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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族7 家族の新生活編
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葉月と新生活

「起きたーっ!」


 しつこく居座ろうとする眠気に退去していただくべく、葉月は腹の底から声を出して上半身を布団から起こした。

 毎朝恒例の行事に、すっかり慣れている和也も隣でのそのそと起床の準備を始める。

 畳に布団が大好きな春道の影響か、部屋の基本構造はフローリングで新居の外観も洋風なのに、各部屋には畳が多いというなんとも愉快な状況になっている。


「和也君、おはよう」

「おはよう」


 ふわあと欠伸を一つ。

 高校時代は坊主だったので、短い方が楽だと大人になっても和也は刈り上げの短髪だ。

 葉月は首より少し長い黒髪を、紐で一本に結ってから、パシンと両手で頬を叩いた。


 髪型はその時の気分によって変わるが、好美と実希子が比較的ショートを好むので、葉月も引っ張られる時が多い。

 最近は引っ越しやら何やらで切る時間もなかったので伸ばしているが、その気になれば好美の母親にいつでも散髪してもらえるのであまり気にしてはいなかった。


「んー……和也君は新しいお家に慣れた?」

「大体は。葉月と比べれば住んでいた期間は短かったし。それでも前の家には思い出があったから、少しだけ寂しいかな」


 料理対決など、様々な家庭内イベントに巻き込んだ覚えのある葉月は「アハハ」と笑うしかなかった。

 幸いなのは和也にとっても楽しかった思い出らしいということで、夫婦になった現在でも共有できているのは嬉しい限りでもあった。


「葉月のほうこそ、どうなんだ」

「楽しいけど、ホテルに泊まってるような感覚かな。自分の家って感じられるようになるまで、もうちょっと時間がかかると思う」


 でも楽しいと加えてにぱっと笑えば、早朝から和也も爽やかな笑顔を返してくれる。


   *


 早朝から仕込みをしなければならない葉月とは違い、パンが完成するまで配送の和也は基本的に仕事がない。だから朝はもう少しゆっくりできるのだが、一緒に暮らすようになってから和也は仕込みを手伝ってくれるようになった。

 恐縮する葉月に、少しでも一緒にいたいからだと笑って頭を撫でてくれた時は、敬愛する父親の春道が目の前にいるのかと錯覚したほどだ。


 仕込みをしていると、すぐに茉優もやってくる。

 元々、アルバイトで接客に慣れていた妹の親友は徐々に葉月のレシピも覚えつつあり、好美が提案する二号店を作ろうとなった際には主戦力として期待できるだろう。


 そのうちに実希子も出勤する。

 妊娠前は葉月の仕込みを手伝ってくれていた実希子も、最近では籍を入れた小山田智之や両親に説得され、仕事を少しだけセーブするようになっていた。

 店長の葉月はいつでも産休は出すので言ってほしいと伝えてあるが、黙って寝てたら余計に体に悪いと言い張る実希子が取得する気配は微塵もない。

 小山田智之は頭を抱えているみたいだが、気弱な彼は妻に強く言えず、好美に泣きついたが、少しくらいの運動は必要と逆に諭されていた。


「ん……」


 軽い立ち眩みを感じた葉月は、目を閉じて背中を伸ばす。


「はづ姉ちゃん、最近お疲れ気味だねぇ」


 心配する茉優に笑顔で「大丈夫」と返そうとするも、和也の疲れたら休めという視線に少しだけ居心地が悪くなる。


「ちょっと席を外すね」


 お手洗いを済ませ、僅かな休憩を経て、再度厨房に入る準備を整えていると、自宅から好美が出勤してきた。


「休憩してたの?」

「うん、立ち眩みがしただけなんだけど、和也君や茉優ちゃんが心配するから」


 会計全般を含めた総務という立ち位置ながら、売り場に立つこともある好美は化粧もしっかりしており、ムーンリーフの制服姿も清潔感に溢れている。


「前々から言ってるけど、葉月ちゃんも働きすぎだから、余裕を持つべきよ。幸いにして仕込みは茉優ちゃんが覚えてきてるし、和也君も手伝えるし」

「でも、そうすると二人の負担が増えちゃうよ」

「今まで葉月ちゃんばかりに負担がかかりすぎてたの。やっと丁度良くなりつつあるくらいだわ」


 腰に手を当てた好美がふうと息を吐く。控えめな胸が小さく揺れた。


「私たちも徐々に無理の利かない年齢になりつつあるんだから、気を付けてね」

「そうする。ちょっとだけ熱っぽいし」

「え? 風邪?」

「なのかな? 平熱なんだけど、内熱があるのかなって感じで……」


 素直に答えてしまったせいで、ますます好美に心配されるはめになる。


「実希子ちゃんもそうだけど、葉月ちゃんも無理をしすぎる性格だから、もっと注意深く見ておかないと……」


 ブツブツ呟きながら監視宣言をする好美に恐れをなし、葉月はそそくさと調理場に戻った。


   *


 今日も午前中からお客さんが来てくれて、遅めの昼休憩中に葉月が和葉お手製のお弁当を食べていると、実希子が配送から戻ってきた。


「んくっ、和葉ママの手料理は相変わらず絶品だな」

「あーっ、私の卵焼きが」

「ハッハッハ、食事中は戦いだ。油断してると足を掬われるぞ」


 二つあった卵焼きの一つを頬張った実希子が、得意げに大きな胸を張る。

 抗議こそするものの、学生時代から慣れっこなので葉月も引き摺らずに終わる。

 葉月たちのグループではよく気に入ったものを皆でシェアしたりするので、俗にいう食い物の恨みというのはあまりない。


「そういう実希子ちゃんはきちんと栄養を取ってるの? まさか調理パンのみとかコンビニのお弁当ばかりとは言わないわよね」

「失礼な。軽く食べたりはするけど、きちんと持ってきてるよ。まあ、アタシじゃなくて智之の奴が母さんと一緒に作ってるんだけどな」


 卒業後は柚の父親の元で働くのが決まっている小山田智之は、今からもうこちらでの生活に慣れようと実希子の家に転がり込んだらしい。

 だからといって和也みたいに婿入りするわけではなく、いずれは実希子と子供の三人で生活するつもりだという。


 実希子は賃貸でも構わないみたいだが、相手は葉月の新居を見て感動したらしく、自分も妻と子供のために建てたいと張り切っているそうだ。

 その際は義両親と一緒でもいいらしく、現在の関係は良好そのものだろう。


 先方の両親も学生の息子が未婚の女性を妊娠させたことで恐縮しきっており、なおかつ奥手で彼女の一人もできなかったことと、前々から自分が変われたのは実希子のおかげとくどいくらい話していたのもあって、すんなりと結婚を承諾してくれたらしい。

 むしろ年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せではないが、息子には引っ張ってくれる実希子みたいな年上女性はありがたいと歓迎されたと教えてもらった。


「智之やうちの母さんと比べても、和葉ママの腕は段違いなんだよな。いっそ弁当屋でもやったら儲かるんじゃないか?」


 唐突な実希子の提案に、真っ先に顔をしかめたのは同じ部屋で休憩中の好美だった。


「競合相手が増えるでしょ」

「じゃあムーンリーフに置けばいいだろ。売れなかったらアタシたちの昼飯になる」

「話だけ聞くとありに思えるけど、品質管理や原料費の面でも不安が残るわ」


 少しばかり真面目な雰囲気になってきたところで、葉月も会話に加わる。


「それにママはパパに美味しいご飯を食べさせるのを人生の目標にしてるからね」

「和葉ママは、いまだに春道パパにラブラブだもんな」

「パパもだけどね」

「両親の仲が良いというのは素晴らしいわね」


 葉月と実希子が笑っていると、好美がしみじみと言った。


「なんだ、好美のとこは喧嘩でもしてんのか?」

「まさか。若い頃に好き勝手やっておきながら許してもらってるのよ。そんなふざけた心根でいたら、私が徹底的に矯正するわ」

「うわ、怖え」


 思わずといった様子で実希子が自分の身体を掻き抱いた。


「たくさんの女性と過ごしたから、誰が一番かわかったなんて男の勝手な言い分だわ」

「もっともだな。ま、世の中にはそれをやる女もいるけど」

「実希子ちゃんにはそうなってほしくないわね」

「ハッハッハ、アタシはそう簡単な女じゃないぞ」

「自信なさそうだったからと、その場の流れで体を許したくせによく言うわ」

「だから! 嫌いな相手だったら、そんなことにならなかったって何回も説明しただろ。いい加減に虐めるのはやめてくれよ」


 掴みかからんばかりに顔を寄せる実希子を、肩を竦めて好美が撃退する。


「ふわあ」


 いつも通りの光景に笑っていたはずが、気が付けば葉月の開きっぱなしの口からは欠伸が漏れていた。


「もしかして疲れ気味なのは寝不足のせいか?」

「うーん、どうだろ。睡眠時間は普段と変わらないはずなんだけど……」

「そういや熱っぽくもあるんだったな」


 好美から情報を聞いていたらしい実希子が、何かを考えるような顔で腕を組む。


「なあ、葉月」


 顔だけ向けて続きを促すと、実希子は殊更真剣さを増した声色で尋ねてくる。


「お前、生理が来てるか?」

「……そういえば……最近は来てないかも……」

「じゃあ、もしかするともしかするぞ」


   *


 仕事終わりに購入した妊娠検査薬を見て、葉月の瞳に涙が滲む。

 現れた反応は陽性。

 つまり葉月のお腹の中には、愛する男性との子供がいることになる。


「やったあ!」


 思わず叫んでいた。

 いつ妊娠してもいいと思って子作りをしても、その兆候すらない現実に多大な焦りを感じていた。

 両親も和也も葉月を気遣ってくれたが、だからこそ皆を安心させ、喜ばせたい気持ちも強かった。

 ようやく願いが叶う。


 口元をにっこりさせた葉月は、すぐに結果を知らせるべくトイレを飛び出した。

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