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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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35

 病院から春道の実家へ戻った。春道と和葉が交代でシャワーだけ浴び、その後に皆で軽食をとった。

 自宅の冷蔵庫にあるものは食べていいというので、悪くなりそうなものを和葉が手早く調理してくれた。

 すでに悪くなっていたものは、まとめて捨ててもらった。いつから入院しているのか、家は人の温もりを感じられないほど寒かった。

 夜も遅いので、ひとまず睡眠をとることになった。居間に布団を集めて、全員で眠る。葉月はともかく、まだ三歳の菜月が寂しがらないように配慮した。

 和葉の父親の葬儀にも出席している葉月とは違い、菜月は初めて死というのを目の当たりにする。怖くないはずがなかった。

 一番左に春道。菜月をサンドイッチする形で、葉月と和葉がいる。春道の右隣が和葉になる。

 枕の上で両手を組み、そこに頭を乗せる。照明を消した天井を、ぼんやりと見つめる。

 妻の和葉と結婚して以来、いつ帰省してもこの家は騒がしかった。時には迷惑に感じたりもしたが、葉月や菜月はいつも楽しそうだった。

 孫娘と一緒になってはしゃぎ、遊ぶ権利を自分の夫と奪い合ったりもした。嫁となった和葉のことも、常に気遣ってくれた。

 これから葉月や菜月は成長し、まだまだ楽しいイベントも存在する。けれど、そこに母親は参加できなくなる。

 どんな気持ちなのか。考えるほどに、眠れない。春道もまた、初めて肉親の死に遭遇するのだ。

 現実感がまだないのだろうか。もやもやした気分ではあるが、泣きたいとかいうのはない。自分のことなのに、わけがわからないのだから不思議だった。

「……眠れないのですか?」

 隣で休んでいる和葉が、こちらを向いた。

「菜月は大丈夫か?」

「ええ。今は葉月の布団で一緒に眠っています」

 耳を澄ましてみると、規則正しいリズムを刻む寝息が聞こえてくる。葉月も菜月も、なんとか眠れたみたいだった。

「そうか……日中にソフトボールの大会があって、疲れていたのが逆によかったかもしれないな」

「はい。それに、葉月はもう立派なお姉さんですから」

「そうだったな。まだ小学生の頃の面影が残ってるせいか、つい……な」

「フフ、わかります。私も同じような感じになることが多いですから」

 布団の中で、和葉が春道の手を握ってきた。

「こうすれば、少しは安心できるかと思いまして」

 恥ずかしそうな和葉の顔を見て、苦笑する。

 俺は子供じゃない。そう言おうとしたが、途中で引っ込める。せっかくの好意を、余計な指摘で無にする必要はない。

 代わりに春道は、素直な気持ちで「ありがとう」とお礼を言った。

「いえ……私が春道さんのお役に立てるなら、嬉しいです」

「……なあ」

「どうかしましたか?」

「前も言ったかもしれないけど、できれば砕けた口調を使ってもらえると嬉しいな。丁寧なのも魅力的ではあるんだが……」

「ああ、そうですね。いつの間にやら、つい元に戻ってしまって……ごめんなさい」

 謝る必要はないだろと、春道は笑った。

「怒った時は鬼より怖い顔で、キツイ言葉を使うんだけどな」

「……言いすぎよ、あなた」

「……こんな時だが……あなたって呼ばれるのも、案外悪くないかもな」

「あら。それなら、今後はあなたにする?」

「いや、和葉に任せるよ。どっちでも嬉しいから」

 大きな声を出さないようにしながら、二人で笑い合う。

 こんな時だからこそ、他愛もない話をできたのがよかったのかもしれない。

 奇妙な安心感に全身が包み込まれ、段々と眠くなってきた。

 寝そうなのがわかったのか、軽く微笑んだ和葉が「おやすみなさい」と言ってくれた。


 翌日の日中も病院へ見舞いに行き、葉月たちがあれこれと祖母に話しかけた。

 一方的に話してるのだが、不思議と春道の母親が喜んでるように思えた。

 夜になると、春道の実家へ戻る。葉月の中学校と菜月の幼稚園には、和葉が電話で事情を説明してある。

 家の掃除などをしたりして過ごすうちに、段々と夜も遅くなってくる。

 皆と一緒に起きていようとするも、ひとり眠そうな菜月が手の甲で目を擦る。

 お姉さんらしく葉月が寝かしつけようとした時だった。春道の携帯電話が鳴った。かけてきたのは、父親だ。

 緊張で指を震えさせながら、受話ボタンを押す。

「もしもし」

「春道か。すぐに来てくれ」

 電話を取る前から予想できていたが、とうとう別れの瞬間がやってきてしまった。

 焦ったり不安になったりしないよう、深呼吸をしてから和葉たちへ病院へ向かうと伝える。

「わかりました。菜月、眠るのはもう少しだけ我慢してね」

「うん、大丈夫だよ」

 健気にそう言ってくれた菜月も連れて、春道は病院へ急いだ。

 到着した病室には、ひとりの女性看護師が立っていた。他にいるのは父親と、ベッドの上の母親だけだ。

「お祖母ちゃん!」

 小学生時代から、たくさん遊んでもらった葉月がベッド越しに祖母へ抱きついた。

 生まれた時から可愛がってもらった菜月も、姉と同じようにする。

 まだお別れしたくないと泣き喚くかと思ったが、意外にも葉月は普段と同じような笑顔を見せた。

「今まで、ありがとう。私ね、凄く……楽しかったよ」

「菜月も、楽しかった!」

 姉の真似をして、菜月も笑顔を作る。泣き笑いみたいな感じではあったが、努力してるのはわかった。

 健気な姿を見せる二人の娘の頭を、母親の和葉が優しく撫でる。

「私が……そっちに行ったら、また一緒に遊んでね」

「……待ってられないって、さっさと生まれ変わってる可能性の方が高そうだけどな」

「もう! パパってば!」

 頬を膨らませたあとで、葉月が笑う。

 これから旅路につくひとりの女性を、笑顔で見送ろうと皆が決めた瞬間だった。

 これでいいのかと思ったりもするが、母親は別れの挨拶が好きでなかったと父親に教えてもらった。

 少しでも明るく送り出してやるのが、息子である春道の務めに思えた。

 そんなふうにしていると、何かに気づいた様子で女性の看護師が母親に近づいた。

「先生を呼んできます」

 多くの死を見てきた看護師だけに、家族よりも早く母親の状態を把握できたのだろう。

 退室した看護師はすぐに担当の医師を連れてくる。母親の死を確かめるために。

「……じゃあな、お袋」

「違うよ、パパ」

 春道の呟きが聞こえたらしい。すぐ前に立っている葉月が、こちらを振り返った。

「さよならじゃなくて、いってらっしゃいだよ。きっと、そっちの方がお祖母ちゃんも喜ぶよ」

「……そうだな。葉月の言うとおりだ。皆でいってらっしゃいと言ってやるか」

 口々に母親の旅立ちを見送ったあと、女性看護師が担当の医師を連れて戻ってきた。

 医師はすぐに母親の側へ行く。状態を確認し、現在時刻と死亡した旨を告げた。

「ありがとうございました」父親がお礼を言った。

 無言で頷いた四十代後半と思われる男性医師が、すぐに退室する。

「……このあとはどうするんだ?」

「知り合いの葬儀屋に連絡する。母さんを家へ連れて帰ってやろう」

 病室では、他にも女性の看護師がやってきて、息を引き取った母親のお世話をしてくれる。

 準備が終わるまでお待ちくださいと、春道たちは廊下へ出される。

 その間に、父親は知り合いだという葬儀屋の人へ連絡を取った。

 何かあった場合は頼むと、事前に言っていたらしい。その会社の人が、母親を家まで運ぶ車を手配してくれた。

 病院の裏口で待機してるとのことで、母親への死化粧を終えた看護師たちに伝える。

「わかりました。それでは、裏口まで運びます」

 遺体をストレッチャーに乗せて、看護師たちが母親を運んでくれる。

 病室の片づけは和葉が担当してくれた。父親の意向で、飲み物以外のタオルなどは病院で処分してもらうことになった。死のにおいがついてるかもしれないからと、嫌ったのだ。

 病院の裏口まで、看護師さんたちと一緒に移動する。葉月は菜月を抱っこしながら、ずっと祖母の顔を眺めていた。

「どうかしたか?」春道が尋ねた。

「うん……お祖母ちゃんって、綺麗な人だったんだね……」

 葉月の言葉に、春道の父親が吹き出した。

「きっと、今頃気づいたのかって大笑いしてるぞ」

「そうだね。ごめんね、お祖母ちゃん。でも、いつも笑顔で、こういう……なんていうのかな」

「大丈夫さ。母さん――いや、葉月のお祖母さんもわかってる。それに、笑顔の方をよく覚えてもらえてるんだから、喜んでるさ」

 春道の父親から言われ、葉月は大きく頷いた。

 夜も遅くなったから疲れたのか、菜月は葉月の腕の中でいつの間にか寝息を立てていた。

 無理に起こす必要もないので、そのままにしておく。

「葉月も、眠かったら無理をするなよ」

「わかってる。パパ、ありがと」

 打ち合わせどおりに、スーツ姿の葬儀屋の人が病院の裏口で待っててくれた。春道の父親の知り合いらしき人と、もうひとりは若い男性社員みたいだった。

 看護師からバトンタッチされ、用意してきた後部座席のスペースに母親を乗せる。

「お前たちは乗ってきた車で戻れ。俺は……母さんと最後の会話をしながら、葬儀屋の車で帰る」

「……わかった」

 反対できるはずがなかった。父親の希望を受け入れ、春道は妻や娘を連れて駐車場へ移動する。

 自分の車へ乗り込み、小さく息を吐いてからエンジンをかける。

 寝ている菜月を起こさないよう慎重に運転する。自宅前には、先に出発した葬儀屋の車がすでにあった。

 鍵はかかっていなかったので、そのまま家の中に入る。父親が、居間のすぐ側にある夫婦の寝室を片づけていた。

 春道に気づくと、父親は「帰ったか」と右手を上げた。

「ここを仏間にしようと思ってな。母さんが入院して、長くないと聞いてから、少しずつ片づけてたんだ。準備は……必要だからな」

「ああ……何か、手伝おうか?」

「そうだな。お願いするか」

 葬儀屋の人は納棺の準備をしているみたいだった。

 春道と父親で寝室の片づけをする。和葉も手伝おうかと声をかけてくれたが、すでにある程度のものは処分されていたので、二人だけでもさほど苦労しなかった。

 子供たちの面倒を任せて、春道は父親と一緒に片づけを終える。ドアを外しておき、ここで葬儀なども行うらしかった。

 深夜にもかかわらず、昔から親交のあるお寺の住職も駆けつけてくれた。納棺も、お経を唱えてもらうのも終わった。夜も遅いので、身内だけで行った。

 一段落したところで、かつて春道のだった部屋で葉月と菜月を眠らせた。

 春道と父親は、蝋燭と線香を絶やさないように寝ずの番をするつもりだった。昔から、葬儀が終わるまで蝋燭の火と線香を絶やすなと言われれていた。住んでいる地方だけの風習かも知れないが、幼少時から当たり前だった。

「親父は少し休めよ。お袋の世話もしてきて、疲れてるだろ」

「そうはいかん。俺は夫だからな」

「そう言うと思ったけどな。交代で寝ようぜ。お袋の葬儀中に倒れでもしたら、洒落にならないぞ」

「うむ……」

 タイミングよく和葉もやってきて、春道の援護をしてくれる。

「そうです。どうか、お休みになってください。居間に、お布団を用意しておきましたから」

「ふう……和葉さんにまでそう言われては、断るわけにもいかんか。それじゃ、一、二時間だけ休ませてもらおうかな」

「ああ、そうしてくれ」

 仮眠を取るために居間へ向かう父親を見送る。母親の遺体の側にいるのは、春道と和葉の二人だけになった。

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