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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族5
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 待ちに待った夏休み。拷問のような外に別れを告げ、両親に何を言われようとも部屋に籠って読書ライフを過ごそうという菜月の野望は、実にあっさりと打ち破られた。

 ふとしたきっかけで林間学校の話を宏和にしたのがマズかった。部活も終わって自由時間の増えた男は悶絶せんばかりに羨ましがり、それを見ていた泰宏が夏のキャンプを企画したのである。

 せっかくの夏休みで、家族での遠出も考えていた春道や和葉はすぐに賛同。例のごとく真や茉優の家族も巻き込んで、海での一泊二日のキャンプが実行された。

 夏祭りも終わり、宿題も順調。部活の練習もこなし、茉優たちとの遊び時間も確保。その上で趣味の読書を楽しもうとしていたのにこの有様である。どうしてこうなったと頭を抱えたくもあるが、海で遊べるという事実を考慮すれば表立って反対もできなかった。

「ふわあ。綺麗な海だねぇ」

「ここは穴場で人がいないのよ。はづ姉が大学に入る前も来たことがあるわ」

 その高木家の長女は、現在も大学で汗を流している。今年もお盆に合わせて帰省するとの話なので、是非ともまたチョコレートパフェを奢ってもらわなければならない。

「それにしても……」

 菜月はチラリと茉優に視線を向ける。短パンタイプのスポーティーな水着を着用する自分と違い、親友の少女はワンピースタイプの可愛らしい水着を選択した。別段露出の度合いは多くないのだが、かがんだ際に豊かな胸元がチラリと覗くのがとても羨ましい。

 真は膝丈のダボっとした海水パンツだが、一方で今日という日を心から楽しみにしていた男の水着はかなりキワドイ。いわゆるブーメランタイプであり、父親とお揃いのオレンジ色が太陽光に反射して眩しい。直視を防いでくれるという意味では優れものかもしれないが。

「なっちー、宏和君が気になるの? 茉優もああいうタイプの水着が良かったかな」

「やめなさい。真が出血多量で病院へ運ばれるはめになるわよ」

「あ、あはは。でも茉優ちゃんだけじゃなく、菜月ちゃんの水着もよく似合ってるよ」

 後頭部を掻きながら、頬を赤くしている真が素直な感想を言った、

「ありがとう。たまにはこういうのもいいと思ったのよ」

「そうか? 俺は茉優みたいなのが好みだけどな」

 キノコのごとくにょっきり生えてきた感じの宏和に、冷たい視線を浴びせる。

「宏和のために水着を選ぶはずがないでしょう。身の程を知りなさい」

「うう……相変わらず俺にだけ冷たい……」

「毎度毎度アホなことばかり言うからでしょ。大会の時とは別人みたいだわ」

「フッ……悲劇のヒーローになった俺に惚れたか」

 負けた当時はかなり落ち込んでいたが、立ち直りの早さも宏和の特徴の一つだ。悔しさを晴らすために中学校でも野球をやると、敗退したその日に笑顔で菜月に告げたほどである。

「そういうところが女子の人気を落とす理由になっているのよ。そろそろ気づきなさい」

「別に構わないだろ。最初は俺は菜月一筋なんだから」

「初恋は実らないというのは事実みたいね」

「やっぱり冷たすぎるだろ!」

 アホなことを言い合いながらも、海に入れば全員で遊ぶ。浮き輪で漂ったり、ビーチボールで遊んだり。茉優なんかはバドミントンの用意まで持ってきていた。

「冷房の効いた室内には負けるけれど、海水と戯れるのもたまにはいいわね」

「えへへ。なっちーってば林間学校の時も、海が良かったって言ってたもんねぇ」

 近くで木の棒を使って砂浜に簡単な絵を描いていた真が、それで思い出したとばかりに菜月を見る。

「僕も気になってたんだ。菜月ちゃんって山が嫌いなの?」

「嫌いではないわよ。真や茉優と自然公園にも行ったでしょう。それでも海の方を好むのは、蜂が飛来してくる危険性が少ないからよ」

「蜂が苦手なんだね」

「原因はパパよ。あまりにも怖がるものだから、見ているうちに私にまで恐怖が伝染したの。ママとはづ姉は特に苦手意識はないみたいだけど」

 真が納得して話が終わったところに、海水から浮上した宏和が唐突に話に加わる。

「何だ、何だ。蜂が怖いってんなら、見かけたら俺を呼べばいい。頼りになる姿を見せてやるぜ」

「……お礼を言いたいところだけど、宏和を呼ぶ前にママに頼んだ方が早いから遠慮しておくわ」

「俺のせっかくの見せ場が奪われた!」

 大袈裟に悲しむポーズを見せ、背中から海水に倒れ込む。上がった水飛沫をキャアキャアと楽しそうに茉優が避ける。

 そうして遊んでいるうちに正午が過ぎると、バーベキューの準備ができたと菜月たちに声がかかる。

「腹減った。母ちゃん、飯っ!」

 おもいきり素を出して、宏和が手を伸ばす。祐子は呆れながらも応じるが、見つめる瞳はやはり母親のものだった。

「ママ、私はどれを食べればいいの?」

「お皿に寄せてあるわ」

 真や茉優もそれぞれに親から肉や野菜の刺さった串を手渡される。

「なんだか、夜店のおっきな焼き鳥を食べているみたいだねぇ」

 美味しそうに頬張りながら、茉優が感想を口にした。唇の周りには、たっぷりとソースがついている。

「慌てて食べようとすれば、水着にこぼれてしまうわよ。お皿を持って食べなさい」

「えへへ。なっちーって、なんだかママみたいだねぇ」

「……将来的にはそうなるのでしょうけれど、この年齢で母親扱いは勘弁してほしいわね」

 言いながら菜月が思い浮かべたのは、姉の親友である今井好美の顔だった。一癖も二癖もある面々の中でかなりの良識人で、現在の菜月同様の立ち位置だったことは想像に難くない。彼女の苦労に同情しつつも、楽しそうに笑う茉優を見ていれば満更でもなくなる。

 もしかしたら自分は苦労する星の下に生まれたのだろうか。そんなことを考えながらも、ホカホカの肉にかぶりつく。果実の甘みを含んだ和葉お手製のタレがよく馴染んでいて、頬張っているだけで次から次に涎が溢れてくる。

 潮風の心地良さと串焼きの風味がふわりと漂い、鼻腔を擽ってはさらなる食欲を煽る。

 宏和などはもう二本目を右手に持っており、左手では焼けたばかりのトウモロコシも確保していた。欲張りねと半眼になりつつも、この美味しさであれば当然だろうと菜月は納得する。

「バーベキューって美味しいねぇ」

「うん。僕もおかわりできそう」

 銀紙で保護された串を持ち、笑顔で食べ続ける。宿泊するので、大人で飲める人は缶ビールを片手に食事を楽しむ。春道と和葉はジュースだが。

 しめに用意された焼きそばも平らげ、日陰で一休みすると、早速誰より元気な宏和がまた遊ぶと騒ぎ出した。

「今度は皆で遊ぼうぜ。後片付けも手伝うからさ」

 それぞれの親が子供に手を引かれ、泳いだりビーチバレーをしたりと遊ぶ。両親とここまではしゃぐ機会も少なくなっていたので、菜月にとっても新鮮で楽しい時間になった。

「次はこれだ。わざわざ用意してもらったんだぜ!」

 得意げな宏和が両手で砂浜まで抱えてきた物体を見て、菜月は目を丸くする。

「スイカ? まさか……」

「おうよ! 海といえば恒例のスイカ割りだ!」

 普通に切って食べた方が美味しいに決まっている。反対意見を述べようとした菜月だったが、瞳を輝かせた少女の拍手によって防がれてしまう。

「ふわあ。茉優、スイカ割りって初めて。ふわあ、ふわあ!」

 この世で最高の幸せを発見したと言わんばかりの少女の態度を見てしまえば、いかに菜月であろうともその楽しみを奪うのは気が引けた。

 仕方ないと諦めのため息をつき、視線をスイカへと戻す。

「で、宏和が割るの? スイカは一個だけなのでしょう?」

「そこは公平にジャンケンと行こうぜ。周りから声を出すのもきっと楽しいだろうしな」

 妙なところでフェアな精神を発揮する宏和の提案で、子供たちが輪になってジャンケンする。その間に大人がスイカの下にブルーシートを敷き、宏和がわざわざ作ったという木の棒を持ってくる。

「呆れた。その意欲と努力を夏休みの宿題に傾けなさいよ」

 お決まりの忠告に肩を落とすかと思いきや、宏和は威勢よく鼻を鳴らす。

「甘いな。このスイカ割り棒こそ、工作の宿題なんだよ!」

 胸を張る少年と、その手に持った木の棒を交互に見る。素材は山にある彼の家の近所から調達してきたと思われる木だ。それをノコギリやヤスリなどで形を整えたのだろう。確かに工作といえば工作だが、これでいいのかと思わずにはいられない菜月だった。

「な、何だよ。そんな微妙そうな目で見るなよ。これだって立派な工作だろうが!」

「ぼ、僕はいいと思うな」争いを好まない真が即座に肯定する。

「後輩に気を遣われて安堵するあたり、やはり宏和は宏和ね」

「だから残念な奴を見るような目はやめてくれ!」

 他愛ない宏和煽りと数度のジャンケンを行った結果、なんと最初に挑戦するのは菜月になってしまった。当初はさほど乗り気でなかったとはいえ、決まったからには全力でやらなければ獲物に定められたスイカに失礼だ。

「仕方ないわね。私の実力を見せてあげるわ」

 百均あたりで購入したと思われるアイマスクを装着させられ、立てた木の棒に額を当ててその場で十回ほど回る。ふらつくほどにクラクラしたところで一歩前に出ると、すかさず茉優がそっちは違うと叫んでくれた。

「外したら罰ゲームな。主催者の俺に膝枕とか!」

 とち狂った愚者の妄言に、菜月の片頬がピクリと反応する。

「ちなみに制限時間ありだから、早くしないと……って、おい?」

 異変に気付いた宏和が戸惑いの声を上げるも、急激にしっかりした菜月の足取りは止まらない。

「スイカはあっちだぞ。ちょっと待て! どうして棒を振りかぶりながら俺の方へ来るんだ」

「そっちにスイカがあるからよ」

「うわあっ! 菜月が俺の頭を割ろうとしてるっ」

「待ちなさい、宏和。くだらないことばかり考える脳みそを、特に医学の心得はないけれど私が処置してあげるわ!」

 宏和の声を頼りに獲物を追い詰める菜月。

「わ、わかった。罰ゲームはなし! 俺が悪かったって!」

「遠慮しないで。よく言うじゃない。壊れたものは叩けば直るって」

「いつの時代の話だよっ。真、助けてくれ!」

「う、うわっ。こっちに来ないでよぉ」

 ギャーギャーと騒ぐ子供たちを、大人が優しげな瞳で見守る。結局菜月の挑戦はあらゆる意味で失敗に終わり、見事にスイカを割ったのは二番手で挑戦した茉優だった。


「今日は楽しかったねぇ」

 夜になり、借りた宿泊施設の一室で茉優が笑顔で日中の出来事を振り返る。

 借りた部屋は二つで、それぞれ男女に分かれている。宏和は砂浜でのキャンプを希望したが、風の強さなども考慮して、楽しむには素直に施設を利用するべきだという大人の意見が優先された。

「そうね。海の近くは比較的涼しいし、たまには悪くないわ。友達も一緒だったしね」

 菜月が笑いかけると、笑顔の茉優が頷く。

 夕食後に皆でトランプなどをして遊び、あとはもう寝るだけだ。同じ部屋の和葉たちも布団に入ろうとしている。

「また……来れるかなぁ」

 呟いた茉優の髪の毛を、隣の布団で仰向けになっている菜月がそっと撫でる。

「人生は長いんだから、これから何度でも来られるわよ」

「そうだよねぇ。なっちーと茉優はずっと友達だもんねぇ」

「当たり前でしょ。こんな心地良い抱き枕は手放せないわね」

「あははっ。じゃあ、茉優もなっちーとくっつく」

 キャアキャアとはしゃぐうちに、どちらかともなく重くなった瞼で瞳を隠す。気がつけば心地良い闇の中に誘われ、菜月は翌日も青い空の下で友人たちと楽しく遊ぶのを夢で一足先に見ていた。

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