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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族10 穂月の小学校編
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義姉が義母に離反の兆し!? 小学生最後の演目はシンデレラです

 夏休み気分がなかなか抜けない生徒たちにとって、勉強以外の議題は心のオアシスも同然だ。穂月たちのクラスも例に漏れず、担任の柚が教卓についてもザワめきは一向に収まらない。


「静かに。前々から言ってた通り、この時間は文化祭でのクラスの出し物を決めます。沙耶ちゃん、進行をお願いね」


「はい。とはいっても、うちのクラスの場合はほぼ決まっているんですが」


 黒板前に立った沙耶の言葉に、室内から幾つもの苦笑が返る。穂月にも視線が注がれているので、何が採決されるのかは予想がついているのだろう。


 なにせ穂月が所属するクラスは5年連続で演劇を選択しているのだ。恥ずかしがり屋は裏方に回ればよく、舞台に立つのはノリノリな生徒やソフトボール部員が大半だった。


「ほっちゃんは演劇をやりたいんですよね?」


「うんっ」


 穂月は沙耶の確認に勢いよく首を縦に振った。あまりに楽しそうな笑顔だったせいか、反対意見は出てこない。


「4年生ぐらいからは、他のクラスの人たちも楽しみにしているみたいなの」


「わたくしもつい先日、後輩から今年は何の劇をするのか尋ねられましたわ」


 情報を教えてくれた悠里と凛にも、嫌がっている様子はない。部活動が終わったあとでもたまにお芝居に付き合ってくれるので、慣れてきているのだろう。


 体育館での各学級による発表会で演劇をやるのは決まったが、そうすると何の演目にするのかが問題になる。


「かぐや姫とかは前にやったことがあるの」


「同じ演目をしてはいけないということもないですが……希望がある人はいますか?」


 悠里の発言を受けた沙耶が意見を求めると、答えの代わりにほぼ全員が一斉に同じ方向を見た。


 つまりは穂月をである。


「穂月が決めていいのなら、シンデレラがいいっ」


   *


 役割を決め、練習も積んで迎えた文化祭当日。穂月たちは午後の発表会の前に、ぞろぞろと連れ立って各学級の出し物を見て回る。


「最初はやっぱり、春也君たちのクラスですよね」


 後方に立つ沙耶が生徒会作の案内を見ながら確認をする。彼女が最後尾にいるのは、先頭だと誰かが途中でふらりと離れてもすぐ気づけないからである。


 その理由を聞いた人間は、ますます沙耶をグループの保護者だと認識する。相変わらず学力も学年トップで、教師からの信頼も厚いのが頼もしい。


「春也君たちも皆で同じクラスだから、探すのは楽でいいの」


「そうですわね、のぞちゃんさんも――って、いつの間にやら1人増えてますわっ」


「俺のことなら気にしないでほしい。姉さんの後ろをついて回るだけだから」


 突然の乱入者の正体は、成長しても姉の希が大好きな智希だった。頬に掌を当てておっとりしていたはずの悠里も、叫ぶように驚いた凛と一緒に目をパチクリさせている。


「姉さん、眠いなら保健室へ一緒に行こう」


「いきなり甘やかしだしたの」


「家でどのような生活をしてるのか聞くのが怖いです」


 唖然とする悠里の傍で、沙耶は智希の接近に気付けなかったのを悔しがりながら黒ぶち眼鏡の位置を直していた。


「のぞちゃん、保健室に行くのー? 劇の前に迎えに行くー?」


「……ほっちゃんと一緒にいる……だからりんりん、おんぶして……」


「またわたくしですの!?」


 身長も高い希を背負えるのは、同じくらいの体格を誇る凛くらいのものだ。普段からよく背中に張り付かれたりするため、本人もどことなく諦め気味である。


 しかし今日に限っては事情が違った。


「他の人に頼らなくても、姉さんのことなら俺が……ぐおおっ」


 凛の肩に置かれていた姉の手を取り、強引に体を潜り込ませる。


 気合を入れたまでは良かったが、性別の違いはあれど、3年生が6年生を背負うのはさすがに無理だった。


「見事に潰れたの」


「おー」


「ゆーちゃんもほっちゃんも、黙って見てないで手伝ってほしいです」


 真っ先に救出に向かった沙耶に請われ、穂月と悠里も下敷きになりながらも嬉しそうな智希をなんとか引っ張り出した。


   *


 色々とあった午前中が終わり、ついに穂月は体育館の舞台に立った。


 衣装も皆で用意し、小学生最後の演劇に胸が躍る。


 短い時間でまとめなければならないので、テキパキと役どころをこなさなければならない。


 最初はシンデレラが義母や義姉から酷い扱いを受けているところから始まる。


 シンデレラ役はもちろん穂月であり、義母は凛で義姉は悠里である。


「おーほっほっ、もっとシンデレラを虐めるのですわっ」


「はわわ、この母親、性根が腐ってるの、シンデレラがかわいそうなの」


「1人だけいい子になろうとしないでくださいませ!」


 途中途中でアドリブが加えられつつも、シンデレラは使用人のごとく朝から晩まで働かされる。


 けれどもシンデレラは境遇に負けず、朝が来れば小鳥と会話を楽しみながら日々を過ごしていく。


「おーほっほっ、朝になりましたわ。さあ、今日も……娘よ、やっておしまいなさい!」


「最悪なの、小鳥に威嚇された程度で尻ごみしないでほしいの」


「あんな大きいのに小鳥はないですわ。しかもあれ、本気で怒ってますわよね!?」


 小鳥こと希の無言の睨みに、義母と義姉は揃って後退りするのだった。


   *


 場面が変わって沙耶の演じる王子様と王様のやりとりが入り、舞踏会の開催が決まる。


 その後にまたシンデレラが舞台に立つ。


「おーほっほっ、そんなに舞踏会に行きたいのであれば、ドレスを用意なさいませ。もちろん仕事もすべて終えていただきますわ」


「……シンデレラに恩返しをしよう」


「展開が早すぎですわ! 仕方ないから娘よ、破いてくださいませ」


「はわわ、汚れ仕事だけやらせないでほしいの」


 紙で作ったドレスがビリビリに破かれる。頽れたシンデレラは噴水ではなくその場で涙を流す。


「……もう信じるのはやめたわ」


 あまりに迫真の演技だったからか、観客席から応援の声が届く。


 悲嘆に暮れるシンデレラを見かねて、妖精役のクラスメートがやってくる。


「ビビディ・バビディ・ブー」


 有名な魔法の言葉だけに、低学年の児童が喜びの声を上げる。


 弟たちも熱心に穂月の演技を見てくれていた。1人だけ眼光鋭く、舞台にいない小鳥を探しているが。


 体操服を脱いで、予め下に着ていたワンピース姿になると舞台も盛り上がる。


「ありがとう、妖精さん」


「0時には魔法が解けてしまうから、気を付けてね」


 今度は頭にかぼちゃっぽい作り物を被って2役目をこなす希の背に乗り、舞踏会の会場へ行く。


「なんて美しい人だ」


 王子様役の沙耶に一目惚れされ、一緒に踊るシンデレラ。


「どうか私と結婚を」


「ごめんなさい、私はもう帰らなくては」


 ガラスの靴の片方だけを残し、穂月は舞台袖に走って消える。


 逆方向から王様役がやってきて、時間がないので大公ではなく王子とのやり取りで国中の娘のガラスの靴を履かせることになる。


「はわわ、お母様、どうやら王子様がシンデレラを探しているみたいなの。祝福してあげるの」


「それでは劇になりませんわ! 代わりにわたくしが王子と結婚いたしますわ!」


「BBAには無理だと思うの」


 義母の命令で部屋に閉じ込められていたシンデレラはなんとか脱出し、王子との面会を果たす。


「ああ、貴女は……私にはわかります、さあ、この靴を履いてください」


 本来なら大公の役どころを時間短縮のために王子がやっているので、一目でシンデレラと見抜かれてしまうが、それはそれで劇を進行する。


「おっと、足が滑りましたわっ」


 義母が蹴り飛ばしたガラスくの靴が舞台袖に消える。


「これで確かめるすべはなくなりましたわ。おーほっほっ」


「そんな……」


 愕然とする王子にシンデレラは微笑む。


「大丈夫です、ここにもう片方がありますから」


 最後にナレーションが入り、無事に穂月たちのシンデレラは幕を下ろすのだった。


   *


「皆、お疲れ様っ」


 文化祭の打ち上げと称して、穂月たちはいつもの面々でムーンリーフに集まっていた。春也たちも一緒である。


 葉月たちも観に来てくれていたようで、しばらくは演劇の話題で盛り上がる。


「途中途中で脱線しかけたせいで、私の胃痛が激しかったです」


 オレンジジュース片手の沙耶にジト目で睨まれた凛が、慌てて弁解する。


「あれはゆーちゃんさんが裏切ろうとばかりするからですわ。わたくしのせいではありませんわ」


「はわわ、罪をなすりつけないでほしいの。それにりんりんが虐めるから、ほっちゃんがかわいそうだったの」


「あれがシンデレラですわ! というより何度も練習してましたわよね!?」


「それはそれ、これはこれなの」


「やっぱりわざとだったんですわねえええ」


 悠里に詰め寄ろうとする凛を、いつものごとく沙耶が仲裁する。


 友人たちのじゃれ合いを楽しく眺めながら、穂月は隣で眠そうにしている親友に声をかける。


「のぞちゃんは小鳥とかの役でよかったの?」


 最初は希が王子様で、沙耶が妖精役だったのである。


「……王子様とか男役とかほっちゃんの相手役が多かったから、たまには一緒に何かする方の役に回りたかった」


「そうなんだ、ありがと」


「……小学生最後の劇は楽しめた?」


「うんっ、大満足だよ」


「良かった……」


 そう言って見せてくれた希の微笑みは、いつもよりも優しい気がした。

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