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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族6 菜月の中学・高校編
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14 夏休みとプールとそれぞれの友情

 中学生になって二度目の夏休み。

 部活だけでなく恋にも大忙しとなった菜月は、練習後のクールダウンと称して、親しい仲間たち――つまりは茉優、愛花、涼子、明美と市民プールにやってきていた。

「で、何で真たちまでいるのかしら」

 ジト目の菜月の前には、海パン姿で三人の男子が並んでいた。

 左から宏和、真、恭介である。

「茉優が呼んだからだよぉ」

「わたしが誘ったからです」

 クラスメートでもある二人の声が揃う。

「……どういうこと?」目をパチクリさせて菜月が尋ねる。

「茉優はねぇ、まっきーを誘ったの。そこにきょんしーもいたから――」

「――ちょっと待って」

 急に発生した頭痛へ対処するために、菜月は軽くこめかみを押える。

「その霊験あらたかそうなあだ名は、沢君のかしら」

「うん。なんか呼びやすいよねぇ。元気にぴょんぴょんしそうだし」

 微妙に元ネタを知ってそうな茉優に、名誉か不名誉か判別つかないあだ名をつけられた恭介は苦笑いを浮かべている。

 告白されて盛大に振って以降、学校では顔を合わせていたが、こうした場で面と向かうのは初めてだけにどうにも気まずい。

 そして、それは宏和にも言えた。野球部を引退してグラウンドにはあまり顔を出さなくなったのもあり、会ったのもずいぶん久しぶりに思える。

「まあ、いいわ。茉優が真と沢君を呼んだのね。じゃあ、宏和は……」

 視線を向けた愛花が、ドヤァと言わんばかりの顔で頷いた。

「練習後に補習で学校へ来ていた先輩と偶然会いましたので、お誘いしたのです。ソフトボール部とは無関係でもありませんし」

 愛花は日頃の感謝と強調するが、それだけでないのは明らかだった。気づいていないのは好意を向けられている当人くらいのものだ。

 思うところは多少あったが、恋愛に興味がないと公言しておきながら、一人だけさっさと彼氏を作った形になる菜月には何も言えなかった。

 恭介はともかく、愛花が本気で宏和を好きなら友人として協力すべきだろう。ただ、自分の罪悪感を和らげるために、二人を無理矢理くっつけようとするのだけは避けなければならない。

「多少、人数が増えたってどうってことないだろ。見られるものもないし!」

 中年親父じみたセクハラ言動を菜月に飛ばしてきた涼子だが、それは自分の首を絞める結果にも繋がる。

「わたしに喧嘩を売ってるんですね。涼子との友人関係を少しばかり考え直す必要がありそうです」

「ち、違うって! 愛花のはほら、あれだよ! 控えめっていうかおしとやかっていうか……そ、それに世の中の男にはちっぱいが好きな奴だっているって! な、宏和先輩!」

 話を振られた宏和はジロジロ見るのかと思いきや、やや照れ臭そうにして、

「それを俺に聞くなよ。ま、まあ? 一般男性の話をするなら、あんま胸の大きさって関係ないんじゃねえ? こだわってる奴も中にはいるだろうけどな」

 うーっと唸った愛花はスクール水着に包まれている秘めやかな胸部を両手で隠しつつ、上目遣いでプールサイドに立つ宏和を見た。

「……戸高先輩はどうなんです?」

「やっぱり俺に聞くのかよ」

 諦めたように肩を落とし、

「そりゃ、巨乳には惹かれるけどな」

 と宏和らしい答えを口にして、今度は愛花を盛大に落ち込ませた。

「戸高さん、最低です。ケダモノです」

 クラスどころか市民プール内でも、トップクラスの巨乳の明美がすかさず自身の上半身を隠した。

「ち、違うって! 好みはそうだけど、好きになれば関係ねえし!」

「宏和、最低ね。女なら誰でもいいと宣言するなんて」

「菜月までやめろよ! っていうかお前ら、俺をからかって遊んでやがるだろ!」

 恥ずかしさを誤魔化すように、宏和がプールに入る。

 これまでずっと無言でもじもじしていた真と恭介も続く。

「そういえばまっきーって、なっちーとお付き合いしてるんだよねぇ」

 このまま問題なく時が過ぎ去れば――。

 そう願っていた菜月を嘲笑うかのように、唯一無二の親友がとんでもない爆弾を投下した。

 目でやめてと合図するも、天然素材配合の少女はにっこり笑って喜ぶだけだった。

「あたしたちの中じゃ、一番興味なさそうだったのにね」

 思春期の中学生は微妙な変化に敏感だ。あっという間に恭介を振ったのではないかという噂が流れ――当人は気を遣って誤魔化してくれていたが――さらにはもともと仲の良かった真とついにくっついたのではという感じに発展した。

 どうすればそこまで核心を見抜けるのか不明だが、その通りなので明確に否定できないでいるうちに周知の事実となり、夏休みに突入したのだった。

「部室で認められた時はひっくり返りそうに……ならなかったな。そのうちくっつくもんだと……っていうか、ほとんど最初からくっついてたようなもんだし」

「涼子ちゃんも一応、女の子なんだから、デリカシーに欠けまくってる発言はどうかと思うの」

 明美に窘められた涼子だが、理由がわからないらしく顔にハテナマークを浮かべる。

「事実なんだから仕方……あっ! そうか! 沢が振られたってのも事実なのか!」

「ついでに俺もだよ。ちなみに菜月に振られる初めてを奪った男でもある」

 意味深に言うなと注意したいところだったが、恭介一人に気まずい思いをさせないためと理解すれば強くもできない。

「なっちーって、もてもてなんだねぇ」

「そういうわけだから、二人の世界に浸らせてやろうぜ」

 茉優の頭に手を置いて、涼子がとんでもない提案をしてきた。

 菜月が反対する前に、申し合わせたようにバラバラに散っていく。

 明美が茉優を引っ張っていくのを見るに、どうやら菜月と真を理由にして、愛花と宏和を二人きりにさせてあげる作戦みたいだった。

 当人の愛花がおろおろしているうちに菜月と真も含めて四人にされてしまったので、仕方なしに涼子たちが企てたと予想される作戦に協力を決める。

「せっかくの好意だし、私たちは向こうにいるわ」

 都会とは違ってさほど広くない市民プールなので、その気になって探せばすぐに全員を見つけることができる。

「そ、そうですか」

 まだ困惑気味の愛花だが、さすがに女の子一人を残していく気にはなれなかったのか、宏和がごく自然に彼女へ切り出す。

「だったら、しばらく俺と遊んでるか? 友達のとこに行きたいなら連れてって――」

「――二人でお願いします!」

「お、おう」

 食い気味の愛花に、今度は宏和が戸惑いを露わにする。

 しばらくは遠目で二人を見守っていたが、やたらと隣でもじもじする彼氏の有様に、菜月は頭を抱えたくなる。

「どうして真はそんなに緊張しているのよ」

「だ、だって、水着姿の菜月ちゃんと二人で、その……」

「……周囲にはたくさんのお客さんがいるのだけれど」

「そ、それだけじゃなくて! ぼ、僕と、その……」

「……気付いていなかったのね」

 プールに到着して以降ずっと赤面中だった純情少年は、菜月の想像以上にパニクっていたようだ。

「愛花ちゃんが宏和を好きみたいなのよ。そこで気を遣ってあげたの」

「え!? そ、そういえば、よく宏和君を見てるもんね」

 合点がいったと頷いたあとで、微妙にしょんぼりしだす真。まるで子犬みたいである。

「落ち込まないでよ。私が……真と遊びたかったのも……本当なんだから……」

「な、菜月ちゃん……」

「プールで涙ぐむのはやめなさい」

「でもさ、菜月ちゃんが僕なんかの彼女になってくれて――いたっ!」

 デコピンならぬ鼻ピンをされた真が、両手で鼻を押える。

「謙虚なのは結構だけれど、自虐はやめなさい。私は真がよくて告白を受けたのだから」

「う、うん……」

「そ、そんなに恥ずかしがらないでほしいわ。私まで……もうっ!」

 照れ隠しに、おもいきり真の顔に水をかける。

「お返しだよ!」

 意識するなというのが無理だったが、それでも遊んでいるうちに、これまでと変わらない態度で接することがお互いにできるようになってきた。



 ひとしきりはしゃいだあと、プールサイドに上がった菜月は他のメンバーを探した。

「……プールで体育会系のノリを出してどうするのよ」

 嘆息するしかなかった菜月の視界には、何故かプールの中央で宏和に泳ぎを教わっている愛花がいた。

 すべてが平均レベルというある意味で奇跡のような少女は、水泳に関してもそこそこで、授業中も指導対象にはならないが、他から教えを請われるということもなく、放置気味になっては菜月を見つけて勝負を挑んでくるというのがお約束だった。

「教わりたそうにしてた清水さんが、駒井さんに沈められてるね」

 菜月の隣に腰を下ろした真が、笑いながら言った。

「涼子ちゃんと明美ちゃんね。最近は苗字で呼ぶことがなかったから、少し驚いたわ」

「ハハ……僕も菜月ちゃんや茉優ちゃんには似たようになることがあるから、ちょっとわかるかも」

「ところで……茉優はどこかしら」

 愛花ら四人は比較的近くにいるが、最初に明美に引っ張られていったはずの茉優の姿が見当たらない。

「あっちにいるよ。恭介君と一緒みたい」

「沢君と? なんだか珍しい組み合わせね」

 学生時代の姉の友人ではないので、恋愛のにおいがすると目を輝かせたりはしないが、菜月もお年頃かつ彼氏ができたばかりなのでそれなりには気になる。

「ふわぁ、人がたくさんいるねぇ」

「佐奈原さん、きょろきょろしすぎてると他の人にぶつかるよ」

「えへへ、ごめんねぇ。あ、なっちー……?」

「佐奈原さん! 人違いだよ! ああ、すみません、すみません」

 どこの誰かも知らないお姉さんに、コメツキバッタのように謝罪する恭介。簡単に許されるのは年下でも、彼が超のつくイケメンだからだろう。

「人が好いだけに、問題を起こしそうな茉優から目が離せなくなってしまったのね。保護欲とでもいえばいいのかしら」

「アハハ……どうだろうね」

 苦笑いする真と一緒に、茉優を引き取りに行くと、丁度良いタイミングで愛花たちもやってきた。

「今度は男女別に遊ぼうぜ」

 宏和が提案し、菜月たちは茉優が持ってきたビーチボールで、他の人に迷惑をかけないように遊ぶ。

「たくさん遊んだねぇ」

「そろそろ帰りましょうか」

 先に上がった茉優が、手を伸ばして愛花を手伝う。

 涼子と明美も同様にしている間に、菜月は男子を呼びに行く。

「真、絶対に菜月を泣かせるなよ」

 手を上げて声をかけようとした矢先、聞こえてきた宏和の言葉に菜月は硬直する。

 三人はすっかりプールから上がっていて、少し離れた場所で話をしていた。

「うん……でも」

「真君、謝るのはなしだよ。高木さんが公平に選んだんだ。罪の意識を感じる必要なんてないし、それにそんな真似をされたら友人として悲しいからね」

「恭介君……ありがとう」

「ま、荷が重くなったらいつでも変わってやるぜ」

「その場合は改めて勝負ですね、戸高先輩」

「言うじゃねえか、イケメン」

 聞いているだけで顔が熱くなる。ついでに全身がむず痒くなる。

 けれど、どこか羨ましい男の友情に、菜月の頬は自然に緩んでいた。

 だから無意識に声を弾ませる。

「そこでいかがわしい会話をしてないで、そろそろ帰るわよ」

「な、菜月ちゃん!? ち、違うよ、僕たちはその……」

「大丈夫よ、真。主犯が宏和なのはわかっているから」

「これって差別じゃねえか!?」

 腕を組んでわざと怒って見せる菜月の前で、三人の少年が屈託なく笑う。

 恨むでもなく、羨むでもなく、誇るでもなく。

 ただただ笑う。

 その奥にどんな気持ちを隠しているのかは、きっと三人にしかわからない。

 いつか大人になったなら。

 懐かしんで笑える思い出話になったのなら。

 ――その時は今日の気持ちを聞いてみたいだなんて、我ながら悪趣味すぎるわね。

 こっそりと自嘲しながらも、菜月は気付かない。

 大人になった想像上の自分の隣に、当たり前のように真が座っていることに。

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