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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族6 菜月の中学・高校編
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23 卒業式と合格発表

 辛く苦しかった受験が終われば、ホッとする暇もなく卒業式の準備に追われる。

 小学生時代は寂しさよりも期待の方が大きかったが、中学生になった菜月はその日が近づくにつれて泣きたい気分になった。

 たくさん思い出を作ろうと、受験勉強に勤しみながらも皆で色々なところに出かけた。

 さすがに冬休みにスキーへ行ったりはしなかったが、かまくらなんかも作ったりした。

「それも今日で終わりね」

 ため息が白く染まって宙を舞う。

 呟きだけで菜月の心情を理解したらしい茉優が、遠くを見るような目をする。

「楽しかったねぇ」

「……菜月さんはわかりますが、どうして茉優さんもそんなに落ち着いてるんですか」

 朝からというか、受験後からずっと元気のない愛花が疲れ切った声を出した。

 原因はすでに判明済みである。

「愛花ちゃんは少し落ち着くべきね。もう受験は終わってしまったのだから、毎日自己採点をしたところで結果は変わらないわよ」

「わ、わかってます。ですが、ほんのひと欠片でも安心材料が欲しくて……はああ……」

「受験に失敗したら中学浪人だもんね」

「ふぐっ!」

 背後から明美の言葉の槍にひと突きにされた愛花が、頽れそうになりながら胸を押える。

「やめろよ、明美」

 苦笑する涼子が、友人の肩を掴む。

「愛花、安心して。ボクは愛花が中学生のままでも、ずっと友達でいるからな」

「とどめを刺してどうするんですかあああ」

 号泣して掴み掛る愛花を、皆で取り押さえる。

「嶺岸さん……感極まっているのね」

「私も泣いちゃいそう」

「……周りがとんでもない勘違いをしているから、愛花ちゃんもそろそろ本気で落ち着いて」

 愛花の両肩を掴んで、真っ直ぐに菜月は相手の目を見る。

「皆の答えを聞いて採点させてもらったけれど、全員、合格点に達していたわ。断言はできないけれど、高確率で受かるはずよ」

「ほ、本当ですか!?」

 興奮する愛花に、逆に菜月の肩が掴まれる。

 ぬか喜びさせる結果になった場合申し訳ないのでずっと黙っていたが、もう彼女を安心させるにはこれしかなかった。

「先ほども言ったけれど、絶対ではないので、特に単じゅ――こほん。人の言葉を信じやすい愛花ちゃんにはなかなか言い出せなかったのよ。ごめんなさい」

「い、いいえ、謝るほどのことではありません。それより菜月さん、わたしのことを単純とか言おうとしてませんでしたか?」

「茉優たちにはあくまでも予想だと前置きしていた上で、伝えてはいたのだけれどね」

「で、ですから、さっきの言いかけて止めた単語について詳しく――」

「――だから責めないであげて。明美ちゃんと涼子ちゃんが、愛花ちゃんをからかったのは受かると思っているからなの」

「そうでした!」

 ぐりんと勢いよく愛花の首が回る。

「二人とも酷すぎではないですか!」

「待てって、愛花! こら、菜月。卑怯な誘導をすんなよ!」

「そんなだから、菜月ちゃんに単純って言われちゃうんだよ!?」

 悲鳴を上げる涼子と明美を放置し、知らん顔で菜月は列に並び直す。

 周囲から失笑が漏れ、切ないはずの卒業式は、菜月たちを中心に普段と変わらない笑いに包まれた。



 名前を呼ばれ、椅子から立ち上がった菜月は登壇して卒業証書を受け取る。

 ステージの上から館内を見渡せば、両親だけでなく、わざわざ駆けつけてくれた葉月や実希子の姿もあった。

 おめかしした二人の近くには、葉月の彼氏の仲町和也もいた。一応スーツ姿だが、なんだか居心地悪そうにこそこそしているのが微笑ましい。この分だと、結婚した際には姉の尻に敷かれそうだ。

 もっとも高木家はそれで上手く回っているので、昔から言われているように家庭というのはカカア天下の方が順調にいくのかもしれない。

 階段を下り、席へ戻る間に色々な顔が視界を通り過ぎる。

 まったく縁のなかった生徒もいれば、一年生の頃に同じクラスでよく喋った生徒もいる。

 自分のクラスの列が近づくにつれ、菜月の頬も自然に緩まる。

 小学生時代に担任に頼まれ、引き篭もりだったのを解消すべく家まで押し掛けたのがきっかけで仲良くなった真。家族ぐるみの付き合いで、今では菜月の彼氏だった。

 誰かにそう紹介する時は、平静を保っているように見えて、実は誇らしいやら照れ臭いやらで心の中で常にアワアワしているのは、決して明かせない秘密の一つだ。

 同じ小学校で、最初は別の女子と仲良くしていた茉優。男手一つで育てられていた彼女は孤独を恐れ、常に相手の顔色を窺っていた。食費を削ってまで、ファッションの勉強をしていたりしたのは、今では微笑ましい思い出だ。

 そんな彼女も長い付き合いの中で本来の自分を取り戻し、ごく自然に人の輪へ入れるようになった。もう心配はいらないだろうが、それでも何かと放っておけない親友だ。

 入学して新たに出会った人たちもいる。

 宏和に絡まれていると勘違いし、助けに入ってくれた恭介。イケメンで性格も優良という漫画の主人公みたいな彼は、何故か菜月に好意を持ってくれた。

 男子からの真剣な告白は、宏和を除けば初めてだった。密かに嬉しかったりもしたのだが、応じることはできなかった。菜月が自分の気持ちに気付いてしまったから。

 それは従兄弟の宏和にも言えた。一足先に卒業して今は高校生になっているが、彼のことだから菜月や皆を待って――。

 ――っていうか来てるじゃない。学校は……うん、考えるのはやめておこう。

 子供の頃からじゃれるように菜月の傍にいて、陰からよく力を貸してくれた。恋人にはなれなかったが、実の兄みたいに思っている。

 その宏和への好意を隠そうとしないのが愛花だ。

 恭介同様に入学後に出会ったのだが、第一印象は強烈だった。

 小学校時代同様に委員長に推薦され、顔を引きつらせていた菜月をライバル視し、いきなり勝負を挑んできたのである。

 当時は戸惑うばかりだったが、立候補しておきながらスルーされて他の人間が委員長になったのだから、今になって思えばある意味、ありえなくはない行動だったのかもしれない。

 愛花との仲が改善し始めたのは、部員の少なさに唖然としたソフトボール部に入部してからだ。助っ人がいなければ試合もできない惨状を救うため、相変わらず菜月をライバル視していた彼女を言葉巧みに誘った。

 半ば強引に入部させられたにもかかわらず、彼女は一生懸命で、最初は目立ちたくて立候補した投手も最後まで立派に努めてくれた。大好きな親友で、頼りになるキャプテンで、信頼するエースだった。

 常にそんな愛花に寄り添っていたのが涼子と明美だ。

 初っ端にトリマキーズなんて不名誉な呼称をつけてしまったが、一緒にソフトボール部で汗を流しているうちにすっかり打ち解けていた。

 ボクっ娘の涼子は考えなしに言葉を口にするタイプだが、いつも一緒の明美が毒舌ながらそのあたりを上手くフォローしていた。

 明美自身もわりと人見知りする癖があり、誰かと仲良くなる際のきっかけはほぼすべて涼子だったりする。

 お互いに自分の足りないところを自覚していて、阿吽の呼吸で補っている。それが涼子と明美だった。その二人にリーダーというよりクッション役として愛花がいて、誰もが羨む仲良しグループとなっていた。

 途中からは誰から言い出したわけでもないのに菜月たちと愛花たちが合流し、さらに大きなグループとなったところで恭介が加わった。

 たまに宏和も乱入してきて、日々を騒がしくも面白く彩ってくれた。誰か一人掛けていても実現できなかった関係だ。

 ――この前、沢君も言っていたわね。そう考えると人生はマラソンとも駅伝とも言えるのかもしれない。

 席に戻り、今度は友人たちの卒業証書授与を見守る。

 そこかしこから啜り泣きが聞こえ始め、気がつけば菜月の頬も濡れていた。



「卒業したくないです!」

 式を終えて教室へ戻るなり、愛花が菜月に抱き着いてきた。

「せっかくの美人が台無しになっているわよ」

 号泣中の友人の頬をハンカチで拭きながら、苦笑する。

「気持ちはわかるけれど、前に進む勇気も必要よ」

「でも……でも……!」

 菜月の胸に顔を埋め、愛花は叫ぶ。

「合格発表なんて、怖くて見られませんっ!」

「そっちかよ!」

 双眸を見開いた涼子のツッコミが入った。

「卒業しちゃうと、残すは合格発表のみだもんね」

 よしよしと明美が愛花の頭を撫でる。

「そうです! わたしだけ落ちてたらと思うと……うわあああん!」

「なんだかどこかで聞き覚えが……そうだ!」

 思い出した菜月は、両手で愛花の顔を挟んだ。

「はづ姉に聞いたんだけど、実希子ちゃんも合格発表前は愛花ちゃんみたいに情緒不安定だったらしいわ」

「コーチが……ですか?」

「そうよ。そこをもう一歩踏み込んで考えてみて。実希子ちゃんは南高校のOGなのよ!」

「そうか! あの頭筋肉コーチでも受かってるんだ! 愛花が落ちるわけない!」

 菜月の真意を察した涼子に励まされ、愛花の瞳に希望が宿る。

「急に自信が漲ってきました! そもそも、わたしが勝負と名のつくもので負けるはずがないんです!」

「まあ、実希子ちゃんの場合は、ソフトボール部に所属するという条件も加味されての補欠合格みたいな扱いだったらしいけれどね」

「……じゃあ、ほとんど実績のないわたしは駄目じゃないですか……」

 ズーンと音が聞こえてきそうなくらい愛花が肩を落とす。急激に感情が変化するので、失礼にも菜月は少しだけ面白いと思ってしまう。

「愛花ちゃんには、予選を制覇した中学校のエースという実績があるじゃない」

「で、ですよね!? わたしも常々、誇れる成績だと思っていたんです!」

「全県大会ではあっさり初戦で負けたけれど」

「……ですよねー」

「おい、菜月! お前、愛花で遊んでるだろ!」

「そういう涼子ちゃんこそ、顔が笑っているわよ」

「ううう……あなたたち、もういい加減にしなさーい!」

 などと大騒ぎしながらも、もう足を踏み入れることはない教室で、大勢の生徒と記念写真を撮った。

 夜にはいつものグループの保護者も加えての夕食会が高木家で開催され、そこでお祝いとして菜月たちにスマホが渡された。

 最近では小学生でも持っている子供が多い中、当初の取り決め通りに中学生の間はお預けされていたので喜びもひとしおだった。

 愛花たちは本来ならもっと前に与えられているはずだったのだが、どうせなら全員で一緒に持ちたいと菜月らに合わせてくれたのである。

 姉の葉月が初めてスマホを持った時同様に、その日は夜遅くまで皆でLINEをしたりして、気がつけば朝になっていた。

 そして――。

「――あ、ありました! わたしの番号……ううっ、ぐすっ、うわああん」

 迎えた合格発表の日。卒業式の時同様に、菜月は愛花からの熱烈な抱擁を受けていた。

「これも全部、菜月さんのおかげです! ありがとうございます! 本当にありがとう!」

 泣きじゃくる愛花の背中をさすり、だが、菜月は表情を暗くする。

「おめでとう、愛花ちゃん、でも、私は……」

「……え?」

 愛花の表情が固まる。

 それぞれの番号を確認し終えた涼子や明美も、さらには恭介までもが言葉を失っていた。

「なっちーの番号もあるよ? 茉優、覚えてるから間違いないよぉ」

 一同が、瞬きもせずに蒼褪めていた顔を菜月に向ける。

「……てへっ♪」

 ついでにぺろっと舌を出してみたのだが、放心状態から回復した全員に一斉に詰め寄られてしまう。

「てへって何ですか、てへって!」

「普段、真面目な奴が冗談を言うと笑えないんだよ!」

「あたし、本気で浪人するべきか悩んだんだからね!」

「ご、ごめん。本当にごめんってば!」

 やりすぎたのを反省しつつも、皆に愛されているのがわかって菜月の心はほんのりと温かくなる。

「真君が慌ててない時点で気づくべきだったよ」

「アハハ。実は僕もあれって思って、また菜月ちゃんの番号を確認してたんだ」

 恭介にそう返しながら、申し訳なさそうに鼻の横を掻く。

「でも、これでまた皆、一緒だねぇ」

「そうだね。高校でもよろしくね、茉優ちゃん。真君」

「こっちこそよろしくねぇ。えへへ、楽しみだねぇ」

 ほんわかする茉優の背中に菜月が隠れると、入り乱れるようにしながら掲示板の前から全員で離れる。

 もうすぐ菜月は、姉やその友人が青春を謳歌した南高校の一員となる。

 大好きで大切な仲間たちと一緒に。

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