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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族5
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20

 放課後になれば宿題を済ませてから遊ぶ。それが菜月たちの日課になっていた。予定があれば変わったりもするが、基本的には真と茉優の三人で過ごす。今日も菜月の部屋での宿題後に、和葉の用意してくれたおやつをリビングで堪能していた。

「茉優ちゃんもだいぶ勉強ができるようになったわね」

 天然のウェーブがかかった毛先を指先でいじりつつ、えへへとはにかむ茉優。出会った当初はお世辞にも優秀とはいえない点数をテストでも連発していた彼女だが、菜月と行動を共にするようになり知識面は劇的に改善された。

 そもそも放課後の時間を他人の気を引くために、ファッションなどの勉強に費やしていたのが成績低迷の原因だった。菜月や真が友人となり、本音での付き合いが可能となって精神面の安定も得た茉優は普通に明るい少女である。

「クラスの女の子とも普通にお喋りできるようになってるし、変なお世辞も言わなくなったし、友達として心から安心できるわ」

「なっちーのおかげだよ。茉優ねぇ、それまでは気に入られないと、すぐに皆いなくなっちゃうって思ってたんだ。きっとママが、茉優とパパを置いていなくなったせいだねぇ」

 以前であれば、心の内をこうまで正直に打ち明けてくれることはなかった。返すのが難しいとしても、受け止めてあげるのが友人だと菜月は神妙に頷く。

「大丈夫よ。私は茉優ちゃんを置いていかないわ。真君はどうか知らないけれど」

「そ、そんな。そこで僕を悪者にしないでよ」

 冗談よと加えれば、すぐに真も茉優も笑ってくれる。どれだけ丁寧で子供には複雑な単語を並べたりしても、怪訝そうな顔をせずに個性と受け入れてくれる。菜月にとっても二人はかけがえのない友人だった。

「これから何をしよっか?」

 和葉の作ってくれたホットケーキを食べ終え、皆で食器を洗ってから茉優が首を小さく傾けた。肩から流れる髪の毛すらふわりと感じられるのが、なんとも彼女らしい。

「そうね。昨日は外でキャッチボールをしたから、今日は公園に絵でも描きに行く?」

 提案した菜月が同意を求めようとした直後、かつてないくらいに茉優が双眸を見開いた。

「あれぇ? あれぇ? あの人ってあの人だよねぇ」

 彼が指差すのはリビングでつきっぱなしになっていたテレビだ。好きな芸能人でも映ったのかと画面を確認するなり、菜月は乾きそうなくらい目を大きくして全身を硬直させた。

「本日はUー23女子ソフトボール代表に選ばれ、先日の東アジアカップでも活躍した地元出身の佐々木実希子選手にお話を伺いたいと思います」

 午後の地元テレビ局でのニュース番組に、見知った顔が出てきたのである。見間違いかとも思ったが、若い女性アナウンサーは正確に菜月の知人と同じ名前を発音していた。

「Uー23とはいえ、日本代表に選ばれた率直な感想はいかがですか?」

「え!? あ……あー……気づいてたらなってた……いや、ました」

 恐れ知らずでいつも豪快だった実希子が、画面を通してもはっきりわかるくらいに緊張していた。笑みはぎこちなく、額には大粒の汗まで浮かんでいる。

「マ、ママーっ! ゴリラがテレビに出てるっ!」

 キッチンで夕食の準備をし始めようとしていた和葉が、訝しげな表情で振り返る。

「皆で教育番組でも見ているの?」

「そ、そうじゃなくて、ゴリラなの。はづ姉のゴリラ!」

「……落ち着きなさい。何を言っているかわからないわ」

 エプロンで手を拭きながら、スリッパの音を立ててリビングにやってきた和葉にテレビを見せる。すると家族の問題以外は極めて冷静沈着な母親は、さして驚きを露わにもせずに、あらあらとだけ呟いて春道の仕事部屋へと向かった。

 数秒後にはリビングが一気に慌ただしくなる。集中するために仕事部屋へテレビを置いてないのもあり、話を聞いた春道も駆けつけてきたからだ。

「本当に実希子ちゃんがテレビに出てるな。葉月から大学でも一人だけ別格だという話は聞いていたが……日本代表? 凄いじゃないか」

 噛り付くようにテレビへ集中する菜月の背後で、茉優もふわあと目をパチクリさせる。

「やっぱり、この前の実希子ちゃんで間違いないんだよねぇ」

「滅多にないインタビューで、戸惑いゴリラになってはいるけどね」

 頷き合う菜月と茉優に対し、実希子を知らない真は不思議そうだ。

「前に教えた、夏休みに一緒に遊んだなっちーのお姉ちゃんのお友達だよ」

 茉優の説明を受けて、ようやく菜月たちが驚いている理由に真も合点がいったみたいだった。

「身近な人がテレビに出るなんて凄いね」

 素直な感心を示した真に対し、菜月は忌々しさを隠そうともせずに訂正する。

「凄いでは済まないわ。あのゴリラがよからぬ真似をしないかと、さっきから私の胃が悲鳴をあげているもの」

「ゴリラって……こんなに綺麗なお姉さんなのに?」

「見た目に騙されては駄目よ。奴の本性はとんでもないんだから」

 恐れ戦く真の肩を、笑みを浮かべる春道が叩いた。

「心配しなくてもいいよ。葉月――うちの長女以外で、菜月がもっとも懐いているお姉さんだ。ゴリラなんて呼ぶのも愛情の裏返しだよ」

「ちょっと、パパ! 変なことを真君に教えないでよ」

「はいはい。お、活躍した試合の映像が流れるみたいだぞ」

 全員で食い入るように画面を見つめる。映し出された試合で、普段が夢か幻みたいに凛々しい顔つきをした実希子が、日本代表のユニフォーム姿で打席に入る。

 他国の選手が放るのは菜月のとは比べ物にならない剛速球。画面を通しても浮かび上がるような軌跡を描く硬式のボールを彼女は事も無げに弾き返した。

「……完璧なホームランね。子供の頃から実力は一人だけずば抜けていたけれど、ここまでとは本当に驚きだわ」

 冷静に試合を見守っている和葉だが、春道の呟き一つでいとも簡単にそれは崩壊する。

「あ、観客席に映ってるの葉月じゃないか?」

「葉月!? あの子がテレビに出ているの!? 春道さん、もちろん録画しているわよね!?」

「落ち着け、和葉。頼むから首を絞めないでくれ。うぐぐ……」

「な、菜月ちゃんのお母さんっ。お父さんの顔が青くなってますよ!」

 慌てた真が春道救出に全力を費やしてくれたのもあり、どうにか最悪の事態は免れていたが、菜月にはそれどころではなかった。

「ゴリラ……何か有名な人になったみたい……」

 知らず知らずのうちに漏らしていた呟き。それを聞いた春道が、しゃがみ込んで後ろから菜月の髪の毛を優しく撫でた。

「実希子ちゃんは実希子ちゃんだ。何も変わらないさ。お盆に帰ってきて、わざわざ毎日菜月と遊んでくれたままの女の子だよ」

「な、何よ。それだと私が変な心配をしているみたいじゃない。パパに言われなくても、そんなことくらいわかってるわ」

「そうだな」

「……でも、一応お礼は言っておいてあげるわ。ありがとう……」

「どういたしまして」

 春道が立ち上がった頃には、画面内の実希子は二本目の本塁打を豪快に放っていた。

「実希子ちゃん、恰好いいねぇ」

 夏休みに遊んだ女性の活躍ぶりに、茉優も目をキラキラさせていた。会ったことのない真もどことなく嬉しそうだ。

「この次は僕も会えるといいな」

「そんなことを言って、大変な事態になっても知らないわよ。あの怪力ゴリラは手加減というものを知らないからね」

「菜月、あまり真君をからかってはいけないわ。実希子ちゃんは個性的だけど、優しい女の子よ」

 一時の取り乱しから回復した和葉が柔らかく微笑むも、そんな余裕は数秒後に四散する。

「それではここで、佐々木選手のチームメイトで友人の選手にもお話を伺ってみたいと思います」

 笑顔の女性がマイクを向けた相手、それはなんと高木家の長女であった。

「葉月っ! 春道さん、録画! 早くっ!」

「さっき念のために操作しておいたよ。スタンドにいた葉月は録れてないだろうから、菜月用になるかと思っていたんだがな」

 備えあれば憂いなしの精神で、安堵の息を吐く春道。これで何もしていなかったら、もしかしなくともまた愛妻に首を絞められていたに違いない。

「さすが春道さんっ! ああ、葉月……立派になって……」

 スライディングするように菜月の隣にきた和葉がほろりと涙を流す。すぐ後ろで春道の、この間会ったばかりだろという指摘も聞こえていないみたいだった。

 そんなやりとりをリビングでしている間にも、葉月へのインタビューは進む。

「佐々木選手は普段、どんな感じですか?」

「チームのムードメーカーです。実希子ちゃんがいるといないとでは、雰囲気が大きく違いますから」

「なるほど。では佐々木選手に何か愛称みたいなものはあるのでしょうか?」

 問われた葉月はううんと小首を傾げて考えるそぶりを見せたあと、あっと声を上げて表情を輝かせた。

「ゴリラ!」

「……は?」

「実希子ちゃんは皆からゴリラと呼ばれています!」

 胸を張って答える高木家の長女。カメラの映っていない周囲から葉月の名前を呼ぶ声が聞こえる。恐らくは今井好美だろうが、彼女以外はゴリラの一言に大爆笑だった。

「そ、そうですか……それは、その……素敵なニックネームですね」

「素敵じゃないし、皆から呼ばれてもいないって!」

 隣で友人代表の葉月の受け答えを見守っていた実希子が、さすがに顔を真っ赤にして否定する。

「ゴリラなんて呼んでるのはなっちーだけなんだよ!」

「はい? な、なっちー?」

「ああ、私の可愛い妹です。高木菜月って言うんですよ」

 さらりと公共の電波で流される本名。ゴリラのところでお腹を抱えていた菜月の表情が、ビキっと音が鳴りそうなくらいに硬直した。

「ふわあ。なっちー、明日から学校で有名人だねぇ」

「嬉しくない! はづ姉は何を考えてんのよ! ほら、アナウンサーの人が場を収拾できなくなってるじゃない!」

 どうやら生放送だったらしいインタビューを、笑顔を引き攣らせたアナウンサーが強引に終わらせる。進行を戻されたスタジオが画面に映ると、司会役の男性アナウンサーが微妙な雰囲気を払拭するために、あえて笑う方向へ持っていこうとしていた。

「なんだか痛々しくて、もう見ていられないわ。ママだけは大満足みたいだけれど」

 愛娘のテレビデビューを記念して、今夜は赤飯だと鼻歌混じりに宣言するほどの浮かれっぷりである。

「せっかくだから茉優ちゃんと真君も食べて行きなさい。香織さんが一人なら、呼んでもいいでしょうし」

 今夜も父親の帰宅が遅いらしい茉優はもちろん、真もありがとうございますと応じる姿勢を見せた。

「それなら夕ご飯まで外で遊びましょうか。ゴリラとはづ姉のせいで溜まった鬱憤を晴らさないと精神的に良くないもの」

「素直に二人を見てたら、急にソフトボールがやりたくなったと言えばいいじゃないか」

「的外れなご意見をどうもありがとう。やはりパパはダメダメね」

「そうか。二人とも、菜月は部屋で本が読みたいそうだ」

「パパ! あんまり意地悪すると、もうお話してあげないわよ!」

 それは困るとばかりに春道は退散し、母親の和葉は録画したばかりの映像を早速見始めている。

「まったく……その、どうする……?」

「えへへ。茉優はねぇ、お外でソフトボールがやりたい」

「僕も」

 父親と違って素直な二人にお礼を言いつつ、菜月は物置にある葉月の昔の道具を取りに向かうのだった。

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