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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族6 菜月の中学・高校編
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27 開店! 葉月のパン屋

 友人の好意から持てることになった店が徐々に形になっていく。

 いつの間にか不安は消し飛び、期待と興奮で葉月の胸は躍る。

 簡単な店内のリフォームも終わり、調理スペースもだいぶそれらしくなった。

「どうしたの、葉月?」

「ううん、何でもない」

 今日は母親の和葉も手伝いに来てくれていた。

 会社を辞めて実家に戻った好美も、経理として葉月を支えてくれる。なんとか頑張って給料を提示した際には、出しすぎと怒った友人だ。

 ――運営費は余裕を持って用意しなければだめよ。心配しなくても、この日のために私も貯金してるし、両親も実家住まいを許してくれたから平気なのよ。

 そう言って笑ってくれた好美には、一生頭が上がりそうになかった。

 日曜日なのもあって、柚も顔を出してくれていた。店内のレイアウトが爽やかかつ、男性も入り辛くない感じになったのは彼女のおかげだった。

「だいぶお店らしくなってきたわね」

「うん。お祖父ちゃんの一周忌を終えたあとで開店できそうかな」

「予定は未定とよく言うわよ」

「むーっ。なっちーってば、可愛くないー」

「ちょっと! 頭をグリグリしないでっ」

 逃げ回る妹をしばらく追いかけていると、店の隅から大きな笑い声が聞こえてきた。

「あ、ごめん、尚ちゃん。うるさかった?」

「全然。いつも仲が良くて羨ましいわ」

 椅子に座っている尚が愛おしそうにお腹を摩っている。

「早く生まれるといいね」

「気が早いわよ。まだ一ヶ月にもなってないんだから」

 そう言って笑うも、尚の顔は幸せに満ち溢れていた。

 全員で飲み会を開いてから少しして、尚の妊娠が発覚した。もう少しマイホーム用の資金を溜めたかったみたいだが、授かりものだからと嬉しそうに電話で話していたのが印象的だった。

 今日は葉月の店を手伝うついでに、皆に会いたいからとわざわざ来てくれたのだ。さすがに無理はさせられないので、基本的には休んでもらっているが。

「あれこれ言ってたわりに出来婚になるとは、さすが発情猿だな」

「あら、今時は立派な結婚方法の一つよ。実希子ちゃん、思考がすっかりおばさんね」

「ぐぬぬ……身重だと知らなけりゃ、締め上げてやるのに」

「身重じゃなくても駄目だよ」

 悔しそうに拳をプルプルさせる実希子に、葉月は苦笑する。

「そういえば実希子ちゃん、高校の方にもソフトボールの練習を見に行ってるんだって?」

「ああ、なっちーから聞いたんだな。美由紀先輩に召喚されちまってな。打撃を見てやってほしいって言われて、昨日は中学でコーチしてから高校と忙しかったぜ。ま、中学に来た顧問もソフトボール経験者だったから、アタシの出番はかなり減ってるけどな」

「その分、美由紀コーチにこき使われるのは間違いないわね」

「なっちー、不吉な予言はやめてくれ」

 真顔でそう言っているが、バイトも含めて連日大忙しなはずの実希子はまったく疲れた様子を見せていなかった。

「実希子ちゃんが相変わらずの体力バカで安心したわ。怪我の方も、もう良さそうね」

「医者から太鼓判も出てるぜ。さすがに完全に元通りとはいかなかったみたいだけどな」

 作業ズボンから膝を見せて実希子が笑う。

「それでも高校の誰より打つんだから、手に負えないわ。美由紀コーチなんてこの前、本気で実希子ちゃんに制服を着せようか悩んでいたしね」

 菜月がげんなりすると、その場面を想像したらしい尚が吹き出した。

「実現したら、是非、撮ってきて。生まれた子供に、これがママの友達よって見せるから」

「駄目よ、尚ちゃん。子供の性格が歪んでしまうわ」

「好美! どういう意味だ! 尚の代わりにお前を締め上げるぞ」

「ほらほら、いつまでも騒いでないで、準備を続けるわよ」

 場を見守っていた和葉が強めに手を叩いたのを合図に、葉月たちは笑いながらそれぞれの作業に戻った。



「いらっしゃいませー!」

 店内に響いた元気な声を、調理場で聞いていた葉月は他人に見せられないほどにんまりとしてしまう。

 ついに開店を迎えた葉月のパン屋は、事前にチラシを配っていたおかげか、営業時間前から行列ができていたほどだった。

「ついに出航という感じね。葉月ちゃんのムーンリーフ」

 パン焼きを手伝ってくれる好美が、眼鏡の奥で目を細めた。

「うん! 全部、好美ちゃんのおかげだよ。ありがとう!」

「お礼は今日を乗り切ってからにしましょう。オープンセールのおかげで客足も好調みたいだから」

「葉月、こっちのパンが出来たわよ」

 無償で手伝いに来てくれた和葉が、額に汗を浮かべながら教えてくれた。

「すぐ店に並べてくる」

「私が行くわ。不足分も見てくるから、葉月ちゃんは調理をお願い」

 好美が調理場を飛び出す前に、カウンターで受付をしてくれている実希子がにゅっと手を伸ばしてきた。

「あんドーナツにカレードーナツ、あとはチョココロネにソーセージパンもなくなりそうだ」

「あれだけ用意してたのに!?」

 予想以上の売れ行きに頭を抱えそうになる。まさしく嬉しい悲鳴だった。

「廃棄を恐れて売上を少なく見積もったのが仇になったわね」

 元大手企業の社員らしく、和葉が冷静に状況を分析する。

「そんなこと言ってる場合じゃないよ! パンは出来てるから、チョコとソーセージはよろしくね。私はドーナツ系を急いで揚げるから!」

 開店とあって、実希子たちに手伝いに来てもらっていなかったら大惨事になるところだった。

「いっそ中学や高校からの注文分を回したらどうだ。まだ昼までには時間があるし、せっかく来てくれた客に商品がスカスカの店内を見せるのはマズイだろ!」

 調理場に顔を出した実希子のアドバイスに従い、葉月も即決する。

 ご祝儀として母校から教員の昼食用として貰っていた注文は、これから作り直せばいい。

「パンの追加です。よろしければどうぞ!」

 一人だけ接客用の制服姿の実希子が、テキパキと動いてくれるので店内に大きな混乱は生まれない。加えてあの性格なので、客ともすぐに打ち解けてしまう。

 ちなみに接客用の制服をデザインしたのは柚である。執事みたいなパンツルックだが、洋風の店内の雰囲気には見事にマッチしていた。

 調理場の作業着も柚がデザインしてくれているので、汚らしい感じはなく、このまま接客しても相手に不快感を与えないだろう。

「アタシは昼前に配達に出るから、それまでには好美も準備しとけよ」

「……わかっているけど……想定を遥かに上回る混雑ぶりだわ」

 さすがの好美も汗だくになって息を切らしている。

 田舎の地元は滅多に新店が出ない。そこに地元の人間が、しかもソフトボールで全国大会に出たり、実希子のインタビューなどで顔を知られていた葉月が店を出した。

 市役所を中心に町を活性化させるためにも応援しようという雰囲気が強くなり、ボランティアでの宣伝も大々的に行われた。

 さらには母校だけでなく、市役所や地元企業からもご祝儀の注文が来ているおかげで、早朝から準備していたにも関わらず、開店直後から葉月たちは息つく暇もなかった。

「葉月、世話になってたパン屋の店長さんが来てくれたぞ」

「今、行くー! ママ、ちょっとお願い!」

「わかったわ!」



 夕方を過ぎても、ありがたいことにムーンリーフの客足は途切れなかった。

 とはいえ、さすがに疲労を隠せなくなった葉月を見て、部活帰りにチームメイトと立ち寄ってくれた菜月は頬をヒクつかせた。

「とんでもない惨状になっているわね」

 パンは売り切れが多く、配達から戻って受付で孤軍奮闘していた実希子も心なしかげっそりしている。

「あ、あはは……ま、まさか、あんなに混むとは思わなかったよ……」

「グッタリしている場合じゃないわよ。買い物帰りのお客さんが立ち寄る可能性もあるんだから」

 和葉の指摘通り、次から次にカランカランと客の来訪を告げる音が店内に響く。

「……なっちー?」

「わかったわよ。手伝えばいいんでしょ、手伝えば」

 ため息をついた菜月が好美の家を借りて素早く着替える。更衣室がないので、一階を居住区に割り当てられている好美が善意で提供してくれていた。彼女の両親は二階に住んでいて、そちらにも台所があるので簡単な調理程度は問題なくできるらしい。

 今日は仕事で不在にしているが、早く帰宅した時などは準備も手伝ってくれた。

「いらっしゃいませー」

「なっちー、似合ってるねぇ」

 ヤケクソ気味に接客をする菜月を、茉優や愛花らが楽しそうにスマホで撮影する。

 真まで加わっていることに最初は腹を立てていたが、お客さんの対応を優先しているうちに諦めたらしい。

「葉月、柚ちゃんが同僚の先生を連れて、これから来るそうよ」

「え? もうほとんど商品がないんだけど……」

「なけりゃ、作るしかねえだろ。アタシも協力する。幸いにも売り子には困らないしな」

 複数注文した方が単価を安くしてもらえるので、制服の数は着替え用のも含めてそれなりにある。

 普段から部活で実希子の世話になっている南高校ソフトボール部の面々が逆らえるはずもなく、女性陣は売り子に、男性陣は厨房へと連行されたのだった。



「閉店間際までお客さんが来るなんて凄いねぇ」

 給料代わりに、好きなだけ食べられる権利を葉月から与えられた茉優がメロンパンを頬張りながら、そんな感想を漏らした。

 葉月たちは今、閉店後の店内に好美宅からテーブルを運び込んで遅めの夕食をとっていた。簡単に調理したおかず以外は、残りもののパンなのだが。

「春道パパも手伝ってくれりゃ、良かったのに」

 実希子が文句を言うと、当の春道は申し訳なさそうに後頭部を掻いた。

「まさかそこまで凄惨な事態になってるとは思わなかったよ」

 料理がさほど得意ではない春道だけに、邪魔になるのを恐れて営業中は顔を出さなかったのである。

「さすがに明日以降は落ち着くでしょう」

「それはどうでしょうか」

 久しぶりに一日中働いて疲労から髪の毛をほつれさせている和葉の願望に、同じような有様になっている好美が待ったをかけた。

「実希子ちゃんの話では、パンを届けた中学校も高校も好印象だったそうです」

「おお、先生方も喜んでたぞ」

 菜月ら生徒たちには当たらなかったが、地元店屋の手作りパンなのでまた注文したいという空気にもなったのだと実希子が説明してくれた。

「だからこそ、ここで一気に攻めます」

「攻める? 先生をボコって無理矢理食わせるのか?」

「そ、それはさすがに駄目だよ」

「安心して葉月ちゃん。そこの単細胞とは違うから」

 実希子の抗議を無視して、キリッと眼鏡を直した好美は高らかに告げる。

「私が経理担当として、学校にパンを置かせてもらえるように交渉します!」

 中学校は給食なのでさすがに無理だろうが、高校時代はよく昼休みにパンを売りに来ていた人たちがいたのを葉月は思い出す。

「ライバルはいても、私たちには実希子ちゃんという広告塔もいるわ。他の高校は交渉次第でしょうけど、母校なら十分食い込める」

「良い考えね」

 真っ先に賛成したのは、なんと和葉だった。

「店頭で待っているだけではいずれ飽きられる可能性もある。固定客の確保は安定して店を経営するには必須なのよ」

「さすが葉月ちゃんママですね。私の狙いもそこにあります」

 瞳を光らせたヤリ手の女二人がガッチリと握手する。

「うん、わかった。好美ちゃんがそう言うなら任せるよ」

「……提案しておいて何だけど、そんなに簡単に決めていいの?」

「だって好美ちゃんの決断は私の決断だもの」

「ありがとう。信頼に応えられるように頑張るわ」

「その意気だ、二人とも」

 葉月と好美の肩を、実希子がガッチリ抱いた。

「ガンガン売り上げを上げて、アタシも正社員で雇ってくれ!」

「何なら今すぐでもいいわよ。時給50円で1日20時間労働だけど」

「凄いじゃない、実希子ちゃん。1日で千円も稼げるわよ」

「よっしゃ! ――っていうかと思ったか、なっちー! 超絶ブラックじゃねえか!」

「条件を提示したのは好美ちゃんなのだけれど」

「そうだった! 好美!」

 じゃれ合う友人たちを見つめながら、葉月はお腹を抱えて笑う。

 色々と大変だったが、初日は無事に乗り切れた。売上も想像以上で、未来への展望も見えてきたように思える。

 実現できるかどうかは、あとは自分次第。

 それでも、と葉月は店内を見渡す。

 大切な友人たちがいれば、きっと歩んでいける。

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