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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族10 穂月の小学校編
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ソフトボールよりもお遊戯なお年頃、でも2号店には連れてってね、菜月ちゃん

 色々あった七夕の授業参観が終わり、希と実希子の母娘のじゃれ合いのごとき喧嘩もひとまずは一段落したみたいだった。


 おかげで穂月も安心して夏休みを楽しめる。


 今年もそれぞれの弟の誕生日だけでなく、自分たちの誕生日にもケーキを作った。だいぶ手慣れてきたと母親に褒めてもらったのを昨日のことのように思い出す。


 全力で逃げたがる陽向を家まで迎えに行き、夏休みは初日から皆で勉強をした。1人ではすぐに飽きるが、仲間が揃えば楽しく宿題ができる。


 それもこれも途中で皆が遊びたがると気を引き締めてくれる沙耶がいるからだ。仲間内で最年長の朱華が監督役になってくれているのも大きい。


 おかげで7月中には宿題の目途もつきつつあり、いよいよ夏休みの目玉ともいうべき遊びに全力を費やせるようになる。


 時間さえあればムーンリーフに集まる夏休み。今日も今日とて誰も欠けずに午前中は近くの公園で遊んだ。昼食をとったら日中の暑い時間帯は屋内で過ごす。残っている宿題を軽くやり、あとはトランプや読書など各自が好きにする。


 穂月が陽向や悠里と神経垂迹を楽しんでいると、好美の部屋を珍しい人物が訪ねてきた。


 あっと声を上げるより早く、読書をしていたはずの希が反応する。栞を挟んだハードカバーの本を床に置き、とことことそのお客さんの足に抱き着く。


「希ちゃんは相変わらず菜月ちゃんが好きなのね」


 眼鏡の奥で好美が目を細める。


 来訪者は東京で働いている菜月だった。少し前の夕食の席で、両親が近々帰省すると話していた。それが今日だったのだろう。


「菜月ちゃん、こんにちはー」


 穂月も右手を挙げて挨拶する。本来は「叔母ちゃん」と呼んでいたが、茉優や愛花らが遊びにくると「おばちゃん」が増えるため、誰々のママとつけられる葉月たち以外は名前とちゃん付けで呼ぶようになっていた。ちなみに男性側はおじちゃんであり、菜月とよく一緒にいる真のことは「真のおじちゃん」という呼称だ。


「こんにちは。きちんと挨拶ができて偉いわね。皆も元気だった?」


 夏と冬にこまめに帰省する菜月だけに、穂月の友人たちとも面識があった。


 陽向などは滅多になく甘える希に目を丸くし、子供みたいだなどと言って菜月を吹き出させていた。


「今回の帰省は早めだったのね」


「見たいものもありましたので」


「茉優ちゃんのところね」


「ええ、順調ですか?」


「どう……かしらね。赤字にはなってないけど……」


 無言になった好美と菜月の間に重苦しい空気が漂うも、子供たちには関係ない。仕事で忙しい大人たちではなく、遊んでくれそうな人がやってきたのだ。逃す手はなかった。


「菜月ちゃん、一緒に遊ぼー」


「そうね……せっかくだからそうしようかしら。あら、トランプをしていたの?」


「うんー、ゆーちゃんがとっても強いのー」


 それならと菜月も挑んでみたが、悠里はもの凄い勢いで同じカードを捲っていく。


「凄いわ。悠里ちゃんは1度捲られたカードを全部覚えてるのね」


「ゆーちゃんは間違い探しも得意なんだよー」


 自分のことのように自慢する穂月の隣で、悠里が照れ臭そうに頬を赤らめる。


 テストも教科書の内容を覚えるだけのものなら沙耶以上の点数を取る。しかし計算や作者の気持ちを考えろといった問題の解答率はグンと下がるので、なかなか成績上位者にはなれずにいた。


 沙耶がトップで面倒臭がりの希がほぼ平均点。穂月の場合は下から数えた方が早かったりする。


 両親も祖父母もきちんと勉強や宿題をしていれば、悪い点を取ったからといって怒ったりはしない。心配そうにはするが。


「……アタシもやる」


「はわわ、のぞちゃんの目が怖いのっ」


 菜月に褒められた悠里に嫉妬したらしく、彼女に勝負を挑んだ希はいつになく本気だった。


   *


 互角の攻防を繰り広げながらも最終的に悠里の勝利で終わり、午後3時を過ぎたあたりで穂月たちは外に出た。せっかくだから菜月も交えて遊ぼうということになったのだ。


「朱華ちゃんがソフトボール部に入ったことだし、皆でソフトボールをしましょうか」


 菜月の提案で高木家からグローブとバットを持参したが、穂月たちがまだ小さいのもあってボールは大きめのゴムボールを最初に使う。


「特に悠里ちゃんは無理しなくていいからね」


「ゆーちゃんもほっちゃんたちと遊ぶのー」


 運動は苦手でも友情を大切にする悠里に、菜月が転がすようにボールを投げる。


 それでもトンネルしてしまう悠里の後ろで、人並みには動ける沙耶がキャッチする。


「はわわ、難しいのー」


「次はアタシ」


 菜月が絡むとやる気を見せる希が、転がってきたボールを華麗にキャッチして投げ返す。一連の動作があまりにも自然で綺麗だったので、すぐに穂月も真似したくなる。


「経験者の朱華ちゃんは当然として、穂月も陽向ちゃんもかなり動きがいいわね。

 ……その中でも別格なのが希ちゃんのわけだけど」


 同年代と比べても成長が早い希は、4年生の朱華の動きと遜色ないレベルだった。


「でも、あまり一生懸命というわけでもないわね。希ちゃんは性格からして仕方のない部分もあるけど……穂月はソフトボールは嫌い?」


「嫌いじゃないよー」


 素直な気持ちを返すと、菜月は目だけを動かして考え込む素振りを見せる。


「好きでもないってことなのかしら?

 それなら、穂月は何か他にしたいことはある?」


「おゆうぎーっ」


 両手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねる。あまりにも楽しそうに映ったのか、菜月が笑顔になる。


「はづ姉からも聞いていたけれど、穂月は本当に演じるのが好きなのね」


「だってお姫さまとかにもなれるんだよー」


「自分以外の誰かになれるのが楽しいということね」


「うんっ」


 なるほどと頷きはしたが、何故か菜月は最後までお姫様ごっこをすることだけは承諾してくれなかった。


   *


「さあ、着いたわよ」


 ソフトボールをした翌日。穂月は菜月に連れられて、車で県中央にやってきた。


 祖父から借りたコンパクトカーの助手席から菜月大好きの希が、穂月は悠里や沙耶と一緒に後部座席から地面に降り立つ。


 駅から少し離れた場所に、ムーンリーフとそっくりな店が建っている。看板にもムーンリーフと書かれている。


 ここが近頃よく両親の話題になっていた「2号店」なるものだろうと穂月は推測する。


 朱華は所属するソフトボール部の練習があり、陽向は仕事が休みの母親と一緒に買物に行っていてこの場にはいない。


「なっちー、それに穂月ちゃんたちもようこそぉ」


「あいだほっ」


 舌足らずな口調で出迎えてくれた茉優に、穂月は笑顔で挨拶する。


 幼稚園の頃からムーンリーフに行くとよく遊んでくれた茉優は、とっても柔らかくて優しくて大好きな大人の1人だった。


「仕事の迷惑ではないかしら」


「忙しい時間は終わったから大丈夫だよぉ。そんなに混まないけどぉ」


「好美ちゃんに聞いたわ。あまり軌道には乗ってないみたいね」


「ここでもパンは作ってるけど、余る方が多いかなぁ」


 しょんぼりと落とした茉優の肩を、支えるように菜月が掴む。


「まだ始まったばかりじゃない。

 和也さんがケーキ類を運んできてくれるのよね?」


「うん。本当ならそこから恭ちゃんがお店を回ればいいんだけど、今は2人しかいないからそのままお願いしてるんだぁ」


 茉優が調理を担当しているので、夫の恭介は必然的に補佐か接客になる。


 調理スペースも拡張して、専用の工場でも作るべきかと言うほどに経営も生産も拡大傾向な本店と比較すれば、新規開店したばかりの2号店は低空飛行もいいところだ。


 深刻そうな茉優と一生懸命励ます菜月の会話内容は穂月にはまだ難しいが、それでも大変な事態になっているのだということだけは理解できた。


「本店は地元だったから上手くいったけど、本来店を開くというのはこういうものよ。決して茉優に責任があるわけじゃないわ」


「ありがとう、なっちー」


「好美さんも長い目で見るつもりみたいだし、立地も悪くないもの。時間をかけて茉優とムーンリーフの味を地域に密着させていけば勝機も出てくるわ。県中央のスーパーに卸している分は売れているわけだし」


「うんっ、やっぱりなっちーは凄いねぇ」


「素人考えを言っただけよ。そもそも銀行勤めというだけで商売のスペシャリストになれるのであれば、銀行を退職した人は全員商売で大当たりしているだろうしね」


「それでもなっちーは茉優の憧れだよぉ」


 にこにこと菜月と握手をした茉優が、ふと気づいたように穂月たちを見た。


「あっ、放っておいてごめんねぇ。こっちでおやつを食べよう」


 出発前に昼食を終えていたが、3時のおやつという言葉もある通り、その時間が近づいてくると小腹も空く。


 大喜びで茉優の言葉に甘えた穂月たちは、2階の住居スペースで手作りのクリームドーナツを頬張る。1階の店は閉めるわけにいかないので、今は厨房で機器の清掃を終えた恭介が受付に立ってくれていた。


「とっても美味しいです!」


 甘いものが大好きな沙耶が瞳をキラキラさせる。


 穂月もすぐに同意する。母親のパンも美味しいが、茉優の手作りパンはどことなく優しい感じがした。どこがどう違うのかと問われても、穂月の乏しい語彙力では上手く説明できないのだが。


「甘さが控えめだからはづ姉のと比べて上品な感じがするわね」


「う~ん……そこがあんまり売れない理由なのかなぁ」


 茉優が悩む素振りを見せると、すかさず菜月は首を左右に振った。


「これは茉優の武器よ。基本的な味自体はムーンリーフのものなのだし、このままで勝負すべきだわ」


「そっかぁ……うん、わかった!」


「……ごめんね。本当は私も手伝ってあげられればいいのだけれど……」


「仕方ないよ、なっちーにはなっちーの仕事があるんだし」


「そう……よね……」


「ほらほら、悲しい顔してないで、なっちーもたくさん食べてよぉ」


「茉優ったら、もう……こんなに食べたら太るわよ」


 その後は楽しそうにお喋りをする菜月と茉優に負けじと、穂月たちも美味しいおやつを口一杯に頬張りながら学校のことなどをあれこれと話した。

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