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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族4
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36

「どっかーん!」

 どこぞの漫画みたいな声を出し、グラウンドに作られた打席に立つ実希子がバットを振った。

 ベンチで見ていた葉月が、思わず「ふわぁ」と声を漏らしてしまうほどの当たりが空気を切り裂いて飛んで行く。

「じょ、冗談でしょ……」

 マウンドで実希子に投げたピッチャーが愕然としている。中学時代からの葉月の後輩で、現在のソフトボール部のエースである。

 夏休み明けの球技大会。参加しない三年生もいる中で、葉月たち五人は揃って出場していた。部活を引退した今、グラウンドでソフトボールをやってはしゃげる機会はこの日くらいしかなかったからだ。

 インターハイへ出場した主力が五人も揃っている葉月たちのクラスは、ほぼ無敵だった。周囲から反則だという声が出るほどである。

 とはいえさすがに引退した身。現在も熱心に練習をしている二年生には敵わないだろう。そう考えていた周囲を、ひっくり返すだけの活躍を実希子は見せていた。

 他のクラスへのハンデのため葉月は投手をせず、実希子は左打席に立っている。にもかかわらず、初戦となった二年生との試合の一打席目でこの本塁打である。

「右も左も関係ないとは恐れ入るわね」

 ベンチに座っている柚は少しでも涼しいところを探しては移動し、持参した団扇であおいでいる。背後には尚がいて、その恩恵にあずかろうとしていた。

「球技大会前の放課後に、一度だけ練習しただけなのにね。さすがに凄すぎるよ」

 小学校から実希子の運動神経を知っている葉月でさえも、呆気にとられる強烈さだった。

「実希子ちゃんならソフトボールに限らず、どんなスポーツをしていても成功したでしょうね」

「はっはっは、まあな。もっと褒めてくれ」

 炎天下でも一切運動量が落ちず、ベンチに戻って来た実希子は額から汗を流しながらも実に楽しそうだ。

「二年生からは化物扱いされてるけどね」

「奴らは根性が足りん」

 葉月の隣に座ったあとで、実希子は中年親父みたいないやらしい顔になる。

「で、仲町とはどうなんだ? 関係は進展してんのか? ん?」

「あ。私の打順だった。いかないと」

 そそくさと逃げるように打席へ立つも、一ヶ月以上のブランクは簡単に埋められない。あっさりと、しかも普段とは違う打席で対応できる実希子が異常なのだ。二年生たちが言っていた通り、まさに化物である。


 葉月が投手をやらないのもあって、結果的には初戦敗退となってしまったが、久しぶりにソフトボール部の後輩とも試合という形で触れ合えたのは嬉しかった。

 部の方にも遊びに来てください。そんな風に言われている間に、何故か実希子だけがソフトボール部監督で球審をしていた田沢良太に呼ばれた。彼が指差した方向には奥さんであり、葉月たちの担任教師でもある桂子が立っていた。

 桂子に小走りで駆け寄ると、実希子は一緒にどこかへ行ってしまった。

 不思議そうに葉月が二人の背中を目で追っていたら、同じ光景を見ていた好美が誇らしげな顔をした。

「さすが実希子ちゃんね。インターハイでの打席内容を見ても、こうなると思っていたわ」

「え? 好美ちゃんは実希子ちゃんが、どうして先生に呼ばれたか知ってるの?」

 口元を微かに歪めた好美は、首を振って否定する。

「直接は聞いてないけれど、予想はできるわ。恐らくインターハイを見た関係者から、スカウトが来たのよ。あれだけの実力だもの。大学や実業団が目をつけてもおかしくないわ」

 言われてみれば、確かにその通りである。実希子の実力は、仲間である葉月たちから見ても異次元レベルなのだ。ソフトボールに力を入れている場所であれば、欲しがって当然だった。

「そっか。実希子ちゃんは凄いなあ」

「何かあったの?」

 右手の団扇を決して離さない柚が、額を汗ばませながらやってくる。

 すぐ側では相変わらず尚と晋太がイチャイチャしている。いつの間にか応援に来ていたらしい。

 葉月が好美と話していた内容をそのまま伝えると、全員が揃って納得した。

「でも大学とかからの誘いとは限らないわよ。大工とか自衛隊の勧誘かもしれないし」

「あはは。実希子ちゃんならどっちも似合いそうだね。ところで柳井君は、自分の出場する種目はいいの?」

 この暑さでもお構いなしに、常に尚と手を繋いでいる晋太に問いかける。

「もう負けちゃったんだよ。そろそろ、和也もこっちに来ると思うぜ」

 晋太は和也と共に、体育館で行われているバスケットボールに参加予定になっていた。時間が合えば応援に行こうと思っていたので、少し残念だった。

 言っているうちに、和也がグラウンドに現れた。葉月を見るなり、笑顔で手を振ってくれる。

「佐々木の奴、大学から勧誘がきたみたいだな」

「和也君、知ってたの?」

「いや。校長室に大学の関係者が来てると話題になっていて、ついさっき佐々木がその校長室に入っていくのを見たんだ。桂子先生と一緒にな」

「確定ね」好美が言った。

「本当に凄いよ。早く実希子ちゃんから話を聞きたいね」

 競技を終えたのもあり、葉月たちは教室へ戻ったが、その間ずっと話題は実希子のことばかりだった。


 葉月たちを探し回ったらしい実希子は、教室へ入ってくるなり「ここにいたのかよ」と疲れた顔をした。

「外で待っていたら溶けちゃうわよ。残暑というより、まだ夏が続いてるわよね」

 校内にある自動販売機で購入したペットボトルの冷たいお茶を、体温を冷やすべく柚は自分の頬に当てる。

「ほら、実希子ちゃんの分」

「サンキュー。さすが、柚。持つべきものは友達だよな」

「もちろんよ。代金はきちんと請求するけどね」

「……マジかよ」

 財布からお茶のお金を柚に渡しつつ、実希子は葉月たちの近くに座った。

「それで、どこの大学からの誘いだったの?」

 好美の質問に実希子は目を丸くする。

「何で、知ってるんだよ」

 和也から得た情報と推測の結果を伝えると、なるほどなと実希子は笑って肯定した。

「県大学からだよ」

「県大学? それまた結構なところからきたわね」

 今度は好美が驚く番だった。

 県大学というのは葉月たちの県の中央に位置する、県内でトップクラスの大学である。県外からも入学者が来るほどで、学部も多岐にわたる。経済学部に教育学部、さらにはスポーツ科などだ。クラブ活動にも力を入れており、実希子を誘ったからにはソフトボール部もあるのだろう。

「どうするの?」尋ねたのは、またしても好美だ。

「さてな。正直、部活に全力投球してたから、進路なんて考えてなかったぜ。ソフトボール部への所属を条件に、学費なんかも免除してくれるらしい」

「なら決定ね。実希子ちゃんの頭脳レベルでは、とても入れそうもない大学の誘いなんだから。もっともスポーツ科なのでしょうけど」

「まあ、悪い話ではないよな。大学でソフトボールを続けながら、やりたいことを探すって意味でもさ。けど、なあ」

 あまり乗り気な様子を見せない実希子の心情を、なんとなくだが葉月は理解できていた。

 だからこそ笑顔で告げる。

「じゃあ、私もその大学を受験するよ」

「え? 葉月、お前、本気で言ってるのか?」

「うん。高校の時は実希子ちゃんが頑張って、同じ高校を受験してくれたもん。今度は私の番だね」

「県大学なら奨学金制度もあるでしょうし、私も問題ないわ。柚ちゃんはどうするの?」

 好美に尋ねられた柚は、もちろんと頷いた。

「私の夢は前に話した通り、教師になること。だから教育学部のある県大学は、始めから候補の一つだったしね」

 多くの笑顔の花が咲く中、陰りを見せる者がいた。尚である。

「残念だけど、私は無理かな。県大学に進学できる頭がないもの。晋ちゃんと一緒に大学には行きたいけど、レベルの低いところを探すしかないかな」

「俺は尚たんと同じ大学に行くよ。勉強するつもりなら、どこでだってできるしね。和也は高木と同じ大学だろ? あそこは野球でも名前が知られてるしな。プロに行った卒業生だっているし」

「ああ。そのつもりだよ。けど……いや、晋太が決めたんだしな」

「そういうことだ。俺達のことは気にしないでくれ。二人でも幸せにやっていくさ」

 なんとも言えない空気に支配される中、その教室に桂子がやってきた。室内を見渡して尚の姿を確認すると、一緒に来るようにと告げた。

 数分後。尚にもたらされたのは、県大学からの誘いの話だった。


「いやー、凄いことってあるもんだな」

 学校帰りに立ち寄ったいつものカラオケボックス内で、マイク片手に実希子がはしゃぐ。

 真っ先に反応したのは、推薦の話を実希子に続いてもらった尚だった。

 インターハイの試合を見た関係者が、尚の高い運動能力に興味を覚えたらしかった。

「本当よね。さすがに実希子ちゃんみたいな、学費免除なんてとんでもない条件じゃなかったけど」

 桂子に連れていかれた尚が教室へ戻って来たのは、三十分ほど経過してからだった。興奮で顔は紅潮し、瞳には今にもこぼれそうなくらいの涙を溜めていた。

 推薦というよりは、その気があるなら受験してみませんかという話だったらしい。その場合、四年間のソフトボール部所属を条件に合格の基準を緩めてもらえるらしかった。

 口ではああ言っていたが、本音では葉月たちと同じ大学に進みたかった尚は一も二もなくその話に飛びついたのだという。

「だからといって、あまりにも成績が悪かったら落とされるかもしれないわよ。これから放課後はきちんと受験勉強しないとね」

 好美の指摘に苦笑するも、彼氏の晋太が一緒に勉強すると言ったのですぐに尚は嬉しそうにした。

 皆と同じ大学への進学は絶望的だと諦めていたところに、希望の糸が降りてきたのだ。興奮するのも当然だし、葉月も喜んでいた。

「受験生は大変だな。はっはっは」

「何を言ってるの。私達は皆大切な友達。仲間外れなんて出さないわ」

「え? いや、この場合はアタシを外してもらっても構わないというか大歓迎というか」

「駄目よ。実希子ちゃんも、私と一緒に勉強という名の牢獄に捕らわれるのよ」

 尚が背後から近づき、実希子の両肩をガッチリと掴む。

「マジか。仕方ねえな。形だけでも入試を受けろって話だったし、アタシも勉強しとくか。ただ、アタシらの場合は体も動かしておかねえと駄目だろ」

 実希子と尚はスポーツ科を受験し、入学後はソフトボール部へ半強制的に所属することになる。葉月たちも入部するつもりではいたが、そもそもの立場が異なるのである。

「そうね。私の場合は将来性を見越してって言ってたし。憧れのキャンパスライフとは縁遠い生活になりそうだけど、葉月ちゃんたちと同じ大学に行ける可能性を貰えた以上、我慢しないとね」

 学業成績に不安があったのは、丁度誘ってもらえた二人だった。それ以外は実力で合格できるラインには到達していた。

「柚ちゃんは教育学部を志望するのよね。葉月ちゃんや好美ちゃんはどうするの?」

 尚に聞かれた葉月は少し悩む。

 進路の話が出るようになって、葉月も将来をあれこれと考えるようになった。やりたいことと考えて、ソフトボール以外に浮かんだのが一つだけある。

「私ね、将来的にパン屋さんになろうかなって思ってるんだ。料理は好きだし、プリンとかも作ってみたいし。本格的なパティシエとかじゃなくて、町のパン屋さん」

 初めて打ち明けた夢の内容を、友人たちは誰一人として笑わなかった。逆に葉月に似合うと応援してくれた。

「だから栄養学とかを学ぶためにもスポーツ科とかの方がいいのかな。うーん、もうちょっと考えてみるよ」

「それがいいと思うわ。私は経済学部にする。自営業の母親を助けてあげたいし、葉月ちゃんがパン屋をやるならきっと役立つと思うしね」

 一石二鳥よという好美に、葉月は思わず抱きついていた。

「ちょっと葉月ちゃんってば」

「えへへ。なんか嬉しくって」

「ハハ。葉月はしょうがねえな。じゃ、ついでにアタシも抱きついておくか」

「実希子ちゃんまで来たら、私が潰れるわよ!」

 上げた悲鳴とは裏腹に、好美は満面の笑みを浮かべていた。

 個室内のソファで折り重なるようになりながら、葉月たちは全員で笑った。

 その様子を、晋太と和也の男子二人が微笑ましげに見守っていた。

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