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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族4
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10

 それは春道にとって、よもやの展開だった。

「どうして春道さんは外出の準備をしていないの? 今日は葉月の体育祭よ」

 仕事の途中、トイレ休憩を経た直後にリビングで和葉に声をかけられた。ソファにはすっかりお出かけ用の服に着替えた菜月が座っている。

「前から話していたでしょう。まさか聞いていなかったの?」

 春道を見る和葉の目に怖さが宿る。大切な愛娘のイベントを忘れたと言った日には、どんな恐ろしい事態になるかわからない。

 脅されているわけではなく、春道自身も娘たちの行事にはなるべく参加したかった。そのため事あるごとにスケジュールを調整したりしていた。

 葉月の体育祭が今日なのは知っている。数日前から、ウキウキした様子で春道に話してくれていた。

「外出って、葉月の高校にだよな。無断で見学して怒られないのか?」

 本気で尋ねたのだが、三十歳を過ぎても愛らしい妻は怪訝そうな反応をした。

「どうして怒られるのよ。体育祭といえば、保護者の観覧は必須でしょ」

「……そうか?」

 春道の高校生時代にも体育祭はあったが、小学校や中学校ほどの盛り上がりはなかったように記憶している。同時に父兄の観覧もなかった。

 そのことを和葉へ告げると、カルチャーショックを受けたような顔に変わった。

「私の時はご近所の方々が揃って来てたわよ。……なるほど。春道さんは自分の生まれ故郷を都会だと自慢したいのね」

「いや、そういうわけじゃ……」

「でもね、田舎だからこそ悠然と育てられる。そんな一面もあるのよ。文明だけがすべてじゃないわ。いい、菜月。ああいう大人になったら駄目よ」

「……そうね。ママみたいにもならないようにするわ」

「うっ」

 五歳児にキツい指摘を食らい、瞬く間にしょぼんとする和葉。彼女の実家となる戸高家は名家だが、都会にあるとは言えない。その点を実は意外と気にしていたのかもしれない。

 もしくは仕事を理由に葉月の体育祭を欠席しようとさせないために、あえて罪悪感みたいなのを植え付けようとしたのか。どちらにしても、保護者も見に行っていいのであれば、春道に断るつもりはなかった。

「こっそり隠れて見に行くつもりなら賛成しないぞ?」

「そうであれば、菜月に着替えさせたりはしてないわ。きちんと学校から、プリントで保護者の観覧の案内が届いているもの」

 いつの間に手配していたのか、佐々木実希子の両親だけでなく、今井好美の母親も一緒に見るみたいだった。しかも個人で経営している美容院は臨時休業するという。

「迷惑な話よね。私は図書館で読みたい本があったのに」

「文句を言ってるわりには、ずいぶんと気合が入っているな」

 恰好自体はシンプルな袖の長いシャツにジーンズだが、隣にはスニーカーが置いてある。隣にあるバッグは口が開いており、中には透明なタッパーが入っている。中身はどうやら蜂蜜につけた輪切りのレモンのようだ。菜月がせっせと用意したのだろう。

 疲労回復に役立ちそうな食品だけではなく、いつ自分が参加しても構わないような準備を整えている。これで興味がなさそうなそぶりをされても、何かのフリにしか思えない。

「こ、これは、そう。見学する者としてのたしなみよ。周りに失礼があったら駄目でしょ」

 とても五歳児とは思えない言い訳の仕方である。たしなみの意味を理解してるとも思えないので、言葉遣いだけでなく単語も和葉が以前に使用したものを借りているのだろう。あとは本が好きみたいなので、そこから得た知識もあるかもしれない。

 休日のたびに足しげく図書館へ通い、好きな本を読む。それが菜月の生活スタイルみたいだった。平日は借りた本を読みつつ、知らない漢字や言葉を葉月や和葉に聞いて回っている。そのため漢字の読み書きはすでに五歳児のレベルを超越しているらしい。

 このままいったら将来は日本の言語学の第一人者になるかもしれない。いつだったか和葉が目を輝かせていた。完全に親の贔屓目でしかないが、わざわざ水を差す必要もないのでその時は黙っていた。教育に関してやりすぎだなと思えれば、もちろん夫としてしっかり止めるつもりだった。

「学校の許可があって、他の親御さんも見に行く予定なら反対する理由はないな。せっかくの晴れた日曜日でもあるし、素直じゃない菜月を連れて葉月の応援に行くか」

 からかわれて、うーと唸るように赤面する菜月の近くを通り、春道は和葉との寝室に入る。着替えの大半はこの部屋にある。二人用の大きなベッドは頭が壁際となるように設置している。左右にはサイドテーブルがあり、窓際を和葉が使う。クローゼットの三分の二は和葉の服で、残り三分の一が春道のだ。下着類はクローゼットの下のスペースに置いてあるカラーボックスに収納されている。

 他に目立つものといえば和葉の化粧台くらいであり、テレビは置いていない。名称通りの寝るための部屋となっている。見たい番組などがある際は、リビングなどで視聴する。葉月や菜月も同様だ。自分の部屋でゆっくりテレビを見たいのではないかと春道は以前に聞いたが、長女は皆と一緒にいるのがいいと返し、二女は私がいないと皆が寂しがるからとツンデレ度満点な回答をくれた。時にはソファで二人して転がり、葉月のスマホで遊んだりもしている。

 着替えた春道がリビングに戻ってくると、いつでも出発できる状態になっていた。保護者参加の競技に出る予定はなかったが、いつ不測の事態になってもいいように、春道と和葉ともに汚れてもいい薄地のシャツにストレッチジーンズという菜月に似た服装だった。和葉の場合はさらにシャツの上に薄手のカーディガンを羽織っている。

「車で出かけても大丈夫なのか?」

「近所のスーパー駐車場の一部を利用できるそうよ。ただ台数は減らした方がいいだろうと、二組で行くのがさっき決まったわ」

 春道が着替えている間に、他の保護者と和葉が電話連絡をとっていたという。

「私たちが好美ちゃんのお母さんを乗せていくの。で、柚ちゃんのご両親が車を出してくれて、そちらに実希子ちゃんの両親が乗っていくそうよ」

「柚ちゃんの両親? 確か不動産屋をしているはずだよな。まさか、そっちも臨時休業なのか?」

「当たり前でしょ」和葉がさらっと言う。「我が子の行事は何より大事なのよ」

 日本も仕事より家族を優先する時代が到来したと喜ぶべきなのだろうか。とにもかくにも、今日は皆で子供たちの体育祭を観覧することになった。


 高校近くのスーパーで合流し、一通りの挨拶を済ませたあと、徒歩で体育祭の会場であるグラウンドへ向かう。荷物持ちは男親の役目だ。

 春道も両手に荷物を持ち、柚の父親と並んで歩く。するといつかみたいに、ありがとうございますと頭を下げられた。

「もしかして、この間のことですか? あれなら室戸さんが解決したようなものでしょう」

「いや。柚から聞きました。高木さんは最後まで葉月ちゃんのことを思い、自身の損得を考えずに味方になってあげていたと。娘に私を責める気がないとわかっていても、胸が痛みましたよ。元気がないのは知っていましたが、いちいち親が解決していては社会に出た時に何もできない子になる。そう判断していたのですが、結果としてあの子の心に大きな傷を残してしまいました」

 柚の父親の考え方は決して間違ってはいないと春道は思った。というより、子育てはもちろん自分の人生においても正解や間違いといった概念はないのかもしれない。

 だが今回のケースでは、親が介入しなかったがゆえに虐めがエスカレートした。表面的にはもっと早く対処していればとなるだろうが、実際のところそれで事態が好転していたかは不明である。逆に密告したと虐めの首謀者に激昂され、より悪化の一途を辿ったかもしれないのだ。

「過去に戻れない以上、今をよりよくするために努力していくしかありませんよ」

「まったくその通りですな。高木さんには世話になってばかりです。以前、私どもが窮地に陥った時も、間接的に手助けをしていただいと伺いました」

 結果的にそうなった事態はあったが、完全な偶然であり相手方が春道に恩義を感じる必要はない。

「だというのに業績が回復したことで浮かれてしまったのでしょうな。前よりも上へ行きたい一心で、子供にまで親の方針を強制してしまった。どの学校に行きたいかというのは、あの子が選ぶべきことだったはずなのに。何度も懺悔したくなるほど後悔ばかりですが、だからこそせめてこれからはあの子に寄り添ってあげようと思いましてな。今後ともよろしくお願いします」

「私たちがあれこれ言うよりも、子供たちはよほど上手くやってますよ。見てください」

 敷いたブルーシートの上に座り、グラウンドを見ると、葉月や柚が見覚えのある女性と何事かを話していた。柚を虐め、葉月を悪者に仕立て上げようとした御手洗尚である。

 同じソフトボール部に入ったとは聞いていたが、想像よりもずっと雰囲気は良さそうである。

 柚の父親も同じ情報を得ていたのだろう。一瞬だけ目を細めたあと、我が子を見つめながら相好を崩した。

「本当に……高木さんの言う通りですね。子供たちは親が思うよりも、ずっと成長して強くなっているのですな」

「ええ。それでも解決できない時、苦しんでいる時に助けましょう。時と場合によって同じ目線だったり、上からだったり、下からだったり。それくらいはできる程度の経験は我々も積んできているはずですから。そしてそんな私たちの姿を見て、子供たちの経験の一つとしてもらえればいいですね」

「何か哲学的な話をしてますな。私にはとんと理解できん」

 そう言ったのは実希子の父親だった。

「私はとりあえず、あの子がすくすくと大きくなってくれれば満足ですよ。ちとデカくなりすぎた気もしますが。ウハッハッハ!」

「ちょっとアンタ、そんなことがあの子に聞かれたら、また怒られるよ」

 奥さんからの注意に、実希子の父親が「いけね」と舌を出す。

 場が和みだしたところで、その実希子の父親がグラウンドを指差した。

「おお。今から相撲をやるみたいですぞ。体育祭で相撲とは乙なものですな」

「……初めて見ますよ、私は」

 唖然とする春道も見守る前で、選手だった実希子が対戦相手の尚を勢いよく吹き飛ばした。

「やっぱりゴリラだ」

 応援する前に片付けたガッツポーズ姿の実希子の姿に、半笑いで菜月が感想を呟いた。

「母さん。やはり成長させ過ぎちまったようだぞ」

「あんたが食わせすぎるからでしょ」

 佐々木夫妻の漫才のようなやりとりを聞いてるうちにも、種目は進む。リレー競技となったところで、春道の体が揺さぶられる。

「春道さん。葉月の出番よ。さあ、声を枯らすまで応援するわよ!」

「待て待て! 葉月だって小学生じゃないんだから、そういう応援は恥ずかしがる――」

「――パパーっ!」

 必死に和葉の暴走を止めようとしている春道に、リレーの第一走者としてスタート位置に立っている葉月が大きく手を振っていた。

 周囲の視線が集まろうとも気にせず、家で見せる時と同じ笑顔を浮かべている。

「やれやれ。うちの子はなかなか成長してくれないらしいです。嬉しさもありますけどね」

「葉月はあれでいいのよ。頑張りなさいっ!」

 真剣勝負を繰り広げながらも楽しそうな生徒たちの姿に、保護者席もおおいに盛り上がる。

 学年の一位は実希子のクラスに持っていかれたが、それでもこのリレーで勝利して葉月たちのF組は学年二位となった。

 女子リレーのメンバー四人と、肩を抱き合ってトップを喜ぶ葉月の姿がなんだか眩しくて、春道は自然と笑みを作っていた。

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[気になる点] みきこの母親の性格が小学生時代から変わってる? 春道視点から清楚な奥さんとされていたが…
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