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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族6 菜月の中学・高校編
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42 秋の文化祭

 燃えるように暑かった夏も通り過ぎ、景色の色が濃さを増す中、南高校では秋の風物詩である文化祭が開催されていた。

 一般人も参加可能で、数々の出店や催しを楽しめる。

 菜月も小さい頃に、姉の葉月と遊ぶために訪れた。

 だからだろうか。

 美由紀の計らいで友人一同が集められた三年F組において、菜月はついつい昔、劇を見たことがあると言ってしまったのである。

 それが原因で、自分たちのクラスが催し物として劇をするはめになるとも知らずに。

「ついに開演ですね」

 緊張感たっぷりの愛花が生唾を呑み込んだ。

「子供たちも来てるみたいだし、頑張ろうね」

 意外だったのが、ノリノリで参加している明美だった。

「お姫様が出る劇じゃなくて、涼子ちゃんは残念だろうけどね」

「どうしてボクが残念がるんだよ!」

 フンと顔を背けた涼子も、劇用の衣装を着ている。

 皆も準備万端だ。

 しかし。

 菜月は思わずにはいられない。

 どうしてこうなったと。

「子供向けに赤ずきんを選んだところまではいいわ。けれど、どうして私が狼役なのかしら」

 むしろ小柄な菜月は、赤ずきん役にピッタリである。

 子供っぽいと言われるのは嫌なので、立候補だけは絶対にしなかったが。

「ジャンケンで決まったんだから、仕方ないだろ」

 涼子が腕を組んでしかめ面をする。

「大体、男子に狼なんてやらせたら、惨劇になるだろ」

「劇だけに?」

 シンとしかけた矢先、言った明美だけでなく茉優もケラケラと笑い出した。

「でも、茉優はなっちーが狼さんで嬉しいよぉ」

 クラス全員でこの日のために用意した衣装を纏い、おばあさん役の茉優がむんと気合を入れるポーズを取った。

「そうね……涼子ちゃんの言う通り、こんなにむちむちのおばあさんを男子の狼に襲わせるわけにはいかないわね」

 高校に入っても成長を続けた茉優は、身長もスタイルもかなり立派になっていた。実希子ほどではないが、それに近いくらいである。

 だからこそ男子の人気も高いのだが、すでに彼氏持ちなので告白されたりなどはしないみたいだった。

「そんなわけだから、狼で我慢してくれよ」

「仕方ないわね……って愛花?」

 相変わらず緊張のど真ん中にいる愛花は、先ほどからずっと無言だった。

「な、なな何ですか?」

「これは試合ではないのだから、そんなに気にする必要はないわよ。気楽にやりましょう。台詞が飛んでいたりしたら、私たちがフォローするわ」

「そ、そうですね。ありがとうございます」

 丁寧にペコリと頭を下げた愛花が赤ずきん役だった。

「皆、劇が始まるわよ」

 菜月の号令で出演者が円陣を組み、演劇前にそれぞれの健闘を誓い合った。



 幕が上がり、体育館を舞台に赤ずきんが演じられる。

 元々が可愛らしい顔立ちの愛花であるだけによく似合っていて、登場するなり観客席から歓声が上がった。

 少し照れながら赤ずきんを演じる愛花を眺めながら、菜月はふと昔を思い出す。

 こうしたイベントでは必ず両親がビデオで撮影していた。今日も来ているのだが、それゆえに葉月の小さい頃の様子も見ることができた。

 よく高木家では身内だけの上映会が開催されるが、その中に葉月たちの劇があった。アドリブが効きすぎて意味不明な内容になっていたが。

「……自由に演じてみたら……いえ、だめね。皆の頑張りを無にするわけにはいかないわ」

 この日のために練習も重ねてきたのである。菜月だけの勝手な希望で、台無しにはできない。

 しかし劇が進み――というより序盤でアクシデントが発生した。

 仲間うちで誰より緊張しいだった愛花が、いきなり台詞を忘れてパニクってしまったのである。

「ど、どうすんだよ。まだ赤ずきんの本筋にも辿り着いてないぞ!」

 憐れなくらい固まってしまった赤ずきん同様、舞台袖も涼子を筆頭に絶賛混乱中だった。

「こうなったら、こっちで物語を進行させるしかないわね」

 言い切った菜月に、明美が驚く。

「それって大丈夫なの? おばあさんや狼が状況説明するってことでしょ?」

「いいえ」

 菜月は首を左右に振る。

「高校最後の思い出と割り切って、好き勝手にやってしまいましょう」

 誰かが不安がるかと思いきや、意外や意外。全員がノリノリで応じる。

「文化祭が終われば受験一色になるんだ。どうせなら、とことん遊び倒してやろう!」

 観客席で担任の美由紀がハラハラしているのを横目に、愛花を除くクラス一同は涼子の言葉に右手を上げて応えたのだった。



 ステージの隅におばあさん役の茉優と、狼役の菜月が登場した。

 おばあさんは地味目のワンピースだが、菜月は灰色のシーツを被っているだけだったりする。

 それでも舞台に一人だけではなくなり、あからさまに愛花は安堵していた。

 心の中で愛花に謝りつつ、狼に扮する菜月は早速暴走を始める。

「ねえ、おばあさん」

「狼さん、なあに?

「協力して、赤ずきんに悪戯をしましょう」

「――っ!?」

 邪悪な笑みを浮かべた菜月の提案に、誰より先に驚愕したのは赤ずきん役の愛花だった。

 おろおろする主役に、異変に気付いた観客席もザワめく。

 しかし、わざわざこの時のためにやってきた両親や葉月たちは、後の展開が予想できたみたいでニヤニヤしている。

 ちなみにムーンリーフは、配送から戻った和也が一時間だけ留守番しており、何か問題があればすぐに葉月に連絡がくる手筈になっているらしかった。

「楽しそうだねぇ」

 あっさりと狼の言葉に乗ったおばあさんに、またしても客席がザワつく。

「どんな悪戯をするのぉ?」

「そうね。まずは落とし穴なんてどうかしら。ここでの会話が聞こえていない限り、絶対に避けられないやつよ。果たして赤ずきんはどんな反応をするのかしらね」

 どうして狼が最初から赤ずきんを知っているかなどの疑問は全力で放り投げ、独自展開を始めた劇に、少しずつ会場に笑いが漏れ始める。

 家の壁役をしているクラスメートの前に出て、わざとらしく床を手で二回ほど叩く。

「さあ、落とし穴が完成したわ。あとは赤ずきんが来るのを待つばかりね」

「あ、あの……ええと……」

 ほとんど視界に入っているであろう自分を無視して、意味不明な演技を続ける菜月に、愛花の困惑は頂点に達していた。

 そこに舞台袖からカンペで涼子が指示を出す。

「ええぇ……」

 さらに動揺した愛花が見たカンペの内容は、アドリブで菜月に合わせてというものだった。

「ど、どうなってるのかわかりませんが、こうなったからには演ってやります!」

 小声で宣言した愛花は、露骨な笑顔でスキップをし始める。

「も、もうすぐおばあさんのお家につきます。しっかり看病しなくては――きゃああ」

 わざとらしい悲鳴とともに、よよよとその場に崩れ落ちる愛花。

 落とし穴を提案した菜月ではあったが、ここから先の展開はまったく考えていない。

「困ったわ、おばあさん。赤ずきんが本当に落とし穴に落ちてしまったわ」

「愛花ちゃんはそそっかしいねぇ」

「なるほど。赤ずきんちゃんは愛花ちゃんと言うのね」

「ほ、本名はやめてください!」

 ソフトボール部のエースとしてそれなりに有名な愛花だけに、会場からもどっと笑いが起きる。

「大体、どうしてわけのわからない展開に持ち込んだりしたのですか!」

「それはね、赤ずきんが台詞を忘れたせいだよ」

「こんな時だけ、本来の狼風に言わないでください!」

「狼さんに乱暴はだめだよぉ」

「ええっ!?」

 おばあさんに攻撃を阻止された赤ずきんが目を白黒させる。

 そこにフリフリのワンピースを着せられ、お姫様っぽくされた涼子が、ボーイッシュな恰好をした明美に引きずられてくる。

「ここが赤ずきんの家ですね。さあ、靴を履かせて正体を確かめましょう!」

「それはシンデレラだろ! っていうか、そうしたらボクの役どころは何なんだよ! うわあああ、恥ずかしいいい!」

 もはや完全に収集がつかなくなったところに、他のクラスメートまでもが勝手に役を作ってわらわらと参戦し始める。

「ああ……去年と一昨年は真面目にやってたのに……校長に叱られる……」

 観客席で泣きそうな担任の美由紀の肩を、隣で見ていた実希子が力強く抱いた。

「大丈夫だって。アタシらも結構はっちゃけたけど、全然、怒られなかったし」

「昔とは校長が違ってるのよおおお!」

 最後に担任が乱入し、関係者全員が取り押さえられるという結末に観客席は大爆笑。

 しかし体育館の左側に用意された教員席では、腕を組んだ校長がこめかみをヒクつかせていた。



「おかしいわね。どうして私たちのクラスは最下位だったのかしら」

「あんな劇で評価されると思ってるんでしたら、菜月はとんだ阿呆です!」

 もふもふとメロンパンを齧る菜月を、立ち上がった愛花が指差した。ヤケ食いの最中だったので、口元にパンくずがついている。

 ムーンリーフの隅にある食事スペースで、菜月たちいつもの5人組プラス男子2名はぎゅうぎゅう詰めになりながら打ち上げをしている最中だった。

「美由紀先輩も、生徒を投げ飛ばすなって叱られたんだって?」

 受付に立っている実希子が聞いてきた。

「真面目な校長先生だからね。私たちの夏の好成績もあって、最後の文化祭を楽しみたかったという理由で許してくれたけれど」

 その分、担任の美由紀が怒られたらしいので、かなり申し訳なく思う。

「でも、美由紀先生も最後は笑ってたよぉ」

「怒られるのは教師の役目。生徒の思い出作りになったなら、それでいいって言ってたな。なんだかちょっとだけ美由紀先生が恰好よく見えたよ」

「そこまで言うなら、最後までやらせてくれてもよかったのにね」

 茉優のフォローを涼子が補足し、最後に明美がため息をついた。

「それにしても、なっちーもおもいきったよね」

 新妻となった姉が、ひょっこりと受付に顔を出した。

「前にはづ姉たちの劇を見ていたからね。私もたまには派手に遊びたくなったのよ」

「それはいいんだけど、パパのことだから今日撮影したやつを絶対にずっと保存してるよ? 私やなっちーに子供ができたら、問答無用で上映会が開かれると思うんだけど」

「――あ」

 その可能性をまったく考慮していなかった事実に気付き、菜月は硬直する。

「ははっ、そりゃご愁傷様だな。早速今夜あたり、葉月の旦那にもお披露目されるだろうから、アタシらもお邪魔させてもらうか。好美も見たいだろ」

「そうね。いいかしら、葉月ちゃん」

「大丈夫だよ。せっかくだから茉優ちゃんたちも来るといいよ」

 スマホで和葉と連絡を取り合いながら、着々と鑑賞会の準備が整えられていく。

「こ、こうなったら一刻も早く映像を消去してしまわないと……!」

「無駄だよ、なっちー。きっともうダビングしちゃってるだろうし」

「春道パパって、ああ見えて用心深いもんな」

「うん。大体、バックアップのバックアップまで用意してるね。仕事柄、そうなっちゃったんだろうね」

 実希子と会話する葉月は完全に他人事だ。

 巻き添えで自分の映像を流されても、すでに何度も上映されているので何のダメージも受けないのである。

「楽しみだねぇ。どうせならひっきーも呼ぶ?」

「やめて! お願い!」

「え? わたし、もう連絡してしまいました……」

 脱兎のごとく逃走を図った菜月だったが、あえなく実希子に捕獲され、パーティの準備が整った高木家へと連行された。

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