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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族8 葉月の子育て編
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ムーンリーフの社員旅行

「ふわぁ、綺麗なところだねぇ」


 真っ先に喜びの声を上げたのは、今やムーンリーフの超主戦力の茉優だった。

 彼女が楽しそうにしているのを見られただけでも、今回の温泉旅行を企画して良かったと葉月は心の底から思う。


 事の発端はもうかなり前。

 葉月の大好きな両親が、菜月も高校を卒業したお祝いに二人だけで温泉旅行に出発した日にまで遡る。

 ムーンリーフの屋台骨だったのに加え、夫婦水入らずの旅行を楽しみたいという両親に配慮して葉月は留守番に回ったが、話を聞くたびに羨ましいと思ってしまうのは当然の流れだった。

 いつか自分も行こうと心に決めたあと、少しして実希子ともども妊娠が発覚し、それどころではなくなってしまった。


 しかし愛娘も順調に成長し、今年の夏にはめでたく二歳になる。

 幸いにして春道たちの泊まった旅館は乳児も積極的に受け入れてくれていて、授乳やオムツのスペースはもちろん、家族風呂にも乳児用の浴槽を用意してくれているほどだ。

 インターネットでその旅館のホームページを見た瞬間、葉月が「決定!」と叫んでしまうのも無理からぬことだった。

 即座に好美に相談し、予約と準備を整え、冬の厳しさも徐々に越えつつあるこの二月後半に社員旅行を決めた。


 日程は一泊二日で、この二日間は社員旅行のため休業すると前々から各方面に伝えていた。

 各高校もこの時期になると三年生は登校しなくなる。

 一二年生には多少の不便を強いてしまうが、たまにはパン屋も社員旅行をしたいというのが本音である。財政担当の好美も二日程度なら問題ないと了承してくれて、念願の社員旅行と相成った。


「ここが春道パパと和葉ママがイチャコラしたっていう旅館か」

「実希子ちゃん……言い方ってものがあるよ?」

「うおっ、怖い顔すんなって。

 つーか、母親になってもまだ葉月はパパラブっ子のままなのかよ」

「そこは永遠に譲れないよ!」


 常人にはなかなか理解し難いこだわりを発揮する葉月に、そういう性格だと知っていても友人たちは苦笑を隠せていなかった。


   *


 参加者は葉月と和也に茉優、実希子に好美に尚、本当はここに和葉が加わる予定だったが、たまには皆でゆっくりしてきなさいと辞退された。

 その代わりに社員ではないが、人足にも使えるだろうと智之が参加することになった。

 実希子が愛する夫はこの春から市役所に就職が決まっており、尚の夫でもある晋太の後輩になる。

 本人は今からあれこれと晋太に話を聞いているらしく、小山田家と柳井家で食事をする機会も多くなっているそうだ。


「ふわぁ、お部屋も広いねぇ」


 三部屋借りており、すべて和室だ。

 割り当ては葉月と和也、実希子と智之、あとは尚と好美と茉優になる。

 そこにそれぞれの子供たちが加わる。

 人数が多いので尚たちの部屋が一番広く、恐らく寝るまではそこに集まるであろうことが簡単に予想できる。


「早くひとっ風呂、浴びてこようぜ。和葉ママは、ここを大層気に入ってたんだろ?」

「なんだけど……」


 少しばかり葉月が言葉を濁すと、首に手ぬぐいを巻いた浴衣姿の実希子が怪訝そうにした。


「どうしたんだよ?」

「ママが話してたのって、家族風呂なんだよね」

「かっ!?」


 実希子が赤面の後、硬直する。


「あら、いいじゃない。せっかくだから実希子ちゃんも利用したら?」


 豪快な性格の実希子だが、恋愛や色事に関しては純情だと長年の付き合いで知っている好美がからかうように勧めた。


「み、皆がいる前で、そんな堂々と入れるか!」


 結婚して子供もいるのだから遠慮する必要はないと周りは言うが、同じ環境の葉月も実は実希子と同じ意見だった。

 だからこそ、


「よし、葉月! せっかくだからその家族風呂を一緒に利用してやるか!」

「う、うんっ、そうだねっ!」


 実希子の誘いに、一も二もなく乗ったのだった。


   *


「まったく、好美の奴め。意気地なしだとか言ってやがった」

「笑ってたけどね」


 木目調のタイルは心を落ち着かせてくれる。

 床と壁で少しだけ色に濃淡があるのも、シックな感じがして温泉を利用しているという気分にたっぷり浸れる。

 日常の一歩先を求めても満足できるほどの設備に、脱衣所で入浴前の準備を整えながら葉月は感嘆の息を吐いた。

 しかし、そんな風情も一瞬で砕け散る。


「お、葉月、腹のあたりに肉がついてきてるぞ」

「実希子ちゃん、擽ったい」


 身を捩って笑う葉月だが、心にはグサグサとくるものがあった。

 実際に出産前と後では体重が悪い方向に異なっているのだ。

 母親は多少恰幅が良くなった方が愛嬌があるなんて言っていたが、その自分が日々のジョギングでしっかり体形を維持しているのだから、説得力は皆無だった。


「お返しだよ! 実希子ちゃんは……どうして体形が崩れてないのっ」


 愕然とする葉月に、小癪にも豊かすぎる胸を張る親友は、


「日々の生活態度のおかげだな」


 と勝ち誇る。

 だが葉月は納得がいかない。


「おかしいよ! あれだけ酒に溺れてるのに!」

「おい、人をだらしない中年親父みたいな扱いするな!」


 要は厨房でパンを捏ねている葉月よりも、外回りでひーひー動き回っている実希子の方が消費カロリーが多いということなのだろう。


「そこまでスタイルを気にするなら、一緒に南高校でコーチするか? 監督はいまだに美由紀先輩だけど、人手は多い方がいいしな」


 その分だけ個別練習も可能で、葉月であれば投手育成もできる。

 運動にもなるし一石二鳥なのだが、さすがに断らざるを得ない。


「私まで不在にしてると、何かあった場合に困るし……」

「それもそうか。悪いな、アタシだけ」

「全然いいよ。美由紀先輩には私もお世話になったし、OGとして南高校のソフトボール部には強くなってほしいし」

「去年は一回戦負けだったらしいけどな」


 ため息をつきながら、実希子は浴室へのガラス扉を開く。

 まずは葉月ともども、自分よりも子供たちの世話だ。


「最近は部員数も減ってるらしい。少子化が続いてるから、当然っちゃ当然だけどな」


 それでも葉月や菜月の世代が活躍して好成績を残した南高校は恵まれている方で、中学校でソフトボール部に所属し、進学しても続けようと意気込む女子は南高校を志望するらしい。


「だが去年は有力選手の学力が足りなかったらしくてな。他の高校にまとめて入った挙句、一年からレギュラーの座を掴んで大活躍したらしい」

「美由紀先輩も頭を抱えただろうね」

「まあな。部員は真面目で頑張り屋だし、なんとか勝たせようと奮闘はしたみたいだが、努力空しくってやつだな」


 穂月も希もお風呂を苦手にしていないので、されるがままに入浴を堪能してくれる。

 もっとも希の場合はあまり表情を変化させてくれないので、本当に喜んでいるかは怪しいところだが。


「さすがの美由紀先輩も、菜月の時代が懐かしいってボヤいてたぞ」

「アハハ。考えてみればなっちーの時からなんだもんね。

 美由紀先輩も結構長くなってきたんじゃない?」

「本人が動きたくないって駄々こねてるらしい。柚もだけど、今の学校の居心地がいいんだろうな」


 校長などと交渉して転勤を回避するのも一つの手法らしく、柚たちがどうしているのかまでは不明だが、とにかく同じ学校に在籍し続けている。

 懸念材料があるとすれば、将来的に昇進は難しいかもしれないということだが、柚も美由紀も地位にはこだわらないので、問題はなさそうである。


   *


 家族風呂のあとは普通の温泉も堪能し、夜になれば宴会が始まる。

 もっともお正月の時みたいな大騒ぎではなく、夕食会みたいな感じだった。

 ――実希子を除いては。


「あ! もうビール瓶一本空けてる!」


 驚く尚を後目に、グビグビとグラスに注いだ二本目のビールも一人で飲み干していく。


「どれだけアルコールに飢えてるのよ」


 テーブルに頬杖をついている好美は完全に呆れていた。葉月はといえば、菜月に送りたいからと、茉優が穂月にご飯を食べさせているのを撮影中だったりする。


「ありがとうございましたぁ」

「気にしないで。穂月も茉優ちゃんに構ってもらえて嬉しそうだったし」


 夜泣きもほとんどしなくなった穂月は、人見知りをしない子供に成長中だ。

 もう一人の希には、相変わらずお姉ちゃんぶりたくて仕方ない朱華が頑張って食べさせようとしているが、なかなか上手くできずにいた。

 最終的には智之が補助に回り、自分のスプーンからご飯を希が頬張ると、花が咲くように顔をほころばせる。


「たまにはこうして遠出するのもいいもんだな」

「佐々木に絡まれなければな」


 酒に付き合わされて苦笑する和也に、人の好い智之が慌てて頭を下げる。

 片手で冗談を返す和也とは、かなり仲良くなっているみたいだった。


「男の友情を記念して、もう一杯!」


 グラスを掲げる実希子の前から、いい加減にしなさいと尚がビール瓶を取り上げる。


「何すんだよ」

「子供もいるんだから、泥酔するのは感心しないわよ」

「大丈夫だよ、ビール程度じゃ酔わないって」


 その言葉通り、出産後は一時的にアルコールに弱くなっていたが、今ではすっかり元の強さに戻っていた。


「知ってるけど、何事もほどほどが一番よ」

「んなことないって。な、希」


 甘えるように我が子に擦り寄る実希子だったが、あろうことかその娘に顔を背けられてしまう。


「そ、そんな……ここにいないってのに、やっぱりなっちーの方がいいのか!」

「単純に実希子ちゃんがお酒臭いからだと思う」

「――っ!」


 落雷でも浴びたみたいに全身を震わせた実希子が、力なく頽れる。


「い、言い過ぎたかな」

「全然よ。むしろ葉月ちゃんが言わなければ、私が言ってたわ」

「ちくしょー! 葉月も好美も薄情だー」


 まるで子供みたいに畳に背中をつけて駄々をこねる実希子を囲みながら、旅先の宿で過ごす一夜は楽しく更けていった。

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