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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族5
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 楽しければ楽しいほど季節の移り変わりは早い。テストや秋の行事など数多くのイベントが過ぎ去れば、当然のように寒い冬がやってくる。葉の落ちた木々は物悲しさを漂わせるが、それも四季の一つだと考えれば感慨深くもあった。

 しかしながら、と菜月は考える。冬の風物詩と言われればその通りだが、今朝になって大量に姿を現した奴らにはほんの少しでいいので手加減をしてほしいと。

 姉の葉月がいれば大喜びで外へ飛び出したかもしれないが、生憎と菜月はそこまで精神が幼くはない。朝起きて窓から外を見るなり飛び込んできた白一色の光景に、歓喜よりも絶望を覚えた。

 案の定、朝食前に春道を手伝ってあげてほしいと母親からシャベルを持たされて今に至る。

「雪かきしても、次から次にやってくるから無意味に思えるのだけれど」

「それを言ってくれるなって。俺も朝食後には仕事に戻るからな。放置しておいた分だけ、和葉にだけやらせることになってしまう」

「わかってるわよ。こうなったら今日は宏和あたりを家に誘うべきかしら」

「良い案だと言いたいところだが宏和君の事だ。雪かきそっちのけで雪合戦が始まると思うぞ」

 さもありなんと菜月は俯く。もこもことした厚手のジャンパーと同じく分厚い手袋で防護した身体を動かし、登校するまでにせっせと玄関前の雪を庭に寄せる。

「そろそろ菜月は学校だろう。あとは任せてご飯を食べてこい」

「そうさせてもらうわ。パパもほどほどにしておいてね。もう若くないんだから、張り切った挙句にぎっくり腰になって、仕事の納期に間に合いませんでしたなんて事態になったら笑われるわよ」

「相変わらずの大人顔負けの助言だな。だが大丈夫だ。パパのクライアントは優しいからな。腰に負担をかけずに、横になりながら納期に間に合わせろと言ってくれるさ」

 サムズアップした父親の目端にキラリと光るものがあったのは、きっと菜月の気のせいではないだろう。


 厚手のジャンパーや手袋はそのままに、耳あてや帽子。さらには長靴の完全防備で学校に辿り着く。菜月だけではなく、一緒に登校する真や茉優も同様だった。

「頭の上にまで雪が積もってるよ」

 そう言いながらも、どこか楽しそうに茉優は両手で雪を落とす。昇降口には他の生徒の落とした雪もあり、かなり汚れていた。

「校舎に入る前に払ってきたけれど、足りなかったわね。隙があればすぐ入り込んでくるんだから」

「僕は靴下が濡れちゃった」

 ため息をつく真。靴は履き替えられても、靴下はそうもいかないからだ。

「早く教室へ行きましょう。ストーブの前で乾かせば、一時間目が始まる頃には少しはマシになっているはずよ」

 歩く廊下から見える窓の向こうでは、まだシンシンと雪が降っていた。

「これは、さらに積もるわね」

「菜月ちゃん、わかるの?」真が驚いたように聞いた。

「雪が重いもの。濡れるような雪だとそうでもないけれど、静かにひたすら降り積もる雪は厄介なのよね」

 へえ、と感心する真。小学校へ上がる際にこの地へ引っ越して来たらしいので、まだ地元の人間みたいに感覚で積もるかどうかはわからないのだろう。

「茉優、朝からお家の雪かき手伝ったの」

「私もよ。パパも朝は仕事より雪かきを優先していたわ」

 各自の家よりもずっと敷地面積の広いグラウンドは、半ば雪原みたいになっている。教室に入ると、ストーブの前で固まっていた男子を掻き分けて菜月はため息をつく。

「男子だけで占拠しないでって言っているでしょう。いい加減に理解しなさい」

 天敵が現れたとばかりに身を竦ませる男子とは対照的に、女性陣は満面の笑みで菜月の周囲に集まる。正確にはストーブの近くだが。

 教室には寒さ対策の大きめのファンヒーターが一台ずつ設置されている。男子なんかはその上に座り、足を温めたりするので女子からは不評の嵐だ。

 文句を言う女子もいるが、大抵は男子に威圧されて悔しげに唇を噛んで終わる。状況が一変するのは、女性陣に委員長である菜月が助太刀した時だ。

 男子の中心人物が幾度となく言い負かされ、さらには外面の良さと小学生離れした会話や礼節などで教師陣の信頼の厚い菜月には揃って頭が上がらないのである。

「俺らだって寒いんだよ。真、なんとか言ってくれ」

 男性陣の視線が揃って注がれるも、真は苦笑いを顔に張りつける。

「言っても効果がないと思うよ。逆に菜月ちゃんに睨まれたりして」

「マジか……じゃあ、せめて半分こだ」

「最初からそうしていれば余計な争いは生まれないのよ。それじゃ、女子が前半分で男子が後ろ半分ね」

「よし、女子の後ろに……って、俺たちに暖かい風が来ないだろっ」

 半泣きの男子を中心に大きな笑いが起こる。

 三年生になって当初はどうなることかと思ったが、委員長の仕事も無事にこなせており、何より口の悪い男子こそいても、虐めのない学級に仕上がったのは菜月としても満足だった。

 真の趣味もからかわれることはなくなり、恐れ気味だった他の男子とも冗談を言い合える仲になった。最近では同性の友人もできたようだ。それでも菜月たちと一緒に行動する機会が多いのだが。

「あ、茉優ちゃん。この間の雑誌読んだ?」

「茉優、買ってないんだ。ワンピース系の特集なら、ちょっと悩んだかもしれないけど」

「そういえば特集は違ったもんね」

 他人を不必要によいしょしたりせず、誰とでも強引に話を合わせるようにしなくなった茉優。春頃はまだぎこちなさもあったが、次第にそうした面も見られなくなった。本人曰く、菜月という親友を得たからだそうである。

「菜月ちゃんはお洋服にあまり興味がないんだよね。可愛いのに勿体ない」

「興味がなくもないけれど、私にとってお小遣いはそのまま小説の購入費になるもの」

 最新のファッション事情やら小説事情やら、話好きの女子の話題は多岐に渡るが、茉優も興味のあることにだけ加わる。自分の考えもきちんと言い、礼儀的に必要な遠慮以外はしなくなった。その点は真も一緒である。

 問題点は何もない。各イベントでもクラスは一つにまとまっていた。現在この学校では二年に一回のクラス替えとなっているので、四年生になっても仲良くやれそうだった。可能なら委員長は誰かに引き継いでもらいたいが、担任も同じなので菜月の願いが叶えられる可能性は極めて低いだろう。

「おい、先生が来たぞ」

 一人の男子が声を上げると、申し合わせたように駆け足で全員が席に着く。老齢の担任が引き戸を開ける頃には準備万端整っていた。

「おはようございます。今日は寒いですね。急いでいた皆と同じで、先生もストーブが恋しいです」

 当たり前のようにストーブ前で集まっていたのがバレており、生徒たちが申し合わせたように笑う。だからといって温厚な教師は怒るでもなく、言葉を続ける。

「ですが冬にはストーブ以外にも温まる方法があります」

 その先を黙って待つのは危険と判断し、無駄と知りながらも菜月は挙手をして抗いの姿勢を示す。

「先生、雪が降る中で動き回ればかいた汗はすぐに冷え、風邪をひく原因にもなります。もし自習時間みたいなものがあるのでしたら、図書館で読書などはどうでしょうか」

「さすが高木さんですね。とても建設的な意見です」

「それでは……」

「はい。一時間目は算数の授業をお休みして、グラウンドで雪合戦になります」

 はい? と首を傾げる菜月を後目に、勉強よりも体を動かしていたい真以外の男子は右手を突き上げて喜びを露わにする。

「よっしゃ! 早速行こうぜ!」

 ドカドカと男子が教室から走り去る。取り残される形になった女性陣も、仕方ないとため息をつきながらも一人また一人と椅子から立ち上がる。

「あ、あの……先生……?」

「高木さんの考えはもっともですが、小学生のうちにおもいきり楽しめることを楽しむというのも大切ですよ。今はくだらないと思っていても、大きくなった時にあんな事もあったと振り返れる大切な思い出になるかもしれません」

 優しい声で穏やかに説得されれば、さしもの菜月も頷かざるをえない。

「どうやら、やるしかないみたいね」

 菜月を待ち、最後まで教室に残ってくれていた真と茉優と一緒に手足を引き摺るように雪の積もるグラウンドへと向かう。


 歓声がグラウンドに木霊する。当たり前のように男子対女子に分かれ、開催される雪合戦は必然的に熱がこもっていく。なんやかんや言いながら女性陣も子供。遊んでいるうちに楽しくなるのはやむを得なかった。

「ねえ、なっちー。ソフトボールみたいに投げたらどうかなぁ」

「やってみましょうか」

 被害を避けるため後方に位置取りしつつ、大きめに固めた雪玉を大将格の男子目掛けて放る。

「ふわあ。命中したねぇ」

「……顔面を狙ったわけではないのだけれどね」

 成分は雪とはいえ、顔面で炸裂すればそれなりに痛みを伴う。さすが男子というべきか、ひっくり返る前にかろうじて踏み止まってくれたが。

「ちくしょう。今やったのは誰だ!」

 他人に責任をなすりつけるつもりのない菜月は腰に手を当て、むしろ堂々と名乗り出る。

「見事な顔面キャッチだったわね。褒めてあげるわ」

「高木かよ! 俺に恨みでもあんのか!」

「ないわよ? たまたま顔に当たっただけだもの」

「偶然と言われて納得できるか。食らえっ!」

 男の号令で菜月に雪玉が集中して降り注ぐ。

「なっちー、危ないっ」

 茉優が身を挺して守ってくれると同時に、他の女子が男子に敵意を剥き出しにする。

「菜月ちゃんに何すんのよっ!」

 全面戦争に発展しそうな雰囲気の中、大将格の男子が何かに気づいて後ろを振り返る。

「おい、誰かの雪玉が背中に当たったぞ」

「ごめん。投げるの失敗しちゃった」

 丁寧に頭を下げるものの、謝った真は何一つ悪びれていなかった。

 結局、一時間ずっと雪合戦をして授業が終わる。全員の呼吸は荒く、菜月も湯気が上がりそうなくらい全身が火照っている。確かに寒くはなくなったが、これでいいのだろうかと本気で悩んでしまう。

「えへへ。面白かったねぇ」

「私はひたすら疲れたわ」

「でも、なっちーの投げる雪玉、次々と男の子に命中してたよ」

「たまたまよ。それよりも早く教室へ戻って、少しは休みましょう」

 子供は元気の象徴とはいえ、雪に足を取られながら走り回っていれば疲れも溜まる。そうしてグッタリしながら引き上げる菜月と入れ替わるように、特に一年生や二年生といった年下の児童が駆け足でグラウンドに出て来た。

 笑顔で雪に飛び込んだり、雪だるまを作ろうとしたり様々だ。

「若い子は体力があって羨ましいわ」

「……菜月ちゃんも十分若いと思うけど」

 真に呆れられつつ、教室に戻る。今朝とは違い、ストーブの周りに陣取っている男子は一人もいなかった。

「肉体だけではなく、精神的な疲労も考慮に入れてほしいわ。給食の時間まで、保健室でひと眠りしたいくらいよ」

 椅子の背もたれに身体を預けて天井へ息を噴き上げる。二時間目は菜月の好きな国語だ。これで少しは疲れ切った心も癒されるだろう。

 文字を読むという行為にウキウキして次の授業を待つ葉月だったが、チャイムが鳴っても担当の教師はやって来ず、代わりに姿を見せたのはあろうことか担任だった。

「国語担当の先生なのですが、急な降雪で電車が止まり、この時間の授業に間に合わないとのことです。しかしながらテスト範囲までは授業が終わっていると言っておられましたので、特別に今回は――」

「――図書館で読書ですよね? もしくは教室で自習ですか」

 先手を打つも、にっこり笑った担任はクラス全員へと話しかける。

「今度は多数決にしましょう。何かやりたいことはありますか?」

 先ほどの借りを返すと張り切る男子の挙手により、二時間続けての雪合戦が決定した瞬間、菜月はこの世の理不尽を恨んで机に突っ伏した。

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