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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族4
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 楽しい日々はあっという間に通り過ぎる。部活の合宿に家族とのキャンプ、友人とのプールなど数々のイベントがあった夏休みも終わった。

 夏休み中も頻繁に顔を合わせていたのもあり、二学期が始まった学校で友人と会っても特別な印象は受けない。

 ついでにいうと葉月は柚たちと一緒に登校しているので、教室で会うのは尚だけになる。彼女は常々、自分もこっちが地元だったらなと嘆いているが、生まれる場所は自分で選べないので仕方がなかった。

 夏休み中も部活をしていたのもあり、同じクラスに所属する柚も尚も半袖から伸びる腕が健康的な小麦色になっていた。

 今日は球技大会であり、葉月たちはジャージ姿で登校していた。暑いので上は最初から半袖だった。下は普通にジャージだが、中には短パンもはいている。汗をかいてくれば脱ぐつもりだった。

 球技大会の種目は男女に別れて行われる。共通の種目としてバレーボールとバスケットボールがあり、あとは男子が野球で女子がソフトボールとなっている。

 所属する部活によっての制限はないため、葉月たちはソフトボールを選んでいた。

「そろそろ私たちの番だよ。グラウンドに行こう」

 柚に言われて、三人で教室を出る。他にソフトボールに参加するクラスメートも続く。普段は他の部活に参加しているが、運動神経のいい生徒もいるのでなかなかに強いと葉月は思っていた。

 球技大会が行われる前の体育の授業では事前練習も兼ねて、種目別のメンバーで集まって参加する競技を遊ぶ。その際のミニゲームで得た感想だった。

 男女は別でも学年は関係なしなので、一年生と三年生が対戦するケースも少なくない。現に葉月たちがそうだった。

 グラウンドに出ると、すでにソフトボールの試合が行われていた。一年C組と二年A組の対戦である。両クラスともにソフトボール部のメンバーがいる。

 すでに試合は終盤で、グラウンド横に用意された小型の黒板に書かれたスコアボードでは六対三になっている。リードしているのは一年C組。つまりは実希子と好美が所属するクラスである。

「さすが実希子ちゃんのいるC組。二年生相手に六点も取れないわよ、普通。しかも三回までの試合なのに」

 勝ち抜き戦とはいえ、全試合を規定通りに七回までやっていたらとても一日では終わらない。そのため三イニング制で行われる。同点の場合は代表者によるじゃんけんで勝敗を決する。

 準決勝の二試合は五イニングになり、決勝は七イニングである。すべての試合で十点差がついた場合はコールドゲームとなる。

 全員がソフトボール経験者ではないので、経験者が投手をやるとそうは点が入らない。どのクラスにも大抵はそれなりに速い球を投げられる生徒がいるのもあって、ロースコアで試合が進むケースがほとんどだと事前にソフトボール部の先輩から教えられていた。

 感想を口にしていた尚の目が、マウンドにいる実希子を捉える。今日はレギュラーの三塁ではなく、ピッチャーをしているみたいだった。

「おうらっ!」

 気合の声を発した実希子が、キャッチャーミットを構える好美に全力でボールを投げ込む。本職の好美が相手だけに手加減をする必要はない。

 イニングは三回の裏。ここを抑えればC組の勝ちとなる。勢いよく腕を振って投げる実希子のボールは、スピードだけなら葉月と同じくらいである。

「意外と実希子ちゃんの投げるボールも凄いのね」柚が言う。

「うん。中学でも三塁の他に投手もしていたくらいだしね。でも、致命的にコントロールが悪いんだよ。球技大会だと皆振ってくれるかもしれないけど、経験者が相手だと見られちゃうからね。ちなみに球速を落としても、やっぱりコントロールできないんだって。だからど真ん中かボールってパターンがほとんどなんだ」

「単細胞な実希子ちゃんらしいわね。そう言えば、打席でもほとんど引っ張りの打球ばかりだもんね。もしかしたら、狙って右に打つことができないのかも」

「聞こえたぞ、柚。後で覚えとけよ」

 それぞれのチームのために設置された簡易ベンチから、やや離れた位置に葉月たちは立っている。にもかかわらず小声の会話を聞き取れたのだから、とんでもない地獄耳である。

 最後の打者を打ち取って整列と挨拶を終えたあと、真っ直ぐに実希子がやってきた。

「誰が単細胞だ」

「実希子ちゃん」

 柚にさくっと返され、実希子が言葉に詰まる。もしかしなくとも、思い当たるふしがあるせいだろう。

「よ、好美」

 助けを求めるように、実希子は好美を見た。

「残念だけど、否定のしようがないわ」

 助力を断られたも同然の実希子は、最後の砦とばかりに今度は葉月へ顔を向けた。

「葉月なら、アタシの本当の良さを理解してくれてるよな!?」

「え、ええと……実希子ちゃんの良いところは、勉強じゃわからないと思うから大丈夫だよ」

「その言い方じゃ、アタシがアホ決定じゃねえか。皆、酷すぎるぞ!」

 笑い合ってから、本題とばかりに実希子が言う。

「次は葉月たちF組の番だったな。なんとか勝てよ。そうすりゃ、アタシたちとだからな」

「げ。ゴリラ相手に勝てるわけないじゃん」

「ほおお。言うようになったじゃねえか、いじめっ子」

「実希子ちゃんのおかげでね」

 尚と実希子が不気味な笑みを浮かべた顔を近づけ合っている間に、葉月たちの試合を行うアナウンスが学校全体に流れた。


 捕手は意外と捕球の上手な尚が務め、柚はショートに入る。幼少時に野球はソフトボールを少しでも経験している三人が外野守備につき、葉月がピッチャーとなる。鋭い内野ゴロはエラー前提で、なんとか後ろに逸らさないようにしてもらう。これで試合にはなるはずだった。

 相手は三年生でソフトボール部の先輩だった女性が二人いるも、すでに引退済みで練習もしていない。現役投手である葉月の速球を痛打するのは不可能に近かった。

 あまり本気を出しすぎると尚が指を痛めかねないので、全力で投げるのは元先輩の二人だけだ。それ以外の人にはコントロールを重視する。それでも十分に試合の組み立ては可能で、初回を無失点で切り抜けた。

 尚が一番で、柚が二番、そして葉月が三番。基本的には上位陣で点数を取る作戦だった。四番以降は部員以外で打力に期待できそうな面々が続き、下位打線は打てたら儲けものレベルである。

 控えの生徒もいるので、途中からは交代も必要となる。今回はあくまでも球技大会であり、部活の公式試合ではない。勝ちたいのはもちろんだが、何よりも先に皆で楽しむというのがくる。

 本来なら投手もクラスメートに任せようと思ったのだが、担任の桂子が殊の外真剣で、感化された生徒たちが勝利を求めたのである。そのため、本日のような布陣になった。

 元先輩の投じる直球を運動神経抜群の尚が打ち返し、続く柚がセーフティバントを成功させてノーアウト一塁二塁となる。三番を任された葉月が初球を左中間に弾き返し、幸先よく二点を先制。そしてそれが決勝点となった。

 体育の授業中に皆で守備練習をしたかいがあって完封勝利。葉月たちは二回戦へと駒を進めた。


「このアタシに倒されるため、よくここまで勝ち上がってきたな! 褒めてやるぜ」

「そう言われても、一回勝っただけだよ?」

「……勝負だ、葉月!」

 葉月たちの二回戦は、打席でバットを構えている実希子率いるC組が事前のトーナメント表通りに立ちはだかった。

 一番投手で実希子。好美はキャッチャーで四番である。葉月が投手であればランナーを溜めて実希子へ回すのが難しいため、あえてもっとも打席数が回る一番に置いたのである。誰がどう見ても、好美の作戦であるのは明らかだった。

「さすがは策士の好美ちゃんね。考えなしのゴリラとは頭の出来が違うわ」

 ホームベースの後ろで腰を下ろして捕球体勢をとっている尚の挑発に、実希子は早速こめかみをヒクつかせる。

「尚だって、発情猿じゃねえか。色事しか頭にないわりに、運動神経だけは凄いからな」

「何ですって! 葉月ちゃん、ここに投げて。ここよ、ここ!」

「……尚ちゃん、そこは実希子ちゃんの頭だよ」

 苦笑しつつも、葉月は少し感慨深いものを覚えていた。中学校から一緒にソフトボールをやってきているが、真剣に実希子や好美と対戦するのは初めてだった。

 遊びとはまったく違う雰囲気が、対峙する実希子から感じられる。肌がヒリつくような空気に、いやが上にも緊張は高まる。

 昂ろうとする心を落ち着くために、短いながらも勢いよく息を吐き出す。その後に大きく息を吸い込んで肺に溜める。

 球審を務めるソフトボール部顧問の良太がプレイボールを宣言する。

「いくよ、実希子ちゃん!」

「手加減すんじゃねえぞ」

 独特の構えから腕を振り、葉月が今投げられる最高の直球をインコース高めを目掛けて放る。コースを狙っても実希子は持ち前のパワーで強引に弾き返す。ならば勢いのあるボールを内角に投げ込んで詰まらせようと考えた。しかし――。

「――甘い!」

 初めてマウンド上から見た実希子の全力で真剣なスイングは、常識外の速度だった。反射的に右肘を折り畳み、お手本のような内角打ちが披露される。

 打球の行方を目で追う必要はなかった。大きなフォロースルーを、葉月は不覚にも綺麗だと思った。直後に背後でドンという落下音が響く。設置された簡易フェンスの向こう側に、打球が飛び込んだ音だった。

 C組のベンチから歓声が上がり、悠然と実希子がダイヤモンドを一周する。あまりにも完璧なホームランに、葉月はただただ感嘆するしかなかった。

「さすが実希子ちゃん。敵わないな。でも、試合には負けないよ!」

 ソロホームランなら失点は一で済む。実希子の前にランナーを溜めないのが大事だった。本塁打でなく安打であればなおよかったのだが、後悔して結果を引きずっていては滅多打ちを食らいかねない。中学時代の経験で、痛いほど理解していた。

 四番に入っていた好美に内野安打こそ打たれたものの、以降は抑える。代わって葉月たちの攻撃になる。相手投手は実希子だ。

「でえりゃ!」

 掛け声とともに投じられる一球は速度がある。しかしながら本職の葉月のに比べるとボールの回転数が劣る。だからこそ、尚もしっかりとバットに当てられた。

 ボテボテのゴロだが、相手の内野も守っているのは一般生徒。ソフトボール部員のような機敏な動きは不可能だった。足の速い尚は悠々と内野安打になり、続く柚も右に転がしてライト前ヒットを打つ。

「上手く打たれたな。ま、運が悪かったと諦めて、葉月を料理しようかね」

「そう簡単にはいかないよ。今度は葉月が打つ番なんだから!」

「やれるもんなら、やってみな!」

 葉月が絞った狙い球は内角低めの直球。苦手なコースであり、一般的にもフェアグラウンドに入れるのは難しい。だが最初からそこだけを狙っていれば話も変わる。まして向こうはそれ用の守備陣形を敷いているわけでもない。いかに好美の指示があろうとも、ソフトボールに慣れてない野手を動かすのは大変なのである。

 強引に右へ打った打球が一塁線を破る。尚と柚がホームインして、逆転に成功した。

「げっ。本当にやられちまったい。仕方ねえな。この分は次の打席で取り返してやる!」

 だが実希子の次打席を葉月はなんとか二塁打で抑えた。三回表を終えてスコアは二対一。裏の攻撃を待たずに葉月たちの勝利が確定した。

「まさか負けるとはな。でも、楽しかったぜ」

 試合が終了すると、実希子と好美に握手を求められた。応じた葉月は笑顔で「私も」と返す。

「実希子ちゃんのとの真剣勝負は面白かったよ。でも、公式戦だと遠慮したいかな」

「ハハ。アタシも葉月と別チームにはなりたくねえな。次の試合も頑張れよ」

「うんっ!」

 元気に返事をした葉月だったが、次の相手は高山美由紀のクラスで、あっさり負けてしまった。

 その美由紀のチームは決勝まで進み、岩田真奈美率いる三年生チームをも破って優勝を決めたのだった。

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