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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族8 葉月の子育て編
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愛娘たちの進化

 遊歩道を歩けば、周囲を彩る色鮮やかな葉が強く吹くようになった風と踊るように揺れ、自然と視線を奪われる。

 春とはまた違うウキウキした気分に、葉月でなくとも外へ出かけたくなるのは当然だろう。

 夏に公園デビューを果たし、先日はピクニックにも出かけた。

 両親に似て活動的な性格らしく、目一杯に遊んでくれた穂月だが、遊ぶ場所は屋内と屋外どちらでも構わないみたいだった。


「私からすれば、お外で元気に走り回ってほしいんだけどな」


 幼い頃は母親の負担にならないように、いい子でいるのを心掛け、小学生になってからは虐められるのが怖かったのもあって、外で遊びたいのに室内でお絵かきや宿題ばかりしていた葉月だからこその願望だった。

 もっともそれだけ絵を描き続けても、妹の彼氏みたいに上達しなかったことから、芸術方面の才能がなくて、いまいち熱中できなかっただけかもしれないが。


「希ちゃんと一緒の時は楽しそうにしてたんだから、

 大きくなればもっと外で遊びたがるんじゃないか?」


 一緒に子供の寝顔を眺めていた夫が、あやすように葉月の頭を撫でる。

 優しい手の温もりにしばし浸ってから、葉月は小さく「うん」と頷いた。


   *


「だから、そういう悩みは贅沢なんだって」


 翌日のムーンリーフで夫婦の会話を打ち明けてみるなり、親友の実希子からは怒りというより羨ましさ全開の言葉が返ってきた。

 彼女の愛娘は今現在、穂月と一緒にほぼ事務所と化している好美の生活スペースにいる。

 四歳になって幼稚園に入るまでは手元で育てたいという尚の娘も加わっているので、最近はさらに賑やかさが増した。


 うるさくして申し訳ないなと葉月はいつも思うのだが、先日も好美の母親に頭を下げたところ、むしろ孫みたいで可愛いと言ってくれた。

 建前だけでない証拠に、普段の日中は働きに出ている好美の母親だが、休日になると好美の部屋でにこにこと穂月たちと遊んでくれる。

 本音は本当の孫が欲しいみたいだが、実の娘の好美にまったくその気がないため、すでに諦めて穂月たちを可愛がる方向にシフトしたようだ。


「見ろよ、ウチの女王様を」


 手を広げ、示した先にはバスタオルの上で、でんと仰向けになっている一歳児。

 実希子曰く最強のものぐさ児童の希である。

 今日も今日で朱華が誘うように体を揺すってみても、好美の母親が買ってくれたカラフルな積み木ブロックを近くで組み立ててみても、うんともすんとも言わない。

 しかしここで真打が登場する。


「ぶんぶんー」


 穂月が一言声を上げた瞬間、微動だにしなかった女帝がビクッと小さな肩を揺らした。

 恐る恐る寝返りを打つ女帝に迫る影。

 容赦のない突進に、何故か止めるべき母親がガッツポーズをする。

 その姿に希が絶望したかどうかは不明だが、とにかく一歳児ながら助けが期待できないのを本能で理解しているらしい。


 ごろごろ転がされる哀れな女帝。


 がっつり圧し掛かられる憐れな女帝。


 それでも無視を決め込もうとする健気な女帝。


 絡まりながら乗り越えていく幼い暴君。


 だが苦難はそれで終わらない。


 さほど広くない室内では、すぐに壁にぶち当たる。


 結果どうなるかと言えば――

 ――華麗な反転である。


 舞い戻ってくる暴君。


 耐える女帝。


 舞い戻ってくる暴君。


 耐える女帝。


 いつしか積み木ブロックに夢中な唯一の三歳児。


 にこにこと状況を見守りながら、焦る葉月を羽交い絞めにする厳しい母親。

 今にも舌打ちしそうな雰囲気でハイハイして場所を変える希だが、そこに追撃の魔の手が迫る。

 どうやら自分が標的にされていると察した女帝はここでなんと――


「――ハア!? 立った!

 つーか、歩いた!?」


 実希子が驚愕するほど滑らかに立ち上がり、あまつさえドタドタと歩き出したのである。


「希の奴、やっぱり歩けないんじゃなくて、面倒臭くて歩かなかっただけかよ!」

「驚くのそっち!?

 っていうか、実希子ちゃん、知ってたの!?」


 葉月の質問は、もちろんいきなり歩行を始めた希についてだ。


「目を離してる隙に椅子とかちょっと動いてる時があってよ。希でなけりゃ、誰だって話になるし、もしかしてとは思ってたんだ」


 だからこそ実希子は切羽詰まる境遇に身を置かせ、娘の覚醒というかやる気を引き出したかったのかもしれないが、その相手に穂月が選ばれたのは母親として少し微妙に感じる葉月である。


「でも、これで希ちゃんは穂月ちゃんから逃れられるわね」


 尚が感心している間にも、話題の当人は確実に追跡者から距離を取る。


「……椅子によじ登ろうとしてるわよ。一歳児とは思えない判断力だけど、さすがに危なくない?」

「そうだな――って、おいおい」


 好美の助言に従って愛娘を回収しようとした実希子が、その場で頬を引き攣らせる。


「ぶんぶんー」


 お気に入りのフレーズと言わんばかりに口ずさみ、ハイハイしていた腕を真っ直ぐに伸ばし、気が付けば穂月も立ち上がっていたのである。


「あー……もしかして同じ年の希に刺激を受けた……とか?」

「わかんないけど……悩んでたのが空しくなるほど歩いてるね」


 葉月の口元も苦味たっぷりに歪んでいた。


「子供の成長ってそんなものよ。だから深く悩まずに見守って、明らかな異変の時だけ気にするように私はしてるわ。その方が精神的にも楽だしね」

「うん……これからは私も尚ちゃんを見習うよ……」


 ペタペタと可愛らしく歩く愛娘が目指すのは、椅子に両手で捕まっている獲物だ。

 よじ登るのに成功する前に追いつかれると判断したのか、再び希は逃げ始める。

 寝てばかりいたはずなのに、明らかすぎるほどその足取りは穂月よりずっとスムーズだ。

 つまり円を描くように逃げ回れば、決して追いつかれない。

 一歳児がそこまで判断できるとはさすがに思えないが、葉月の目にはしっかりとした意思を持って希が動いているように見えた。


「もしかして希ちゃんって、その気になれば凄い子なんじゃない?」

「まあ、実希子ちゃんの血を引いてるからね」

「ハッハッハ! もっとウチの子を褒め称えてくれていいぞ」


 葉月と尚の会話が聞こえたらしい実希子が、その豊かすぎる胸を得意げにバウンと揺らした。


「でもその母親でさえ、簡単にはやる気にさせられないみたいだけどね」

「好美……それは言わない約束だろ……」


 今度はガックリ項垂れる。

 実希子が過剰なのではなく、親とはそういうものなのだ。

 子供の成長や態度に一喜一憂し、時には怒って時には笑って、そうして一緒に月日を積み重ねていく。


「あ、そうだ。朱華ちゃんは……」


 積み重ねるで思い出した女児は、一人熱中していたブロック遊びで、どうやら城と思われる建造物を完成させていた。

 本人的には会心の出来らしく、見る位置を変えては何度も鑑賞を楽しんでいる。

 そこに逃げ場所を求めて希がやってくる。

 容赦なく建造物の背後に隠れて盾にしようとする姿に不安を覚えたのか、おろおろするように朱華は左右を見る。


 その動きがピタリと止まった時、目の前には穂月がいた。

 目が合い、さらに嫌な予感を膨らませたらしい朱華は正面から穂月に首を左右に振って見せる。

 それを受けた穂月はいつもよりも素敵な笑顔を披露した。

 心から安堵する三歳児。

 しかし悲劇はその数秒後に訪れた。


 一体何の笑顔だったのかと親ながらにツッコまずにはいられない勢いで、ゴジラのごとく愛娘が三歳児の力作を正面から吹き飛ばしたのである。

 倒れても痛くないのが売りのやわらか素材に嘘偽りはなかったらしく、穂月に痛がる様子はない。

 彼女の横で膝から崩れ落ちた三歳児以外に大きな問題もなく、狂乱の追いかけっこが継続される。


「なんか……修羅場じみてきたわね……」


 涙を流す我が子を慰めに行こうとする友人の横で、葉月は申し訳なさから俯く。


「ごめんね……大きくなって皆に迷惑かけないように教育するからね……」

「やり過ぎはだめよ。萎縮しちゃって周りの目を気にしすぎる子供になっちゃうかもしれないし」

「でも……うーん……子育てって難しいね……」

「今更だろ。けど、ま、どんな形であっても近くに歳の近い友人がいるってのはいいことさ。やっていいこと悪いことの区別は、そのうち勝手に覚えるだろうしな」


 尚が頭を撫でで朱華を慰め、葉月が穂月を背後から抱え上げ、実希子は希を椅子に座らせる。

 普通は子供が落ちないか心配しそうなものだが、ある意味では希に抜群の信頼を寄せているらしい。

 一連の流れを見守っていた好美が、クスクスしながら先ほどの実希子の台詞に「それはどうでしょうね」と疑問を挟み込む。


「好美の意見は違うのか?」

「だって子供は親の背中を見て育つと言うでしょう。希ちゃんが見るのは実希子ちゃんの背中なのよ」

「ああ……それは普通に育たないわね」


「尚まで何だよ! ウチの娘は……まあ、個性豊かだけど、きちんと追われれば逃げるし、追い込まれれば……あれ?」

「……冗談で言ったつもりが、本気で不安になってきたわ」

「待て、好美! アタシをかわいそうな子扱いするな!」


 本気で焦り始めた実希子に、それまで泣いていた朱華までも一緒になって吹き出す。もちろん葉月も笑ったが、心の中ではやっぱり善悪の判断はしっかり教えなければと密かに決意していた。

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