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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族4
209/527

33

 三年生となった葉月にとって、高校での行事はどれも最後となる。今日、開催される文化祭も同じだ。

「皆、準備はいい?」

 真剣な顔つきで、葉月は体育館のステージ裏に集まっているクラスメートに尋ねた。

 文化祭の一般公開日、演劇部でもないのに葉月たちはクラスの出し物として劇をやることになった。

 きっかけは皆で同じクラスになったのもあり、文化祭の出し物を決める際に葉月が昔にやった劇を思い出したことである。

 話を聞いた御手洗尚が羨ましがり、出し物として劇をやろうと提案。意外にもクラス内で賛成する人間が多く、桂子も乗り気であれよあれよと決まった。

 劇の演目は赤ずきん。脚本をどうしようと悩む葉月に、実希子はせっかくだから楽しくやろうぜと言った。

 闇鍋よろしく、役柄だけ決めて各々が勝手に演じるのである。つまりは完全アドリブ。二度と同じ内容はできないであろう劇を披露する。

 成功の未来が見えないと好美は大反対し、葉月も積極的に賛成をしなかったが、ここぞとばかりに実希子と尚が結託して押し通してしまった。

 決まったからにはやるしかない。心の準備ができていようとできていまいと、幕が上がれば劇が始まるのである。


 開演するなり、観客席がどよめいた。

 題目に赤ずきんとあったにもかかわらず、いきなりステージの中央に尚が扮する姫が登場したからである。

 どうせなら役柄も知らない方がいいだろうと、劇が始まるまで各人が何をやるかは秘密になっていた。

 唯一、桂子が教師ながら参加してナレーションを務めるのが決まっていた。その彼女は現在、ステージ横で劇を眺めながらマイクの前に座っている。

「……姫?」

 ステージ横で様子を窺っていた葉月は、呆気に取られて声を漏らしてしまった。

 劇を見に来た生徒や一般客が目を丸くするのもわかる。赤ずきんといえばおばあさんのお見舞いに来た少女と悪い狼の話だ。

 葉月は赤ずきんに関する自分の知識を懸命に探ってみるが、姫という単語は最後まで見つけられなかった。

「王子様、貴方はどうしても旅に出るのですか?」

 尚の台詞に呼応して、王子っぽい衣装を身に纏った柳井晋太がステージ横から姿を現した。

 王子の旅立ちを案じる姫。このやりとり見て、赤ずきんの劇だと連想できる者は皆無に等しいだろう。

「素敵だよ、尚たん……じゃなかった。姫、私はどうしても貴方に相応しい男になりたいのです」

「ああっ、王子様」

 よよよと王子様こと晋太の胸に顔を埋める尚。状況についていけない観客たちは、声も出せずに顔に無数のハテナマークを浮かべていた。

 そこへ桂子のナレーションが入る。彼女が上手くゴールまでの道筋を照らしてくれないと、劇がグダグダになってしまう。

「愛を確かめ合う王子と姫に試練が訪れる。なんとそこに狼が現れたのである」

 アタシの出番か? と不思議がるでもなく、狼の着ぐるみを被った実希子は「よっしゃ」とステージに飛び出していく。

「狼参上、とう!」

 最初からノリノリである。

 赤ずきんの狼もおばあさんに化けて喋ったりするので、狼が話す点に関しては観客も普通に受け入れる。

 しかしながら序盤にして超展開すぎる劇の内容には、全速力で置いて行かれているみたいだった。

「姫を守るべく王子は前に出る。しかしあっさりとやられる」

「ていや」

 桂子のナレーション通りに実希子狼は王子の鳩尾に一撃を食らわせ、悶えているうちに足を掴んでステージの隅へと放り投げる。

「お前を守ってくれる王子は死んだぞ。さあ覚悟しろ」

「ちょ、ちょっと実希子ちゃん、目が怖い!」

「アタシは実希子じゃない。狼だ!」

 襲い掛かられた尚姫が悲鳴を上げて倒れる。

「うわー……これってやり過ぎじゃないかな。好美ちゃんもそう思うよね。……あれ? 好美ちゃん?」

 先ほどまで葉月の側にいた好美の姿が見当たらない。

 不思議に思っていると、ステージから歓声が上がった。

「悪行三昧の狼は、この私が討伐します」

 ジャージにマスカーレドマスク、さらには黒マント姿の好美が、どこから調達したのか鞭を持って舞台に立っていた。

「……好美ちゃん」

 呆然と呟く葉月の視界の中で、成敗と叫んで好美が鞭を振るう。相手はもちろん狼の実希子だ。

「ほら、これが好きなんでしょ!」

「やめろ、好美。変な方向に持っていこうとするな!」

「変な方向も何も、最初から先行き不透明な劇にしたがったのは実希子ちゃんでしょうが! こういうのがやりたかったんでしょ! どうぞ存分に演じなさいな!」

「ぎゃああ!」

 さすがの実希子も鞭は痛かったらしく、ステージから飛び降りて逃げ始める。

 執拗に後を追い回す好美とのやりとりに、それまで静かだった観客が爆笑し始める。どうやら赤ずきんの呪縛から解き放たれ、単なるお笑い劇と見なしたみたいだった。

「ひいいっ! 葉月! 好美を止めてくれぇ」

 ステージ前を走り、袖の控室へ戻ってきた実希子が泣きながら葉月に抱きつく。

 その後ろには好美もいる。マスカーレドマスクを外した彼女の顔は、とても爽やかだった。

「ああ、スッキリした」


 王子と姫を倒した狼は謎のマスク女性に倒されたあとも、ステージに秩序というものは存在しなかった。

 仲の良い友人同士で女子が着ぐるみダンスを始めたり、男子が密かに練習していたらしいコントを披露したりする。

 もはや劇ではなかった。葉月はどうしようと心配していたが、途中から観客も笑っていたので少しは安心できた。

「自分達だけが楽しむ劇というのもどうかと思うけど、最後だし許してもらうしかないわね」

 ステージを見守る葉月の背後で好美が言った。マスクやら鞭やらはすでにしまい、ジャージだけになっている。

「はっはっは。きちんとした劇は演劇部がやるんだ。本当に演技に興味がある人なら、最初からそっちに行くだろ。それに素人のアタシらが多少練習したところで粗が目立つだけだ。それだったら、観客も巻き込んで好き勝手にやっちまえばいいのさ。これも一種のエンターテインメントだぜ」

 得意げに言った実希子を、好美が驚きの表情で見つめる。

「何だよ?」

「実希子ちゃんも意外に考えてたのね」

「もちろんだと言いたいところだが、アタシはアタシで自分が楽しめればいいのさ。けど劇として最後の締めは必要だ。頼むぜ、赤ずきん」

 実希子の怪力で背中を押された葉月は、いきなりステージへ出るはめになった。

 ようやく本題の赤ずきんらしい葉月の登場に、観客席から待ってましたの拍手が起こる。

 仕方ないので葉月が歩く演技をしていると、ステージの隅にダンボールを敷いただけのベッドみたいなものが作られた。

 そこにジャージ姿の柚がやってきて仰向けになる。どうやら彼女がおばあさん役のようだ。

「赤ずきんがおばあさんの家に到着する前、悪い狼がおばあさんを襲おうとしていました」

 桂子のナレーションも赤ずきんらしく、今後はまともな劇になりそうだと葉月は安堵する。

「俺が狼って、いきなりかよ!」

 反対側の袖から押し出されたのは、仲町和也だった。ジャージを着ているだけなので狼らしさは微塵もない。

 ステージに上がらされたからには仕方ないと、和也は狼の演技をする。

「食っちまうぞ」

「さあ、どうぞ。隅々まで食べて!」

 どういう理由か、いきなりおばあさんは狼の首に手を回して積極的に食べられようとする。

「どうやらおじいさんが死んで、おばあさんは欲求不満のようでした」

 マイクを使った桂子の説明に会場が爆笑し、マイクを通して後ろで笑ってる実希子の声も聞こえてくる。

「まるで桂子先生みたいだな」

「おだまり」

 聞いた記憶のない冷たい声に、体育館内が凍ったようにシンとする。その中で劇を見に来ていた桂子の夫で、この高校の教師である田沢良太だけが気まずそうな顔をしていた。

 どうすればいいのかと慌てる葉月の前で、おばあさん役の柚はいまだに狼役の和也に迫っている。どちらが襲っているのかわからない状況だ。

 腕力で強引に振り払えないのか、和也も柚の猛攻に戸惑いっぱなしである。やがて助けを求めるように葉月を見てきた。

 我に返った葉月は慌てて、おばあさん役の柚を取り押さえる。

「おばあさん、狼さんを食べたら駄目だよ」

「わかったわ。それなら可愛い赤ずきんに譲ってあげるわ」

「……へ?」

 葉月を残し、ウインクをして柚はステージ上から去っていく。

 狼役の和也と顔を見合わせるも、ここからどうすればいいのかわからない。

「と、とりあえず、悪い狼さんは退治するよ。で、でもどうしよう。普通なら赤ずきんとおばあさんが食べられて、通りがかりの狩人さんに救出されるんだよね」

「色々あるみたいだが、俺が知っているのもその展開だな」

 二人で悩んでいると、天の声が降り注ぐ。ナレーション役の桂子である。

「収集がつかなくなってきたので、赤ずきんと狼は一対一の決闘で決着をつけることにしました」

「赤ずきんが決闘……?」

 実希子の提案が通った時点でトンデモ劇になるのは覚悟していたが、ここまでの滅茶苦茶さはさすがの葉月も予想外だった。

「ええと、どうしよう……」

「仕方ない。適当にやるしかないが、俺に高木をどうにかできるわけないからな。こうするよ」

 うわーとわざとらしい悲鳴を上げたあと、和也はやられたとステージに倒れた。

 そのまま転がってステージ袖へ移動すると、完全に葉月だけが取り残された。

「……こうして赤ずきんは平和に暮らしました。おしまい」

 桂子が強引にまとめたあと、やはり強制的に幕が下ろされた。


「納得できねえよな」

 夕日が窓から差し込む教室内。文化祭の一般公開も終わり、葉月たちは所属する教室で打ち上げをしていた。

 文化祭ではクラス毎の出し物の評価がされるのだが、ものの見事に葉月たちはぶっちぎりで学年どころか学校全体で最低だった。

「あれだけ題目とかけ離れた劇をしたら当然でしょ。観客の中には、見るからにドン引きしてた人だったいるんだから」

 ため息をつく好美を見ても、そもそもの元凶である実希子は悪びれもしない。

「まあ、楽しかったからいいじゃねえか。こんな大騒ぎができるのも、今年で最後なんだ」

「そう考えると良いか悪いかはともかくとして、忘れられない思い出になったのだけは確かよね」

 椅子に座ってお菓子を頬張る柚が言った。

「それにしても、せっかくステージ上で二人きりにしてあげたのに、何もなかったわね」

「いい加減にしろよ、室戸。人前で何をやれってんだ。あんな劇に付き合っただけでもありがたいと思ってくれ」

「その割には他の野球部員はノリノリだったわよ」

 柚に言われて、和也は言葉に詰まる。

 受験前の最後の大はしゃぎだとばかりに、ステージ上で浮かれまくっていた野球部員を思い出したのだろう。

「……高校生最後の文化祭も終わったね」

 声に出すと、なんだか無性に寂しくなる。

 葉月の気持ちを理解したのか、実希子が覆い被さるように背中に乗ってきた。

「切なくなってる暇なんてねえぞ。文化祭が終われば夏の大会が待ってるんだからな」

「うん。春の大会でも勝てたし、今年こそ優勝を目指して戦おう」

 葉月の決意にソフトボール部員の面々が頷き、打ち上げは徐々に決起集会へと変わっていった。

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