お正月といえばお年玉、あとは大人げない大人とのゲーム大会!?
「あけましておめでとうございまーす」
朝になるなり、穂月は両手を上げて元気に挨拶する。飛び込んだばかりのリビングではお店が休みの両親がのんびりしていた。
「おはよう、穂月。フフ、目がキラキラしてるね」
「お目当てはこいつだろ」
すでにお節料理が並べられている食卓に近づくと、葉月から視線で合図を受けた和也が可愛い動物の描かれたポチ袋を見せた。
「おー」
穂月が懸命に手を伸ばしていると、春也も2階から降りてきた。
「あけましておめでとうございます」
「ハハ、正月だけは2人とも挨拶が丁寧だな」
春道に冷やかされて唇を尖らせるも、春也の目もお年玉に釘付けだった。
「あまり虐めてはかわいそうよ。子供たちにとって貴重な臨時収入なのだから」
穂月と春也を擁護してくれたのは、昨年の冬から地元にかえってきた菜月だった。穂月も大好きな叔母は名字も高木から鈴木に変わっている。
籍を入れた当初は慣れ親しんだ名字が変わるのを悲しんでいたが、最近では少しずつ慣れつつあるようだ。心優しい夫は婿入りも考えたみたいだが、1人っ子なのと葉月が高木姓を継いでいるため、菜月は真の方に合わせたらしかった。
「菜月ちゃんもおめでとうございます」
「はい、おめでとう」
素直にお年玉を渡してくれた叔母に、穂月はギュッと抱き着いた。春也も真似をするかと思いきや、恥ずかしそうにしながら手だけ伸ばす。
「あらあら、恰好つけることも多くなってきたし、春也も成長してるのね」
「子供扱いするなよ」
文句を言う春也を横目に、叔母へ甘え終えた穂月は改めて両親からもお年玉を受け取る。祖父のと合わせれば3つものポチ袋が揃い、早速何に使おうか考える。
「少しは貯金させておかなくていいのかしら」
エプロン姿の祖母が、年老いても美しさの残る顔を僅かに顰めた。
「そこも含めて子供たちに考えさせればいいさ。家族が強制しても身に着くものじゃないし、それにいざという時お金が足りなくて困る経験を今のうちにしておくのも悪くない」
「春道さんは優しいのか厳しいのかわからないわね」
祖父の方針に母親が賛同して、高木家では昔からお小遣いやお年玉の使い道は子供たちに一任されていた。ただし臨時のお小遣いは相変わらず貰えないので、考えて使わないとすぐに何もできなくなる。
「お年玉の使い道を考えるのもいいけど、まずはお節料理を食べよ。ママとバーバとなっちーで作った自信作なんだから」
*
伊達巻や錦糸卵など、穂月が大好物を頬張ってにまにましていると、午後になるより早く来客が訪れた。
「誰だろうねー」
「智希ママに決まってるだろ」
穂月の問いに答えた春也は、数の子の醤油漬けを食べるのに一生懸命だった。
「そんなに慌てて食べなくても無くならないよ」
「いいや、綺麗に消えて無くなるね、智希ママの胃袋に」
「はっはっは、春也も言うようになったじゃないか」
出迎えに向かった葉月よりも早く、豪快な笑顔がリビングにやってきた。
コートを脱ぐなり春也にヘッドロックをかまし、逆襲されそうになるとお年玉の存在をチラつかせるという悪逆非道ぶりだ。
「のぞちゃんママ、あけましておめでとうございます」
「ほい、おめでとさん。お年玉はうちの旦那から貰ってくれな」
「うんっ」
椅子から降りて玄関へ向かうと、案の定、途中で寝ようとしていた希を発見する。
「のぞちゃん、あけましておめでとう」
「……アタシの夜はまだ明けてない」
「なら俺も姉さんと一緒に時の迷子になろう」
「おー」
なんだか舞台の一幕みたいで感心していると、希がもたれかかってきた。
「おやすみなさい」
「じゃあ、穂月が初詣に連れてってあげるね」
「……あけましておめでとうございます」
「おー」
なんてやり取りをしていると、また新たにインターホンが鳴った。
リビングから母親の「出てー」という声に返事をしてから、鍵とドアを開ける。
「おっす。来ないとうるさそうだから、来てやったぞ。あと、これ預かってきた」
上げていた右手で陽向がコートのポケットからポチ袋を取り出した。彼女の母親は元旦から仕事の場合が多く、1人で家にいるよりはと知り合ってからは高木家で皆と過ごすようになった。
続いて朱華たちがやってきて、悠里や沙耶、それに凛も合流する。
凛の母親は菜月を見るなり抱き着き、その後に訪れた愛花にさらに興奮しまくっていた。
*
「ほっちゃんは何をお願いしたんですか?」
「中学生になっても、皆と仲良く過ごせますようにって」
沙耶に笑顔を向けると、凛が「あら」と首を傾げた。
「お願いごとって誰かに教えたら叶わないのではありませんでしたか?」
「さっちゃん!?」
「そ、そんなことはない……はずです」
慌てふためく沙耶を横目に、悠里がグッと拳を握る。
「ゆーちゃんはうっかり喋らないようにするの」
「気にしなくても大丈夫……アタシのも教えるから」
「のぞちゃんのお願いごとは……もっと睡眠時間が欲しい、とか?」
「……エスパー?」
「それはさすがにほっちゃんさんでなくてもわかると思いますわ」
穂月たちが初詣でやいのやいの言っている後ろでは、春也が陽向に楽しそうにまとわりついていた。
「4年生になったら野球部に入るんだ。どうだ、恰好いいだろ」
「入ってもないのに恰好も何もないだろ。せめてレギュラーを取ってから言えよ」
「おうっ!」
ニカッと笑って春也がサムズアップする。よく陽向の隣で穂月たちの話を聞いていたので、レギュラーなどの単語は知っているみたいだった。
「姉さんとずっと一緒にいられますように、いいや、いてみせる。俺は誰にも頼らない、だがどうしてもというのなら願いを叶えさせてやろう」
「……智希君、願い事全部声に出てるよ」
「聞かせているのだから当然だ!」
「まさかの公開宣言だった!」
大人たちは大人たちではしゃいだ初詣を終えると、高木家でカルタなどのゲームを皆でする。
テレビゲームもあるが、大人数で参加できる方がお正月などは盛り上がる。この時ばかりは普段は見守ることの多い大人も参加したりする。
「見てろよ、まーねえちゃん、俺の恰好いいところを見せてやる!」
「お前、そればっかりだな」
苦笑する陽向の前で春也が威勢よく吠えるが、彼の不幸は対戦相手に大人げない実力者が混ざっていたことだった。
「よっしゃ、この札もアタシのだな」
「ぐおお、智希ママ、卑怯だぞ」
「きちんとしたルールでやってるのに卑怯も何もないだろ。それにしても春也……恰好悪いな、プッ」
「ちくしょおおお、負けるもんかあああ」
「毎年恒例とはいえ、さすがに大人げがなさすぎるわね」
「だったらなっちーが甥っ子の仇を取ってみるか」
「望むところよ……茉優、愛花、手伝って」
「おい、助っ人は卑怯だろ!」
「同盟を組むのは立派な戦略よ」
実希子と菜月が正面から睨み合う中、穂月は友人たちを連れて自室に移動する。
*
「1階ではまだまだ大騒ぎ中みたいです」
「りんりんたちも一緒になって叫んでるの」
沙耶と悠里、それに希だけが穂月の部屋でリラックスしていた。
菜月ファンを公言する凛は自分の母親と一緒になって、白熱のカルタ大会に歓声を上げていた。勝負事が大好きな朱華と陽向も大人に勝つんだと意気込み、春也も改めて恰好いい姿を見せるんだとリビングに残った。
姉と友人がいるので晋悟は当たり前に付き合っているが、智希だけは実希子を倒すための同盟相手として選ばれたせいで、希の元へ行こうとするのを春也に阻止されていた。
「今年も楽しいお正月になったね」
力尽きたかのようにベッドでうつ伏せになっている希が、小さく「ん……」と反応した。
「小学生最後のお正月ですね」
体育座りをした沙耶が寂しそうに呟いた。
夏の全国制覇に秋の文化祭と、楽しいことが続いていたのであまり深く考えてこなかったが、残り日数が少なくなれば否応なしに意識してしまう。
「でもでも、ゆーちゃんたちは中学校でも一緒なの!」
「だから穂月は楽しみな気持ちが大きいかな」
手を取り合って喜ぶ穂月と悠里を眺めたあと、体を起こした希が相変わらず眠そうな目を沙耶に向けた。
「……さっちゃんは私立を受験しなくてよかったの?」
学力が群を抜いて高い沙耶は、その気になれば地元を飛び出て有名な私立も受験できそうなくらいだった。
「もちろんです。勉強はどこでもできますから、ほっちゃんたちのいるところが私の通いたい学校です」
それに、と沙耶はクスッとする。
「私がいなくなったら、中学校でのテストはどうするつもりですか」
「あ、あはは……とても困っちゃうね……」
苦笑いしたのは穂月だけではなかった。現在でもテスト前は沙耶に勉強を見てもらってなんとかなっているのだ。さらに難易度が上がりそうな中学生活を1人で乗り切るのは不可能に近い。
「だから私を仲間外れにしないでほしいです」
「絶対にしないよ! さっちゃんはずっと友達だもん」
「ゆーちゃんもなの、特にほっちゃんの隣は死守するの」
「……受けて立つ」
「おー?」
穂月が首を傾げていると、ドカドカと陽向たちもやってきた。
「ここにいたのかよ、そろそろ晩飯だってよ。焼き肉だぞ、焼き肉」
「あとまーたんと私は泊めてもらうことになったから。お正月で部活も休みだし」
これも毎年恒例なので、陽向や朱華だけでなく希たちも宿泊していくことになる。夜も夜で皆と楽しく遊べそうだと、穂月はにぱっとする。
「えへへ、今年も1年よろしくね!」




