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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族5
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35

 地元開催が決定した全日本大学ソフトボール選手権大会。開催地枠ではなく、予選を勝ち抜いて出場を決めた葉月たちは大学最後の大会に気合を入れていた。

「なっちーも一回戦は勝ったっていうしな。ご褒美に大好きなお姉ちゃんが優勝するシーンを見せてやるとするか」

 最上級生となる前から、主力としてチームの打線を支えてきた実希子が得意げに鼻を鳴らす。

「油断していると足元をすくわれるわよ。大会の結果如何で、実業団からのスカウトが決まるんでしょう?」

 ピンクを使った可愛らしいデザインのユニフォームに身を包んだ好美が、調子に乗りそうな親友を戒めるために彼女の耳を軽く摘んだ。

「大丈夫だって。試合になりゃ、勝手に集中するのがアタシだぞ」

「まさに獣のごとき感性ね。人間の私にはとても真似できないわ」

「アタシも人間だ!」

 いつものやり取りをする二人を見て葉月は笑う。先ほどまで胃袋の奥に巣食っていた緊張が、どこかへ消えたみたいだった。

「でも、なっちーにはいいところを見せたいな。地元開催だったから、パパたちが茉優ちゃんや真君も連れて応援に来てるらしいし」

「だったら是が非でも勝たないとな」

「うわ。脳筋ゴリラが難しい言葉を使ってるわ。雨で中止になったらどうすんのよ」

「黙れ発情猿。お前は一番なんだから、全打席出塁しろよ」

 唾と一緒に実希子が檄を飛ばした相手は、高校時代からともにソフトボールで汗を流す御手洗尚だ。当初は半ば強引に入部させられたが、今では立派な選手になっている。

「どの試合も常にそのつもりでやってるわよ。私たちレギュラーはベンチの想いも背負ってるんだから」

「ハッ! 性格の歪みきっていたいじめっ子が言うようになったじゃないか!」

「でしょ? 実希子ちゃんには負けるけどね」

「それはアタシがいじめっ子だって言いたいのか? 上等だ。この場で決着をつけてやる」

 取っ組み合いを始めそうな二人の間に入り、どうどうと諫めたのは室戸柚だ。彼女は大学ではレギュラーを取れなかったものの、ベンチ入りは果たしていた。

「その元気は試合でぶつけてちょうだい。菜月ちゃんたちの前に、アザを作った顔で登場するつもり?」

「しゃあねえ。柚がそう言うなら勘弁してやるか。それにしても……」

「はいはい。私も小学校時代は最低ないじめっ子でした。わかってるわよ、もう」

 わざとらしくいじけた様子で唇を尖らせる柚を、皆が笑う。過去に色々あったとしても、今は誰もが信頼できる仲間だった。

「葉月ちゃんと私の出番は明日なんだから、今日は何がなんでも勝ってもらわないと困るわ」

 四年間全力で部活を頑張ったものの、好美が言った通りに葉月も彼女も一番手になれなかった。仲間うちで絶対的なレギュラーは実希子と尚の二人だけだった。それでも連戦が続けばベンチメンバーにも出番が来る。

「任せとけって。さあ、気合入れていこうぜ!」


 トーナメントで行われる本選。葉月たちの大学は首尾よく初戦を勝ち、日程の二日目へと駒を進めた。原動力となったのは、実業団から全日本入りも半ば確定視されているような主砲の実希子だった。

 初回の先制スリーランに始まり、終盤では相手を突き放すグランドスラムでとどめを刺した。残りの打席は敬遠というおまけつきだ。

 そして二日目の今日。燃え盛る太陽の下、県のグラウンドで葉月は試合前の投球練習をしていた。観客席には昨日と同じく菜月やその友人、そして愛する両親の姿があった。もちろん実希子や好美の親も応援に訪れており、とても賑やかそうだった。

 午前中から高い気温に汗を拭いつつ、夏本番での登板に実希子でなくとも気合が漲る。優勝を目指して四年間、頑張ってきた。親友みたいに日の丸を背負える選手にはなれなかったが、それでもまっさらなマウンドに立てるのは投手として何よりの喜びだった。

 視線を真っ直ぐに前へ向ければ、慣れ親しんだグラウンド上の女房の顔がある。いつもみたいに優しく微笑み、捕球したボールを柔らかく返してくれる。半ば葉月の我儘でソフトボール部へ所属させたにもかかわらず、最後まで付き合ってくれた親友には感謝が尽きない。

 いつだったかお礼を言ったら、お腹を抱えて笑われた。こんなに楽しい思い出を作るきっかけを与えてくれた葉月に感謝することこそあれ、残念に思ったことなど一度もないと。

「点を取られてもアタシが取り返してやるから、おもいきって攻めてけよ!」

 三塁ベース上から叫ぶように実希子が激励してきた。ベンチからは柚も大きな声で励ましてくれる。後ろを向けば、両手を上げて尚も頑張ろうと叫んでいる。

 頼もしくも大好きな仲間たちとともに戦う夏の公式戦。葉月は力の限り腕を振ろうと決めていた。

 皆が応援に来てくれているおかげか、緊張まで力に変わったように普段よりもボールのキレもノビもある。次々と空を切る対戦相手のバット。いつになく絶好調の葉月ではあったが、試合は膠着状態に陥っていた。

 初回から元気印の尚が出塁してベース上を引っ掻き回すも、相手校は徹底して実希子との勝負を避けた。中学や高校時代とは異なり、クリーンアップには強打者が揃っている。しかしながら中心を担う主砲の打力は群を抜いていた。

 さらに運が悪いことに、実希子が歩かされるのを想定してチームで二番目と三番目の打力を誇るバッターが五番、六番に控えているが、両者ともに良い当たりが相手の守備正面をついてしまった。

 おかげで塁上を賑わせても点が入らず、五回終了時の時点でも双方無得点で試合が進行していた。

 六回表になってもマウンドには葉月が立ち続ける。ここまで被安打三、四死球が僅かに一つの堂々としたピッチングだった。

「はづ姉、頑張れー!」

「もちろんだよ、なっちー。お姉ちゃんとして、へろへろになった姿なんて見せられないもんね」

 声援に独り言で応え、滴る汗を振り払うように全身を躍動させる。回転させた腕から放る一球が、好美の構えるミットに吸い込まれる。

 どんなに調子が良くとも試合中に喜べば油断となり、望まぬ結果を生んでしまう。一球一球を大切に、出し惜しみせずに握力を込めたボールを投げ続ける。

 響く打球音に慌てて振り返ると、実希子が宙を舞っていた。加速する打球に負けない反応を見せ、横っ飛びでライナーを好捕してくれた。

「さすが運動神経万能ゴリラよ!」

「凄いねぇ。ゴリラって凄いんだねぇ!」

 ファインプレーの興奮もそこそこに、観客席ではしゃぐ小学生の姿に起き上がった実希子が苦笑する。

「とうとう茉優まで、アタシをゴリラと呼び始めたぞ。あとでなっちーにはお仕置きだな」

 ボールを受け取り、葉月は笑う。

「その時には、勝利の報告も一緒にしないとね」

「もちろんだ!」

 力強く胸を叩いた実希子の好守備もあり、六回表も無失点で切り抜ける。

「よっしゃ! 逃げられないようにして、打順をアタシに回してくれ! 決定的な一撃をお見舞いしてやる!」

 バットを両手に持ち、ベンチで気勢を上げる実希子。満塁で彼女に回ればどうしても逃げられない。仮に痛みを承知で歩かせるにしても、満塁なのだから押し出しで確実に一点は入る。

「九番の好美は打力がその……守備ほど頼りにならないからな。発情猿、ワンナウトからまずはお前が――」

 直後に実希子の言葉を遮るように響いた打球音。ベンチの全員が合図したように見た青い空に、雲とは違う白い流れ星が駆け抜けていく。

 弾けたように歓声を上げるスタンド。応援する関係者や保護者が歓喜の抱擁をし、菜月などは涙を流しかねないほどに感動しているみたいだった。

 誰にも邪魔されず悠然とグラウンドを一周する好美を眺めるのは、いまだに呆然自失としている実希子だった。

「さすが頭脳派の好美ちゃんね。公式戦の通算成績が低打率でも、ここぞという時はきちんと決めてくれるわ。どこかの脳筋ゴリラとは大違い」

「う、うるさいっ! けど普通は想像できねえだろ! 大学通算でもゼロなのに、ここで好美がホームランを打つなんてよ!」

 言いながらベンチに戻って来た好美に、実希子は誰よりも先に抱き着いた。

「ちくしょう! アタシが期待できないって言った瞬間にホームランなんて打ちやがって! やっぱり好美は最高の悪友だよ!」

「これに懲りたら、もっと恐れ戦きなさい。なんてね。ただのマグレよ。でも人生で最高の幸運がここで舞い降りてきてくれて感謝だわ」

 実希子の両手から解放された好美が、葉月にグラブを差し出す。

「さあ、あとはこの一点を守りましょう。そしてまた皆でソフトボールをしましょう」

「うんっ! ありがとう、好美ちゃん」

 感動的な抱擁。ベンチでは監督までもが涙ぐむ。

 そんな中で響いたのは、感慨すら吹き飛ばす「どりゃあ」という、とある女の獣じみた咆哮だった。

「……いつの間に、こんな状況になっていたのかしら」

 呟く好美のすぐ隣で、葉月は苦笑交じりに首を傾げる。

 グラウンドではすべての塁上が埋まった状況から、実希子が相手を絶望させる本塁打を放っていた。

 葉月と好美が友情を深め合ってる最中に、一番から三番が初球打ちで出塁し、さらには満塁から実希子が相手大学にとどめを刺したのだった。


 三日目にまで進んだ大会日程。マウンドには四回の途中から葉月が上がっていた。

 先発したエースが打ち込まれ、窮地を脱するための一手として投入された。葉月の良さを最も引き出せるのが好美というのもあり、バッテリーごと交代した。

「ふっ!」強く息を吐き出し、葉月は腕を振る。

 直球に狙いを定めていた相手打者に捉えられるも、運よくセンターを守る尚の正面。決定的な追加点だけは許さずに済む。

「ようし、こっからだ! なんとしても逆転するぞ!」

 実希子を中心に葉月たちは死力を尽くすが、最後まで点差を埋められなかった。勝者が喜ぶ姿をベンチで眺めながらも、涙は流れなかった。

 やりきった。その思いだけが葉月の心に強く残り、真っ先に求めたのはこれまで同じ道を歩んでくれた大好きな友人たちへの握手だった。

「これでソフトボール漬けの生活も終わりだと思えば、なんだか寂しいわね」

 最後となった今日の試合で代打出場し、ライト前ヒットを放った柚も笑顔だった。尚も好美も悔しさを吐き出すようにため息をついたが、すぐに微笑んでいた。

「しごきがなくなるのはありがたいけどな。ま、楽しかったぜ」

 空を見て豪快に笑う実希子に、好美が呆れたように告げる。

「何を言ってるのよ。実希子ちゃんだけは次があるでしょ。続けたくてもできない人だっているんだから、精一杯やりなさい。それに……普通に就職できる頭ないでしょ」

「うわっ! 途中までいい話ぽかったのに、何だよ!」

「フフッ。実希子ちゃんの一番の悪友だもの。私らしいでしょ」

 参ったと両手を上げる実希子。大学史上でも上から数えた方が早い好成績までチームを導いた彼女に、有力な実業団からの誘いが届いたのは大会が終わった三日後だった。

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