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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族9 愛すべき子供たち編
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孫を連れての墓参り

 見慣れない風景に幼い少女が興味津々で瞳を動かす。


 途中途中で休みが取れるので選んだ車での移動中から、春道の愛する孫である穂月は窓に両手を張り付けて、一心不乱に流れる田園を眺めていた。


 ところどころに今も立つ古びた電柱。伸びる電線。


 高い雲がはっきり見える青空。


 街中はわりと賑わっていても、郊外に赴くと高木家周辺と大差ない長閑な田舎で自然で溢れている。牛の鳴き声すら聞こえてきそうなほどだ。


「着いたぞ」


 春道の実家はすでに整理してあるが、お墓だけは住んでいた地で両親が安らかに眠れるようにと動かしていなかった。


 毎年恒例の夏休みの墓参りだが、今回は愛娘の葉月が不在だった。


 というのも少し前に長男を出産し、まだまだ手がかかる状態だからだ。


 生まれてすぐの新生児をあれこれと連れ回すわけにはいかず、今回は春道と和葉だけで墓参りしようと計画していたところ、それなら穂月を連れて行ってほしいと葉月に頼まれたのである。


「葉月と離れるのをもう少し不安がるかと思ったけど、全然元気そうね」


 車から降りて、砂利道を歩く和葉がどこか安堵したように微笑んだ。


 視線の先では無数に並ぶお墓を、不思議そうに穂月が見つめていた。


「これ、なあに?」


 誕生日を迎えて三歳になった孫娘は、何にでも興味を示す。


 腕を引かれた春道は頬の緩みを抑えられないまま、お墓について教える。


「死んだ人たちのお家だよ。ジージもバーバも死んだらお墓に入るんだ」


「しんだ? おはか?」


 バーバと呼ばれるのにも、少しずつ慣れだしてきている和葉が優しく穂月の頭を撫でる。


「そうよ。穂月にはまだ難しいでしょうけど、人は必ず死ぬの」


 細められた目にお墓を移し、何を考えているのかは春道にはわからない。


 ただ人生の終着点を薄っすら見つめているのだろうな、ということだけは理解できた。


 春道もそうだからだ。


   *


 花を手向け、お供え物をして、葬式の時に世話になった住職に挨拶を済ませる。


 初めてのお寺にやはり穂月は興味津々で、油断すると広い敷地内を走り回りかねない勢いだった。


 そうした子供の挙動には慣れているのか、住職は穏やかな笑みを浮かべて見守ってくれた。さすがに春道や和葉は落ち着くように注意したが、子供だけにその程度で大人しくなるはずもない。


 それでも物を破壊するなどの非常識な真似はしないよう、日頃から母親の葉月に教育されているので、強引に行動を押さえつけずに済んだのは救いだった。


「ねえねえ」


 初めての正座で痺れた足を休ませている最中、穂月が春道の服を引っ張った。


「しぬってなあに?」


「あー……難しいな。仏教的な答えをするわけにはいかないし、正確に教えていいかもわからないし……」


 春道が悩んでいると、対面に座っていた住職が静かに口を開いた。


「是非、教えてあげてください。死を恐れれば恐れるほど不安も増します。ましてや家族が禁忌にしていると知れば、尚更口にしてはいけないと恐怖を覚えることになるでしょう」


「そういうものですか」


「はい。ですので今は詳しく説明できなくとも、一緒に散歩をしている時など、道端で小鳥や虫の死骸を見つけた時に教えてあげるのもいいでしょう」


 お寺の住職らしく、死は決して恐れるものではないと説法してくれた。


 ありがたく受け取った春道は、和葉と並んで座ったまま、真剣に穂月に向き合う。


「死というのはな、命がなくなることを言うんだ。命というのは穂月にもママにもパパにも、ジージにもバーバにも誰にでもあって、皆を動かしてくれているもののことだよ」


 理解しているのかしていないのか、ただ首を傾げる穂月。


「体が動かなくなって元のお家に帰れなくなる代わりに、今度は新しいお家に入るんだ。それがさっきのお墓さ。ジージのパパやママもあそこで眠ってるんだ」


「じゃあ、じーじのパパやママと会えるの?」


「ああ、いつも見守ってくれてるよ」


「え、どこ?」


「命があると見えないのさ。一生懸命生きて、最期に死んだ時、初めて新しいお家に入ることができるんだ。そうしたら会えるんだよ」


「えー」


 会えないと知って不満そうにするも、死んだら会えるだけでは、死の恐怖がまだあまりない幼子だけに「それなら」といった展開になるのが一番怖い。


 そもそも説明中の春道でさえ、これで合ってるかどうかの自信もないのだ。


 年齢を重ね、親しい人間の死を見て、初めて現実感が出るというか、恐怖を知るだろう。


 それは人間であれば誰しもが通る道なので、必死になりすぎるほど孫娘に教え込むこともないと春道は判断した。


 なおも繰り返しの質問はされたが、和葉と一緒になって、時には住職にも答えてもらったが、やはりというか穂月はしっかり理解できていないみたいだった。


 恐らく今回のお墓参りも旅行という思い出に分類されることになるだろう。


   *


 お墓参りを終えればあとは宿泊予定の温泉旅館へ向かうだけだが、今回は穂月もいるので県内にある遊園地にまで足を伸ばした。


 春道が子供の頃、両親に一度だけ連れてきてもらったことがあった。遊園地の奥には神話の絵を壁に張り付けた鍾乳洞みたいな場所もあり、涼むこともできる。


 物心つき始めの穂月なので遊具に熱烈な興味を示すかと思いきや、意外にもそうした博物館じみた催しにも関心を示した。


「穂月はこうした物語が好きなのね」


 一緒に見て回っていると、転ばないように孫娘の手を繋いでいる和葉が言った。その表情はとても優しげで、まさしく孫娘を見守る祖母である。


 バーバ呼びに慣れつつあるとはいっても、まだ五十代前半の春道の愛する妻は、そんな風に言われると拗ねる可能性が高いので胸の内に秘めておくが。


「……春道さん、今、何か不愉快なことを思ってなかった?」


「いや……そんなことはないぞ」


 尋常じゃない鋭さを発揮する愛妻に恐れを抱きながらも、話題を変えるきっかけを探そうと先に行きたがる孫娘を観察する。


 キラキラとした目で神話が描かれた絵を見つめる穂月。


 質問のたびに、春道と和葉が持っている知識を動員して教える。


 今回の場合は解答がすでにあるようなものなので、さほど困らないのがありがたかった。何にでも興味を示す穂月はあれこれと聞きたがるので、教える側としては油断できないのだ。


 母親の葉月は春也の世話で忙しく、父親の和也も店主不在のムーンリーフを守るために身を粉にして働いている。


 今回の墓参りも、せっかくの夏にどこにも連れて行ってあげられてないのを気にした葉月のお願いで実現したようなものだった。


「あっちには市民ギャラリーがあるみたいよ」


「民芸品とかアートにはあまり興味を示さないみたいだな」


 高木家次女の彼氏の真と違い、芸術面に執着を見せるタイプではないみたいだった。


「どちらかというと演じるのが好きなのかしら? よくアニメキャラの真似もしているみたいだし」


「そういや絵本でも、文字より絵に興味を示すよな」


 幼いゆえにまだ平仮名を完全に読めないとはいえ、明らかに文字を追いかけるよりも絵だけを見ている節があった。


「希ちゃんなんかは逆だけどね」


 葉月の親友でもある実希子の愛娘は、三歳時点ですでに平仮名をマスターしている。漢字もある程度読めるほどで、身内からは菜月の再来とまで言われ始めたほどだ。


「まあ、どんな子になるにせよ、今は興味あることに集中させてやればいいさ」


「そうね。将来に関しては母親の葉月と一緒に悩んで決めていくだろうし」


   *


 たっぷり遊んだあとに入った温泉は楽しかったらしく、湯上りでほこほこになった穂月は一見してわかるほど表情筋が蕩けていた。


「温泉好きなのは和葉や葉月の血だな」


「菜月も好きだものね。というより春道さんもでしょう」


「まあな」


 温泉というより大きなお風呂が好きで、独身時代から銭湯通いをしていたほどだ。新居になってお風呂が大きくなってからは、利用する機会は減ってしまっているが。


「しかしどこの旅館にも卓球台ってのはあるもんだな」


「私たちが利用している宿に、たまたま備わっているだけだと思うわよ」


「そんなもんか」


 卓球台だけでなく、ピアノが置いてあったり、全自動の麻雀卓が設置された麻雀部屋まであったりする旅館も増えている。


 競争が厳しさを増している昨今、利用客の多種多様なニーズに応えられるようにしておくのは必要不可欠なのだろう。


「だーっ」


 体を動かすのも好きな穂月はすぐに卓球を面白がる。小さな手で子供用のラケットを握り、ぶんぶん振り回すも空ぶったりしない。


「意外と運動神経も良さそうだな」


「そこは葉月と和也君の血を引いているもの」


 そこそこに卓球を遊んだあと、夕食を取って川の字で眠る。慣れない旅で疲れていたらしい穂月は、真ん中ですぐに規則的な寝息を立て始めた。


「フフ、気持ち良さそうに寝てるわね」


「悪戯しすぎて起こすなよ」


「しないわよ……と言いたいところだけど、寝顔を見てると自信が少しずつなくなっていくわね」


「おいおい」


「でも孫娘にかわいそうなことはできないから、春道さんに悪戯するわ」


「待てって、ちょっ、ア、アハハ!」


 脇をツンツンと突かれ、たまらず笑った春道の声が夢の世界にまで届いたのか、真ん中で眠っている小さな天使がにへらっと口を開けた。

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