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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族5
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 新年を経て参加した日帰りのスキー旅行から少しして、高木家長女の葉月は一日だけの帰省をしていた。理由は一つ。地元で行われる成人式に参加するためだ。すでに昨年の誕生日で二十歳はなっていたが、この式を経て本当の大人になれるような気がした。

「こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、あの小さかった葉月がこんなに大きくなって……フフ、いけない。春道さんではないけど、私もずいぶんと涙脆くなってしまったわ」

 葉月の着物を用意してくれた和葉が、ハンカチでそっと目元を拭った。

 少し前に和葉の時はどうだったのか尋ねたが、その際に返ってきたのは参加していないという答えだった。だからこそ葉月が羨ましいとも。

 考えてみれば当然だ。和葉が二十歳になった頃はまだ小さい葉月を抱えて、実家の力も頼れずに一人で子育てに仕事と奮闘していたはずだ。とてもではないが、誰かに幼子を預けて成人式に参加などできなかったのである。

 反射的に謝ろうとして葉月は口を噤む。頭を下げても逆に申し訳なさを与えてしまうだけで、母親の気持ちを軽くすることはできないと思ったからだ。少し悩んで、その代わりの言葉を見つけて和葉に告げる。

「……ママ、ありがとう」

「どういたしまして」

 和葉が取り出すのは控えめな藍色をベースにしながらも、薄桃色がよく馴染む桜の花が散りばめられている。一目見て気に入った葉月は、小さな声で感想を呟く。

「素敵だね」

「これは春道さんのママから贈られたものよ。代々受け継いできたもので、葉月が二十歳になったらどうかとね。これも羨ましいわ。頂いた時は、もうママはこの着物があまり似合わない年齢になってしまっていたもの」

 悪戯っぽく目を細める母親と葉月は笑い合う。それからそっと着物を撫で、深い感慨に浸る。

「この着物を着た姿をお祖母ちゃんに見せてあげたかったな」

「そうね。せめて写真をお義父さんに送りましょう」

「うん。きっと喜んでくれるよね」


 和葉に着付けをしてもらい、窮屈ながらも艶やかさを増した自分の姿に、葉月はいつにない高揚感に包まれた。

 本当の意味で大人になるのだという自覚。亡くなった祖母に抱き締められているような温かみ。様々な要素が葉月の頬を緩ませると同時に、心地良い緊張感を纏わせる。

「お、着替え終わったのか。よく似合ってるじゃないか」

 仕事途中のはずなのに、春道がリビングへ顔を見せた。もしかしなくとも、葉月と和葉のやりとりが気になっていたのだろう。

 敬愛する父親の前に進み出ると、着飾った姿で葉月はくるりと一回転する。

「綺麗になったでしょ。この着物、お祖母ちゃんのなんだって」

「らしいな。どうやら俺に内緒で、こっそり和葉にプレゼントしてたらしい」

 本当によく似合ってると改めて褒められる。奥底から爆発するような歓喜が全開の笑顔を作り、思わず春道に抱き着きそうになってしまう。それを引き留めたのは母親だ。

「あまりはしゃぎすぎると、着崩れを起こしてしまうわよ。そろそろ好美ちゃんたちも迎えに来るでしょうし、直してる時間はないのだから」

 てへっと葉月は小さく舌を出す。困ったように春道と和葉が顔を見合わせて笑う。

「だけど、本当に成長したもんだ。いや、やめておくか。きっと和葉がもう何度も言ってるだろうからな」

「パパ、大正解」

 ふざけあう父娘に、和葉が顔をしかめる。

「二人して私を虐めるのはよくないわ」

「アハハ、ごめんね。あ、好美ちゃんたちが来たみたい」

 はしたなくも小走りで玄関に向かい、ドアを開ける。葉月同様に友人たちも着物姿だった。

「実希子ちゃんが着飾ってるのを見たら、きっとなっちーは大喜びしてたね」

「化粧も着物もアタシの柄じゃないからな。けど、今日ぐらいはしっかりしろって親がさ」

「物珍しいものを見たような感じで、何枚も写真を撮っていたわね」

 先に実希子の家へ迎えに行ったらしい好美が、口元に手を当てて笑った。そのすぐ後ろには柚もいる。彼氏と一緒の尚は会場で合流する予定になっていた。

「せっかくだから、こっちでも写真を撮らせてもらうかな」

 葉月の背後から顔を出したのは、デジタルカメラを片手に持つ春道だった。

「葉月パパは幸せだな。美女四人の写真を撮れるなんてさ」

「もちろんありがたいが、美女は四人じゃなくて五人だぞ」

 からかいを即座に訂正する春道の隣で、和葉が肩を竦める。

「気を遣わなくてもいいわ。さすがに二十歳の娘と張り合うつもりはないもの」

 飛び跳ねるように玄関前へ出た葉月は、親友に囲まれながら写真に写る。小学生の頃から付き合いのある友人たちも、欠けることなく全員で大人になれたことが嬉しかった。


 歩いて式の会場へ着くと、入口付近で紺色のスーツを着用している和也を見つけた。

「なんだよ、仲町。葉月に合わせて、お前も着物姿にぐらいなれよ」

「生憎だが、家にはなかったんだよ。しかし佐々木もそうしてると、かなり女らしくなるじゃないか」

「ハッハ! ようやくアタシの魅力に気づいたかよ!」

「まあな。元々、外見だけはまともだからな」

「もちろんだ。アタシは外見だけの――待て、こら!」

 ヒートアップする実希子を、好美がどうどうと宥める。その間にも周囲の注目が、着々と葉月たちに集まっていた。

 いきなり騒ぎ出したせいかとも思ったが、多くの視線は実希子に注がれている。考えてみれば、地元のニュースでも活躍を紹介されるソフトボール選手なのだ。大学のみならず、世界という大きな舞台でも輝きを放てる親友は、葉月の大きな自慢だった。

 そんな実希子の横をすり抜けるようにして、和也がそばにやってくる。交際して数年が経過しているものの、周囲からはいまだに初々しいなどとからかわれる。

「スーツ似合ってるよ」

「ありがとう。でも、葉月の着物には負けるさ」

「こっちもありがとう。これはお祖母ちゃんからママが貰った着物なんだって。形見……とかになるのかな」

「そうか。綺麗な桜の花びらが、葉月のイメージにピッタリだよ」

 お互いに顔を真っ赤にして黙り込む葉月と和也を、少し離れた場所から友人たちが見物中だ。

「相変わらずじれったい感じがするわね。まあ、それが二人の良いところなんでしょうけど」

「そういう柚はどうなんだ。言い寄ってくる男どもは多いんだろ?」

「下心を隠そうともしない連中だけよ」ため息とともに、柚は両手を広げる。「実希子ちゃんは、そんなのと付き合いたい?」

 返された質問に、実希子は苦笑いを張りつけた口元でごめんだなと否定の言葉を作った。

「あら、意外。その言い分だと、実希子ちゃんにも好みの男性のタイプがいるように聞こえるわよ」

 わざとらしく首を傾げる好美に、引き攣らせた笑顔を実希子が近づける。

「いい加減にしろよ。アタシだって女だ」

「菜月ちゃんなら女じゃなく牝と返すでしょうね。ああ、そうなると――」

「――牡のゴリラなら紹介してもらわなくて結構だ!」

 笑いが起きる中心にはいつも実希子がいる。彼女がムードメーカーで、好美は皆をまとめてくれるお母さん的な存在。色々と相談できる柚はお姉さんみたいだった。そしてその真ん中に葉月をいさせてくれる。言葉にはし難い幸せを感じるたび、葉月はニコニコが止まらなくなる。


「本当に……大人になったんだな」

 感極まったような声でそう呟いたのは、リビングのソファで葉月の隣に座る春道だ。さらにその隣には和葉もいる。

 時刻はすでに深夜を過ぎ、友人たちと遊んでお喋りをした成人式が行われた日は過去になっていた。

 高木家次女の菜月が自室で休んだあと、葉月は両親に誘われた。ソファ前のテーブルには、小さな缶ビールが一本だけ乗っている。普段は春道も和葉も飲酒しないため、それを三人で分けたのである。

「そうだよ。葉月だってもうお酒が飲めるんだから」

 そう言って笑うも、葉月自身、両親の影響かあまりお酒は飲まない。意外にも実希子は下戸で、逆に好美は底なしといった具合である。たまに友人同士で宴会みたいなのをするが、はめを外し過ぎて醜態を晒したという事態は一度もなかった。

 粟立つ黄金色の苦い飲物を口に運び、水滴のついたグラスをテーブルに置く。

「なんだか……あっという間だったね」

 目尻に浮かぶのは微かな涙。母親と一緒に暮らしていたこの家に春道が住むようになって十年以上。その間に起きた出来事の一つ一つが、何にも代え難い葉月の宝物だ。

「ええ。葉月を授かってから今日までが、すごく短かったわ。大変だったけど、とても幸せだった」

 両手でビールの入ったグラスを持つ和葉が、やや頬を赤くしてほうっと熱っぽい息を吐いた。

「おいおい。それだと、まるで今日で終わりみたいじゃないか。二十歳になったのは目出度いけど、人生はこれからも続いていくんだ。個人としても、家族としてもな」

「うん……葉月はずっとパパとママの娘だよ」

「当たり前だ。やめたいなんて言ったら一日中説教だ」

「パパとずっと一緒なら、それもいいかも」

 緩やかな風でも吹いているかのような和やかな時間。冗談を言い合い、笑える今に感謝の念は尽きない。葉月をここまで成長させてくれたのは、他ならぬ両親なのだから。

「二十歳になった子供と酒を飲む、か。自分の親父に言われた時はピンとこなかったんだけどな」

「春道さんも父親になって、初めてお義父さんの気持ちがわかったのね」

「ああ。こんなにいいものだとは思わなかった。惜しむらくは少しの酒量で酔ってしまうアルコールの弱さだな」

 クイと飲み干し、天井に向けて酒の香りを含んだ息を噴き上げる春道。ソファに背中を預けた瞬間に、葉月は顔を傾けて大好きな父親に甘える。

「隙あり」

「ずるいわよ、葉月。それなら私も……隙あり」

「ハハ。両手に花だな。あの頃はこんな幸せを貰えるなんて思わなかったよ」

 肩を抱く父親の掌から伝わる体温が、そのまま愛情に感じられて葉月は唇を微かに吊り上げる。

「ねえ……パパ、ママ」

 二人が同時に葉月を見る。

「今までありがとう。それと、これからもよろしくね」

「こちらこそ」

 春道の手が髪の毛を撫でる。その優しさに心を預け、葉月は自分が菜月と同じくらいの年齢だった頃に、同じ場所でこうして甘えていた光景を不意に思い出す。写真で保存はできなかったけれど、今もしっかり脳裏に焼き付いている証拠だった。

 写真といえば、大切な一枚が寮の部屋に飾られている。幼い頃の葉月が両親と笑顔で手を繋いでいるものだ。本当の家族になったあの日。それは決して色褪せない記念日だ。

 その隣には菜月も含めた四人での写真もある。さらに小学生の、中学生の、高校生の、そして大学生の葉月が大切なアルバムに収められている。どれもこれもが大切で順位などつけられない。

「葉月は大人になっても笑顔で過ごしていくんだ。パパとママに教えてもらった笑顔で」

「ああ……そうだな。でも疲れたらいつでも頼りに来い。どれだけ大人になっても、葉月は俺たちの宝物――大事な娘なんだから」

 春道の隣で和葉が頷く。

「フフ。それにしても、自分のことを名前で呼ぶ癖はまだ直りきってはいないのね」

「今日は特別。大人として朝を迎える前に、子供だった頃の心を懐かしみたいの」

 春道が笑う。「なら、徹夜で語り合ってみるか」

 和葉が笑う。「私は構わないけど……春道さん、すでに瞼が重そうよ」

 葉月が笑う。「大丈夫だよ。葉月がたくさんお話してあげるから」

 ほんの一晩。

 わずか数時間。

 振り返ればあっという間の一時。

 それでも葉月は確かに、幼い頃の自分に戻れたような気がした。

 そして少女から大人になった葉月は心の中で誓う。


 ――私こと高木葉月は、パパとママみたいな立派な人になります。

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