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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族10 穂月の小学校編
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姉が個性的なんだから、弟だって個性的になるんです

 よくわからないうちに何かの問題が解決したらしく、担任の柚にやたらと褒められた秋が過ぎ去ると、枯れた木々で街並みが寂しく映る冬が訪れる。


 気温がグッと下がれば雨は雪に変わる。タイヤ交換だと慌てる祖父を後目に玄関から外に出れば、しんしんと視界を染める白い結晶に穂月の頬が緩む。


「雪だーっ、皆、雪が降ってきたよー」


 積もる前なのでまだ雪遊びは楽しめないが、この分なら明日には雪合戦程度はできるかもしれない。


「ほっちゃん、その恰好じゃ風邪を引くかもしれないです!」


 慌てて出てきた沙耶が、持ってきたジャンパーを穂月にかけてくれる。


 冬休み初日に高木家のリビングでアニメのDVDを観ていたのだが、窓からチラついた雪に興奮した穂月だけ飛び出してしまったのだ。


「はわわ、とうとう降ってきたの。パパは寒いの嫌いだから、暖冬がいいって言ってたのに残念なの」


「雪国の冬なんだから寒いのは当たり前だろ」


「動けばすぐに温かくなるわよ。ソフトボールなんてどうかしら」


「部活がない日くらい休ませてくれよ!」


 手袋に包まれた掌で雪を掬う悠里の隣で呆れるような顔をしていた陽向が、この機会を逃すまいと提案した朱華にすかさずノーを突きつけた。


「じゃあ、バドミントンとかで遊ぶことになったら、まーたんは見学してるのね?」


「……やる」


「ならソフトボールでもいいじゃない」


「6人でどうやってやるんだよ」


「6人じゃないわよ」


 朱華が指差した先には、穂月たち同様に外へ姿を見せた男の子が3人ほどいた。


 春也に智希、それに晋悟。それぞれ穂月、希、朱華の弟だった。


 来年には小学生となるだけに、常にムーンリーフで面倒を見ていなくても大丈夫と判断され、今日は穂月たちと一緒に家で遊んでいたのである。


 幼稚園生でも楽しめるものと言われ、アニメ鑑賞を提案した穂月が真っ先に退室してしまったのだが弟たちに怒っている様子はない。


「そふとぼーるってやきゅうのなかまでしょ? やろうよ、おねえちゃん」


 クイクイと春也に着たばかりのジャンパーを引っ張られる。


「さすが春也君はわかってるわね。幼稚園の子にこんなこと言われて悔しくないの」


「いや、どこに悔しがる要素があるんだよ」


 母親の影響か、誰よりソフトボールが好きになっている朱華は、そんな陽向のツッコみ程度ではめげたりしない。


 反対意見が多数になればさすがに諦めるが、それまでは変則性であろうともソフトボールの試合もやりたがったりする。


「ねえさんがおねむだからことわる」


「……うわ、出たよ。相変わらずお姉ちゃんっ子のままか」


 言葉も話すようになって、智希という男児の性格はムーンリーフ関係者内に広く知れ渡っていた。


 姫を守る騎士のように姉の傍から片時も離れようとせず、食事などの面倒も見たがる。姉がお腹を空かせた時のために、幼稚園児にしてすでにお米を炊くこともできるらしい。


 穂月たちにそう教えてくれた彼の母親は何故か「どうしてうちの子は皆、個性的すぎるんだ」と頭を抱えていたが。


「おねえちゃん、わがままはだめだよう」


 ソフトボールを連呼する朱華に、晋悟が待ったをかける。すかさず陽向に「おねえちゃんがごめんなさい」と頭を下げる姿はとても幼稚園児には見えない。


 母親の尚は結構な苦労性になりそうだと、今から心配していた。


   *


 体を動かすのであれば劇でも大丈夫と穂月は進言してみたのだが、流石に何度も同じ内容のを演じているので他の皆は少し飽きがきているみたいだった。


 アニメだけでなくドラマなども観て、演劇のための知識を増やさなければと気合を入れつつ、最終的に穂月もソフトボールに同意した。昔から基本的に体を動かすのは好きだからだ。


 近所の公園の一角を使い、ゴムボールと中が空洞のバットで遊ぶ。投手は朱華で捕手は希だ。


 立候補した朱華と違い、希の場合は捕手以外だと守備位置で寝そうだからという理由だったのだが……。


「はわわ、のぞちゃん、そこで寝ちゃったら怪我しちゃうのっ」


 どこでも遠慮なく横になる希に、悠里が慌てて肩を叩いて起こしに走った。


「ねえさんがいやがるのでやめて」


「はわわ、ど、どうしよう」


 まさか智希に立ち塞がられるとは思わず、悠里が余計にパニクる。


 弟の助力で睡眠時間を確保した希は、そのまま安らかな寝息を立てようとする。


「のぞちゃん? ソフトボールやろ?」


「……ん」


 穂月に声をかけられ、もぞりと動く。仕方なしにしゃがみ、枕代わりにしていたグローブを再び手に嵌める。


「のぞちゃんを動かすにはほっちゃんが一番ね。

 さあ、始めるわよ。最初は誰かしら」


 マウンドで仁王立ちする朱華に、打席で相対したのは彼女同様にソフトボールをやりたがっていた春也だった。


「春也君もかなりスポーツができたんですよね」


 放課後に一緒に遊ぶこともあるので、沙耶だけでなく悠里も年下組をそれなりに知っていた。


「お遊びでもそう簡単に打たせてあげないわよ」


 などと言いながらも、朱華の投球はきちんと手加減されていた。


 それでも幼稚園児にすれば速いはずが、物ともせずに春也が弾き返す。


「嘘だろ、オイ」


 1人だけ外野の守備についていた陽向が後方に全力ダッシュする。その遥か先にゴムボールがポトリと落ちる。本当に空バットで打ったのかと疑いたくなる飛距離だった。


「やっぱり春也は桁が違うわね。次は智希の番かしら」


「ぼくはねえさんといっしょがいい」


 しっかりと希の隣を確保して離れない智希に、さすがの朱華も苦笑いする。


「それじゃ遊べないでしょ」


「かまわない」


 にべもない智希に朱華が肩を竦めるのを見て、穂月はなんとなく思ったことを口にする。


「それだとのぞちゃんと一緒に遊んだことにならないよー?」


「え? いや、でも……うむむ」


「ソフトボールでいいところを見せると、のぞちゃんも喜ぶかもしれないです」


 続けて沙耶が言うと、劇的に智希の表情が変わった。


「ねえさんのためならやる」


「はわわ、そうやってやる気にさせるんだ、勉強になるの」


 感心する悠里が見守る前で、迫りくるゴムボールに対して智希がバットを一閃。


 またしても公園を走らされる結果になった陽向の「真面目にやれ」という声が徐々に遠ざかりながら穂月たちにまで届く。


「あの2人が別格すぎるのよ。幼稚園でこれとは恐れ入るわ」


 腰に手を当てて、打球の行方を見ていた朱華が首を軽く左右に振った。


「で、次は晋悟ね」


「ぼくはさいごでいいです。みなさん、どうぞ」


 明らかに幼稚園児離れした気遣いを見せる晋悟に、手を差し伸べられた悠里が「はわわ」と恐縮する。


「晋悟君は本当によく気が付く子です」


「おー」


 なんとなく拍手した穂月に、晋悟が照れ臭そうにする。


「いいから早く打席に入んなさい」


「ごめんなさい、うちのおねえちゃんが、ほんとうにごめんなさい」


 ぺこぺこ頭を下げてばかりの晋悟だが決して内気でも弱気でもなく、姉の投げたボールを躊躇なく外野まで弾き飛ばした。


「つーか、何で守ってんのが俺だけなんだよっ」


「守備にまできちんと就いてたら人が足りないでしょ」


「だったら最初からソフトボールなんぞやろうって言うな!」


「まーたん、ぼくもいっしょにおいかけるっ」


 自分の打席を終えていた春也が、懸命に手足を振る。


 地面から半分だけで出ているようなタイヤの遊具にぶつかって止まったボールを掴むと、すかさず陽向に投げる。


「おおっ、幼稚園児なのにゆーちゃんやさっちゃんより投げれるじゃねえか」


「うう……ショックなの……」


「……少しは真面目に体を鍛えた方が良さそうです」


   *


 たっぷり遊んで疲れればお腹も減る。


 自宅で晩御飯を食べる穂月の目の前で、春也が豪快に「おかわりっ」と叫んで椅子から飛び降りる。


 走ろうとしてすかさず祖母に注意され、とことこという音が聞こえそうな足取りでキッチン付近に置かれている電気釜から白米を茶碗に盛る。


 基本的に自分の分は自分でがモットーの高木家だが、祖父の分に関しては祖母が率先してやりたがる。


 いつだったか穂月が祖母に理由を尋ねたら、春道さんのお世話は私の生き甲斐なのとなんだかよく理解できない答えが返ってきた。


 その後に希を世話する智希の気持ちがなんとなくわかると言っていたので、やりたいからしているだけかと納得した。


 穂月も春也の誕生日にはケーキを作ってあげるし、両親や祖父母に手料理を振舞いたくなる時もあるからだ。


「今日はソフトボールで大活躍だったんだってな。朱華ちゃんが褒めてたぞ」


「へへっ、ぼく、しょうらいはぷろやきゅうせんしゅになるんだ」


「おっ、いいぞ。小学生になったらパパがもっと教えてやるからな」


「やったー」


 全身で喜ぶ春也が祖母に「行儀が悪いわよ」と注意されるのを見ながらトマトで柔らかく煮込んだ鳥のもも肉を食べていると、穂月には母親が話しかけてきた。


「穂月は将来の夢とかないの?」


「お姫様っ……じゃなくて、うーんと女優さん?」


「演じるのが好きだもんね。どんな夢でもママは応援するよ。

 でも……ソフトボールはやっぱり興味ない?」


「よくわかんない」


 素直に答えると、アハハと笑いながらも母親はどことなく寂しそうだった。

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