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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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 夏の大会が終われば、三年生の葉月たちは中学校での部活を引退となる。練習に費やしていた部活の時間を、友人や恋人と過ごすために使う。

 大半の三年生はそうなるのだが、葉月たちの場合は事情が少し違った。敗戦のショックが癒えてきたかと思ったら、すぐに受験勉強へ突入した。

 三人で同じ高校へ進学すると誓ったらしいが、案の定というべきか、佐々木実希子の成績が壊滅的に悪いみたいだった。進路相談で志望校を告げた際に、担任の若い男性教師が白目を剥きそうになったそうだ。

 どの程度の成績か教えてもらおうとしたが、その場にいた今井好美が駄目だと言った。命が惜しかったら、聞かない方が身のためだ。告げられた言葉に戦慄したのは、記憶に新しい。

 せめて夏休みが終わるまではゆっくりしようという三年生が多い中、高木家では勉強のための強化合宿が開催中だった。

 葉月の部屋で勉強していると、佐々木実希子が漫画などに興味を示してしまう。そこで今井好美は、厳しさ溢れる和葉の監視のもとで勉強会をしたいと希望した。

 受験勉強は愛娘のためにもなるので、妻の和葉は快く了承した。おかげで、佐々木実希子は迂闊に手を抜けなくなった。かわいそうな気がしなくもないが、彼女を勉強へ集中されるには、それしかないらしい。

 今井好美なら余裕で大丈夫。葉月もギリギリでなんとかなりそうだ。佐々木実希子は、奇跡を期待するしかない。三人の状況を妻から聞いた春道は、失礼ながらも愕然とした。

 無謀な挑戦となる佐々木実希子の手助けをするために、泊まり込みで連日猛勉強が続けられていた。指導役は今井好美だ。夏休みに入ってすぐ、彼女だけは自分自身の課題を終了させた。さすがの優等生ぶりに、親友のはずの葉月も口をあんぐりさせていた。

「ほら、また間違ってる。もう一回説明するわよ」

 熱血教師ばりの口調で、今井好美が佐々木実希子に勉強を教える。現在取り組んでいる科目は数学だ。食卓で勉強中の愛娘らを、リビングのソファで見守ってるのでよくわかる。

 妻の和葉は買物をするために、現在席を外している。たまたま春道が一階へ下りてきた際に、時間に余裕があればと短時間の監視役をお願いされたのだ。

 急ぎの仕事がなかったのもあり、二つ返事で引き受けた。リビングでコーヒーを飲みながら、葉月たちの奮闘ぶりを眺めるのもなかなかに楽しい。

 いきなり「あっ」と声を出した佐々木実希子が、突っ伏すように睨んでいた参考書から勢いよく顔を上げた。

「菜月ちゃんが帰ってきたみたいだぞ」

「それで?」

 どこまでも冷たい声で尋ねたのは今井好美だ。

「い、いや、ほら。お世話になってるお礼に、少しくらい遊んであげようかなって……」

「必要ないわね。お世話になってることに対する最高のお礼は、私たちが揃って志望校に合格することよ。いい加減に理解しなさい」

 表情こそにこやかだが、怒れる和葉に負けないくらいの威圧感がある。将来の今井好美は、春道の愛妻と似た感じの女性へ成長しているのかもしれない。

 合鍵を持たせてないので、帰宅した菜月がインターホンを鳴らす。妻の和葉が不在の今、出迎えてドアを開けるのは春道の役目だ。

 幼稚園もすでに夏休みへ突入している。菜月がどこへ出かけていたのかといえば、和葉の実家である戸高家だ。

「送ってもらって、すいません」

 菜月と一緒にいたのは、車でここまで送ってくれた戸高泰宏だった。

「気にしないでいいよ。こっちも宏和と遊んでもらえて大助かりだったからね。葉月ちゃんは勉強かな」

「はい。今も友達と、参考書を相手に格闘してますよ」

「ハハハ。それなら、邪魔をするわけにはいかないね。俺はこれで帰るから、和葉にもよろしく言っておいて」

「わかりました」

 最後に菜月へバイバイと手を振ったあとで、家の前に停めていた車に戸高泰宏が乗り込む。スーツ姿だったので、もしかしたら帰りに会社へ寄っていくのかもしれない。

 伯父さんとなる戸高泰宏へバイバイと返し、笑顔で菜月が見送る。その隣で春道は、帰ってきたばかりの愛娘へ尋ねる。

「……宏和君をいじめなかっただろうな」

「いじめてないよ。勝手に向こうが泣きだすだけ。無視されるとわかってて、泣くまで悪戯してくるのよ」

 ふうとため息をつく姿は、とても五歳になったばかりの女児とは思えない。戸高泰宏の息子の方が年上なのだが、逆のように感じる。

 以前に妻の和葉へ聞いたところ、いじめてるというわけではないと教えてもらった。どちらかといえば、戸高宏和の方から積極的にちょっかいを出してくるらしい。

 菜月はどうするのかといえば、以前に春道と一緒に戸高家へお邪魔した際みたいに徹底して無視をする。いわゆる放置プレイだ。

 構ってもらえない戸高宏和はムキになって様々な悪戯を仕掛けるが、ことごとく無反応。最終的に、何で相手をしてくれないのかと泣いてしまうらしかった。

 どうしてそんな真似をするのか以前に聞いたら、愛娘は春道と二人だけになった時にこっそり理由を説明してくれた。

 面白いから。単純明快なひと言に、ガックリと肩の力が抜けたのを今もはっきり覚えている。

 なんとかして菜月に大きなリアクションをさせたい戸高宏和は、暇さえあれば新たな悪戯を開発するのに夢中らしかった。成果を試すため、定期的に会いたがる。今回も戸高家からの要請で、昨日から菜月が一泊しにいったのだった。

 帰ってきたばかりの愛娘の口ぶりからして、今回も戸高宏和の全敗で終わったのだろう。葉月が味わったような辛辣ないじめに発展しない限りは、春道も二人のやりとりに口を挟むつもりはなかった。

「実希子ちゃんたちは、まだいるの?」

「ああ。勉強中だから、邪魔をするんじゃないぞ。と言っても、お前の姿を見つけるなり、実希子ちゃんの方から寄ってこようとするだろうけどな」

「それで、好美ちゃんに怒られるのよね。しゅんとする実希子ちゃんの顔が見られそうで、今からウキウキするわ」

「お前……俺の前では本性を隠さなくなってきたな」

「だって、パパにはもうバレてるもん」

 いい子だと周囲から褒められてばかりの菜月が、かなりのサディスチックな性格の持ち主だというのは和葉たちも知らない。

 どういう理由かはわからないが、春道だけがなんとなく見破ってしまった。

「葉月の応援をしてた時は、あんなに可愛かったのにな。お姉ちゃん、かわいそうって本気で泣いてたろ」

「あ、あれは演技だもん。本当は、お姉ちゃんが泣いてるのを見て、ウキウキしてたのよ」

 顔を真っ赤にして反論するあたり、心の奥底には優しさがあるのもわかる。マセた性格をしてるだけに、サディチックな女性ぶってるだけなのかもしれない。

 それにしては、戸高宏和に見せる目つきは邪悪そのものだが。

「早く家に入ろうよ。暑くて溶けちゃうよ」

 本格的な夏に突入したのもあって、外はもの凄く暑い。冷房がかかっている室内とは大きな違いだ。

 現在の高木家では、一階のリビングと二階の春道の仕事部屋に冷房が設置されている。普段は窓を開けて過ごすが、どうしようもなくなった時は稼働させる。

 冷房がついている日は、玄関に入るだけでわかる。靴を脱ぎながら、菜月が満面の笑みを浮かべた。

「実希子ちゃんたちがいるおかげね」

 真っ直ぐにリビングを目指そうとするのではなく、まずは洗面所で石鹸をつけて手を洗う。昔から和葉が厳しく躾けてきただけあって、当たり前の行動になっていた。

 きちんとうがいもしてから、葉月たちがいるリビングへ入る。春道と一緒の菜月を見て、待ってましたとばかりに喜んだのは佐々木実希子だ。

「どうだ、好美。少し休憩といかないか。健康な乙女が、毎日勉強ばかりじゃ駄目になるぞ!」

 提案された今井好美は、この上なく冷たい視線を佐々木実希子に浴びせる。

「腕力はゴリラ並みでも、知識は下みたいね。誰のために、葉月ちゃんのお宅に迷惑をかけてまで勉強合宿をさせてもらってるのかしら」

 皆の世話になりっぱなしの佐々木実希子が、正論を跳ね返せるはずもない。しゅんとして肩を落とす。

 春道の隣にいる菜月が目を輝かせる。玄関で言っていたとおりのシチュエーションに、胸がトキめいているのかもしれない。

 通常ならここで諦めるが、よほど疲れているのか佐々木実希子は執拗に食い下がる。次なる標的は春道だ。

「お世話になってるお礼に、菜月ちゃんの面倒を見ますよ。奥さんと二人で、デートしてきたらどうかな」

 魅力的な提案だが、受け入れたりしたらあとで愛妻に何を言われるかわからない。すぐに春道は、首を左右に動かした。

「遠慮しておくよ。菜月の面倒は俺が見てるから、実希子ちゃんは勉強してくれ。あまりサボリたがると、そのうちに好美ちゃんと和葉の二人から、一斉に説教されかねないぞ」

 想像してしまったのか、佐々木実希子が上半身をブルリと震わせた。そうなったら敵わないとばなかりに、両手で自分の身体を抱くような仕草もする。

「おとなしく勉強するか……」諦めたように、佐々木実希子が言った。

「最初から、そうしてもらえると助かるわ。私たちは、あくまで実希子ちゃんのために勉強合宿をしているの。葉月ちゃんとだけなら、放課後に図書館で勉強するくらいで間に合うのよ」

 少し強めの口調で好美が言うと、降参とばかりに佐々木実希子は両手を上げた。

「アタシだって頑張りたいさ。でも……活字を見ると、やる気を根こそぎ奪われちゃうんだよ」

「泣き言を口にする暇があるなら、葉月ちゃんを見習いなさい。今も頑張って、参考書片手に問題集を――」

 今井好美の台詞が途中で止まる。スッと目を細め、無言で葉月の参考書を持ち上げる。

 下から現れたのは、ソフトボールの雑誌だった。どうやら皆の目を盗んで、こっそり読んでいたらしい。

 秘密を暴かれた葉月は、アハハとバツが悪そうに笑った。

 にこやかな笑顔を見せた今井好美が、問答無用で雑誌を没収する。

「やれやれ。葉月まで、そんな調子でどうするんだ。頼んで、好美ちゃんに勉強を教えてもらってるんだろ。失礼に思わないのか?」

「ご、ごめんなさい……」

 しゅんとした葉月が、今井好美にも丁寧に頭を下げる。

「まだ半年あるじゃなくて、もう半年しかないと思ってね。私は、葉月ちゃんや実希子ちゃんと同じ高校に行きたいの」

「うん。頑張るっ!」

 葉月が拳を握りしめると、佐々木実希子も同様に「よしっ」と気合を入れた。

 夏休みの勉強合宿で絆も深まり、それぞれの学力も向上した。

 問題が発生したのは、夏休み後の二学期すぐに行われたテストの答案用紙が返ってきた時だった。

 なんと一教科だけとはいえ、あの佐々木実希子が今井好美の点数を上回ったのだ。

 調子の乗り方は凄まじかったらしく、夕食の席で興奮気味に葉月が教えてくれた。

 ちなみに葉月の成績も上昇した。これなら、志望している進学校にも合格できそうだと担任に言われたそうだ。

「それにしても、一部の教科だけとはいえ、実希子ちゃんが好美ちゃんより良い点を取るとは思わなかったわ」

 さすがの和葉も驚きを隠せない。

「ただのゴリラじゃなかったんだね」言ったのは菜月だ。

「ゴリラを侮ったら駄目よ。人間並みに賢いという説だってあるんだから」

 和葉の言葉を一緒に聞いていた葉月が、何度も頷いた。

「すぐに各教科の小テストがあるんだけど、実希子ちゃんが好美ちゃんに勝負を挑んだの。どうなるんだろうね」

 葉月に話しかけられた春道は、さして悩みもせずに答える。

「好美ちゃんの圧勝で終わるだろ」

 その言葉のとおり、屈辱を晴らすために猛勉強した今井好美は小テストで全教科満点を取ったらしかった。

 惨敗した佐々木実希子は、本気になった今井好美に戦慄し、その場で調子に乗ったのを謝罪したそうだ。

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