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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族5
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「今年もこの季節がやってきたのね」

 子供らしくはしゃぐ気分がないわけでもないが、それ以上にうんざりとして、菜月は部屋前の廊下の窓から深々と降る白い粒を見つめる。

「よかったじゃない。今年は雪が少ないって言ってたから、これでスキー場もお客さんで賑わうよ」

 背後からパジャマ姿でにゅっと姿を現したのは、いつからそこにいたのかも不明の葉月だった。お正月に合わせて帰省し、あと数日は実家に滞在する予定になっている。

「意外と新年には雪が降ってるしね」

「それはわかるけれど、私は平穏な冬を期待していただけにがっかりよ」

「アハハ。良い運動だと思えばいいじゃない」

「そうね。実家に帰省中の長女も頑張ってくれるでしょうしね」

 ギクリとした顔の葉月が、慌てた様子で頭を押さえる。

「お姉ちゃん、お腹が痛いな」

「……ツッコミは入れないわよ」

「なっちー、冷たい! きっと外で降ってる雪より冷たいよ」

「それは光栄ね。では怠け者の次女は部屋で二度寝をさせてもらうわ」

 向けたばかりの背中を、ガッチリと両手で掴まれる。

「何するのよ、離して」

「雪かきをするなら、人数が多い方が捗るもの。ほら、早く顔を洗って着替えないと」

「仕方ないわね……はあ。昨日の夜は薄っすらと雪が地面に敷かれてただけなのに……」

 肩を落とす菜月の視線の先では、すでに数十センチにはなろうかという雪が積もっていた。見たのは初めてとは言わないが、比較的珍しく、一晩ではかなり降った部類に入る。

「そうだ。実希子ちゃんを呼びましょう。朝ご飯をご馳走するといえば、全速力でやってくるに決まってるわ」

 我ながら名案だと思ったのだが、何故か姉は表情を曇らせる。

「以前に手伝ってもらったんだけど、実希子ちゃんってば考えなしに雪を放っちゃうから……」

「玄関前の雪を寄せる以上に、厄介な問題が発生したのね。力があっても、知識がないと上手く役立てられない典型的な例ね」

 仕方なしに菜月は覚悟を決める。一階へ下りれば、待ち侘びていたように朝食の準備中だった母親にお願いをされる。

「葉月、菜月。春道さんの雪かきを手伝ってあげてくれる?」

「そのつもりで準備してるわ」

 寒いからといってあまりに着こみすぎると、今度は雪かきの途中で汗だくになって逆に風邪をひいてしまう。適度な装備を心掛けた菜月は、愛用の小さなシャベルでせっせと父親の手伝いをする。

「雪が降ってる間だけは運動不足にならなくて済むな」

「それなら全部お願いしていいかしら。娘なら、父親の健康を願って当然だもの」

「あまり意地悪を言わないでくれ。年取って涙脆くなってるしな」

 ソリで庭の隅に雪を運ぶ葉月が、会話を聞いていたらしく笑顔で戻ってくる。

「なっちー、パパを虐めちゃ駄目だよ」

「相変わらずのファザコンぶりね。大学生になっても変わらないなんて驚きだわ」

「だって仕方ないでしょ。パパのことが大好きなんだから」

 屈託なく笑う姉を見て、からかったはずの菜月の方が逆に恥ずかしくなる。

「大丈夫だよ。菜月の隠された気持ちはきちんと届いてるさ」

「気持ち悪さ全開ね。家族にもセクハラは適用されるのかしら」

「あんまりだろ……」

 苦笑する間も春道は手を動かし続け、程なくして家の前の雪は粗方寄せ終わる。

「これくらいでいいだろ。しかし、これだけ雪が降ったらスキー場も大喜びだろうな」

「パパまではづ姉と同じことを言うのね」

 ふうとため息をつく菜月を見て何を勘違いしたのか、唐突に父親が手を叩く。

「そうか。なら皆でスキーに行くか!」


 思い立ったら即行動。それが高木家の家訓なのかと思えるほどだ。春道の提案を受けた和葉は笑顔で了承。手際のいい長女は自分の友人らだけではなく、真や茉優にまで連絡。家族旅行かと確認する暇もなく、参加人数が膨れ上がり、一種のお祭り騒ぎへ突入。

 春道と実希子の父親、それに正月で単身赴任先から戻っていた真の父親の三人が車を出して分乗。途中で戸高家も合流し、計四台で正午過ぎには県内ではそれなりに有名なスキー場へと到着していた。

 手持ちのスキー板やスノーボードがない場合は、この場でレンタルも可能だ。そのため三が日は過ぎていても、家族連れでとても混雑していた。

「結構な混雑具合ね」

「頂上まで行けば空いてると思うぞ」

「なら、宏和が一人でどうぞ」

 スキーの経験があるとはいえ、菜月の技術はまだまだ拙い。調子に乗って頂上までリフトで上がった日には、恐怖に屈してとぼとぼと徒歩で雪山から下りるはめになりかねない。

 一方で部活がまだ休みらしい宏和は経験が豊富らしく、スキー板ではなくボードを足に装着していた。

「宏和はボードができるのか。ならアタシと一緒にひと滑りといくか?」

「いいぜ。ソフトボールの日本代表をヘコませてやる」

「言うじゃないか。逆に泣きべそをかくなよ」

 睨み合いながらも、どことなく仲良さそうに実希子と宏和が二人用のリフトに乗り込む。

 運動神経抜群の友人を見送った葉月は、好美や柚と一緒に無理せず最初の中継地点で下りるみたいだった、

「茉優たちはどうしようか?」

 あまり構いすぎてもいけないだろうと、大人たちは大人たちで固まっている。その中には絶妙のタイミングで休みだった茉優の父親もいた。

「パパと一緒に滑らなくてもいいの?」

「さっき少し教えてもらったし、それになっちーとも遊びたいの」

 地元の人間であれば授業の一環として、冬に近場のスキー場へ赴いた経験がある。そのため茉優も初体験ではないが、私生活でスキーをした経験はないらしかった。

 そして不登校期間の前から各種イベントへ積極的に参加していなかった真は、スキー自体が初めてみたいだった。

「真もいるし、最初は横歩きで少し上って、そこから滑ることにしましょうか」

「そうしてもらえると、ありがたいかな」

 真の賛同も得られたので、葉月たちを見送ると、菜月らは三人で横向きで一歩ずつ上を目指す。リフトの乗り口が見えるあたりは傾斜もなだらかなので、直滑降でもあまり速度は出ない。それゆえに恐怖なく転んだりもできた。

 真の両親もスキーは経験がなかったらしく、向こうで春道らにボーゲンから教わっているみたいだった。

「そうよ。それが初心者用のボーゲン。最初のうちはゆっくりと慣れればいいわ。もっとも、そう言う私もあまり上手ではないのだけれど」

「そ、そんなこと……うわ、うわわ……!」

 スキー板をハの字に開くのに失敗し、盛大に雪の中へ転ぶ真。そのすぐそばで菜月はしゃがみ込む。

「雪がクッションになってくれるから、転んでもあまり痛くないでしょう?」

「うん。これなら大丈夫そう」

 ゆっくり起き上がった真と一緒に、またしばらく横歩きで上に移動。しばらく進んだところで向きを変え、ボーゲンの練習をする。

「慣れてきたら、斜めに下りていきましょう。曲がりたい時は一度止まればいいわ」

 雪への恐怖もだいぶ和らいできたらしく、真の動きもだいぶ様になってくる。もう少し練習すればリフトに乗れるかもしれない。菜月がそう思っていると、何度目かの頂上からの競争を終えたらしい実希子が華麗なターンとともにやってきた。

「おいおい、まっきー。ずいぶんとおっかなびっくりじゃないか。ここらでびしっと男らしい姿を見せておかないと、なっちーに愛想尽かされてしまうぞ」

「え、ええっ? や、やめてくださいよ、実希子さん」

「ハハっ。それは冗談だけど、上達するためにはある程度の勇気も必要だぞ。なっちーも母性本能を擽られるからといって、甘やかしすぎるなよ」

「暇ならはづ姉のところに行けばいいと思うわよ」

「相変わらず冷静だな。少しはムキになってくれたりすりゃいいのによ」

 実希子はつまらなさそうにするが、わざわざ菜月に付き合う理由はない。

「将来の日本代表入りまで噂されるような選手にまでなってるのに、実希子ちゃんはいつまでも実希子ちゃんね」

「当たり前だろ。アタシがアタシでなくなったら、打てなくなっちまう」

「そう言われるとそうね。初めて実希子ちゃんの言葉でなるほど、と思ったわ」

「初めてかよ!」

 大袈裟にコケそうになる実希子を、茉優と真がおかしそうに眺める。葉月や好美も十分に優しいが、それでも二人が最初に懐いたのは実希子である。精神年齢が近いというべきなのか、それとも生来の親しみやすさなのか。

「ところで、はづ姉とかはどんな感じなの? 来年はレギュラー取れそうなの?」

「どうだろうな。アタシ以外でベンチに入ってるのは発情猿くらいだしな。でも、可能性がなくはないぞ。葉月の力は誰よりアタシが知っているからな」

 ウインクして力こぶまで作って見せる姿には、姉を案じる菜月への気遣いが多分に含まれていた。

「それより、なっちーはどうなんだ? この間の練習試合ではヒットも打てたんだろ?」

「相変わらずの九番ライトで、部の人数が少ないから任命された消極的なレギュラーよ」

「そう言うなって。試合で活躍すれば、評価だって変わる。それになっちーは着実に上手くなってるよ。アタシが保証する」

「ふわあ。よかったねぇ」

「茉優もだよ。二人とも頑張れよ」

 実希子に頭を撫でられるのは、葉月と触れ合うのとも少し違う変な感じがした。不愉快さはなく、ほんのりと心が温かくなる。

「……今、気がついたのだけれど、宏和はどうしたの? 一緒に滑ってたんじゃないの?」

「アタシにまったく勝てないから、特訓するって言ってたぞ。このままじゃ、なっちーに合わせる顔がないとか」

「あっちはあっちで相変わらずね」

 盛大にため息をつく菜月の頭を、今度は軽くポンポンと叩く実希子。

「ひとしきり滑ったし、これからは初心者どもを指導してやろうかと思ってな。そろそろリフトで上がりたくなった頃だろうし、それには誰か滑れる人間がそばにいた方がいいだろ」

「……もっともな意見だけれど……本当に実希子ちゃんは謎ね。気遣いができるのかできないのか……」

「ハッハッハ。アタシをそこらの人間と同じ価値観で測っても無駄だぜ」

「ゴリラだものね」

「だから違うっ!」

 いつもと変わらないやり取りをしながら、リフトに乗る。引率する実希子と未経験者の真が一緒に乗り、菜月と茉優がその後に続く。

「前に学校の授業で一回乗ったから、それ以来だよ」

「私は何度か家族と来たことがあるわね。このスキー場の最初の中継地点は、初心者向けで傾斜も緩いから比較的楽よ。私も教えてもらう時、ここをよく利用したもの」

「えへへ。なっちーと一緒だねぇ」

 真も茉優も、どこか子犬みたいだなという感想を内心で抱きつつ、最初に下りている実希子を追う。

「ボーゲンは覚えたんだろ。それならどーんといって大丈夫だ」

「そ、それって指導になってませんよね」

 実希子と真のやりとりに微かな頭痛を覚えて菜月が仲裁へ入ろうとするも、その前に事態が急展開する。

「男らしい姿を見せれば、なっちーが惚れるかもしれないぞ」

「な、菜月ちゃんが……よ、ようし!」

「その意気だ……って、ちょっと待て! それは直滑降だ。ボーゲンじゃない!」

 一心不乱に滑りだした真を、大慌てで実希子が追う。そして菜月と茉優の前には誰もいなくなった。

「……私たちも滑りましょうか?」

「まっきーみたいに真っ直ぐ降りればいいのかな」

「それだけはやめてほしいわ。茉優ちゃんまで暴走したら、私には止められないもの」

 実希子に追いつかれて事なきを得た真を目印に、菜月と茉優はゆっくりゆっくりボーゲンで雪山を滑っていくのだった。

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