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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族4
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20

 本格的に秋を迎え、市立南高校ソフトボール部は新人戦を迎えた。この日のために夏休み中から、葉月たち部員は厳しい練習に耐えてきた。

 応援席には引退した岩田真奈美達三年生も勢揃いしており、無様な姿を見せるわけにはいかなかった。

 新人戦は県で行い、優勝校は三月の全国大会へ歩を進める。準優勝は優勝校とともに地区大会に臨む。目指すはもちろん優勝だが、目先の目標として数年ぶりにもなる一回戦突破があった。

 試合前の整列をして、一塁側が応援席となる市立南高校はコイントスにより主将の高山美由紀が後攻を得ていた。一般的に後攻が有利とされるためである。

 マウンドに登るのは葉月だった。二年生の先輩との競争の末、監督の田沢良太が葉月をエースに指名した。背中には、母親の和葉に縫ってもらった背番号の1が秋の陽光を浴びて輝いている。

 捕手を務めるのは、小学校時代から気心の知れている親友の今井好美である。打力は二年生の捕手に劣るが、守備面を含めた総合力で正捕手になった。弱小で二年生は八名程度しかいないのもあり、レギュラーどころか控えにも一年生が多く入っている。

 一年生の総数は九名。葉月が柚や尚を連れてこなければ七名しかいなかったので、田沢良太にはずいぶんとありがたがられた。十人を超えていた三年生が引退して、部活もベンチもずいぶんと寂しくなっていた。

 来年、新入生が何人入部してくれるかも気になるが、その前に葉月は自分の立ち上がりを心配しなければならない。中学時代から、大事な大会ではすんなりと試合に入っていけた経験が少ないのである。

 それを理解している実希子も三塁からマウンドにやってきて、投球練習中の葉月に声をかけてくれる。

「二、三点なら取られても構わないからな。ゼロに抑えようとして変に力むより、開き直って投げちまえ。それで駄目なら、アタシが代わってやるよ」

「ど真ん中ばかりに投げる実希子ちゃんがピッチャーをやったら、一回でコールド負けになっちゃうよ」

「おいおい、コールドは三回からだよ。さすがのアタシでもソフトボールのルールくらいは覚えてるさ」

「それなら今度の中間テストは楽勝だね」

 瞬時に表情を失った実希子が「集中、集中」と言いながら三塁上へ戻っていく。どうやら大会後に訪れる中間テストの見通しは絶望的なようだ。

 主将の高山美由紀もマウンドへやってくる。彼女が投手を務めるとばかり思っていたが、打席へ集中するためにあえて他の部員に任せたいと今回の形になった。

「リラックスすれば、葉月の球なら簡単に打たれない。応援席にいる岩さんたちに、勝利を届けよう」

「はいっ!」

 投球練習が終わり、試合開始が宣言される。柚と尚の声援がベンチから聞こえる。心の中でありがとうとお礼を言ってから、頭の中を空っぽにして投げることだけに集中する。

「ふっ!」

 止めていた息を強く吐き、溜め込んだ力を爆発させるように腕を振る。下から振り上げられた腕から放たれたボールが、真っ直ぐに相手の膝元へ伸びていく。

 投げた感覚も、ボールへのコントロールも問題なく普段通りだ。狙ったコースに決まった一球で、ストライクカウントがボードに刻まれる。

 続いての二球目。引退した先輩から教えてもらったカーブで打者のタイミングを外す。前のめりになる形のスイングでは、バットをボールに当てるだけで精一杯だった。

「オーライ!」

 ゴロに突進した三塁手の実希子が、軽やかにさばいて一塁へ送る。ワンアウトが取れ、葉月も安堵する。どの試合も、最初のアウトを得るまでは緊張で心臓がドキドキしっぱなしなのである。

 地に足がついたような感じがして、余計に腕の動きがなめらかになる。葉月の勝負球は基本的にストレートだ。それを活かすためのカーブとチェンジアップである。

 好美が上手くリードしてくれるので、信頼して投げ込む。中学時代もそうやって勝ってきた。高校時代も同様にできれば、一勝はできると信じていた。


「ナイスピッチング」

 初回を三者凡退に抑えた葉月の背中を、ベンチに戻る高山美由紀がグラブで軽く叩いた。顔には満面の笑みが浮かんでいる。

「滅多打ちされるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたぜ」

 次は実希子だ。

「実希子ちゃんじゃないんだから、ちゃんと学習するよ」

「試合で高揚してるせいか、今日は言うじゃねえか。なんだか好美に似てるぞ。旦那は女房に似るってことかね」

 捕手がよく女房役と言われるのもあって、そこに引っ掛けたからかいをしてくる。

 本当に葉月が切羽詰まってる時はこうした言動を一切しない人間なので、一回の表を無失点で終えられて実希子自身も気分を昂らせているのだろう。

「よし、今度はうちの攻撃だ。幸先よく点を取るぞ」

 一番と二番に二年生の打者が並び、三番に高山美由紀。四番は言わずと知れた実希子で、五番にはやはり二年生。スターティングメンバーで一年生は葉月たちだけであり、打順は好美が八番、葉月が九番になっている。

 一番打者が四球を選び、二番が四球で送る。美由紀が左打席から流して左翼前ヒットを放って、ワンアウト一塁三塁と絶好のチャンスを作った。ここで登場するのが主砲の実希子である。

「ゴリラーっ!」

 案の定、観客席から聞き覚えのある声援が飛ぶ。声の主は菜月だ。本人は声援だと言い張っているが、実希子は野次だと返している。

 ソフトボールの大会は今日を含めて土日に開催されるため、菜月も応援に来られたのである。秋で午前中からの開始とはいえ、熱中症を危惧して菜月の頭の上には麦わら帽子が乗っている。前日からかぶっていくのだと、母親に買ってもらったその帽子を大事そうに準備していたのを思い出す。

 葉月がベンチ内でクスっとしてる間に、大歓声が県のグラウンドを包んでいた。「え? どうなったの」

「ホームランよ。相手バッテリーが警戒して、アウトコースへ外した直球を強引にレフトスタンドへ運んだわ。実希子ちゃんに限っては、仮柵は必要なさそうね」

 葉月の前に立っていた好美が、振り返って肩を竦めた。呆れながらも、喜んでいるのがわかる。

 好美の隣に立った葉月は、ダイヤモンドを一周して戻って来た実希子をハイタッチで迎え入れる。

「これでまた、なっちーにゴリラって言われ続けるね」

「まったくだ。そのうち応援席全体で言いださないかが不安だよ」

 愚痴ではない。実希子は楽しそうに笑っている。

「いいじゃない。ホームランを打てるならゴリラでも」

 好美がフォローしたのだが、そのあとにベンチで応援係となっている尚と柚が顔を見合わせて首を左右に振る。

「私はごめんだわ。晋ちゃんに振られちゃう」

「私だって人間がいいわ。飼育員さんとの叶わぬ恋なんて悲しすぎるもの。餌を貰えると喜ぶのは実希子ちゃんくらいよ」

「お前らなあ……ホームランを打ったチームメイトを少しは労え!」

 ヘッドロックをされた柚が、キャアキャアとはしゃぐ。南高校のベンチは、良くも悪くもこんな感じだった。

 ひとしきり笑えば体の硬さも解消する。この試合、いけるというムードが高まりつつあった。


 エースナンバーを任されても、実希子みたいな絶対的な能力があるわけではない。二回に一点、四回に一点を失い、葉月はこの五回もワンアウト満塁の窮地を迎えていた。

 すでに結構な球数を放っており、疲労から肩で息をしている。だがベンチの判断は続投。期待と信頼に応えるべく、葉月は懸命に右手を振る。

 応援席では家族が声を枯らして声援を送ってくれている。一回でも勝ちたかったと最後の試合で泣いた岩田真奈美もいる。絶対に諦めたりはできない。

 強い気持ちを込めて投げ込んだボールが相手打者によって弾き返される。舞い上がった打球は仮柵を越えなくとも、犠牲フライには十分だった。

 これで同点。葉月の中に焦りが生まれる。投げ急ぎそうになるのを、三塁から実希子が声で制した。

「葉月、落ち着け! まだ同点だ。アタシがいる限り、必ず逆転してやる!」

「うんっ! 頑張る!」

 マウンド上で深呼吸をしてから、改めて次打者と対峙する。一点は失ったが、先ほどの犠牲フライでツーアウトになった。ヒットを打たれなければ、まだ後攻の自分達が有利なのである。

「負けないんだから!」

 渾身の一球が好美のミットに収まる。球審が右手を上げ、ストライクと打者の三振をコールする。なんとか同点までで切り抜けた葉月は、マウンド上で大きく息を吐いた。


 六回からは二年生の投手が葉月に代わってマウンドに上がった。期待に応えて六回の相手の攻撃を無得点で終えさせた。

 六回裏は三番の高山美由紀から攻撃が始まる。南高校は初回以外に得点できておらず、ヒットもろくに放てていなかった。

 頼みの実希子にランナーを置いて回すためにも、打席で美由紀は執拗に粘る。走者が塁上にいなければ、前回の打席みたいに実希子は勝負を避けられる可能性が高い。一打席で勝負を決められる打者は味方にとって頼りになるが、逆の立場では脅威以外の何物でもないのである。

 投じられた変化球に体勢を崩しながらも、なんとかバットに当てた美由紀は全力で一塁に走る。駆け抜けた際にこけるほどの気合が、内野安打を掴み取る。

 ベンチからの声援に軽く右手を上げる美由紀だが、普段よりずっと表情が硬い。

「まさか高山の奴、今の走塁でどこか痛めたか?」

 監督の良太がジェスチャーで交代するか問うも、美由紀本人が首を振って拒絶した。

「とりあえず歩けてはいるみたいだから、様子を見るか。ふむ。室戸、準備しておいてくれ。高山が怪我なら、セカンドをショートに回して、お前にセカンドへ入ってもらう」

「は、はいっ!」

 緊張した柚が返事をする中、グラウンド上では四番の実希子の打球が左中間を真っ二つに破っていた。

 全力で美由紀が走るも、その顔は苦痛に歪んでいる。

「美由紀先輩っ!」

 ベンチで上げた葉月の声に呼応すりょうに、美由紀が足からホームベースに滑り込む。タイミングは間一髪だったが、なんとかセーフになった。

 喜びに沸くベンチだったが、よろよろと立ち上がって足を引きずる美由紀の姿に誰もが言葉を失う。

「高山!」

「大丈夫です。だから、この試合だけは出させてください。終わればちゃんと、様子を見るなり病院に行くなりしますから! お願いします!」

「……本当に大丈夫なのか?」

「はい。監督が無理だと思ったら代えてください」

「わかった」


 一点を勝ち越した南高校が守備につく。ショートは美由紀のままだ。

 葉月からマウンドを受け継いでいる二年生投手が懸命に投げるも、諦めない気持ちがあるのは敵も同じ。ツーアウトながら二塁三塁の一打サヨナラの状況を作られてしまった。

「あとアウト一つ。全員で守り抜いて勝つわよ!」

 美由紀の檄に頷き、投手が次の投球動作に入る。葉月のみならず、ベンチにいる全員が祈る。

 手から離れたボールは規則正しい回転を描き、キャッチャーミットを目指す。けれど目的地へ到着する前に、金属のバットに押し返された。

 甲高い音が木霊し、歓声が響く。

 顔を上げた葉月の視線の先、土煙を上げて横向きに倒れる美由紀の姿があった。

「うああっ!」

 立ち上がった美由紀が一塁へ投じるために踏ん張った瞬間、かつてないほど顔をしかめて悲鳴を上げた。

 それでも唇を噛み、血を滲ませながらグラブから取り出したボールを一塁へ放る。

 敵打者の放った痛烈な打球を美由紀が横っ飛びで好捕し、ファインプレーでアウトにするまでの一連の流れは、まるで一つの物語を見るように美しく鮮やかだった。

 一塁手のミットにボールが入り、審判の右手が上がる。球審がゲームセットを声高に告げ、葉月たちは一斉に笑みを浮かべた。

 数年ぶりに市立南高校ソフトボール部が、公式戦で一回戦を勝ち上がった瞬間だった。

「美由紀ーっ! よくやったぞー!」

 観客席から女性にしては野太い声が飛ぶ。岩田真奈美が両目から涙を流して拍手していた。

 実希子に肩を貸されて整列を終えた美由紀が、目を細めて安堵する。

「岩さんが卒業する前に、一勝をプレゼントできて良かった。だけど、よく泣く先輩ね」

 美由紀の言葉に、部員全員が笑う。

 どうして自分を見て部員たちが笑っているのかわからなくとも、真奈美は歓喜の涙を流して誰より南高校の勝利に興奮していた。


 続く二回戦。市立南高校は敗退する。

 膝を痛めた美由紀の具合は想像よりも悪く、試合終了後保護者と一緒に病院へ向かった。

 主将で三番という核を失った葉月たちは善戦するも、最後まで彼女の穴を埋められなかったのである。

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