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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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 中学生になった長女の、修学旅行という一大イベントも終わった。両手で抱えきれないくらいのお土産を買ってきた愛娘を見て、母親の和葉が宅急便でお店から送ればよかったじゃないと呆れたのが一番強く記憶に残っている。

 しっかりしてるようで、意外に抜けているところもある。修学旅行のお土産騒動もご愛嬌といったところだった。

 旅行中に今井好美らと地元の進学校へ行く約束をしたらしく、これまで以上に勉強も頑張るようになった。

 文武両道で頑張る葉月はつい先日、ソフトボール部の春の大会へ主将として望んだ。優勝できなかったものの、準決勝まで進んだおかげで夏の大会でのシード権を獲得した。ソフトボール部があまり強くない葉月たちの中学校では、久しぶりの快挙らしかった。

 好成績を収めた春の大会で手応えを得た葉月たちは、中学校生活で最後の夏の大会へ挑む。今日が、その日だった。

 夏の大会でも優勝できる可能性があると、最初の試合から応援席はかなりの盛り上がりを見せる。

 部員の保護者や学校の関係者が見守る中、ユニフォーム姿の葉月たちが登場する。

「春道さん、私たちにとっても一世一代の勝負よ。なんとしても、綺麗な映像を葉月のために残しましょう!」

 気合をみなぎらせているが、撮影をするのは相変わらず春道の役目だ。事前に腕を掴んで振り回すのはやめてほしいとお願いしているが、興奮した愛妻は確実にやるだろう。

 冷静になれば自分に原因があると理解してくれるので喧嘩にはならないが、肝心な場面がブレて撮影される。今回こそはと、いつも我慢する姿勢だけは見せてくれるが、結局は上手くいかずに終了する。

 昔からそうだった。普段は冷静でも、愛娘のことになると我を忘れる。今ではそうした面も魅力のひとつだと理解できているが、慣れるまではそれなりに時間がかかった。

 和葉のすぐ前では、日曜日で幼稚園が休みの菜月もいる。この間、五歳の誕生日を迎えたばかりだ。

「お姉ちゃん、頑張れーっ!」

 大好きな妹の声援を受けて、主戦投手の葉月がマウンドへ登る。表情には、母親の和葉にも負けないほどの気合をみなぎらせている。

 キャッチャーで親友の今井好美から、ボールを受け取る。三塁手の佐々木実希子も、激励の言葉をかける。

 シード校の葉月たちは二回戦からの登場。相手は、十年以上ぶりに一回戦を勝ち抜いた中学校だった。応援席にいる関係者の間には、楽勝だろうという雰囲気もある。

 応援席はともかく、部員の間で緩んだ空気があれば、しっかり者の今井好美が注意するはずだ。そういう面でも、葉月は仲間に恵まれた。

 指定の時間になり、試合が開始される。葉月の投じた一球目が、今井好美のキャッチャーミットに収まる。

「調子がいいみたいね」

 安心したように言った和葉の側で、一緒に応援中の菜月が首を傾げた。

「お姉ちゃん、なんか怖い」

 言われてみれば、いつになく厳しい顔つきをしている。普段は大会中であっても、楽しそうにソフトボールをするのにだ。

 昨年の新人戦で自滅した際に泣きそうな顔をしたものの、今日ほど鬼気迫る感じはなかった。

「少し……力が入りすぎかもしれないな。葉月、リラックスしろ!」

 大きな声を出してみたが、マウンド上の愛娘には届かなかった。

 力みすぎなくらいで投じた二球目が、あっさりと相手校の打者に弾き返される。

 佐々木実希子が横っ飛びをしたが及ばず、三遊間を割られる。ノーアウトでランナーを背負ってしまった。

「葉月ちゃん、焦らないで! ひとりずつ、しっかり対応していきましょう!」

 親友なだけあって、捕手の今井好美も葉月の異変を察知したみたいだった。しきりに肩を回す仕草を見せ、力を抜けと指示を送る。

 何度も頷いてはいるが、焦燥感を募らせる葉月がきちんと理解してるかは怪しい。

 佐々木実希子がマウンドへ駆け寄る。アドバイスをしたらしく、直後に葉月はふうと大きく息を吐いた。

 徐々に普段通りの姿へ戻ってくれればと思ったが、久しぶりの初戦突破で勢いに乗る相手校が時間を与えてくれなかった。

 葉月の投じるボールを、立て続けに野手のいないところへ飛ばす。

 春に大活躍した投手とは思えない有様で、瞬く間に三点を奪われる。

「焦るな、葉月! 三点なら取り返せる。冷静になれって!」

 マウンドの後方で飛び跳ねたりして、気持ちを整えようとするが、いざ投球を開始すれば必要以上の力が入る。

 球速は十分に出ているが、力んでいる分だけ威力が劣る。金属バットの音がグラウンドに響くたび、点数が開いていく。

「もう……見ていられない。どうして、こんなことに……」

 愛娘の葉月よりも先に、観客席の和葉が涙目になる。

「シード校になったのが、逆によくなかったかもしれないな」呟くように、春道は言った。

「どういう意味?」

「プレッシャーだよ。シード校となったからには、周囲の期待に応えたい。責任感が強いだけに、楽しむよりも、そちらに意識を引っ張られるんだろうな」

「勝ちたい気持ちが強すぎて、空回りしてるのね」

「ああ。好美ちゃんたちもわかっていて、さっきから落ち着かせようとしてくれているが……厳しいかもしれないな」

 滅多打ちされた結果、葉月は初回から八点も失ってしまった。ようやくスリーアウトを取ってベンチに戻ると、がっくりと肩を落として項垂れた。

 誰も声をかけられないほど気落ちする主将兼エースを、親友で相棒の今井好美が肩を抱くようにして無言で慰める。

 一方でもうひとりの親友は、このまま負けてなるものかと部員たちに檄を飛ばす。

「春は葉月の頑張りで勝てたんだ! 夏はアタシらの力で勝とう! 全員で力を合わせれば、八点差だってなんとかなるさ!」

 葉月たちの中学校が逆転するためには、抜群の打力を誇る四番の佐々木実希子に、ひとりでも多くのランナーがいる状態で打席に立たせるしかない。

 一番の打者が打席に入る。失点した葉月を励ますためにも、なんとかしようと必死なのがわかる。観戦中の春道は、改めて娘が良い仲間に巡り会えたのを感謝した。

 佐々木実希子は四番で、葉月は六番。打撃に自信がないのか、今井好美は九番だった。仲良し三人組だけでなく、他の三年生にとっても負ければ最後の試合になる。悔いを残したくないと歯を食いしばり、相手投手のボールを打ち返す。

 安打と四球でノーアウト満塁になる。これ以上ない展開で、頼みの佐々木実希子に打順が回った。

 葉月と同じように、姉の友人をちゃん付けで呼ぶ菜月も観客席から声を張り上げる。

「実希子ちゃん、頑張れーっ!」

 一瞬だけ、佐々木実希子がこちらを向いて微笑んだ。菜月の声援に応じるだけの冷静さと余裕が、彼女にはあるみたいだった。

「葉月、いつまでもめそめそするなよ。まずはアタシが、少しでも多くの点を取り返してやる!」

 打席へ入る前に宣言してから、佐々木実希子は両手で持った金属バットを構える。

 緊張気味の相手投手が、初球を投げる。なんとか抑えたいと力んだのか、真ん中付近にボールが来る。

 強打者の佐々木実希子が黙って見逃すはずもなく、バットをおもいきり一閃する。

 耳に残る心地よい音が、グラウンド中に木霊した。春道の周囲にいる生徒の保護者が、一斉に歓声を上げた。

 後押しされるように勢いを増した打球が、フェンスを越える。佐々木実希子のホームランで、四点を返した瞬間だった。

「実希子ちゃん、凄い……。よく好美ちゃんがゴリラとか言ってるけど、本当だったんだね」

 何て答えたらいいかわからないので、とりあえず春道は感想を述べた菜月の頭を撫でた。

 無言の春道の代わりに、妻の和葉が愛娘の発言に応じる。

「ゴリラかどうかは抜きにしても、凄い力よね。男子も顔負けじゃないかしら」

「そこまではいかないだろうが、中学生の女子としては、飛び抜けた力の持ち主なのは間違いないな」

 春道も感心した。何度も葉月の応援に来てるので、凄いのは以前からわかっていたが、想像以上だった。

 佐々木実希子がホームベースを踏んでベンチに戻ると、仲間たちが揃って頼りになる主砲を出迎える。

 ハイタッチを交わす葉月の表情にも、ほんの少しだけ元気が復活した。これで点差は四点。十分になんとかなりそうだった。

 佐々木実希子のあとは三人で攻撃が終わったものの、四点を得られたのは大きかった。観客席も含めて、いけるぞという雰囲気になる。

「さあ、葉月ちゃん。せっかくの大会なんだから、楽しみながら頑張りましょう」

 今井好美の声に、大きく「うん」と葉月が頷く。

 二回のマウンドに登った葉月に、初回の尋常じゃない気負いは見られなくなった。投げるボールの勢いも増し、簡単にジャストミートされなくなる。

 春の大会を勝ち上がった当時のようなピッチングに戻る。春道や和葉だけでなく、他の保護者からも歓声が上がる。

「よかったですね、葉月ちゃんのお母さん」

 仲良くなった三年生部員の保護者に言われ、和葉も安堵の表情を見せる。先ほどまでは、娘以上に顔を青ざめさせていた。そのうち倒れるのではないかと、周囲の人間がヒヤヒヤする様子が隣にいる春道にも伝わってきたほどだった。

 葉月たち部員の仲が良好なだけに、保護者同士も親しい関係を築けた。誰かがミスをしたりしても、該当の生徒を責める関係者は誰もいない。

 愛娘だけではなく、春道や和葉も人間関係に恵まれた。全員が一丸となった応援を続ける先には、落ち着きを取り戻したエースが立っている。葉月だ。

 初回とは違い、簡単にアウトを積み重ねる。ゼロが続く相手校に対して、葉月たちのチームは三回にも、二打席連続となる佐々木実希子のツーランホームランで得点した。

 八対六となり、試合の緊迫感も上昇する。手に汗握る展開の中、葉月は五回までをなんとか八失点のまま凌いだ。

 その裏の攻撃。またしても甲高い音がグラウンドに響く。打席に立っているのは、一年生時から試合に出してもらっていた佐々木実希子だ。

 打席内で仁王立ちして、打球を見つめる姿は凛々しいを通り越して精悍なほどだ。女性への褒め言葉としてはどうかと思うので、本人には決して言うつもりはないが。

 ビデオカメラ越しに佐々木実希子を見つめる春道の少し前で、菜月が小声で呟く。

「……やっぱり、ゴリラだ」

 今回は佐々木実希子の両親も応援に来てるので、やんややんやの大騒ぎだ。和葉も相手の母親と手を取り合って喜んでいる。

「あと一点だ! なんとしても逆転するぞ!」

 ベンチに戻ってきた佐々木実希子が大きな声を上げると、チームメイト全員が頷いた。その中には当然、愛娘の葉月も含まれる。

 しかし、反撃もここまでだった。初回だけの失点で耐えたとはいえ、さすがに八点は重すぎた。

 葉月たちの中学校は、ネクストバッターズサークルに頼りの佐々木実希子を残した状態で、ゲームセットになった。

 敗戦した葉月が、整列できないほど泣き崩れる。今井好美や佐々木実希子に両肩を支えられ、なんとか試合後の挨拶を終えた。

「葉月……頑張りましたよね」

「ああ。もの凄くな。勝てなかったのは残念だが、負けて得られるものだってあるさ」

 春道が涙声の妻と会話していると、応援してくれた関係者へ挨拶するために葉月たちがやってきた。

 フェンス越しに見る娘はいまだに号泣しながら、チームメイトに何度も謝っている。チームの足を引っ張ったのを気にしてるのだ。

「ごめん、ごめんね……私のせいで、ごめんね……」

「謝ることなんかないよ」

 泣き続ける葉月に声をかけたのは、今井好美や佐々木実希子ではなく、同じ三年生のチームメイトたちだった。

「葉月ちゃんのおかげで、三年間楽しかった。葉月ちゃんがいなかったら、私、途中で部活を辞めてたかもしれないもん」

「私も。春の大会で勝ったのもそうだけど、楽しい思い出ばかりだよ。練習以外は!」

 部員たちの声を聞いて、先ほどから葉月を励まし続けてくれている佐々木実希子が笑う。

「結果はどうあれ、アタシたちは全力を尽くしたんだ。胸を張ろうぜ」

「うん……うん……! 皆、ありがとう。でも……勝ちたかったよぉ……!」

 今夜はせめて大好物ばかりを食卓に並べてやろう。佐々木実希子の胸に顔を埋めて泣く愛娘を見つめながら、春道は勝手に決めていた。きっと妻の和葉も、反対はしないはずだ。

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