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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族4
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21

 中学を卒業し、高校に入学した一年もあと少しで終わる。冬休みに入った葉月は、尚の提案でクリスマスパーティーをすることになった。

 昔みたいに誰かの家でパーティーをするのではなく、カラオケボックスを借りてのものだ。

 今の幸せがあるのは皆のおかげだから、恩返しがしたい。そう言って尚が企画したのは、カラオケボックス内でのクリスマスパーティーならぬ合コンだった。

 大人数用の部屋に葉月、好美、実希子、柚、尚のいつもの五人組の他に、全員が野球部の同学年の男子たちが同数座っていた。

 その中で葉月が知っているのは仲町和也と、尚の彼氏である柳井晋太のみである。他は同じ一年生だが、話したことがない野球部員だった。ソフトボール部とは距離が近そうだが、野球部は専用のグラウンドがあるので、会話する機会はさほど多くないのである。

「私だけ幸せだと申し訳ないから、皆にも幸せになってほしいの」

 瞳をキラキラさせる尚は完全に世話焼きおばさんモードだ。

 こういう場合に真っ先に帰りそうなのは実希子なのだが、彼女は会計が男子持ちと聞いて食べるのに集中していた。

 カラオケボックスで山盛りの唐揚げを注文し、さらには焼きそばやたこ焼き、お好み焼きなどの炭水化物を中心としたメニューに男性陣からは戸惑いの声が上がる。

「お前、昔から食うわりには太らないよな」

 言ったのは仲町和也だ。小学校からの付き合いなので、実希子のことをよく知っている。

「その分、動いてるからな。お前らも食わないと、レギュラーになれねえぞ」

「一理あるな。高校に入って最初に驚いたのは、三年生の体つきだからな」

 話してる間にも、店員がさらに注文した品を持ってくる。フライドポテトにフランクフルト、枝豆や焼き鳥などもジュースと一緒に並ぶ。

「高木も遠慮しないで食ってくれよ」

「うん。和也君、ありがとう」

「他の皆も、楽しくクリスマスをしましょう!」

 一番手としてマイクを持った尚が、宣言するように歌い出す。いきなり、ノリノリである。

 柳井晋太も彼女のノリに合わせてタンバリンを鳴らしたりする。室内には他にもマラカスなんかが置かれている。

「開始と同時にクライマックス状態ね」

 ややげんなりとした口調で、好美が感想を呟く。

「はは。アイツらはいつもあんな感じだよ。御手洗はたまに柳井の応援に来てたりするからな」

 和也の言葉に、他の部員も頷く。

「キャーキャー言われてるせいなのか、柳井は練習中から動きがいいんだよな。俺も彼女が欲しいぜ」

 ちらりと部員の一人が葉月たちを見るが、諦め気味のため息をついて首を小さく左右に振った。

「高木は和也が目をつけてるから手を出せば殺されそうだし、佐々木は食い物に惚れてる感じだしな。今井は興味なさそうで……となると」

 男子たちの目線がストローでオレンジジュースを飲んでいる柚に集中する。揃って血走らせるように目を輝かせだしたのは、きっと葉月の気のせいではないだろう。

「室戸。今日の服、似合ってるな」

「ジュースのおかわり、頼もうか?」

 次々と男子たちが柚にアタックしていく。

 元々が恋愛体質なのか、柚自身も満更ではなさそうである。とはいえ彼氏を作りたいというよりは、言い寄られるのを楽しんでる感じだ。

 一方で実希子はひたすら食べまくっている。葉月が男性陣の財布を心配し、自分も会計を負担すると言いたくなるほどだ。

 誰かが言う。佐々木は黙ってると美人なのにな、と。

 それに好美が噴き出し、実希子が不機嫌そうに顔を上げる。

「どういう意味だよ」

 ジト目を向けられた男子が取り繕うようにフォローしだすも、とどめは実希子の隣の席から発せられた。

「要するに、残念美人ってことよ」

「それは好美もだろ。ほら、芋でも食ってろ」

 まだ何か言いたそうだった好美の口に、実希子が強引に一本のフライドポテトを押し込んだ。

 むぐむぐ言う好美と実希子のやりとりを見て、葉月は苦笑する。

「それにしても、私服だとやっぱ学校の時と印象が違うよな」

 それは葉月にとっても同じだった。冬休みなので、全員が制服姿ではない。葉月自身はトレーナーにジーンズという恰好で、部屋に入るまではコートも着ていた。実希子と好美もほぼ同じで、ファッションに気を遣ってると断言できるのは尚と柚の二人だけだった。

 尚の影響なのか、柳井晋太もブランド物っぽい服を着こなしている。それ以外はやはりラフな感じの服装になっていた。

「そりゃ、そうだろ。普段は制服姿しか見てねえだろうしな」

 二本目のフランクフルトを頬張りながら、実希子が会話に応じる。基本的に相手が誰であっても気軽に応対するので、彼女がいれば場が沈黙することは滅多にない。


 時間が経過していくに連れて、打ち解けたように男女間の会話も増えていく。話題の中心となるのは大体が実希子であり、部活関連だった。

「女子は新人戦で勝ったよな。野球部でも話題になってたぜ」

「えへへ。二回戦で負けちゃったけどね」

 テーブルを挟んで、葉月は和也と会話する。

「そういえばあの女の先輩は大丈夫だったのか? 試合中に足を痛めたんだろ」

「美由紀先輩? なんかね、膝の靭帯を痛めたみたい。まだリハビリ中らしくて、部活には来てないんだ」

「そっか。心配だな」

「うん」

 少しばかり雰囲気が暗くなったところで、実希子が乱入してくる。

「おいおい、なんだか重い雰囲気だな。もう別れ話か?」

 からかいの言葉に露骨な反応を示したのは和也だった。

「まだ付き合ってもねえよ」

「まだってことは、これからに期待してるってことか」

「う……! さ、佐々木はそっちで飯でも食ってろよ」

「それなら大丈夫だ。もう腹がパンパンだからな」

 実希子の前に積み上げられている皿から、男性陣が一斉に目を逸らす。歌ってる最中にもひっきりなしに店員がやってきては、軽食を置いていった。総額でどれくらいになるかは、もはや簡単に計算できないほどである。

「あ、あはは……私も払うよ」

 切り出した葉月に、和也は笑顔で「いいって」と返した。

「普段、野球ばかりで小遣いを使うこともあまりないしな。それにせっかく一緒にクリスマスをしてくれてるんだ。男の俺達に払わせてくれよ」

「そうそう。遠慮すんなって」

「お前が言うな」

 和也のみならず、男子全員から実希子にツッコミが入った。


 カラオケボックスでのクリスマスパーティーが開始してから、二時間が経過した。

 食欲を満たした実希子も豪快に歌い始める中、葉月は好美と一緒にお手洗いのために席を立った。

 先にトイレから出て廊下で待とうとした葉月は、一つの個室に入る男女を見て驚いた。女性の方が高山美由紀に見えたからだ。

「お待たせ、葉月ちゃん。……どうしたの?」

 好美に、先ほど見た光景をそのまま告げる。

「ソフトボール一筋っぽい美由紀先輩がカラオケデート? 考え辛いけど、見間違いじゃないのならそういう可能性も否定できないわよね」

 新人戦以降、グラウンドで高山美由紀の姿を見てはいない。監督の田沢良太曰くリハビリ中とのことだった。

 そのリハビリの合間というか息抜きに、彼氏と遊んでいてもおかしくはない。好美に言われ、それもそうかと納得する。現に葉月たちだって練習が休みの今日、野球部員と一緒に遊んでいるのだ。

 追いかけて、わざわざ本人かどうかを確認するのも失礼だ。葉月は好美と一緒に、自分たちの個室へ戻る。

 室内では実希子が男子の目を気にせずに演歌を歌っている最中だった。葉月たちだけでカラオケ店を利用する際にも、よく選んでいる曲だ。

 ドン引きされているかと思いきや、男女ともに大うけである。ちなみに歌う実希子は真剣そのものだ。彼女の父親の影響で歌えるようになったと、以前教えてもらった記憶がある。

「おかえり。ちょっと遅かったね」

 柚に言われた葉月は少し考えてから、廊下で見た光景を伝えた。

「美由紀先輩が? 気になるわね。彼氏って恰好良かった?」

 途端に興味津々になる柚に、葉月は苦笑する。

「彼氏かどうかはわかんないよ。でも美由紀先輩だったと思う。男の人の顔まではわかんなかったな。ただ、体格は和也君に似てたかも」

「ええっ!? まさか和也君が」

 わざとらしく大げさに驚く柚に、危うく和也は口に含んだ烏龍茶を噴き出しそうになっていた。

「何でだよ。俺はずっとここにいただろうが」

「わかってるわよ。からかっただけ」

 ウフフと笑う柚。告白の一件以降、主に和也が抱いていた、二人の若干の気まずさは完全に解消されていた。今では仲の良い友人といった感じだ。

「美由紀先輩って例の怪我した女性だろ? 彼氏いたんだな。先輩たちがこぞって告白しては玉砕してたから、フリーだとばっかり思ってたぜ」

「マジで!? 高山さん、彼氏いたのかよ」

 話が聞こえていたらしい他の野球部員も会話に参戦する。歌い終わった実希子も加わり、話題は高山美由紀のこと一色になる。

 個室内のステージで尚と晋太が二人だけの空気を作り出してるのを放置し、あることないことの推測大会が開催される。

「見間違いだろ。美由紀先輩なら、きっと春の大会に間に合わせるために全力でリハビリしてるって」

「でも、しばらく姿を見てないのは事実よ。葉月ちゃんが見間違いをするとも思えないし……」

「じゃあ、いっそ見てこようぜ」

 思い立ったら即実行。信条ではないだろうが、誰より行動派の実希子が葉月の腕を掴んで強制的に部屋の外へ連れ出す。

「お、おい。さすがに邪魔したら悪いだろ。それに高木を巻き込むなよ」

 慌てて和也が追いかけて実希子を制止しようとするも、彼女は止まらない。

「外からちょっと覗くだけだから、バレねえって」

「実希子ちゃんがこうなったら、誰が何を言っても無駄よ。諦めるしかないわ」

 ため息をつく好美も合流し、結局四人で偵察じみた真似をすることになった。

 トイレ近くの廊下まで移動し、美由紀が男性と一緒に入った個室の様子を窺う。

「歌声とかまるで聞こえねえな。本当に入ってんのか?」

 しゃがみ体勢から上半身を伸ばし、実希子が中を覗く。

「誰もいねえぞ」

 言われて葉月もドアの曇りガラス部分から室内を見ると、人影らしきものは確かにどこにもなかった。

「あれ? もう帰っちゃったのかな」

「かもしれないわね。いないのなら確認しようもないし、戻りましょう。怪しげな行動ばかりしていると、店員さんから追い出されるかもしれないわよ」

 実希子も葉月も、好美の忠告には素直に従う。

「そうだな。アタシらが追い出されると他の連中にも迷惑かけちまうし、戻って歌い直すか」

「また演歌?」

「もちろんだ。葉月も一緒に歌おうぜ」

 カラオケで遊ぶたびに葉月や好美は強制的に歌わせられていたので、少しだけだが一緒に歌えるようになっていた。

「仲町も歌えよ。葉月と付き合うには、演歌を理解できねえと駄目だぞ。何せ、春道パパは演歌が大好きだからな」

 そんな事実はないのだが、春道の趣味嗜好を知るはずもない和也は「何だと!?」とおもいきりショックを受けたみたいだった。

「わかった。俺に演歌を教えてくれ!」

「その意気だ!」

 盛り上がるのは悪いことではないが、嘘はいけないので葉月はあっさりネタばらしをする。

「パパ、別に演歌好きじゃないよ」

「……佐々木」

 無表情に戻った和也が、迫力溢れる低音ボイスを実希子にぶつける。

「ま、細かいことは気にすんなって」

 悪びれもせずにサムズアップをする実希子に、和也の怒りが爆発。般若のような顔つきで彼女を追いかける。

「まったく、あの二人もよくやるわ」

「アハハ。私達も部屋に戻ろう」

 呆れて額を押さえる好美の隣で、葉月は朗らかに笑った。

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