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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族5
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「事あるたびに言っているけど、時が流れるのは早いものね」

 朝の寝室。布団派の春道に配慮した大きめの布団のそば、木製の小さな汎用箪笥の上に飾ってある家族の写真を眺めながら春道の愛妻が呟いた。

 写真の中の春道と和葉は今よりも若く、高木家の長女はまだ高校生だった。家族の真ん中には、入学式用の新しい服に身を包み、どこか緊張している菜月がいた。

 その高木家の次女が、本日小学校を卒業する。生まれてからすでに十二年が経過し、中学校に入学すれば十三歳になる。ついこの間まで赤ちゃんだとばかり思っていたのに、気がつけば大人への階段を着々と登っている。和葉のみならず、春道もまた似たような感想を抱いていた。

「俺の記憶の中では、まだ小学生の葉月が所狭しと家を走り回ってるんだけどな」

「その背中を実希子ちゃんが追いかけて、好美ちゃんが二人を注意しているのよね」

 クスリと笑う愛妻の目尻には、年齢を重ねた証のしわが刻まれている。本人は気にしているが露骨に目立つわけではなく、あったところで魅力は一切損なわれない。機会があるたびにそう言っているのだが、どうにもこの年代の女性にとっては重要な問題かつ悩みであるみたいだった。

「葉月は小学校の頃に色々とあったが、菜月は意外とすんなりだったな」

「むしろ問題を解決する側に回っていたものね」

 葉月も菜月も学級委員長を他薦などで務めたが、中心となって他者の力を借りる長女とは対照的に、次女は悩みながらも独力で難事に突撃するという手法が多かった。その影響か、親友の二人だけでなく、他の児童も菜月を慕ってくれていた印象があった。

「葉月はアットホームなリーダーで、菜月は引っ張るタイプのリーダーなのかもしれないな。どちらもワンマンな性格でなかったのは幸いだった。二人とも俺に似たおかげだな」

「あらあら、春道さんってば自意識過剰よ。普段は私に似てると口癖のように言うくせに、都合がいい時だけ自分の手柄にするのはいけないわ」

「妙に迫力のある笑顔はやめてくれ。怯えてトイレに籠って、菜月の卒業式を見逃すはめになりそうだ」

 もうと腰に手を当てつつも、和葉は柔らかく微笑む。

 夫婦のコミュニケーションを終えたところで、春道は幾度も活躍してくれているビデオカメラを手に取る。

 真の両親と茉優の父親と一緒に式を見守る予定になっているが、事前の話し合いで撮影役は春道に決まっていた。他にも撮影したがる保護者はいるだろうし、三人並んで場所を占拠するのを避けたのだ。初めての我が子の卒業式の二組とは異なり、春道には経験がある。なおかつ葉月の時にも似たような感じで、録画したのを好美の母親にプレゼントしたりもしていた。

 そうした事情から任された春道に失敗は許されない。菜月だけを主役にするのではなく、満遍なく三人を撮影してあげるつもりだった。その上でそれぞれの子供にスポットを当てたバージョンも編集するつもりでいた。

「春道さんって意外に凝り性よね。映像を編集するような細かい作業も好きみたいだし」

「和葉だって横で手伝いながらノリノリじゃないか。要するに似た者夫婦なんだよ。相性が良くて大助かりだ」

「フフ。褒められているのかは微妙なところね」

 微笑む和葉は着物ではなく、ベージュに近い淡い色合いのワンピースにすでに着替えていた。着物姿もなかなかに綺麗なのだが、周囲の保護者に合わせて選択したものだ。なかなか新品を買いたがらない愛妻を、葉月の様子を見に行った帰りに半ば強引に県の大型ショッピングセンターへ連れて行き、購入してプレゼントしたものである。首元で光るパールがまた美しく熟した愛妻の魅力を一層際立てている。

「膝下ではあるけど、スカートの裾が少し短いかしら。もうおばさんなのに恥ずかしいわ」

「よく似合ってるよ。まるで和葉のために用意された服みたいだ。すでに際限なく惚れているが、改めて愛する妻の魅力に心臓を鷲掴みされた気分だよ」

「相変わらずお世辞が上手ね。でも、ありがとう」

 立ち上がったばかりの春道の前で、愛妻が軽く背伸びをする。彼女が閉じるのに合わせ、軽く触れる程度に唇を重ねる。

「朝から仲良しなのはいいけど、あんまりゆっくりしてると遅れちゃうよ」

 開けっ放しにしていた寝室のドアから、ひょっこりと顔を覗かせてニヤニヤしているのは、つい先日大学を卒業して実家に戻って来た高木家の長女だ。小学校の頃には虐められていた少年と恋仲になり、現在も交際は順調に続いているらしい。

「覗き見なんて品がないわよ。それにあれは夫婦のスキンシップよ」

「ママだけズルい。家族だから葉月もパパとスキンシップする!」

 拳を握って全力で宣言した葉月だが、妹の卒業式のために選んだ服の襟首を和葉に捕まえられて唇を尖らせながら断念する。

「いつまでもパパは葉月のものとか言っていたは駄目よ。春道さんはママのものなんだから。ところで……春道さんはどうして残念そうな顔をしているのかしら」

 久しぶりに愛娘にスキンシップしてもらえるのを期待していましたとはとても言い出せず、ギクリとした春道は下手くそな口笛を吹いて強引に誤魔化そうとする。

 もっともその程度で気のせいだったとなるはずもなく、的確に春道の心情を見抜いた愛妻は大袈裟なくらいにため息をついた。

「我が子が可愛いのはわかるけど、春道さんも葉月をあまり甘やかさないでね」

「……驚きだな。まさか和葉から、そんな説教をされるようになるなんて」

「本当だよね。私が何かするたび、心配してどこまでもついてこようとしていたあのママだもんね」

 色々と思い当たるふしがあるだろう愛妻は平静を装いながらも、僅かにこちらから視線を逸らす。

「人は成長するのよ。子供だからと極端な過保護はやめて、むしろ離れて見守るくらいが丁度いいの」

「なるほど。じゃあ菜月の卒業式には子離れと妹離れができていない俺と葉月の二人で行こう。立派な和葉は離れたこの自宅から見守っていてくれ」

「そうだね。そうしよっか」

 あっさりと春道の意見に乗っかる和葉。長女が実家に戻って以来、自然な形で多数決みたいになることも増えた。

「私が悪かったわよ! 春道さんも葉月も、もう虐めないで」


 校門前でそわそわしていた真の両親や、茉優の父親と合流する。他にも懐かしそうに校門前で記念撮影中の佐々木実希子ら葉月の友人の姿もあった。

「実希子ちゃんたちもわざわざ来てくれたのか。皆、忙しいだろうに、菜月のためにすまないな」

「気にしなくていいっスよ。なっちーはあたしらにとっても妹みたいなもんだし」

「実希子ちゃんの場合は大人なのに頼りなさすぎて、逆に菜月ちゃんの妹みたいだけどね」

「いや、妹ってよりはゴリラでしょ」

「言い過ぎだ、好美。それにそこの発情猿。お前は喧嘩売ってんのか!」

「実希子ちゃんがいつまでも人を猿呼ばわりするからでしょ!」

 いつも元気な女性陣は葉月に任せつつ、春道は先に知り合いの保護者にも挨拶を済ませていた和葉の隣に行く。

「真君のお母さん、さすがに泣くのが早すぎますよ」

 緊張を解すつもりの春道の言葉を受け、香織は持っていたハンカチで目元を拭った。やはりシックな色合いも地味なワンピースで、主役である子供より目立たないようにと気を遣っていた。

「すみません。こちらに引っ越して来てからも上手く馴染めず、友達もできないまま真ちゃんが家に引き篭もってしまった時はどうしようかと思って……無事に卒業式を迎えられただけでも嬉しくて。これも本当に高木さんと菜月ちゃんのおかげです。本当にありがとうございます。茉優ちゃんにも仲良くしていただいて」

 矢継ぎ早に頭を下げる香織に、春道も和葉も苦笑するしかなかった。

 気にしないでくださいと言うより早く、今度は茉優の父親が頭を下げる。

「仲良くしてもらってるのはこちらの方です。私の出張の時は高木さんのところで面倒を見ていただいて……それに鈴木さんの家でも夕食をご馳走になることもあり、頭が上がりません。この御恩はいつか必ずお返しします!」

「いえいえ! もうすでにお歳暮やらお中元やらたくさん頂いてますし、茉優ちゃんのお父さんも真君のお母さんも気にしないでください!」

「いいえ。この機会にしっかりお礼を言いたかったんです。真ちゃんが笑顔で今日を迎えられたのも菜月ちゃんがいたからこそ。子供の幸せは豪華な家に住むより、たくさんの玩具を与えられるより、心許せる友人の存在に左右されるのだと私も親として強く認識できました」

 改めてお礼を言われ、握手した上で真の父親にまで丁寧に頭を下げられると、春道としても何やら背中がむず痒くなってくる。

「俺は……妻も含めて、当たり前のことを当たり前にしただけです。菜月も……それにそこにいる長女の葉月も同じです。だからお礼なんて必要ないんですよ」

「やっぱり高木さんは凄いですね。男として敵わないのに、こんなに素直に尊敬できる人間に初めて出会いました」

「まったくですな。単身赴任中、妻が高木さんに魅了されないか心配で仕事が手につかないんですよ」

 それぞれの父親同士の会話を聞かされた春道は、またしても言葉を失うはめになる。

 代わりに話題に出された真の母親が楽しそうに口を開いた。

「高木さんが困っているでしょう。それに和葉さんのような素敵な奥様がいらっしゃるのだもの。他の女性に目移りなんてするはずがないわよ」

「はい。妻がそばにいてくれれば、あとは娘たちが健康なら他には何も望みません」

 断言する春道の隣で、反射的に俯かせた顔を和葉が誰よりも赤くする。

「……私もそうなのですが……公衆の面前で堂々と宣言されるのは……その、さすがに照れますね……」

「いいじゃないですか。催促しないと言ってくれない夫を持つ身としては、羨ましいです」

 さらりと不満を述べた香織のそばでは、彼女の夫の正志があちゃーと言わんばかりに目を右手で覆い隠した。

「これはいけませんね。今後は高木さんを見習って、私も日頃から小まめに妻へ愛情を告げておくようにします」

 子供同士だけではなく、葉月たちの時のように保護者同士の仲も良好。長期休みになれば、いまだに皆で旅行に出かけたりもする。菜月のみならず、春道も良縁に恵まれる運の良さを日々、感謝せずにはいられなかった。


 愛娘が立派に答辞の役目もこなし、夜には高木家で子供たちの卒業記念パーティーが行われた。明日から春休みなのもあり、子供たちは菜月の部屋に泊まる予定になっている。唯一の男子である真は葉月の部屋に一人隔離されて眠ることになるが。

「ここで今日の主役の子供たちから、中学校に入学してからの抱負を聞いてみたいと思います!」

 大人に混じって少量のお酒を飲んでいる葉月が、ノリノリで菜月たち三人を部屋に立たせる。

明日にはそれぞれの勤務地や所属先に向かうという実希子たちも一緒に大騒ぎ中だ。

 皆に見守られる中、まずは笑顔の茉優が手を上げる。

「茉優は、中学生になってもなっちーと仲良くするねぇ。もちろんまっきーとも!」

「あ……ぼ、僕も……二人と仲良くしながら、中学校では美術部に入ってみたいです。部活に頑張る菜月ちゃんたちを見ていたから、僕も好きなことで頑張りたいから」

 茉優に続いて未使用の割り箸をマイク代わりに向けられた真が、恥ずかしがりながらも自身の希望を披露してくれた。

「真君のおかげでグッと抱負らしくなったね。で、なっちーは中学校では何がしたい?」

 葉月に尋ねられた菜月は、皆の前で小さく笑う。

「皆一緒で楽しく過ごせたらそれでいいわ。その前提がなければ、せっかくソフトボール部に所属してもつまらなくなりそうだもの。それにはづ姉に負けない素敵な友達を作るのが私の夢なの」

「なっちーも言うようになったじゃねえか。けどよ、あたしみたいな逸材がそうそう野に転がってると思うなよ」

「当たり前でしょ。ゴリラが人間と一緒に学校生活を送るなんて前代未聞だわ」

「だからあたしはゴリラじゃねえっての!」

 宴会は続く。

 長女も次女も健やかに成長し、信頼できる友人に囲まれている。それが春道には何より嬉しかった。

 そして横を向けば、春道にも人生を共にしてくれる大切な女性がいる。他の皆にバレないようにこっそりと愛妻の手を握る。伝わる体温の温かさはそのまま人間の情に感じられ、即座に込められた優しい力に春道は心からの幸せを覚えるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

その後の愛すべき不思議な家族5は今回の40話をもちまして終了となります。

新たに菜月が主人公となった小学校生活はいかがだったでしょうか。

少しでもお楽しみいただけたのであれば幸いです。

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