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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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 春道の母親の四十九日も終わった。夏が主役の季節となり、毎日がとても暑い。

 愛娘の葉月は所属するソフトボール部に精を出し、夏の大会にもレギュラーで参加した。

 亡くなった祖母に良い成績を届けるんだと張り切っていたが、無念にも二回戦で敗退してしまった。

 今後は、来年に最上級生となる葉月たちがソフトボール部の主力になる。敗退したあとも、部活で大忙しだった。

 それでも夏休みになれば、菜月をプールへ連れて行ったりなど面倒を見てくれた。しっかり者の今井好美が一緒なので、安心して預けた。

 四歳になったばかりの菜月はなかなか運動神経がいいらしく、簡単に泳げるようになったらしい。おかげで暇さえあれば、プールや海に行きたがった。

 母親が亡くなったのもあって派手に遊ぶのは控えたが、娘たちに必要以上の我慢はさせたくなかった。

 四十九日が過ぎるまでと多少は抑制させてた面もあったので、無事に経過したあとは好きに遊ばせた。

 お盆には実家へ出向いて墓参りもした。約束どおり、葉月がお菓子を作った。亡くなった母親の写真が置いてあるところに備えた。

 夏休みが終われば二学期が始まる。まだ暑い日が続くものの、季節は着実に秋へと移っていく。

 悲しみは完全に癒えないものの、忙しい日常の中に少しずつ埋もれ始める。

 新人戦を目指してソフトボールに励む葉月は、朝練もあって大忙しだ。

 もうひとりの愛娘は、まだ本調子に戻りきれてないみたいだった。

 自分というものが目覚めだしてきた頃に、遊んでくれた仲の良い祖母が亡くなったのだから無理もない。

 強引に元気づけようとはせず、時間が解決してくれるのを待とうと決めた。

 そんなある日。葉月を除く、春道たち一家は戸高家の実家を訪れた。

 昼過ぎはまだまだ蒸し暑いが、風はだいぶ涼しくなってきた。揺れる木々の声が、厳しい夏は終わったのだと教えてくれる。

 春道が妻の実家となる戸高家へやってきたのは、母親の葬儀にも参加してもらったお礼を言うためだった。

 電話などでは話していたが、実際に会うのは葬儀で顔を合わせて以来となる。本当はもっと早く機会を設けたかったが、お互いの予定がなかなか合わなかった。

 数日前に連絡を取った際に日曜日の今日なら大丈夫ということで、慌てて予定を入れたのだ。

 急だったのもあって、葉月は同行できなかった。今頃は所属する中学校のグラウンドで、他校のソフトボール部と練習試合をしているはずだ。

 戸高家の駐車場へ車を停める。手土産を持って玄関へ向かうと、男の子がひとり地面に絵を描いて遊んでいた。

「あれは宏和君だわ。兄さんの息子で、歳は菜月のひとつ上よ」

 事情をよく知っている妻の和葉が、春道に教えてくれた。

 春道たちが近づくと、宏和という名前らしい少年は飛び跳ねるように立ち上がった。

「お前たちは誰だ。この地球は渡さないぞ」

 頭の中に、無数のハテナマークが浮かぶ。いきなり意味不明な言動を浴びせられたのだから、当然だった。

「どうやら……ヒーローものの番組か何かに影響されてるみたいね」

 なるほど、と頷く。考えてみれば、春道も小さい頃はテレビで見るヒーローに憧れた。近所の悪ガキ連中で集まり、ヒーローごっこでよく遊んだ。

 周りに友人の姿が見当たらないので、地面に絵を描きながら何らかの設定を作って遊んでいたのだろう。

 もしくはお客さんが来たことで、遊び相手を獲得できたと思ったのか。どちらにしても無視はいけないと判断し、春道は宏和に声をかけた。

「こんにちは。お父さんかお母さんはいるかな」

 昔は子供が苦手で、話しかけたりする機会は滅多になかった。変わったのは、葉月と出会ってからだ。

 同じ家に住んで接する回数が増えるたびに、少しずつ苦手意識が消えていった。

 今では他人の子供を見ても、可愛いと思える。過去の春道が今の自分を見たら、確実に驚く。それくらい変わった。

 にこやかに話しかけた春道に返ってきたのは、宏和少年の厳しい目つきだった。

「ふざけるな。お前たちが連れていったんだろ。俺の目は誤魔化せないぞ!」

 困った春道は、サビついた機械のごとき動きで隣にいる愛妻を見た。

「この子は……いつもこんな感じなのか?」

「頻繁に会ってるわけじゃないから。ただ……兄さんと祐子さんの子供なので」

 さらりと酷い発言をしたような感じもするが、とりあえずスルーしておく。

 気を取り直し、改めて戸高宏和に両親は家にいるのかを尋ねる。

「チェッ。付き合いが悪いよな。葉月お姉ちゃんだったら、遊んでくれてるぞ」

 葉月の名前が出たので、春道は驚いて再び和葉を見た。

「そういえば、彼が祐子さんと我が家に来た時は、よく葉月と遊んでたわ」

 年上のお姉さんらしく、妹の菜月だけでなく宏和の面倒も見ていたのだろう。

 確かに葉月なら、いきなりの展開でも調子を合わせてあげそうだった。

「それにしても、よく俺たちが葉月の両親だとわかったね」

「前に会ってるから。俺、記憶力はいいんだ」

 春道は初対面でないのすら忘れていたので、戸高宏和の記憶力がいいのは間違いない。

「二人とも家にいる。案内してやるよ」

 何故か胸を張った戸高宏和が、玄関のドアを開けて春道たちを家の中へ招き入れてくれた。

 玄関で靴を脱ぎ、あがろうとしたところで、春道の目の前に蛙が飛んできた。

「何で蛙がいるんだ?」

 手で弾くと、今度は和葉の方へ向かっていく。

「ここは田舎ですからね」

 しれっと言ったあとで、飛んできた蛙には目もくれずに脱いだ靴を綺麗に整理する。

 玄関に落ちた蛙が、身長の低い菜月を見上げる。普通の女児なら、吃驚して泣いてもおかしくない展開だった。

 蛙などは苦手でないのか、一瞥しただけで菜月は無言で靴を脱いでいく。

 その様子を見ていた戸高宏和がニヤリとする。直後に蛙がぴょんと飛び跳ねて、菜月の顔面へ飛び跳ねた。

 怖いと泣き喚くどころか、振り払おうともしない。これに慌てたのが、戸高宏和だった。

「何で、泣いたりしないんだよ。蛙だぞ! 近所の奴らなら、いちころなのに……!」

 悔しそうに歯噛みする。蛙は本物ではなく、戸高宏和が用意した玩具だった。

 春道や和葉みたいな大人ならともかく、同じ年頃の菜月までもが平然としてるとは思わなかったらしい。

「大人だって、遊びに来た人たちなら全員、驚いてくれたぞ。なんだよ、もう」

 機嫌を悪くする戸高宏和を前に、春道と和葉が顔を見合わせる。

 どうやら驚いてほしかったみたいなので、子供相手というのもあって希望を叶える。

「まあ、驚いた。お姉さん、蛙が苦手なの」

 完全な棒読みだった。こうした悪戯をくだらないと思う和葉なので、自然とそのような対応になってしまったのだろう。

 葉月は面白がりそうだが、妹の菜月はどうやら母親似みたいだった。先ほど蛙が顔に迫ってきても、悲鳴ひとつ上げなかったのが証拠だ。

「嘘つくなよ。叔母さん、つまんないよ!」

 和葉の眉がピクンと反応する。三十半ばの女性にとって、子供に叔母さんと呼ばれるのは耐え難い屈辱となる。

 さすがに手を上げたりはしないが、初めて春道と出会った時のような視線を子供相手にぶつける。

「電話で兄さんを呼び出すので、案内はもういいわ。宏和君は遊んでなさい」

 大人なので怒った様子も表に出してはいないが、奇妙な迫力は感じられる。これ以上は危険だと本能で察したのか、戸高宏和は無言で何度も頷いた。

 哀れには思うが、彼の味方をすると、春道も愛妻の標的にされかねない。黙って和葉と一緒に戸高家の居間へ向かう。

 最後尾を歩くのは愛娘の菜月だ。こちらも、悪戯好きそうな戸高宏和には砂粒ほどの興味も示さない。

 居間へ到着すると、戸髙祐子が出迎えてくれた。

「いらっしゃい。外で、宏和を見ませんでしたか?」

「見ましたよ。誰かさんに似て、悪戯好きみたいね」

「そうなの。悪戯小僧で困ってしまうわ。戸高の血かしら」

 恒例の挨拶みたいなやりとりをしたあとで、居間でゆっくりするように言われる。途中で和葉が到着したと電話をかけていたので、戸髙泰宏もすぐにやってきた。

「やあ、よく来たね」

「これ、つまらないものだけど」

 和葉が持ってきた手土産を、実兄の戸高泰宏に差し出す。

「気を遣わなくてよかったのに。たまに顔を見せてくれるだけで、十分だよ。祐子も元気になるしね」

 元気のない戸高祐子が春道には想像できないが、名家に嫁いだ女性としての悩みは色々あるのかもしれない。

 とにもかくにも、葬儀に来てもらったお礼を言う。

「ああ、そのことか。そっちも気にしなくていいよ。春道君だって、父が亡くなった時に来てくれたじゃないか。それより、少しはゆっくりしていけるんだろ?」

「泊まっていくわけにはいきませんけどね」

「残念だな。お、祐子がお茶を淹れてくれたみたいだな」

 戸高泰宏が居間へ到着してすぐに、妻の祐子はキッチンへ向かっていた。

 自由奔放な女教師というイメージだったが、主婦業もきちんとこなしてるようだ。

「はい、どうぞ。頂き物ですが、美味しい紅茶なんですよ。春道さんのお口に合えばよろしいのですけど」

「いい香りだね。いただきます」

 綺麗なティーカップに注がれた紅茶から漂ってくるにおいは、なんとも香ばしい。嗅いでいるだけで、幸せな気分になる。

 香りだけでアップルティーだとわかった紅茶を、ひと口飲む。口内に独特の風味が広がる。熱さが気にならないくらい、美味しい。

「うん、本当に美味しいね」

「そう言ってもらえて嬉しいですわ。和葉さんには……はい、粗茶」

「……私だけ湯呑ですか。特別待遇をしてもらえて嬉しいわ」

 女同士が火花を散らす。やっぱりこうなるのかと苦笑いを浮かべる春道の隣で、菜月が出してもらった紅茶をすする。とても四歳児とは思えない姿だ。

「菜月ちゃんに出したのは、カフェインレスの紅茶です。通常よりもさらに水で薄めてありますので、心配なさらないでくださいね」

 春道が菜月を黙って見ていたからか、戸髙祐子が説明してくれた。

 和葉にはなんやかんやとするものの、子供たちに対してはきちんと気を遣ってくれる。

「できれば、私にもそのくらいの優しさを見せてほしいのだけど」

「あら、残念。泥棒猫にあげる優しさなんてないわ」

「ハッハッハ! 和葉は祐子から、春道君を盗んでしまったもんな」

「兄さんまで、人聞きの悪いことを言わないで。誰が泥棒猫よ。そもそも祐子さんは、最初から春道さんに相手にされてなかったはずよ」

 うぐっと傷ついたようなポーズをとる戸高祐子の姿に、夫の泰宏がまたしても豪快に笑う。

 呆れ果てる和葉に、苦笑いを浮かべる春道。隣では、相変わらず淡々と紅茶を飲み続ける菜月がいる。

 退屈してないかと思っていたら、菜月の前に蛇が突然姿を現した。

 驚いたのも一瞬だけ。すぐに春道は、蛇が玩具だと気づいた。恐らくは戸高夫妻の息子が、新たな悪戯を仕掛けてきたのだろう。

 今度はさすがに反応するかと思いきや、うねうね動く蛇の玩具にも菜月は一切の反応を示さない。

 ならばとばかりに、今度はラジコンの車が突撃してきたりする。冷めた目の菜月は、やはり相手をしようとしなかった。

 ラジコンカーを手で掴んでひっくり返してもらったりした方が、まだ悪戯のしがいがある。こんなにも無反応だと、仕掛けてる方が段々と辛くなってくる。

 案の定、障子に隠れている最中の戸高宏和は若干の涙目だ。それを見た菜月が、ティーカップから口を離してひと言だけ告げる。

「気が済んだ?」

「う、うわああ」

 とうとう泣き出した戸高宏和が、母親のもとへ駆けていく。

「今度はママに助けを求めるの? 弱虫」

「ち、違うよ。ちょっと用があっただけだもん!」

「へえ……私にはそう見えなかったけどね」

 四歳児の菜月が、母親の和葉そっくりに見える。まるで乗り移ったかのようだ。

 太刀打ちできない戸高宏和を、菜月は執拗に言葉だけで虐める。

「……それくらいにしておけ。あまり宏和君をいじめるな」

「先に悪戯してきたのは向こうよ。パパが言うならやめるけど」

 菜月の言葉に、戸高泰宏が笑顔で「それはありがたい」と言った。怒ってる感じはない。むしろ面白がってるように見える。

 一方でようやく言葉責めから解放された戸高宏和は、母親の足元に抱きつき、すっかり戦意を喪失させていた。

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