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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族6 菜月の中学・高校編
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40 実希子が見る結婚式

 楽しみだけど緊張する――。

 呪文のようにそう繰り返していた花嫁をいつもみたいに励まし、式を見守ったあとで、やはり実希子はいつもみたいに明るく騒いだ。

 緊張気味に生涯を添い遂げることを誓ったあと、心から嬉しそうに笑った親友の顔は今も脳裏に焼き付いている。

「葉月の奴……本当に結婚しちまったんだな……」

 誰にともなく呟いたはずが、しっかりと隣に座っている好美には聞こえていたらしかった。

「今更、何を言ってるのよ」

「そうなんだけど、なんだか現実感がなくてな……」

 感傷に浸りすぎているせいか、妙な気分になってしまう。

 嬉しいのは間違いないのに、モヤモヤするというか、なんとも形容し難い心境だった。

「アタシの葉月が嫁に行くって感覚なのかな」

「あのね」呆れたように好美がため息をついた。「でも、気持ちはわからなくもないわね。小さい頃から一緒だった友達がお嫁さんになるのだものね」

「ああ。仲間内で結婚するなんて初めてだからな」

「ちょっと。さすがにそれは酷すぎでしょ」

 同じテーブルで葉月を祝っている尚がジト目で実希子を睨む。

 腕にはすやすやと眠る赤子を抱いている。順調に育っているようだ。

「そういや、猿も結婚してたな」

「実希子ちゃん、さすがに猿呼ばわりはそろそろマズイわよ」

 いつもの調子で絡もうとした実希子に、柚が注意してきた。

「何で?」

「子供が聞いてるかもしれないでしょ」

「ああ……そうだな。今のはアタシが悪かった」

 尚が苦笑する。「素直に謝られると、調子が狂うわね」

「子供に罪はねえさ。尚と晋ちゃんの子とわかってても、可愛いもんだしな」

「実希子ちゃんにも母性本能があったのね」

「それはほら、ゴリラだし」

「好美も柚もうるせえぞ! つーか、尚の猿呼ばわりは駄目なのに、アタシのゴリラ扱いはいいのかよ!」

 唾を飛ばして抗議する実希子に、この場にいる全員が声を揃える。

「「「だって子供いないし」」」

「差別だ! ちくしょう!」

 実希子が席を立つと、少しだけ慌てた尚が怒ったのか聞いてくる。

「んなわけねえだろ。トイレだよトイレ」



 苦手なヒラヒラしたドレスを身に纏った自分を鏡で見て、実希子は大きく息を吐きだした。

 親友の結婚式だけにきちんと化粧もしている。それは尚の時とも変わらない。

 けれど一人きりのトイレで、洗面台に手をついた実希子はため息を止められなかった。

「いつかこの日が来るのは、わかりきってたことじゃねえか」

「そうね。わかりきってたことだわ」

「――っ!? 好美? お前もトイレか?」

 目を丸くする実希子の隣に立ち、好美は静かに目を伏せた。

「これで良かったの?」

「何がだよ」

「仲町君のことよ」

 心臓が締めつけられるように痛んだ。

 数秒ほど呼吸ができなくなり、苦しさを誤魔化すように実希子は下唇を噛む。

 少しでも視線を上げれば、酷い顔が鏡に映っていた。

 そして隣の好美は、気遣うように実希子を見ている。

「……何のことかわかんねえよ」

 それだけ絞り出すのがやっとだった。

「隠す必要はないわよ。私の春道パパへの気持ちがバレてたのと同じように、実希子ちゃんの気持ちなんて簡単にわかっちゃうんだから」

「……ハハっ。敵わねえな。もしかして葉月も?」

「恐らくね。でも葉月ちゃんからは実希子ちゃんに聞けないでしょ? だからといって遠慮なんてしたら、実希子ちゃんに絶交されてしまうでしょうし」

「当たり前だ! そんなことされても嬉しくないし、友情でも何でもない!」

「だから気付かないふりをする。実希子ちゃんも自分の気持ちに蓋をする。お互いに親友だと思うからこそ、辛かったでしょうね」

「やめろよ……」

 無意識のうちに、実希子の両目から涙が零れた。

 好美は何も言わず、背中を擦ってくれた。

 伝わる誰かの温もりはとても暖かくて、凍てつきかけていた気持ちを溶かしてくれる。

「いつからだろうな……アタシはこんなだからさ、自分の気持ちに気付くのが遅かったんだ。だから柚みたいに、きっちり決着をつけることもできなかった……」

「…………」

「葉月の隣で楽しそうにしてるアイツを見てるのは嬉しかった。それは間違いないんだ。そしてアタシは葉月も大好きだ」

「うん……」

「でもさ、どうしようなく醜い気持ちがさ、アタシの中にあるんだよ。親友相手にそんなことを思っちまう自分が嫌で、辛くて、汚くて……どうすればいいかわかんねえよ……」

 洗面台を掴む手に力が入り、そこに実希子は額を落とす。

 ポタリ、ポタリと床に涙の跡が刻まれていく。

「ふう、ふっ……ハハッ。格好悪いなあ、アタシ」

「そんなことないわよ」

 好美が実希子を見ないようにして言う。

「人間なら誰だって嫉妬する。でも、実希子ちゃんはこの場にいて、しっかり葉月ちゃんを祝ってる。それでいいんじゃないの?」

 実希子は顔を上げる。

 眼鏡の奥で好美も静かに泣いていた。

 行き場のない実希子の想いのために泣いてくれていた。

「私は実希子ちゃんのこと、凄く恰好良いと思うわよ。さすが親友ね」

「……好美に褒められるなんて、いつ以来だろうな」

 実希子は立ち上がり、スカートの乱れを直す。

「けど、そうだな。アタシらしくもなく、うじうじ考えすぎてたかもな。葉月の結婚を嬉しく思ってる気持ちは本物なんだし」

「もう大丈夫? まだ泣いてていいわよ。誰か入ってきたら教えてあげるから」

「そんなにアタシを泣かせたいのかよ」

「だって、泣いたらスッキリするもの」

 フッと自然に実希子から笑みが漏れた。

「経験者は語るってやつか」

「親友に経験を伝えられてよかったわ。二人揃って報われない恋心を抱くあたり、似た者同士なのかもしれないわね」

「だから親友なんだろ」

「違いないわ」

 ポンと好美の肩を叩いて、実希子は先にトイレを出る。

 もう重苦しい胸のつかえは感じない。

 きっといつもみたいに笑える。

 実希子は確信を胸に、花嫁姿の親友が待つ会場へと戻った。



「アダジの葉月があああ」

「どれだけ号泣するつもりだよ!」

 友人一同による余興も終え、お酒も入ったところで実希子は容赦なく新郎新婦に絡んでいた。

「あれだけ腕まくりしてたら、可愛らしいワンピースも台無しね」

 子供を旦那に預けてきた尚が、腰に手を当てて呆れ果てる。

「実希子ちゃんらしいといえばらしいけど」

 清楚でありながら、花嫁を喰わないように気遣ったドレス姿の柚がクスクスと笑う。

 好美だけはパンツルックだが、スラリとした彼女にはよく似合っていた。

「葉月ちゃんを取られて、仲町君に嫉妬してるのね」

「佐々木が? 嘘だろ?」

「何だとォ! オイ、仲町! お前、昔は葉月を虐めてたくせに生意気だぞ!」

「うぐっ! そ、それを言われると……」

 和也が困り顔になるなり、邪悪なまでに実希子は口端を吊り上げる。

「新郎の関係者のみなさーん! こいつは今こそ真面目ぶってますが、小学校の頃は新婦を――もがもが!」

「頼む! 誰か佐々木を退場させてくれ!」

 慌てて実希子の口を押さえた和也が半泣きで叫ぶ。

「それは無理な相談ね。実希子ちゃんを野放しにして、他の人に迷惑をかけたら困るでしょ。大人しく仲町君には生贄になってもらわないと」

 頼みの綱の好美にまで突き放されたような形になり、困り果てた和也だったが、招待客から呼ばれたのをいいことに、逃げるように席を立ってしまった。

「チッ、薄情者め!」

 片手に持っていたグラスの赤ワインをグイと呑み干し、実希子は酒臭い息を巻き散らす。

 一連のやりとりを黙って見守っていた葉月だったが、ここでふと真剣な目をした。

「ねえ、実希子ちゃん……」

 意を決したように名前を呼ばれた実希子は、人差し指を親友の唇に当てて次の言葉を封じる。

「言わなくてもわかってるさ。これでいいんだ。葉月、結婚おめでとう」

「実希子……ちゃん……! うん……! ありがとう……!」

「おいおい、そんなに泣いたらせっかく化粧が台無しだぞ」

「振る舞いで、せっかくの容姿を台無しにしてる実希子ちゃんにだけは、葉月ちゃんも言われたくないでしょうね」

「何だとォ! 次はお前が絡まれたいのか、発情猿!」

「うわ! 酒臭っ! どんだけ呑んでんのよ!」

 肩を組んだ尚が逃げようとするのを追いかけ、頬に鮮烈な口づけをお見舞いする。

「実希子ちゃん、さすがにはしゃぎすぎよ」

 見かねた菜月が、実希子を注意しにやってきた。

「そうかそうか。友達と楽しむより、なっちーはアタシにちゅーされたかったのか」

「ひいいっ! ちょっとはづ姉! この人、普段よりさらにぶっ壊れているのだけれど!」

 逃げ回る菜月を追いかけるうちに、実希子はばったりと和也に遭遇する。

 気まずそうにした相手の顔を捕まえ、ヘッドロックをかけるふりをしながら耳に唇を近づける。

「絶対に葉月を泣かせるんじゃないぞ」

「……ああ。約束する」

「なら、よし! にひひ! ほら、お前ももっと呑め!」

「新郎を酔い潰してどうすんだよ!」

「葉月の貞操を守るんだよ!」

「そんなことをデカイ声で言うな!」



 ひとしきり騒いで席に戻った実希子に、好美が冷えた水の入ったグラスを差し出してくれた。

 お礼を言って一気飲みすると、喉から胃袋までがキンと冷えた。同時に頭の中もスッキリしてくる。

「さすがにはしゃぎすぎじゃないの?」

「祝いの席は楽しければ楽しいほどいいだろ。忘れられなくなるしな」

「実希子ちゃんは今日を忘れたくないのね」

「当たり前だろ。大好きな二人が結婚したんだ。アタシにとっても今日は記念日だよ」

 遠目に見つめる新郎新婦は、数多くの招待客から数えきれないほどの祝福を受けて、とても幸せそうに笑っていた。

「それなら乾杯しましょうか」

「いいね! 好美のもやったんだ。アタシの残念会も開催してもらわないとな」

 同じテーブルにいる柚も尚も、何のことだとは聞かなかった。それでも二人は白ワインの入ったグラスを掲げてくれた。

「葉月ちゃんと仲町君の幸せに」

 好美が言い、

「アタシの記念日に!」

 実希子が笑う。

「「「「乾杯!」」」」

 寄り添い合うワイングラスが軽快な音を立てる。

「くっはー! 美味いな!」

「もう完全に中年親父よね」

「おいおい、柚さんよお。そういうお前も、そろそろおばさんと呼ばれる年齢に差し掛かってきてるのに気づいてるのか?」

「とっくに気づいてるわよ! だから触れないで!」

「だはは!」

 豪快に笑う実希子に引っ張られるように、好美も柚も尚もグイとワインを煽る。

「本当に……美味いな……」

「ええ……」

 好美は頷き、

「ねえ、実希子ちゃん。新婦が寂しそうにしてるわよ?」

「お? しょうがねえな。じゃあ、葉月のとこにいって、もう一回乾杯しとくか!」

「何に乾杯するつもり?」

「柚の――」

「――おばさん記念にとか言ったら、はっ倒すわよ」

「じゃあ何を祝えばいいんだよ!」

「知らないわよ!」

 ガヤガヤと騒ぎながらも全員で葉月の元へ向かう。

「大体、おばさんだって言うなら、実希子ちゃんたちもそうじゃない」

 柚が唇を尖らせた。

 ニヤリとして、実希子は振り返る。

「ああ、皆一緒だ。全員でおばさんになって、全員でおばあさんになるんだよ」

「それは無理でしょ」

 尚がピシャリと言った。

「実希子ちゃんはいずれ、山に帰っちゃうし」

「だからアタシはゴリラじゃねえんだよ!」

 尚にヘッドロックをかましてから、実希子は笑顔で新郎と新婦に抱きつく。

 そしてこの日、何度目かもわからない祝福の言葉を贈った。

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