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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族4
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 修学旅行が終わり、迎えた新人戦で葉月たちはベスト四まで勝ち残った。

 あと一つ勝って決勝に行っていれば最低でも複数県による地区での大会、優勝していれば来春の全国大会へ出場できていた。

 悔しさで涙を流したが、手応えも得た。新レギュラーとなった柚と尚が、十分な戦力となってくれた。

 実希子を中心とした打線の破壊力は県でも屈指になり、投手の葉月を含めた守備陣が踏ん張れば全国を目指せるのが明らかになった。

 冬の間も鍛錬を続け、迎えた春。

 葉月たちが南高校の最上級生となる前に、一つの別れが訪れる。

 お世話になったソフトボール部の先輩――高山美由紀の卒業である。


 南高校では卒業式には在校生も参加する。去年は岩田真奈美を見送った。

 今年は中学校でも一度卒業を祝っている美由紀の番だった。

 去年はさほど感じなかったが、今年は一抹の寂しさを覚えていた。葉月だけでなく、いつものメンバー全員がだ。もしかしたら、次は自分たちの番だという実感がわいているからかもしれない。

 卒業生の保護者も参加する式は、体育館で厳かに行われた。

 部活でのお別れ会は、数日前に終わっている。卒業する三年生と二年生が中心になって軽い試合をした。

 椅子に座り、見守る葉月の視線の先。強い姿も弱い姿も見た高山美由紀が泣いている。来年になったら、やはり自分もああなるのだろうか。そんな風に考えるだけで、涙腺が崩壊しそうになる。

 卒業証書を受け取った卒業生が退出し、式は終了する。


 葉月たちも急いで退席し、いずれ卒業生が出てくる校舎前で待つ。

 冬の寒さがまだ残っているものの、太陽が出ているので気温ほど寒くは感じない。よく晴れてくれてよかったと心から思う。

 そばにはクラスメートの佐々木実希子や、この場で合流した今井好美、室戸柚、御手洗尚もいた。

 皆、手に小さな花束を持ってソフトボール部の先輩が出てくるのを待っている。葉月が渡す相手は前主将の高山美由紀である。

「あっ、来た。卒業、おめでとうございます」

 姿を現した美由紀に駆け寄り、持っていた花束をプレゼントする。

「ありがとう、葉月ちゃん。フフ、ついに卒業してしまったわ。あとは大学に受かってるといいのだけど」

 大学の合格発表は卒業式後に行われる日程になっていた。美由紀本人の話では、県外の大学を受験したみたいだった。

「合格発表を見に行ったついでに、そのまま彼氏とお泊りデートっスか? 美由紀先輩は大人だな」

「実希子ちゃん、からかわないで。元主将の権限でお説教するわよ」

「げっ。それだけは勘弁」

 頭を抱えて葉月の背中に隠れる実希子に、皆が笑顔になる。

 そのあとで美由紀は、三年間通ってきた校舎を振り返って見上げた。

「色々な事があったな。でも、この学校で本当に良かったわ。素敵な先輩に友人、それに後輩と出会えたもの」

 美由紀の手がそっと葉月の頭の上に乗せられる。

「葉月ちゃんがいてくれたおかげで、私は途中でソフトボールを諦めずに済んだ。夏の大会でも勝ち進めた。今となれば怪我をしたのもいい思い出だわ」

「美由紀先輩は大学でもソフトボールをするんですか?」葉月は尋ねた。

「どうかな。一流の国立大学ではないけれど、それなりのところだからね。私自身、彼と一緒に学びたい気持ちもあるし、高校へ入学した時みたいな絶対に入るという感じはないわね。実希子ちゃんほどの才能と実力があれば話は変わったのだろうけど」

「へ? アタシ?」

 話の矛先を向けられた実希子が、呆気にとられたような顔を葉月の背中の横からひょっこり出す。

「呆れた。自覚がなかったの?」

 ため息をついたのは好美だ。見れば柚や尚も似たような反応を示していた。

 三人の呆れ顔に困惑する実希子へ、美由紀が言葉を送る。

「実希子ちゃんは凄いわ。恐らく県内屈指の打者でしょうね。正直、強豪校に入っていれば今頃は全国区の知名度になっていたかもしれないわ」

 最大級の褒め言葉に思えたが、実希子は楽しそうな様子も悔いているような感じも見せなかった。

 ただ当たり前のように言う。

「アタシは葉月たちと一緒だからソフトボールを続けてきたんだ。他の学校に行ってたら、違う部活に目移りしまくって、たくさん掛け持ちしながら好き勝手に遊んでたんじゃないかな。だからアタシもこの高校で――葉月たちと同じところで良かったんだよ」

「ウフフ。そうかもしれないわね。貴女達の強い絆、大切にしなさい」

「もちろんだ」

 お説教はないと確信した実希子は、葉月の隣で堂々と胸を張る。

「葉月ちゃんたちの高校生活も残り一年よ。あの時、こうしておけばよかったと卒業後に後悔しないよう一生懸命に楽しく生活してね。あ、実希子ちゃんは勉強もしないと駄目よ」

「へーい」

 美由紀と会話している間に他のソフトボール部だった卒業生も来たので、実希子たちが花を渡しに行く。他にも部の二年生や一年生が、担当の卒業生に花やお祝いの言葉を送ったりしていた。

 葉月はその場で美由紀と二人きりになる。

「葉月ちゃん、ソフトボール部を頼んだわね。皆は貴女を中心にまとまっているのだから。もっとも幼いように見えて私よりしっかり者なだけに、実希子ちゃんほど心配はしていないのだけどね」

「そんなことはないです。でも、ありがとうございます。頑張ります」

「ええ、頑張って。さよならというより、またねにしておきましょうか。岩さんたちみたいに、そのうちソフトボール部を冷やかしに来るかもしれないしね」

「はい。待ってます」

 笑顔で美由紀を見送る。途中で何度もこちらを振り返り、彼女は葉月に手を振ってくれた。

 会う機会が少なくなるなと実感するだけで、何故だか両目から涙がこぼれた。


 高山美由紀の世代の卒業式を見終えた後、葉月たちはいつものカラオケボックスに集まっていた。軽食も頼めて、たくさん歌えるので便利なのである。

 歌わなくとも、お喋りをするスペースとしても貴重だった。そういう意味ではファミレスという手もあるが、もしかしなくとも今頃は卒業生たちでごった返しているはずだ。

「アタシらも来年は卒業か。おっと、実希子ちゃんはできるかわからないでしょ、とか言うなよ、好美」

 指摘する前に潰された好美は目を細めて「学習したわね」と実希子を褒めた。

「だろ? アタシだって日々、成長してんだよ」

「それならテスト前の勉強は――」

「――いる! 絶対、いる! その脅しは卑怯だって!」

 食いつき気味に、実希子が懇願する。

 恒例となっているやりとりだけに、仲間内で心配する人間は誰もいない。皆、また始まったと笑うだけだ。

「でも、実希子ちゃんの言う通りだよね。もう二年も経ったんだ」

 個室内のソファに体を預け、両手で持ったオレンジジュースをストローで飲みつつ葉月は言った。

 楽しい時間はあっという間に過ぎるというのは本当だった。充実した日々を送っているうちに、気がつけば最上級生になろうとしていた。

「一年というのは長いはずなのに、過ぎてしまうと一瞬に感じられるわよね。きっと来年の今頃もそう思ってるのでしょうね」

 好美が同調し、一同がしんみりとする。

 そんな中で、話題を変えるべく尚が進路について尋ねた。

「皆はもうどうするか決めてる?」

 真っ先に首を横に振ったのは実希子だ。

「アタシにはそこまでの余裕はねえよ」

 正直なところ、葉月も考えてはいなかったのでそう答える。

 好美にはしっかりとしたビジョンがあるかと思っていたが、彼女も否定的なリアクションを示した。

 最後に視線を向けられた柚は、少し照れ臭そうに口を開く。

「私はね、教師になりたいかなって」

 天井を見上げ、柚はそっと目を閉じる。

「これまでの人生で私は虐める側も、虐められる側も経験してきた。いってみれば両方の気持ちがわかるの。だからその経験を活かして、虐めという問題から子供たちを救ってあげたいの」

 目を開けて全員を見渡す柚に、ばつの悪そうな顔を向けたのは入学直後に彼女を虐めていた尚だった。

「そんな顔をしないで、尚ちゃん。葉月ちゃんは虐められる側の気持ちがわかるから、私を守ってくれた。そして私は虐める側の動機もわかるから、尚ちゃんを許せた。おかげで今はこんなにも楽しい生活を送れている。そのことには本当に感謝しているのよ」

「でも、私……」

「泣かないでったら。私はもう尚ちゃんを許しているから、気にする必要はないの。私が言いたいのは、ずっと思っているのは……前にも言ったかもしれないけど、葉月ちゃんみたいに本当の意味で強い人間になりたいということ。そのために教師になりたいといっても過言ではないわね」

 きょとんとする葉月の頭へ、不意に実希子が手を置いた。

「葉月みたいにってのは、なかなか難しいぞ。だが近道はある」

「近道? そんなのあるの?」

 興味ありげに柚は実希子に聞いた。

「父親を好きになればいいんだよ。一番、葉月っぽいだろ」

 得意満面の実希子の前で、柚は自身の右手で目元を覆っていた。眩暈がすると言いたげなポーズである。

「駄目でしょ、柚ちゃん。実希子ちゃんの言葉を本気で聞こうとしたら」

「そうね。私が愚かだったわ。これでは教師なんて夢のまた夢だわ」

「好美も柚も酷い言いようだな。葉月の一番の特徴っつったら、それじゃねえか!」

 確かにその通りではあるのだが、それとは少し違うのだろう。ただ柚の夢だけはきちんと理解できた。

「柚ちゃんはなりたいものが見つかったんだね。全力で応援するよ! 私にできることがあったら言ってね」

 葉月の言葉に、柚は嬉しそうに微笑む。

「ありがとう。それなら、葉月ちゃんは葉月ちゃんのままでいてね。私にはそれが何よりの道標になってくれたから」

「うん、わかった」

 返事をしたのが合図になったわけではないだろうが、いきなり号泣した尚が柚に抱きついた。

「うわああん。ごめん、ごめんね」

「ちょ、ちょっと、尚ちゃん。だ、大丈夫だから」

「うん。柚ちゃんが許してくれているのは知ってるけど、それでも……! うううっ、ぐすっ。私も皆と同じ地区で生まれたかった。同じ小学校に通いたかった。そうすれば、もっと素敵な思い出がたくさんあったはずなのに!」

 泣き叫ぶ尚の私立の学校に通っていた話は、以前に全員が聞かされていた。誰が上に行くのかを常に競い合い、少しでも脱落しそうな者がいれば容赦なく蹴落とす。生徒の立ち位置は家柄によって決まってるも同然で、スクールカーストみたいな上下関係が自然と形成されていた。ボス的存在の生徒に嫌われてしまえば、悲惨な目にあうだけだ。それだけを恐れるがゆえに善悪の判断さえしなくなって、自身を守る為に――リーダー格の生徒のご機嫌を取るために必死で弱者を甚振る。

 思い出すだけでウンザリする。当時の自分を心の底から嫌悪するように、何度もそう吐き出していた尚の顔を葉月は今も覚えている。

「思い出はこれからでも作っていけるよ。あと一年あるし、それに尚ちゃんには晋ちゃんがいるでしょ」

 柚に頭を撫でてもらえて、少しずつ尚も落ち着いたみたいだった。その様子を見ていた葉月は、率直に思った。

「今の柚ちゃんって、なんだか優しい先生みたいだったよ」

「え? そ、そうかな。うん、そうだったらいいな……」

 確かな夢を抱いた柚を、葉月は羨ましく思った。

 高校生活の最後となる一年間で、自分も叶えたい夢を見つけたいとも。

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