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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族9 愛すべき子供たち編
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穂月たちの幼稚園生活

 両親の朝が早いので、必然的に穂月も早朝に起床する。


 母親の葉月からはもっとゆっくり寝ててもいいと言われるが、子供心に起きた時に両親の顔が見られないのは寂しいと感じる。


 それでも眠い時は眠い。


「いって、らっしゃ」


 両親に声をかけたまではよかったが、そのまま廊下で眠りそうになったので、慌てた母親に自室へと戻される。


 寝相があまり良くない穂月はベッドでは落ちる危険性もあるため、寝る時は布団だった。


 最近ではそれなりに慣れつつあるが、三歳を少し過ぎた頃に、いきなり自分の部屋で寝させられた時はとても寂しかった。


 クスンクスンと鼻を鳴らし、パパとママがいないと眠れるわけがないと嘆きながら、あっという間に寝ていた。


 心配だった両親は当時、こっそり廊下から状況を見守っていたらしいが、あまりにもあっさり熟睡したため、安堵と同時に少しだけ落胆したそうだ。


「はむっ」


 巨大ハンバーグをトランポリンみたいにして遊んだあと、盛大にかぶりつこうとしたところでもう一度目が覚める。


「……まずい」


 はむはむしていたのは布団だった。


 涎がべっとりついてしまったので、後で怒られる。


 どうにか証拠隠滅しようと考えて、近くにあったティッシュで一生懸命に拭く。


 さらに拭く。


 もっと拭く。


 そして拭く。


「あいだほっ」


 勝利の雄叫びを上げ、ガッツポーズを作る。


 少しだけ汗をかいたので、洗面所に向かう。


「うんしょ」


 専用の台に上り、水を出す。


 バチャバチャと洗い、やはり専用のタオルで拭く。


 気分がスッキリしたところでトイレなどを済ませ、早めに着替える。夏なので薄い水色のワンピースタイプの制服だ。


 冬はブレザーで可愛いと母親の葉月は我がことのように喜んでいた。それだけで穂月も嬉しくなったが、生憎とワンピースやブレザーといった言葉の意味はわからなかった。


「ひらひらー」


 一階のリビングで祖母の和葉に挨拶する。


「おはよう。今日も似合ってるわよ」


 優しく頭を撫でてくれる。


 簡単に肩口までの黒髪を櫛で梳かしてくれて、それから朝食になる。


 その頃には祖父の春道も起きてくる。


 葉月と和也の両親はもう仕事に出掛けたらしい。


 寂しさはあるが、きちんと朝の挨拶はできたので穂月は満足だった。


   *


 穂月が住んでいる町は、アニメのキャラクターが住んでいる所よりも子供が少ないらしい。


 だから幼稚園の送迎バスが一台でも、園児全員が乗れる。


 友人の朱華の家を先に回るので、窓から手を振ってくれた彼女に両手を挙げて挨拶する。


「あいだほっ」


「あいだほー」


 他の園児も笑顔で挨拶してくれるので、穂月としては嬉しい限りだ。


 幼稚園の先生にはどんな意味があるのか聞かれたが、そんなことを聞かれても穂月にはわからない。


 ただ楽しいだけである。


 穂月が乗り込むと、次は朱華同様に友達の希の家に向かう。彼女はいつもくたっとしているが、穂月が近づくと元気になる。


 希の母親にはほぼ毎日、元気に希と遊んでくれとお願いされる。穂月としても望むところなので、今日も頑張ろうとむふんと鼻から息を吐く。


「あはは、また希ちゃんのお母さんがおこってる」


 朱華の笑い声で窓から外を見ると、なんとか制服に着替えてはいるものの、目を閉じたまま今にも地面に倒れそうな希の小さな肩を、母親の実希子に必死になって揺すっていた。


 一緒に入園して以降、いつもこうなので園児たちに驚きはない。


「希ー、ほら、皆が来てるんだから元気出そうぜ、な? な?」


 腕を引っ張られても鼻からちょうちんを出しそうな希はろくな反応をしない。


 けれど穂月にはわかる。友人は今日も元気そうだ。


「あいだほーっ」


 朱華に窓を開けてもらい、大きな声で挨拶をする。


 眠そうなのは変わらないが、パチリと希が瞼を上げる。


 少し茶色がかった瞳は大きくて、まるで水晶玉みたいで、穂月はとっても好きだった。


「……あいだほー」


 顔だけを向け、小さな口をもごもごと動かす。


 穂月ほどあまり気に入ってはいないみたいだが、律儀に挨拶を返してくれるのが嬉しい。


「穂月いいい」


 そしてまた希を覚醒させた感謝で、希の母親が号泣していた。


   *


 幼稚園に通う児童は希望すれば漏れなくバスで送迎してもらえる。


 けれど中には自分で送り迎えするという保護者もおり、園児全員が揃うまでは自由に遊んでいいことになっている。


「あいだほっ!」


 午前八時に自宅を出て、現在は午前九時。あと一時間ほどは楽しい自由時間だ。


「あいだほーっ」


 入園してまだ少ししか経っていないが、穂月はもう皆とお話をした。


 家でそう教えると、両親や祖父母が喜んでくれる。


 皆、仲良く。喧嘩は駄目。


 幼稚園に通う前から、母親の葉月にそう教えられていたのもある。


「ほづきちゃん、あいだほお」


 中には挨拶をしてくれない児童もいるが、そういう子には穂月自らとことこ近づいて、手を握りながら笑顔でもう一度挨拶する。


 そうすると大抵はなんかそわそわしながらも、きちんと「あいだほ」と返してくれる。


「穂月ちゃんはにんきものだねっ」


 朱華が拍手して喜んでくれる。


「あいっ」


「ええと、希ちゃんは……あっ、そこでねちゃだめだよっ」


 積み木を枕にしようとしていた友人を、慌てて朱華が注意する。


 隙あらばどこでも寝ようとするため、先生たちの間では早くも要注意人物に指名されつつある。


「希ちゃんも、皆と一緒に遊びましょう」


 可愛らしい幼稚園の先生がしゃがみ込んで声をかけるが、ろくな反応はない。


 大人は無視されてると思うらしいが、穂月には希が眠いからやだと態度で言っているのがわかる。


 だから近づく。


「ねるのー?」


「……」


 希がむくりと上半身を起こす。


 年若い先生たちがホッとするのが見えた。


   *


 午前十時を過ぎて全員が揃ったかどうかを確認する。欠席していなくとも、体調に問題がないかを先生たちが調べる。


 終わったら今日の予定が説明され、各学年に分かれる。


「あやかちゃん、バイバイ」


「バイバイ、またねー」


 ちょっとだけ寂しいが、同じ幼稚園には希がいる。


「のぞみちゃん、こっちー」


 言っても動かないので、穂月はまた横になっている友人をごろごろ転がす。


 当初は暴挙に見える行動に焦っていた先生たちも、毎日恒例になっているのに加え、希がまったく嫌がっていないので何も言わなくなった。


「今日はひらがなの勉強をしますよー」


「はーい」


 穂月を含めた園児が挨拶をする中、紙に書かれたひらがなを皆で呼んでいく。


「ちょっと難しいけど、何て書いてあるか読める人はいるかなー?」


「のぞみちゃんー?」


「きょうはいいてんきです。あしたもはれるといいな」


 問いかけた穂月に対し、すらすらと答える希。


 ひらがなの読み書きだけでなく、簡単な計算や漢字もできる。面倒臭がりで積極性は欠片もないが、非常に優秀な児童。


 扱いこそ難しいが、穂月とセットであれば最低限の活動はしてくれる。


 そして穂月は何にでも好奇心を示し、積極果敢にチャレンジする。


 人見知りはせず、グイグイと周りを引っ張るというよりは、自分ひとりで突き進む。


 揃ってマイペースながらも、どこか互いの欠点を補っているような関係だと評価され、同時入園だったのもあって、いつしか穂月と希は園内でセットで扱われるようになっていた。


   *


 皆で準備したお昼が終わると、午後の活動に入る。


 午前中は教室で勉強や工作、音楽などを行う分、午後は外遊びが中心になる。とはいえまだ夏なので、園内での追いかけっこが行われる。


「じゃあ次の鬼は最初に捕まった希ちゃん……なんだけど……」


 運動スペースの真ん中で、自らの腕を枕に眠る女児に先生の笑顔が曇る。


「ほづきがおいかけるー」


 両手を上げて宣言。


 すぐに走り出し、眠っている希を上から覗き込む。


「のぞみちゃん?」


「……」


 むくりと起き上がり、穂月の肩をポンと叩いたあと、希が走り出す。


「希ちゃん、はやっ!?」


 先生が驚いている間に、次々と希が園児にタッチしていく。


 他の子らは知らないが、真面目に鬼ごっこをすれば年長組の朱華とさえまともに張り合えるのが希だった。


 あっという間に次の鬼になった穂月は、希に負けじと笑顔で走り出した。


   *


 午後二時を目安に帰りの会が行われ、バスの準備が整うまでは自由時間になる。


 穂月は朱華や希と一緒に、園内にある絵本を読む。


 積み木などで遊ぶこともあるが、本なら希も比較的積極的になるからだ。


 何度も読んだ本だったとしても熱心で、先生たちの間にも希は本を与えておけば安心という共通認識が広まりつつある。


「それじゃ、皆、バスに乗ってねー」


「はーい」


 送迎バスに乗った穂月は、朱華や希と一緒にムーンリーフの前で降りる。


 それぞれの母親が働いているため、朱華が通いだした頃からの流れで送り場所に指定されていた。


「希の奴、まるで囚人だな……」


 途中で眠りだして怪我をしないようにと、左右を穂月と朱華に抱えられて地面に立った希を実希子がそんな風に評した。


「あはは……。

 穂月、幼稚園は楽しかった?」


 笑って誤魔化すしかなかった母親が、すぐにしゃがんで穂月と目線を合わせる。


「たのしかったよー、あいだほーっ」


「あはは、あいだほ。おかえりなさい」


「あいっ、ただいまー」


 笑顔でギュッと抱き着く。


 今日も大好きな母親からは、とっても甘くて優しい匂いがした。

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