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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族6 菜月の中学・高校編
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6 夏休みの特訓とプール

 学校のグラウンドに少女たちの元気な声が響き渡る。その中には菜月のもあった。

 ――特訓します!

 夏の大会で負けた悔しさがまだ癒えてないのか、夏休みに入るなり、いきなり菜月の自宅に電話をかけてきた愛花がそう宣言した。

 夏休みにも部活はあるが、休みの日にわざわざ学校側から許可を貰い、他の部活動が使用してない時間に自主練習をすることになったのである。

 コーチ役は――。

「ほら、なっちー! キャッチャーだって守備は大切なんだから頑張って!」

 バット片手に参加メンバーへノックをする葉月だった。

 地元スーパーのパン屋で働いているが、この日のために休みを合わせてくれたのである。

 打ち上げられたフライをスライディングキャッチし、ガチャガチャとレガースの音を鳴らしながら菜月は取ったボールを姉に手渡す。

「せっかくの休みなのに、迷惑をかけてごめんなさい」

 小声で謝ると、葉月はきょとんとしたあとで朗らかに笑った。

「私も楽しんでるから気にしないで」

 それに、と葉月は言葉を続ける。

「一生懸命頑張る後輩を応援するのは、OGとして当然だよ」

「……ありがと、はづ姉」

 甲高い音が木霊し、鋭い打球がグラウンドで跳ねる。

 気合の咆哮を放ち、練習用のユニフォームが土塗れになるのも恐れずにマウンド上の愛花が飛びつく。

 投手志望の彼女は、先ほどブルペンで葉月にボールを受けてもらっていた。その際の二言三言のアドバイスが、よりやる気にさせていた。

 同じ投手をしていただけあって、菜月よりも愛花の気持ちがわかる証拠だろう。

「それにしても……わざわざ真まで付き合うことないのに……」

 横目で見る美術室には、練習風景を見られるように位置取りしながらも、熱心にキャンパスに向かう学生服姿の真がいた。茉優から自主練習の話を聞くなり、自分も学校で夏休みの課題を完成させると同行を申し出てきたのである。

「まっきーはなっちーと一緒が大好きだからねぇ」

「――っ!」

 いきなり耳元で声が聞こえ、反射的に菜月は飛び上がってしまった。

「茉優? 驚かせないで。心臓に悪いわ」

「あはは、ごめんねぇ。そんなつもりはなかったんだけど」

 相変わらずの舌足らずな口調の茉優が、美術室にいる真へ手を振る。

 気づいた真が手を振り返し、なし崩し的に菜月も右手を上げて応えた。

「青春だね。なんだかお姉ちゃんは甘酸っぱい気持ちになってきたよ」

「キモ」

「なっちー!? その冷たい目はやめて!」

 ギャーギャー騒いでいると、守備練習を終えた愛花がトリマキーズと一緒にやってくる。

「何をしているのです。あら、鈴木君も登校しているんですね」

 菜月たちの視線から、美術室にいる少年に気付いた愛花が言った。

「愛花が真面目に練習してるのに、お前らは男を見て遊んでたのか!」

「愛花ちゃんがかわいそう!」

 激しく非難し始めた二人を抑えたのは、半ば主みたいな愛花だった。

「構いません。その間にわたしは高木さんよりも腕を上達させてみせます! 差をつけられてから悔しがっても遅いということを、教えてさしあげます!」

 誰よりやる気な愛花。口元に手を当てて、オーホッホッと笑い出しかねない雰囲気さえあった。クラスメートからの情報によれば、特にお嬢様というわけではないらしいが。

「大歓迎だわ。嶺岸さんが上手くなれば、大会で勝てる確率が上がるもの。私だってもう負けたくない」

 弱小だからといって、負けに慣れるなんてことはない。今でも眠る前は勝手に敗北の瞬間が浮かんできたりする。

「その意気だよ、皆。負けた記憶を塗り替えるのには勝利が一番。新人戦の前に練習試合もあるだろうし、まずはそこで勝てるように頑張ろう!」

 コーチ役の葉月の激励に菜月たちは「オーッ」と声を合わせた。



「ふわぁ! 冷たいのが気持ちいいねぇ!」

 両手で水飛沫を上げた茉優が、ふにゃりと頬を緩める。

「茉優、他のお客さんに迷惑をかけないようにね」

「うん! ほら、まっきーもおいでよ」

 茉優に手招きされた真が、挙動不審気味に動揺する。

「で、でも、その、なんていうか、僕だけいいのかな……」

「あはは。気にしなくてもいいよ。男のお客さんなら他にもいるんだから」

 一人だけビキニ姿の葉月が、プールから上半身を出しながら手で周囲を指し示した。

「外が暑いだけあって、市民プールは大盛況ですね」

 おずおずとプールに入り始めた真を横目に、縁に腰を下ろし、足だけで水の冷たさを堪能している愛花が軽く目を瞠った。

「愛花ちゃんたちは、あんまりプールに来ないの?」

「ボクらは海へ行くことが多かったかな。保護者同伴だったけど」

 茉優の質問に、涼子が答えた。

「ですので子供たちだけで――葉月さんがいるので正確には違うのですが、両親を抜きにプールへ来たのは初めてです」

 更衣室の時から愛花が妙にそわそわしていた理由が判明し、菜月はどこか微笑ましい気分になる。

「それなら目一杯遊ばないとね。せっかくはづ姉が連れてきてくれたのだし」

 自主練習で汗だくになるのは事前に予想できていたので、葉月が参加メンバーにスクール水着の持参を通達していたのである。

「でも葉月さんってスタイルいいよね」

 ほうっとため息をつきながら言ったのは明美だが、共感を得るどころか周りは苦笑いを浮かべるばかりだった。

「駒井さんが言わないでほしいわ」

「明美に言われると変な気持ちになります」

 発言するタイミングが見事に被り、菜月と愛花はまじまじとお互いを見つめる。

 特にスクール水着を押し上げられていない胸部を。

「わたし、高木さんと仲良くなれるような気がしてきました」

「奇遇ね、私もよ」

 背後で「あたしはただ太ってるだけだから!」などと腹立たしい言い訳を繰り返すグラビアアイドルみたいな少女を置き去りに、二人は固い握手を交わす。

「明美は昔からああなのです。気を遣ってるようでいて毒舌といいますか、悪意のない甚振りを唐突に見舞ってくるといいますか……」

「わかるわ」菜月は深く同意する。「私の傍にも茉優という最終兵器がいたもの」

 真を引き連れてはしゃぐ少女を見る。窮屈なスクール水着がさらに窮屈に感じられるほど発達した胸部は明美ほどでなくとも、十分に同年代の平均値を上回る。

「高木さんも苦労なさってきたのですね」

 ほろりと涙ぐむ愛花。そこには確かな共感があった。

「……菜月でいいわ」

「なら、わたしのことも愛花と呼んでください」

 ひしっと両手で握手し合う二人に、話しかけ辛そうにしていた涼子がおずおずと近づく。

「そ、そこまで気にすることないんじゃないか?」

 弾かれたように菜月と愛花は、接近者の上半身を観察する。

「……涼子、順調に成長しているみたいですね」

「はづ姉も意外にあるし……どうして私たちの周りはこんなのばかりなのかしら」

 同時に歯軋りをする二人に気圧され、涼子がすごすごと退散する。

「菜月さん、わたしたちは向こうで遊んでいましょう……」

「……大歓迎だわ。私だって……もう、負けたくない……」

 両手で顔を覆った菜月の肩を、愛花が労わるように抱いた。

 真夏の市民プールで、小さな小さな友情が芽生えた瞬間だった。



 女子とはいえ部活に励む中学生の食欲は旺盛だ。 

 プールで汗を流したあとに訪れたファミレスで、菜月たちは競うように注文したメニューを頬張っていた。

 最初は特に愛花が遠慮気味だったのだが、もりもり食べる茉優と明美を眺めながら、葉月が「食べる子は育つってことだね」と言ったのが狂騒劇の発端となった。

「うぷっ。こちらにおかわりをお願い……します……」

「チーズインハンバーグ……確かに、うぷっ、育ちそうなメニューね」

 愛花に負けじと菜月も追加オーダーし、半ば悪魔のように思えてきた肉の塊と格闘する。

「……それじゃ、胸より先に腹が育つんじゃ……」

「は? 涼子、何か言った?」

「な、何も言ってない! 愛花、目が怖いって!」

「あはは。なっちーたちの年頃じゃ、気になるもんね」

 場を取りなすように言った姉に、菜月はふとした疑問をぶつける。

「頭が空っぽそうだった学生時代のはづ姉も、意外に悩んだりしたの?」

「何気に酷いワードが幾つも散りばめられてたけど……まあ、いいか。私の場合も実希子ちゃんって怪物が身近にいたからね。もっとも、より悩んでたのは好美ちゃんや柚ちゃんだったけど」

「名前が出た方々は友達ですか?」

 ナイフとフォークの動きを止めた愛花の問いに、葉月が頷く。

「今は二人とも関東の方で頑張ってるの。連絡を取る機会は減ってるけど、今でも大切な友達だよ」

「そういうのっていいですよね……」

「愛花ちゃんにだって涼子ちゃんや明美ちゃんがいるじゃない」

 菜月より遥かにコミュ力の高い姉は、すでに愛花たちの名前もしっかり憶えていた。

 その上で悪戯っぽい目を菜月に向けてくる。

「それに……新しい仲間もできたしね。どっちかが成長したら破綻しそうだけど」

「不穏な発言は控えて、はづ姉。私たちは二人で戦っていくわ」

「その通りです。結ばれた同盟は何よりも強固なのです」

 二人で頷き合ったあと、どちらからともなくまたハンバーグにフォークを伸ばす。

 貧乳という共通点があったからだけじゃない。

 入部のきっかけは強引なものだったが、一生懸命に練習して、大会では全力で戦ってくれた。

 夏休みに入って自発的に練習したいと言ってくれて嬉しかった。

 確かに性格的に難しいところもあるが、それは菜月も同じだ。

 壁を取り払って話してみると意外に気さくだし、面倒見のいいタイプでもある。自信満々に見えて、意外と落ち込みやすい点もどこか可愛げがある。

 正直に言ってしまえば、菜月自身も愛花を認めている……というより、もっと仲良くしたいと思うようになっていたのだ。

「はづ姉、おかわり、いい?」

「わ、わたしも、おえっぷ、お、おねがい……しまふ……」

「あ、あはは。二人とも何だかリスみたいだね」

 苦笑いを顔に張りつけながらも、スポンサーの葉月が新たに注文してくれる。給料が入ったからと得意げにしていたが、今頃は心の中でひっそりと後悔しているかもしれない。

「愛花ちゃんを見てたら、あたしもまた食べたくなってきちゃった」

「茉優も~」

「「貴女たちはそれ以上、成長しなくてもいいでしょう!」」

 見事に菜月と愛花の声が揃った。

 鬼気迫る剣幕に驚きながらも、自由人の二人はさらりとおかわりをしてしまう。

「こ、こうなったら、あの二人よりも食べるしかありません」

「道は険しいけれど、頑張りましょう。ソフトボールも豊胸も諦めたら負けよ……!」

「ボ、ボクもなんか取り残されたくないから、注文を追加する!」

 涼子も加わり、菜月たちのテーブルにはさらにお皿が積み上げられていく。

 その様子を見守りながら、葉月が菜月の隣に座る少年に声をかける。

「まっきーはもう食べなくていいの?」

「……見てるだけでお腹一杯になりました」

 黒一点だった真は、少女たちのあけすけな会話で火照った顔を冷ますように、グラスに入っていた水を一気飲みした。

 ふう、と息を吐く少年の横顔を菜月はジト目で睨む。

「真は私を裏切らないわよね?」

「僕? 裏切るって……」

 きょとんとして、ようやく言葉の意味に気付いた真は顔を真っ赤に染めた。

「僕は男の子だよ!」

 どっと場が盛り上がり、どこかお客さん気味だった真にも、愛花たちがどんどん話しかけるようになる。

「まったく、世話が焼けるのだから」

 小声で呟いたはずなのに、しっかり聞こえていたらしい姉が僅かに口元を綻ばせた。

「なっちーは優しいね」

「そうでもないわ。プールでは真を放置していたもの」

「ああいう場では、照れるまっきーを引っ張るのは茉優ちゃんの方が適任だもんね」

「……何が言いたいのか、さっぱりわからないわ」

 フンとそっぽを向いた菜月の頬が、ツンツンと押される。

 煩わしげにしながらも頬張ったハンバーグは、すでにお腹一杯なのにとても美味しかった。

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