叩きのめしてくれる!」


「凄えやる気だな。そんじゃ、俺は智希の勝ちにしとこうかな」


「はあ!? くそっ、智希め!」


 ニヤニヤしている陽向を見ればわざと煽ったのは丸わかりだが、怒りと嫉妬で熱くなっているせいで気付けない。


 お互いに正面から睨み合い、陽向に投げたよりも力を入れて黄色いゴムボールにスピンをかける。


「打てるもんなら打ってみやがれ! そんでまーねえちゃんの目を覚まさせてやる!」


「姉さんのためにも俺は打つ! 悪漢は即処刑だ!」


 腕力にものをいわせて振り回されたバットがゴムボールを捉えるも、直後にぺちっという音が聞こえた。


 打球が前に飛ばず、キャッチャーをしている希の額にぶつかったのである。


 柔らかいゴムボールなのでデッドボールの際も全然痛くはないのだが、ファールボールの直撃ともなれば少しは衝撃が伝わる。


「春也! 姉さんに何をする!」


「智希がちゃんと打たないからだろ!」


 のっそり立ち上がった希が智希からバットを奪い取る。


「……抑えるまで勝負は終わらない」


「え? あ……よ、よしっ」


 こうなれば希を抑えて陽向にいいところを見せようとしたが、あっさりとホームランを打たれる。投手を智希に変えても同じだった。


 公園には延々とゴムボールが弾き返される音が響き、夕暮れが迫る頃には春也と智希は恰好いい姿を見せるどころか、精魂尽き果てて土の上に倒れるはめになった。

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