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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族10 穂月の小学校編
425/527

今年の夏も目指せ全国大会! ネズミーランドはついでの目的です、本当です

 朱華の問題も一段落して、穂月が安心できたのも束の間。


 季節は6月に入り、少しずつ湿ってきた空気を嫌うように、市内のグラウンドでは熱気が溢れていた。


 夏の全国大会への出場権を争う予選。負けたら部活は引退となる陽向は誰よりも気合が入っていた。


「うらあああ!」


 雄叫びを上げて陽向がバットを振り、叩き潰すような音が響く。


「はわわ、また打ったの」


 加速して野手の間を抜ける打球を目で追いかけながら、ベンチにいる悠里が口元を手で覆う。


 2日間に渡って行われる予選はトーナメント制。春のリーグ戦とはかかる重圧も違うのだが、ものともしない主将の活躍ぶりに部員たちも目を細める。


 初戦は主戦の穂月が先発し、打線も着実に得点を重ねる。昨年の全国大会ベスト8がマグレではないと証明する実力に観客席も大盛り上がりだ。


「おー、のぞちゃんママ、お酒呑もうとして好美ちゃんに怒られてる」


「よく見た光景ですね」


 観客席を見物する穂月と沙耶に、教えないでくれとばかりに希が背中を向けた。


「余裕があるのはいいことだけど、油断はしないようにね」


 注意力が散漫になっていると判断したのか、監督の柚が声をかけてきた。年齢を重ねてもスラリとしたモデル体形だけにユニフォームがよく似合っている。


「それと悠里ちゃん、守備は大丈夫?」


「問題ないと思うの。ゆーちゃんもほっちゃんたちと一緒がいいから頑張るの」


 むんっと可愛らしく力こぶを作る悠里。


 春に投手の才能が発覚した悠里は異様に指先が器用で、それを見た柚がバントなどをじっくり教えたところ、小手先の技術が抜群に上達した。


 怖がりな性格が成長を妨げていたが、春の大会でマウンドを守り、穂月たちと一緒に試合で勝てたのが彼女のやる気を後押ししているみたいだった。


「強い打球が来ると、反射的に避けてしまうのは相変わらずですけども」


「うう、怖いものは怖いの」


「でも、そのおかげでゆーちゃんはボールに当たらないよ」


 野球やソフトボールに死球はつきものだが、穂月が言った通り、運動神経は悪くても何故か回避能力の高い悠里は1度も体でボールを受けたことがなかった。


 凛が指摘したみたいに、時折打球も避けてしまうのが玉に瑕だが。


「まあ、距離がある分、内野よりは怖くないというし、ライナーが飛んで来たら無理せず避けて、素早くクッションボールを処理することを考えて」


「そうするのっ、お嬢様の偽者と違って、柚先生は優しいの」


「……怖がりというわりには、稀にゆーちゃんさんはさらりと毒舌を吐きますわよね」


   *


 初戦は快勝。2戦目も打線の援護に悠里が好投で応え、コールド勝ち。


 2日目の今日の決勝戦では穂月が再びマウンドに上がり、1人ずつ着実にアウトを増やしていく。


「よっしゃ! 今度こそ春の借りを返すんだ。春夏連続出場してあーちゃんに自慢するつもりだった俺の怒りを思い知れ!」


「おもいきり私怨が入ってますわね。スポーツの世界には無用なものですわ」


「つーかりんりん! DPでほっちゃんの代わりに打席に入ってんだから、もっと打ちまくれ!」


「3打数3安打2打点の何が不満ですの!?」


「全打席ホームランじゃないからだ!」


「横暴ですわ! 暴君ですわ!」


 ギャイギャイ騒げるのも、スコアボードに刻まれた5点差のおかげだ。


 穂月たちの攻撃が終わり、残すのは7回裏の相手チームの攻撃のみ。


 気合を入れ直すためにベンチ前で軽く円陣を組む。


「あと少しだ! 今年も全国大会に行くんだ! 俺はまだ引退したくない!」


 鼓舞するというよりは懇願するような激に、陽向らしさを感じて穂月はクスリとする。


「笑ってる場合じゃないぞ、ほっちゃん。今年の開催場所は千葉県だ! あのネズミーランドがある場所だぞ!」


 ピクリと。


 穂月のみならず、希を除く全員の顔つきが変わる。


「俺が調べたところ、同じ市だ。大会が終わったらお願いして遊ばせてもらおうぜ。ほっちゃんのじーちゃんばーちゃんとか絶対千葉まで応援に来んだろ」


「間違いないね。綺麗なお城とかを見れるチャンス、逃すわけにはいかないよ、のぞちゃん、みんな!」


「はわわ、ほっちゃんがいつになく燃えてるの。でも、ゆーちゃんも賛成なの。ネズミーランドに行きたいの!」


「同感です。まーたんでさえ乙女になれる場所は貴重です」


「いや、俺はジェットコースター系にのりたい」


「まーたん先輩らしいですわね。ですが期待に応えるのも貴族の勤めですわ!」


「……貴族じゃないし、りんりん守備就かないし」


「のぞちゃんさん、世の中には言ってはならないお約束というのがあるのですわよ」


 ひとしきり笑い合ったあと、穂月たちはそれぞれの守備位置に散らばる。次に集まる時はマウンドの上。地区予選の優勝を決めたあとだ。


 グッと唇を噛み締めて、歓喜の瞬間へ向けて穂月は腕を振るった。



   *


 7月下旬。


 見事に切符を獲得した全国大会へ出場するためにとった宿で、穂月と希の誕生日が行われていた。


 順調に大会も勝ち進んだので、期間中にそれぞれの誕生日を迎えたのだ。自宅でのパーティーは帰宅後になるだろうが、こうして仲間に祝ってもらえるのも楽しかった。


「去年はほっちゃんの誕生日が終わってからだったんですけどね」


「まあ、俺たちが祝うのは変わらねえし、いいだろ」


 旅館の人に頼んで用意したケーキ。年齢分の蝋燭の火を、穂月は希と一緒になって吹き消す。


「みんな、ありがとー。

 でも……」


「気にすんなって。試合には負けちまったけど、めでたいことと悔しいのは別だからな」


 ベスト4の座を懸けた今日の一戦。


 地元では一目置かれる穂月も、全国大会が舞台となれば抜きんでた存在ではなくなる。それは地区予選で圧倒的な打撃成績を残してきた陽向や凛にも言えた。


 出塁率の高い沙耶も1番の役目を果たせず、塁上が賑わっていなければ2番の悠里も得意の小技を活かせない。


 3番の希はさすがの実力で長打を放つも、なかなか連打が生まれずにロースコアのまま試合が進み、最終的に1-0で負けた。


 2番手投手として悠里が今大会も頑張ってくれたが、やはり主要な場面は穂月に任されることが多かった。蓄積された疲労に打ち勝てず、選手層というチームの差で敗北したのである。


「あーちゃんより上に行って悔しがらせてやりたかったけど、今年もまた全国大会で皆と遊べて楽しかったからな。

 ……あー、だめだ、やっぱ悔しいものは悔しいな」


「下手に恰好つけるよりも、その方がまーたん先輩らしいですわ」


「りんりんとはじっくり話し合う必要があるな」


「え!? お、お待ちになってくださいませ! そうですわ! ほっちゃんさんもわたくしと同じ意見ですわよね!」


「おー?」


 急に話を振られて首を傾げる穂月の肩を、泣きそうな凛が掴む。


「そこは、あいだほっ、でよいのですわあああ」


「ハハッ、ほっちゃんはいつもブレないな。だから次のキャプテンはほっちゃんに任せたいんだが、どうだ?」


「「「「え?」」」」


 沙耶、悠里、凛、さらには希まで同時に硬直した。


 見れば他の部員も似た感じで固まっている。


「ど、どうしたんだよ、皆」


「どうしたではありませんわ! ほっちゃんさんに預けたら、ソフトボール部は演劇部に早変わりですわ!」


 これまで散々演劇に付き合わされてきた下級生が、特に勢いよく頷く。


「んなこと言ったって、ほっちゃん抜けたらエースと正捕手とライト兼控え投手と、ファースト兼控え捕手が同時に消えることになるぞ?」


「言葉にされると早々たる顔ぶれですわね」


 投げれば大暴投という、陽向をリスペクトしたような投球しかできない凛に投手は無理。下級生に主戦を任せても、ごっそりレギュラーが抜ければ地区予選の勝ち抜けも危うい。


「わかったろ? りんりんが主将になったところで、どうせ来年も似たような取引をすることになるんだから、いっそキャプテンにした方がいいんだよ」


「……なんともヘビーな1年になりそうですわね……フフフ……」


 陽向に肩を叩かれた凛を眺めながら、穂月は「おー?」と顔を傾けた。


   *


「おー! お城だよ、お城があるんだよ! 穂月、今日からここに住む!」


「ならゆーちゃんも一緒に住むの!」


「2人とも落ち着いてほしいです」


 帰る前に少しだけ立ち寄ったネズミーランドに、部員の誰もが大興奮だった。


 本当はもう1泊して1日中遊びたかったのだが、さすがに予算がないと困り顔の柚に却下された。


「ほっちゃんさんがはしゃぐ気持ちもわかりますわ。お城は貴族にとって憧れですもの」


「だからりんりんは貴族じゃねえだろ。それより時間がねえんだから、とっとと絶叫系の列に並ぶぞ」


「ちょっとお待ちになってくださいませ! どうしてわたくしの襟首を掴んでますの!? ほっちゃんさんたちとご一緒すればよろしいですわ!」


「ほっちゃんは城に夢中だし、のぞちゃんは隣で平然と寝そうだからなんか盛り上がんねえし、ゆーちゃんは恐怖で失神しそうだし、さっちゃんは3人の保護者だから連れて行くのはマズい。で、残ったのがりんりん。つーわけで行くぞ」


「くうう、納得できる消去法なのが悔しいですわあああ」


 祖父から借りたデジカメでお城や皆との記念写真をたくさん撮り、穂月の忘れられない大切な夏休みの思い出になった。


 帰りのバスではしゃぎ疲れた他の部員がグースカ眠る中、穂月はデジカメに保存した写真を学校に着くまでにまにまと眺め続けた。

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