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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族6 菜月の中学・高校編
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11 進級と新たな友人関係

 あっという間の三学期が過ぎ、短い春休みが終わると、菜月たちの学年も自動的に上がる。よほどの問題を起こさない限り留年になどならないので、皆仲良く一緒だ。

「二年生では同じクラスになれてよかったわね」

 A組の教室で菜月が言うと、傍に立つ茉優と真がこの上なく嬉しそうに同意した。

「お話しするお友達もできたけど、やっぱり茉優はなっちーと一緒がいいなぁ」

 甘えるように、着席中の菜月に抱きついてくる茉優。中学二年生になって、着実に成長中の感触が憎らしいほど伝わってくる。

 ちなみに菜月のは一度も成長を感じられたことすらないのに、現在も絶賛伸び悩み中だ。

「あなたたちは相変わらずですね」

「愛花ちゃんも同じクラスなんだねぇ。一年間、よろしくねぇ」

「ええ、こちらこそ」

 笑顔で茉優の頭を撫でるのは、トリマキーズと隔離されてしまった、お嬢様風だが意外と凡庸な愛花だ。

「今年こそは、菜月さんから委員長の座を奪ってみせます」

「それなら安心していいわよ。今回は私が愛花ちゃんを委員長に推薦するから」

「見くびらないでください! わたしが敵から塩を送られて喜ぶとでも!?」

「なら止めた方がいいのかしら」

「……いえ、それはそれというやつです。菜月さんが是非にでもわたしを委員長にというのであれば、謹んでお受けさせていただきます」

 進んで委員長になりたがる生徒はごく少数なので、これでようやく解放されそうだ。あとは菜月を知る旧友に、先手を打たれなければいいだけである。

 始業式の時間が近づくにつれて、続々と新しいクラスメートが教室に入ってくる。

「あ、高木さん」

 男女複数の生徒に囲まれていた一人の男子が、菜月を見るなり爽やかに片手を上げた。

「沢君、おはよう。また同じクラスになったみたいね」

「うん、嬉しいよ」

「……嬉しい?」

 真が微妙に暗い顔で変な反応をしたが、とりあえず見ないふりで恭介との会話を続ける。

「ジャージ姿だけれど、始業式から朝練をしていたのかしら」

「もちろんだよ。新入部員に選手の座を奪われたくはないからね」

 キランと効果音が聞こえてきそうなくらい自然かつ朗らかに歯を見せて笑う恭介。あまりの完璧イケメンぶりに遠目で見ている女子までキャーキャーと騒ぎ出す。

 普通ならこの時点で菜月は彼のファンクラブ会員に敵視されてもおかしくないのだが、何故か恭介の最重要彼女候補という位置付けで、密かに応援されているらしい。この難攻不落な謎は、いまだに菜月本人にも解き明かせていなかった。

「ハッ! 新入生なんぞに怯えてるようじゃ、まだまだだな!」

「さすがの自信ですね。頼もしいです!」

 まるで太鼓持ちみたいな反応をする愛花に乱入者の対応を任せ、菜月は淡々と続ける。

「……今年はソフトボール部も新入部員を捕まえないとね。やはり正式な部員だけで大会に参加したいし。沢君の後輩に運動が得意な女子がいたら、紹介してもらえないかしら」

「え? あ、そ、そうだね」

 チラチラと恭介は菜月の横を気にしているが、そこにはあえて触れない。

「沢君が声をかけてくれれば、大抵の女子はころっと入部してくれるでしょうし」

「菜月さん、それはあまりにも阿漕な勧誘です」

「……また大会で負けたいの? 春もトーナメントなのよ?」

「わたし、全力で菜月さんの素敵な勧誘方法に賛成することに決めました」

 背に腹は代えられない。菜月同様に勝利に飢えている愛花が、一瞬で方針転換するのも無理のない話だった。

「ソフト部は大変だな。野球部なんて黙ってても新入部員がわんかさきやがるぜ」

「素敵です! わたしたちソフトボール部も見習いたいです!」

「それはさておき、バックアップメンバーも含めれば、最低でも五人は欲しいわね」

「欲張りすぎではありませんか? まずは現実的に試合できる人数を目指すべきです」

 直前まで頬を赤らめて宏和のご機嫌を取っていた愛花が、瞬時に真顔に戻って菜月に注意喚起してきた。

「愛花ちゃんは正しいわ。でもね、目指すべき頂は高く設置すべきよ」

「菜月いいい!」

 無視され続けた宏和がとうとう泣き出した。

「無視すんなって! あんまりだろおおお!」

「私の代わりに、愛花ちゃんが相手をしてくれていたでしょう」

 うんうんと頷く愛花。どこをどう気に入ったのか、騒々しい宏和に対して並々ならぬ好意を抱いているのが一目でわかる。

「俺は菜月に構ってほしいんだよっ」

「駄目よ」菜月はピシャリと言い放つ。「癖になったら困るもの」

「俺は餌やりを禁止された犬か!」

 普段なら似たようなものでしょうと返すところだが、愛花が近くにいるのもあって、するりと喉元から言葉が出てこなかった。

 不思議な違和感に菜月は心の中で首を傾げる。

「どうしたの、菜月ちゃん。具合でも悪い?」

 気がつけば、真が心配そうに菜月の顔を覗き込んでいた。

「……少し考え事をしていただけよ」

 そう返してから、再び思考の海に潜る。

 大人になるのはずっと先とばかり思っていたが、もしかしたらその兆候というか準備期間にすでに入っているのかもしれない。

 少しずつだが着実に変わり始めている人と人との関係を目の当たりにし、菜月はそう思わずにはいられなかった。



 最初はどこかよそよそしかった新クラスも、一ヶ月もすれば慣れてくる。仲の良いグループを形成しながらも、孤立化する級友は出ていないのは幸いだった。

「委員長、人物画って好きな人同士で組んじゃ駄目なの?」

「気持ちはわかるけど、先生が男女でと言ってましたから我慢してください」

 やんわりと女生徒に注意したのは、この春から二年A組の委員長となった愛花だった。

 ホームルームで委員長を決めようとなった際に、愛花の立候補を待つのではなく宣言通りに菜月は彼女を推薦した。ここまでは計画通りだった。

 あとは悠々自適な中学生生活を送るだけ。菜月が席上で想いを馳せている間に事件は起こった。

 委員長に就任して祝福を受けていた愛花が、突如として自分を補佐できるのは菜月をおいて他にいないと言い出したのである。

 菜月が我に返るまでの一瞬の隙をつき、一年生の時から変わらない担任は即決。望んでも頼んでもいないのに、副委員長という厄介な肩書を頂戴してしまった。

「はあ……」

「大きなため息だね。何か心配事でもあるの?」

 忘れたい過去を思い出して盛大にため息をついた菜月に、心配そうに恭介が聞いてきた。

 美術室での席がたまたま近くだったため、お互いにスケッチをすることになっている。

「人生のままならなさを痛感していたところよ」

「確かに上手くいかないよね。でも、だからこそ俺は楽しいと思う」

「……若いわね」

「高木さんと同い年なんだけど」

 課題の人物画を描き始めると、どこからか視線を感じた。

 気になって確認すれば、愛花とペアを組んでいた真がこっそりとこっちの様子を窺っていた。

「どうやら俺は鈴木君に嫌われてるみたいだね。理由はなんとなくわかるけど」

 菜月の態度から真が見ているのに気づいたのだろう。恭介がそんなことを言い出した。

「悪い子ではないのだけれど……」

「それはわかってるから大丈夫だよ。俺も彼とは友達になりたいしね」

 そう言ってウインクする恭介はやっぱりイケメンで、頬を赤らめたりこそしないが、クラス内外の女子が夢中になるのもわかる気がした。

「完成した人から持ってきて」

 中年の女美術教師が手を叩く。

 暇を持て余していたらしい男子がこぞって提出し、もっと真面目に書きなさいとスケッチブックで軽く頭を叩かれるのは昨年からよく見慣れた光景だった。

「皆さん、少し手を止めて、こちらを注目してください」

 教卓に女教師がスケッチブックを乗せる。横で戸惑っている真を見れば、誰のかは明らかだ。

「これは良いお手本です。鈴木君は県内の美術関係者からも期待されている逸材で、特にタッチの繊細さが評価されています。これくらい描けるようにとは言いませんが、参考にしてみてください」

 瞬く間に教卓を中心に人だかりができる。

「凄いね、鈴木君は。質問攻めにされてるよ」

「こと美術に関しては本当に逸材だもの」

「なんだか嬉しそうだね、高木さん」

「気のせいよ」

 そっけなく恭介に返しながらも、この時ばかりはクラスの中心になっている真が眩しく見えた。隣で何故か描いた本人以上に愛花が得意顔になっていたりするが。

「今日の授業はここまでにします。完成させられなかった人は、放課後にできるところまででいいので描いて、それから先生に提出してください」



「まっきー君と沢君というのも珍しい組み合わせですね」

 部活中のグラウンドから美術室を見上げながら、ユニフォーム姿の愛花が言った。

「美術の課題を完成させるために、真に手伝ってほしいと頼んだみたいね」

 菜月が同じ班のクラスメートと教室の掃除をしていた際、笑顔で恭介が真に声をかけたのが聞こえてしまったのだ。

 ここ一ヶ月ほど何かと恭介を避けていた真だが、根は優しい少年である。面と向かって頼まれれば、断れるはずもなかった。

 ――喧嘩にならなければいいけれど。

 あの二人だからありえないと思ってはいても、何があるのかわからないのが人間関係である。

 菜月をモデルにした人物画に手を加える恭介が、あれこれ質問しては真が教えるという形になっている。

「なっちー! 余所見してると危ないよぉ」

 茉優に注意され、練習に戻る。

 菜月や愛花たちが熱心に勧誘したのに加え、宏和や恭介の協力もあって、一年生が六人も正式に入部してくれた。

 三年生が一名に、菜月たち二年生が五名、それに六名と加えた合計十二名が現在のソフトボール部の陣容である。

 さらには菜月たちの秘密特訓を聞いた顧問が頼み込んだのもあり、時間がある時はOGの葉月が練習を見にくれたりもする。

「先日の練習試合でも勝てましたし、春の大会では一勝したいですね」

「駄目よ、愛花ちゃん」

 菜月が注意すると、意図を察した愛花がすぐに訂正した。

「目標は高く、でしたね。春の大会、目指すのは優勝です!」

「その意気よ。愛花ちゃんはもうチームのエースなのだから」

「わかってます」

 愛花はしっかりと頷いた。

「元々は菜月さんへの対抗心でソフトボールを始め、ピッチャーにも志願しましたが、今ではとても大切な思い出です。わたしを誘ってくれたこと、心から感謝してます」

「ちょっとやめて」

「照れなくても……って、本気で嫌がられると、さすがのわたしもショックが大きいんですが」

「気持ちは嬉しいけど、愛花ちゃんの台詞は敗戦フラグそのものなのよ!」

「そ、そうなんですか!? よく涼子がゲームをしながら言ってるやつですよね?」

 運動神経抜群なのにソフトボール部随一のゲーム好きが涼子である。そこから知識を得ているだけに、わりとオタク的な会話もこなせる愛花だった。

 その涼子は少年漫画誌なども好きなので、意外にも茉優と気が合っていたりする。

「敗戦だけはごめんです! 菜月さん、投球練習を続けますよ!」

「気合を入れるのはいいけれど、大会も近いのだから怪我にだけは気を付けてね」

 日が暮れるまで練習に励み、ふと思い出したように菜月は美術室を見上げる。

 窓を開けて爽やかな風を取り込んでいる室内では、いつの間に仲良くなったのか二人の男子生徒が楽しそうに笑っていた。

「あ、菜月ちゃん。練習が終わったの?」

 窓から声をかけてくる真に、戸惑いを隠しつつも頷く。

「今日は俺も途中まで一緒に帰っていいかな。課題に熱中しすぎて、陸上部は休んじゃったし」

 恭介がそう言っても、真は一切拗ねる様子を見せない。明らかにこれまでとは違っている。

「二人とも、ずいぶんと仲良くなったのね」

「う、うん……話してみると、恭介君は良い人だし……」

「男同士だからかな。色々と真君とはわかり合えることが多かったんだよ」

 息ピッタリである。

 考えてみれば恭介は腹黒さの欠片もない好人物で、真も基本的には陰湿さからは程遠い人間だ。しっかりと話せる時間を作れば、仲良くなるのはむしろ必然だったのかもしれない。

「何にせよ、お互いに新しい友達ができたみたいでよかったわね」

 菜月が言うと、仲良くグラウンドを見下ろしている二人は揃って頷いた。

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