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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族7 家族の新生活編
332/527

葉月の入院生活

 疲労は残っていても、初産ながらも極めて順調な安産だった葉月は出産後から多くの面会を受けた。

 夫の和也を除いて一番に赤子と対面したのは、もちろん両親だ。


「最初は私にきちんと育てられるかしらと不安が大きかったけど、あの小さかった葉月が立派に育ってくれて、初孫まで見せてくれるなんて……ううう」

「泣くなよ、和葉。君は立派な母親だ。誰に何を言われたとしても、俺が証言してやる。それにしても可愛いな。初孫か……」


 肩を抱いた和葉を慰めながら、初孫の寝顔に春道はニヤニヤしっぱなしだ。

 その緩みっぷりは、もしかしたら妹の菜月が産まれた時以上かもしれない。

 もっともその時は恥ずかしくも葉月が幼児帰りみたいになっていて、春道が葉月につきっきりだった影響もあるのだが。

 今、思い返しても、あの頃は幸せだったと葉月は実感する。

 何せ、大好きな父親を誰にも邪魔されずに独占された日々だったのだから。


「初めての出産だものね。疲れてボーっとしてしまうのも当然だわ。初孫が見たいからといって、早めに押しかけてごめんなさい」

「えっ!? そ、そんなことはないよ!」


 もう一度、春道を占拠するにはどうすればいいか、無意識に考えていたとはとても言えない葉月だった。慌てて母親から視線を逸らせば、隣のベッドには数日早く出産を経験した実希子がニコニコとこちらを見ていた。


 初孫というのは実希子の両親も同じで、対面するなり号泣して崩れ落ちたらしい。特に母親は喜びのあまり失神しかけたほどらしく、実希子がそんなにかと大きな瞳をさらに大きくしていた。


   *


 葉月と実希子の出産がほぼ同時で、しかも同じ病室というのもあって、友人たちは葉月の出産を待ってから面会に来てくれた。


「可愛いわね……葉月ちゃんの娘は」

「おい、失礼猿。お前の底意地の悪さは今でも健在だな」


 まだ小さい娘がウイルスでも運んだら大変だからと、尚は病室へ来る前に夫へ預けて来たらしい。

 生まれたての娘がまだまだか弱いのを思えば、些細な配慮でも嬉しかった。

 実希子はその豪快な性格ゆえに、あまり気にしていなかったが。

 もっとも生後六ヵ月くらいまでは、母親から貰った免疫が働いてくれるらしい。


「冗談よ。実希子ちゃんの娘は、性格がお父さんに似てくれるといいわね」

「産後の女にとどめをさしにきたか」


 実希子が口をへの字に曲げる。


「そうだよ、実希子ちゃんのお産は大変で、泣き言ばかりだったんだから、もっと気遣ってあげて」

「おい、葉月っ」


 慌てて口を塞ごうとしても、実希子の両手は現在赤ちゃんのものだ。

 暴露を止められず、ニヤリとした尚にからかわれ、見る見るうちに実希子が耳まで真っ赤にする。

 フォローしたつもりが、どうやら追い打ちになったのを悟り、葉月は「アハハ」と愛想笑いで誤魔化すしかなかった。


「好美ぃ、出産仲間の葉月がアタシを虐めるんだ」

「よかったじゃない」

「好美も敵だった!」


 ガヤガヤする室内で葉月の娘は楽しそうにするが、実希子の娘はまったく動じない。とにかくスヤスヤ眠っている。


「……実希子ちゃんの血を引いてるから、神経が太いのかしら」

「おい、柚。どういう意味だ」


 赤ちゃんがグズると即座に授乳をするのだが、実希子の娘は母親をじーっと見つめ、短く泣いて空腹を伝える。

 医師や看護師から見ても、こうした反応をする赤子は珍しいという話だった。

 その話を聞いても、実希子は広い世界だから他にもいるだろと笑っていたが。


   *


「もう名前はついてるのかなぁ」

「ゴリ子よ」

「おいこら、なっちー。アタシの娘を見て、真顔で言うのをやめろ」


 店の合間に面会に来てくれた茉優の疑問に、葉月が出産した知らせを受けて帰省した菜月が辛辣に答えるなり、実希子が頬を引き攣らせた。


「じょ、冗談はさておき、茉優の聞いたことはどうなんですか、実希子コーチ」


 毎度のこととわかっていながらも、空気が悪くなりすぎないようにすかさず愛花がフォローする。

 菜月と出会った頃は自己中心的な考えをしていたみたいだが、ソフトボール部で他の部員と一緒に汗を流し、またキャプテンも務めたことで徐々にではあるが、余裕と落ち着きを得て現在の性格に変わったらしかった。


「ボクも気になるな」


 愛花と一緒に、県大学でソフトボールに励んでいる涼子が身を乗り出せば、すぐ後ろで明美も瞳を輝かせる。


「旦那と一緒に案は幾つか出てるんだけどな。葉月のとこはどうなんだ?」

 実希子から話の矛先を向けられた葉月は、授乳を終えた娘にけぷっとさせながら、にっこりと笑う。

「この子は穂月ほづきだよ。和也君と一緒に決めたんだ」

「はづ姉さんの月が入ってますね」


 自分事のように、愛花は嬉しそうだった。


「うん。あと私が葉だから穂にしてみた。実り多い人生になりますようにって願いもあるし」

「葉っぱに、菜っ葉に、稲穂か」

「それで実希子ちゃんはどうするの? やっぱりゴリ子? それとも名前を入れてゴリ実なんていいかしら。もしくはゴリ三郎でもいいと思うけれど」

「アハハ、実希子ちゃんが菜っ葉呼ばわりするから、なっちーが反撃してきちゃった」

「それはすまんが、最初にゴリ子呼ばわりしたのはなっちーだよな!?」


   *


 面会も忙しいが、それ以上に大変なのは出産が終わると同時に子育てが始まる事実だった。

 話はされて、頭でも理解していたが、覚悟が足りなかった。

 基本的な手順やコツなどのおむつ指導や、授乳の方法。

 赤子の世話はもちろん、産後の葉月たちにもフォローは必要だ。

 医師の診察を受けて、体だけシャワーを浴びたり、乳房のマッサージ方法を教えられたり、疲れた体を悠長に労わっている暇はあまりなかった。


 産後の二日目以降には沐浴のさせ方や、ミルクの作り方を教わった。

 その間に貧血などの各種検査も行われ、葉月はなかったが、実希子の後陣痛もこの頃には良くなり始めていた。


 産後三日目以降にはシャワーを浴びても平気だったことから、洗髪も許可された。

 ようやくさっぱりできて、この頃から家族や友人との面会に臨み始めた。

 その面会もここ数日で終わり、あとは退院を待つだけだった。


「あ、実希子ちゃん、夫婦で沐浴の練習をしてきたの?」

「ああ、予約しとけば父親も参加できるって言われてたからな」


 実希子の後ろからおずおずとついてきた智之の両手には、大切そうに二人の宝物が抱かれていた。


「まだまだ手つきは危なっかしいけど、父親らしくなりつつあるな」

「なんとか……実希子さんの手伝いをできればいいんですが……」

「おいおい、弱気病にだけはなるんじゃないぞ」

「も、もちろんです」


 大きなお尻に敷いているようでいて、しっかりと夫の居場所も作る。

 そうした絶妙な心配りは、実に実希子らしかった。


「葉月の旦那はどうしたんだ?」

「参加したがってたんだけど、和也君が休んじゃうと店に悪影響が出すぎちゃうから」


 早朝から茉優の仕込みを和葉と一緒に手伝い、午前中は実希子の分も含めて配送で県内を回り、休憩できる時間はすべて葉月との面会に費やし、夕方からは機材のメンテナンスとかもしたりする。

 働き者ぶりは葉月に似ているらしく、休めといっても休まないと好美が嘆いていた。

 そんな和也だけに休憩時間が一定ではなく、予約をとってもその時間に来院できるか不透明だったのである。


「アタシと葉月が同時だったからなあ。どっちかだけだったら、まだ余裕もあったんだろうけど」

「皆も言ってくれてたけど、授かりものだから仕方ないよ。それに好美ちゃんあたりは、次にこういう機会があってもすぐ対処できるから良い経験になるって言ってた」

「……アタシらの中で一番前向きなのって、もしかして好美じゃないか」


 話を聞いていた実希子が、しみじみと呟いた。


   *


 内診や触診でも問題はなく、赤ちゃんも病気になったりはせず、元気に母乳も飲んでくれるので、葉月は実希子ともどもホっとしていた。

 初産だったのもあり、全身の経過観察などもしっかり行った。

 赤ちゃんの先天代謝異常の検査も滞りなく終わり、実希子とは退院後についても話すようになった。


「いきなりの妊娠で驚きはしたけど、葉月と一緒で心強かったよ」

「私もだよ。もしかして、お母さんたちが頼りなさそうだったから、子供たちが申し合わせて産まれる時期を合わせたのかも」

「ハハッ、だったらこの二人は産まれる前から、親友になるのが決まってたってこったな」

「きっと仲良くなってくれるよ」


 頬をツンツンとすれば、擽ったそうにしながらも嬉しそうな反応を見せる穂月。

 一方で実希子の娘は、同様の悪戯をしてもろくに反応を示さない。


「相変わらず大人しい子だね」

「まあな。けど、どこにも異常はないらしいし、こういう子なんだろ」


 今のところは病気じゃないとわかっているので、実希子もさほど深刻にはなっていなかった。


「そういえば、名前は決めたの」

「ああっ! 昨日の夜に決めたから、教えるのを忘れてた」


 実希子はチロリと舌を出し、


「この子の名前はのぞみだ。葉月のとこと同じように、アタシの名前から取ったんだ。女の子だからその方がいいだろうって、旦那が言ってくれてさ」

「わあ、実希子ちゃん、ラブラブだね」

「なっ! あっ、ア、アイツの前では言うなよ……」


 唇の前に人差し指を立てた実希子は母親でありながら、誰よりも乙女の顔をしていた。

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