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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族6 菜月の中学・高校編
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44 卒業式

 あと少しで卒業式。

 新たな旅路に出る期待と不安、大好きな仲間と離れる寂しさを誰もが感じずにはいられない時期。

 先を考えたくない気持ちに後押しされるかのように、この日、菜月たちは朝からはしゃぎにはしゃぎまくっていた。

「最後の対戦になるんです! きっちり三振に仕留めてみせます!」

 家に残っていた練習用のユニフォームに着替え、体育のない時間を利用して、南高校のグラウンドで菜月と愛花が対戦していた。

 朝から遊ぼうと決まった時、何をやりたいか仲間うちで希望を募ったら、見事に全員一致でソフトボールと返ってきたのである。

 美由紀に事情を話し、学校からも許可を取って、宏和や恭介、さらには真も加えての変則的なソフトボールの試合はすでに佳境に入っていた。

 まだ雪の残るグラウンドに白い吐息を弾ませながら、菜月は愛花の指からボールが放たれるのを待つ。

「中学からずっと愛花とバッテリーを組んできたのよ! ここでチェンジアップを投げたがるのはお見通しだわ!」

 狙いピッタリに弾き返し、ものの見事に白球がフェンスを越える。

「おい、菜月のいよっしゃが出るぞ!」

「やらないわよ!」

「じゃあ代わりに茉優がやるよぉ」

「「「いよっしゃあああ」」」

 涼子と茉優だけではなく、何故か打たれた愛花までもがヤケクソ気味に叫んだ。

「せっかくだ! 真、菜月とバッテリーを組めよ」

 いつ以来ぶりかのバッテリーだが、ろくに運動をしてこなかった真のボールはよろよろだ。

 しかも提案した宏和が本塁打を放つという鬼畜ぶりである。

「やりました! わたしの仇を、菜月の彼氏から取ってくれました!」

「うう……そう聞くと、なんだか悔しくなってくるなあ」

「気にしなくていいわよ。美術では真の圧勝なのだから」

「当たり前だろ! 息吐くようにコンテストで賞を獲りまくる奴に勝てるかよ!」

 落ち込む真を菜月が慰めていると、ベースを一周しながら宏和が言った。

「もしかしたら将来は有名な画家さんになるかも」

「今のうちにサインをもらっておくか?」

 明美と涼子にまで言われ、真は苦笑いを顔に張りつける。

「僕なんかより、愛花ちゃんや涼子ちゃんの方が大学で活躍して、有名になるんじゃないかな」

「全力でやるつもりだけど、さすがに実希子コーチみたいにはいかないだろうな」

「でも、楽しみではありますね。菜月に面白さを教えてもらったソフトボールを、大学でも存分に堪能します」

 涼子の言葉に頷いてから、少しだけ俯いた愛花がポツリと続ける。

「皆一緒でないのが寂しいですけどね」

 シンとしてしまったところで、慌てて愛花が顔を上げた。

「す、すみません! さあ、せっかくの機会なんですから、もっと遊びましょう!」

 誰もが胸に切なさを隠し、ひたすら菜月たちは白球を追いかけた。



「いやー、今日は遊んだなあ」

 高木家のリビングで、床で胡坐をかく涼子がふはーと息を吐きながら言った。

 クタクタになるまでソフトボールに興じたあとは、ムーンリーフで昼食を買ってからバスに乗って、少し離れた温泉で汗を流した。

「あたしは温泉が気持ちよかったかも。また皆で行きたい!」

 温泉好きの明美が、生き生きとした目になる。

「わたしは皆で料理したのも楽しかったです」

 ゆっくりしてから高木家に戻り、愛花が言ったように全員で夕食を作った。

 ジュースを片手に宴会へ突入したが、卒業前の女子会と伝えてあったので、途中で挨拶をしには来たものの、春道や葉月たちは加わらなかった。

「でも、まだ終わってないよぉ」

 今日を――正確には翌日になってしまったが、枕を抱きかかえた茉優は全員を鼓舞するような声を出した。

 菜月の部屋では全員が泊まれないので、宴会のあとはリビングに布団を並べて就寝の準備を整えていたが、菜月たちは眠らずにお喋りを続けている。

「卒業……したくないわね……」

 本当に楽しかったからこそ、ポツリと菜月の口からそんな言葉が漏れた。

「一流大学に合格した奴が何か言ってるぞ」

 涼子がからかい、皆が笑顔になるも一瞬だけだった。

「茉優もね、最近、眠るのが嫌なんだぁ。起きると次の日になっちゃってるから」

「わたしもです。中学、高校と本当に楽しかったです……」

 愛花が涙目になったところで、しんみりとした雰囲気を嫌ったのか宏和が肩を竦めた。

「俺はもう卒業しちまってるけどな」

「雰囲気を読まない男ってモテませんよ」

 ジト目で明美が睨むも、気にせずに宏和は笑う。

「もう彼女がいるんだ。これ以上、モテる必要はねえよ」

「ひ、宏和さんっ!」

 悲しそうだった愛花の顔が真っ赤に染まる。たまに惚気話を聞かされるので、交際は順調みたいだった。

「それはいいけど、そこからこっちに入ってこないでよ」

 すっかり宏和にタメ口をきくようになっていた明美が念を押した。

 真と恭介も含めた男性陣もリビングで泊まることになっているのだが、その場所は哀れなくらい隅っこだった。

「男3人で固まって寝るなんて、何の罰ゲームだよ!」

「ボクたちのパジャマ姿をタダで見れたんだから、安いもんだろ!」

「アハハ……僕はちょっとだけ昔を思い出すかも」

 半ば怒鳴り合う宏和と涼子に、真が苦笑する。

「昔はよくこうして泊まったよねぇ」

「小学生時代の話ですね。わたしたちも同じ小学校だったら、もう6年、楽しい日々を送れていたのに……」

 俯く愛花に、茉優は小首を傾げる。

「それだと、小学校時代の友達とは会えなくなっちゃうよぉ?」

「わたしにとってそう呼べたのは涼子と明美だけでしたから。中学で菜月と会った通りの性格だったから、肩肘張った付き合いしかできなくて……」

「でも、学級委員長とかをしていたのよね?」

 菜月が尋ねると、愛花は自嘲しながら頷いた。

「皆の上に立つことでしか、話しかけられなかったせいです」

「あの頃の愛花ちゃんは、慕われると友達になってもらえるみたいに勘違いしてるふしがあったから」

 明美が言うと、うんうんと涼子も首を振った。

「危なっかしくて見てられなかったよな。友達ならボクらだけでいいだろって言ったんだけど、もっと皆とワイワイやりたいって」

「あ、明美も涼子も人の過去を暴露しないでください! その通りなんですが……」

「菜月に勝負を挑んだのだって、だいぶ無理してたんだ。愛花は元々、人見知りな方だし」

「でも菜月ちゃんにソフトボール部に誘われた夜は凄かったんだから。友達になってくれるかしらって、三十回くらい帰り道で聞かれた記憶があるもの」

「も、もう許してください……」

 次々と明かされる裏話に、絶賛赤面中の愛花は今にも消え入りそうだった。

「だから自信満々な奴に憧れたってわけ。ボクがそうなろうとしたんだけどね」

 涼子が横目でチラリと見たのは宏和だった。

「そういえば愛花は最初から、宏和の意味不明に堂々としているところを好んでいたわね」

「人見知りなくせに、自分から声をかけようとしたりで、愛花ちゃんはかなり頑張ってたから、あたしと涼子ちゃんも応援しようと決めたの。初恋が実ってよかったわ」

「うう……どうしてわたしの話ばかりなんですか……」

 皆からうりうりとからかわれる愛花がとうとう白旗を上げた。

 あまりやりすぎると虐めになりかねないので、ここらで話題を変えるべく菜月もとある人物の裏話を暴露する。

「あまり気にする必要はないわよ。宏和だって昔は凄かったから」

「おい、菜月! 何を言う気だ! あっ! 恭介、てめえ、離せ!」

 菜月に目配せされた恭介が阿吽の呼吸で宏和を羽交い絞めにしたのと同時に、興味津々な愛花が誰より距離を詰めてきた。

「ひ、宏和さんの子供時代の話なら聞きたいです! 是非!」

「宏和もなかなか友達ができなくてね。悪ふざけばかりして構ってもらいたがったのよ。私も会うたびにくだらない悪戯をされたものだわ」

「や、やめろ! もういいだろ!」

「無視してると、構ってほしいと泣き出したりしてね。大変だったわ」

「ぶふっ! 宏和先輩が泣いて駄々こねてたってことか!」

「ちょっと見たいかも」

「あああ、俺の先輩としての威厳が……!」

 涼子と明美に爆笑され、宏和が頭を抱える。

「わ、わたしは可愛らしくて素敵だと思います」

「恋は盲目とはよく言ったものね」

 必死に宏和を慰める愛花をそう揶揄していると、涼子と明美が申し合わせたようにぐりんと顔を菜月に向けた。

「恋といえば、ボクらの中で最初にくっついたのは菜月と真だったよな」

「せっかくだから、小学校時代の話から詳しく聞きたいかも」

「……何もないわ」

「そんなわけあるか! 茉優!」

 涼子に指名された茉優が「はぁ~い」と元気に手を上げる。

「なっちーとまっきーの出会いはね」

「やめなさい! それだと茉優も自爆するはめになるわよ!?」

「いいよぉ。昔の茉優も含めて、大切な思い出だもん」

 そう言われてしまうと、もはや菜月は親友を止められなかった。

 過去から現在に至り、未来への展望まで色々と話し、気がつけば外は明るくなっていた。

 それでも誰一人として、口を動かすのを止めようとはしなかった。



「皆、卒業おめでとう!」

 卒業式を終えた3年F組の教室で、美由紀が涙目で祝福してくれた。

「私にとって皆は初めての卒業生になる。無事に全員送り出せるのを誇らしく思うと同時に、寂しくもあるわ。色々と足りないところがあっただろうけど、最後まで一緒にこの教室で生活してくれてありがとう」

 いまだに男なんてと口癖のように繰り返す美由紀ではあったが、だからといって男女で差別したりはせずに、均等に全員の力になってくれた。

 周りを囲んだ生徒が号泣しながら美由紀の名前を呼ぶのを見れば、どれだけ慕われていたのかは明らかだった。

「大学に行こうと社会人になろうと、これからは大人の自覚が求められるわ。高校で学んだことを存分に発揮し、幸多い人生を歩んでください。それじゃ、皆……いってらっしゃい!」

 式の最中から号泣していた愛花が堪えきれずに嗚咽を漏らし、その背中を涼子と明美が一緒になって摩る。

 菜月は先ほどから茉優に後ろから抱き着かれており、宥めるのに一苦労だった。

「貴女たちには、特に思い入れが強いわね」

 美由紀が笑顔でやってきたのは、そのタイミングだった。

「教室でも部活でも3年間一緒で、最後の1年は春夏連続で全国大会にも出場した。県予選では学生時代に堪能できなかった優勝の味も知ることができた。本当に感謝してるわ」

「いえ、私たちこそ、美由紀先生にはお世話になりました。あと、何故か式で卒業生よりも号泣していたOGのゴリラにも」

「最後は教員に注意されるところも含めて、実希子ちゃんらしくはあったけどね」

 吹き出した美由紀と握手をしたり、写真を撮影してから、菜月たちは揃って教室を出る。

「この校舎も見納めか。中学時代とは違った寂しさがあるわね」

「うん……」

 鼻を啜った茉優が、菜月の左手を握っている手に力を込めた。

「大丈夫よ、茉優。進路は別々かもしれないけれど、私たちはずっと友達だもの」

「当たり前です! お断りだと言われたら、勝負してでも考えを改めさせます!」

 愛花まで抱き着いてきたので、菜月はバランスを崩しそうになる。

 涼子と明美がそれを支え、結局は全員で抱き合うような形になった。

「俺たちも忘れないでくれよ」

「さすがにあの輪には入れないね」

 恭介と真が笑いながら見守っている。

 わんわんとひとしきり泣いたあと、誰からともなく笑顔になる。

 悲しい別れの思い出ではなく、明るい旅の始まりにするためにも。

「最後に挨拶もしておかないとね」

 校舎に向き直った菜月の意図を察し、男性陣も含めて一列に横ヘ並んだ。

「3年間、ありがとうございました」

 菜月に倣って全員が頭を下げる。

 その瞬間、陽光に照らされた校舎が微笑んでくれたような気がした。

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