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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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「落ち着いて、聞いてくれ。お前には黙っていたが……母さんはもう、長くないんだ……」

 最初、春道は父親が何を言ってるのか理解できなかった。

 無言のままでいると、父親が言葉を続けてきた。

「ショックを受けるのはわかる。だが……事実なんだ」

 たちの悪い冗談だと思ったが、父親の沈痛な声に否定された。

「な、何を言ってるんだよ。正月に会った時、あんなに元気そうだったじゃないか」

 自分でも、声が震えてくるのがわかる。

 ただならぬ雰囲気を察したのか、妻の和葉がソファには戻らず、近くに立ったまま心配そうに春道を見ている。

「実は……正月前には、もうわかってたんだ。末期癌だ。判明した時点で、余命を告げられたよ。手術もできないほど、手遅れだった」

「そ、それが本当だとしたら、どうして教えてくれなかったんだよ!」

「……母さんがな、言ったんだ。残りあとわずかの人生、少しでも幸せに生きたいって。俺は……希望を叶えてあげたかった……」

 自身が末期癌だと知れば、春道たちは必ず気を遣う。身体を気にせず、葉月たち孫娘と、おもいきり遊びたかった。

 告げられる数々の理由を聞けば、事情を知らせなかったのも理解できた。けれど、納得はできない。

 確かに末期癌だと知っていれば、色々と気を遣っていたはずだ。母親に不自由さを味わわせたかもしれないが、家族として最後の時間を過ごせた。

 俺はどうしたらいい。どうするべきだ。

 頭の中で、同じような言葉がぐるぐると回る。父親が何を言ってるのかも、よくわからなくなっていた。

 呆然とする春道があまりに普段と違ったからか、申し訳なさそうにしながらも和葉が受話器を取り上げた。

「もしもし、お電話かわりました。和葉です。一体、何があったのですか」

 今度は和葉が、春道の父親から事情を説明される。

「――っ! え、ええ……それで、現在の容態は……はい……はい、わかりました」

 和葉が応対してくれてる隣で、春道はひたすら呆然とする。今が夢か現実かも、正しく判別できない有様だった。

 いつの間にお風呂から戻ってきたのか、側には心配そうな顔つきの葉月と菜月が立っていた。

「パパ、どうしたの? ねえ、パパってば!」

 葉月が春道の服の袖を引っ張る。どうやら、ずっと呼びかけていたみたいだった。

「あ、ああ……大丈夫……大丈夫だ……」

 平静を保とうとしてるのに、酷く落ち着かない。心ここにあらずといった感じで、ただただ立ち尽くす。

 そこまで仲が良いとは思っていなかった。実家を出てからは、ほとんど家に戻ってなかったくらいだ。

 関係が変化したのは、和葉と結婚して以降だ。いきなりできた嫁と孫娘に喜び、頻繁に連絡してくるようになった。

 春道の家へ遊びに来るようにもなり、和葉とも良好な関係を築いた。そんな母親に苦笑してばかりだった。

 いつまでも元気で、いつまでも突然に迷惑をかけてくるものとばかり思っていた。

 それがいきなり、癌だと報告された。本人にではなく、父親にだ。

 そこで春道は気が付く。本人はどうした? 何故、母親が自分で報告しない。

 考えると、吐き気がこみ上げてくる。しっかりしなければと思っても、心が指示に従ってくれない。

 やがて電話を終えた和葉が、ゆっくりとこちらへ向き直る。

「春道さんは会話ができそうにないので、私の判断で勝手に電話を切りました。構いませんでしたか?」

「あ、ああ……そうだな……大丈夫だ……」

 まだ混乱を続ける春道の両肩を、妻の和葉が強く掴んだ。

「ショックなのはわかりますが、しっかりしてください! 春道さんがそんな有様では、お義母様が安心できませんよ!」

 強い言葉を耳元で浴びせられ、ようやく少しだけ本来の自分を取り戻す。

「……そのとおりだ。俺がショックを受けてる場合じゃなかった。すまないな」

「いえ……辛くなって当然です。誰も春道さんを責められません」

 夫婦間の会話が一段落したところで、今度は様子を見守っていた姉妹が口を開いた。

「パパ、どうしたの。何かあったの?」

 ただならぬ雰囲気を察したらしく、葉月も菜月も心配そうだ。

 どうしようか悩んだが、きちんと伝えるべきだと判断する。

「ああ……俺の母親、つまりお前たちのお祖母さんが……亡くなりそうだ」

「亡くなるって……死んじゃうってこと!?」

 葉月が発した死ぬという直接的な単語に、幼い菜月も肩をビクリとさせる。

「ど、どうして!? お正月に遊んだ時は、凄く元気だったよ!?」

 春道と同じ感想を抱き、取り乱す葉月を母親の和葉がなだめる。

「落ち着きなさい、葉月。辛いのは、パパも同じなのよ」

「あ、ご、ごめんなさい……私……」

 春道は首を小さく左右に振った。

「いや、いいんだ。それより、俺は実家へ戻る。あとのことは任せた」

 和葉にあとを託そうとしたが、当の愛妻が了承してくれなかった。

「何を言ってるの。私は春道さんの妻。義理とはいえ、母親が亡くなりそうだというのに、家でじっとはしていられません。あれだけ……お世話にもなったのです」

「私も一緒に行く! お祖母ちゃんと会いたいっ!」

 葉月と同じ気持ちだと言いたげに、菜月も小さく頷く。

 学校を休ませたくないとか言ってる場合じゃない。葉月や菜月にとっても、祖母なのだ。

「わかった。じゃあ、皆で一緒に行こう。すぐ出かける準備をしてくれ」

 わかりましたと言ってから、和葉は二人の娘に準備するものを手際よく指示する。何日か宿泊することになるかもしれないとも、告げていた。

 春道は春道で、私室に戻ってあれこれと準備をする。何かあった時のために、出張した場合に使っているノートパソコンを持っていく。あとは適当な着替えを詰め込んで準備完了だ。

 ノートパソコンなどが入ったバッグを持って一階へ移動すると、すでに和葉たちの準備は終わっていた。

「よし、じゃあ行くぞ」

 春道の車へ四人で乗り込む。助手席に和葉。後部座席に二人の娘が座る。

 焦りはあるが、慌てて運転して事故にでもあったりしたら洒落にもならない。安全運転を心がけるために、ふうと息を吐く。

 隣にいる妻の和葉が「大丈夫ですか?」と聞いてきた。

「心配ないよ。ありがとう」

 応じてからアクセルを踏む。目指すのは、春道の実家だ。


 実家に到着するも、家には鍵がかかっていた。合鍵を持っている春道がドアを開けて、全員で中に入る。

 とりあえず荷物を置いたあとで、母親の側にいるであろう父親に電話をかける。

 幸いにして、父親はすぐに電話に出てくれた。

「春道だ。今、実家に着いた。母さんはどこの病院にいるんだ?」

 家にいないのであれば、入院してるはずだ。春道の質問に、父親が答えてくれる。

「市内にある総合病院だ。お前も子供の頃に利用したことがあるから、わかるだろ。病室は――」

「――わかった。すぐ行くよ」

 病院と病室を聞いた春道は電話を切り、和葉たちへすぐにまた出発する旨を告げた。

 全員が黙って頷く。普段は元気な葉月も緊張してるのか、今回ばかりは無言だった。

 再び車に乗り込んで病院へ向かう。荷物は春道の実家に置いたままだ。

 総合病院は家からわりと近く、車で十五分かかるかどうかといったくらいだった。

 すでに外は真っ暗だが、夜でも入院患者の病室へ行くことは可能だ。

 病院へ到着すると、慌ただしく教えられた病室へ向かう。他にも入院患者がいるので、大きな声を出さないように和葉が娘たちへ話す。

 シンとした夜の病院内を全員で移動し、春道の母親がいるという病室の前まで来る。個人部屋で、ネームプレートにはしっかりと名前が書かれていた。

 入院してるだけでなく、長くないというのも現実味を帯びてくる。車の中では焦りながらも、まだ心のどこかで夢みたいに感じていたのかもしれない。

 手が震える。心臓の鼓動が速くなる。取り乱しそうになるも、娘たちに情けない姿は見られないとなんとか堪えた。

 ふうと軽く息を吐いてから、病室のドアを開ける。中にはベッドがあり、側に父親が座っていた。

「春道か……それに和葉さん。葉月や菜月も……皆、ありがとう。母さんもきっと喜ぶ」

 入室するように促された春道たちが、ベッドの側へ行くと、すでに母親の口には病院の機械が装着されていた。

「これ、何?」

 菜月が、母親の和葉に質問した。

 口ごもる和葉の代わりに、春道の父親が説明する。

「これは、酸素を送る機械だよ。もう……自分の力では、満足な呼吸もできないんだ……」

「そんなに……悪いのか……」春道が尋ねる。

「ああ、先日からモルヒネも投与されている。いつ……息を引き取っても、おかしくない状況だ」

 本当に父親は、ギリギリまで春道に母親の病状を教えなかったのだ。

「何、考えてんだよ……少しは、別れの挨拶をさせてくれたっていいだろうが……」

 目を開いているのはいいが、じっと天井だけを見ている母親に声をかけた。

 春道の声が届いてるのかはわからない。表情ひとつ変わらないからだ。

 何も言えなくなった母親の代わりに、父親が意図を教えてくれる。

「母さんは昔から湿っぽいのが嫌いでな。別れの挨拶も好きではないと言っていた。お前たちには、元気な姿だけを覚えておいてほしいんだそうだ」

 母親の希望もあって、あえてこうなるまで呼ばなかった。説明に心から納得はできないものの、息子として理解はできる。

「……相変わらずのわがままぶりだな。ほら、孫娘たちも来てくれたぞ」

 そう言って春道は、自分の後ろでじっと立っていた娘たちの背中に手を回した。

 春道の両隣へ進み出る形になった葉月と菜月が、瞳に涙を溜めながら祖母の顔を見る。

「お祖母ちゃん、葉月だよ。早く起きて、また一緒に遊ぼう。お話ししたいことが、たくさんあるんだ」

「うん。菜月も。今日なんかね、お姉ちゃん、凄く恰好よかったんだよ」

 二人の娘が懸命に話しかける。やはりじっとどこかを見てるだけだ。

 担当の医師からは、覚悟をしておいてくださいと言われてるらしかった。会いたい人がいるのなら、今のうちにとも。

 母親は親しい友人にさえも、病状を秘密にしているみたいだった。教えるのは、葬儀の時で十分だと。

「病院に待機してるのは、俺だけでいい。お前たちは家に戻って、ゆっくりしていろ。何かあったら、すぐに電話するから」

 大人数で病室にいても、世話をしてくれる医師や看護婦の迷惑になるだけだ。春道は素直に、父親の言葉を受け入れる。

「わかった。じゃあ、俺たちは――」

 そこまで言ったところで、葉月が「あっ」と声を上げた。側で見守っていた和葉も、驚いてるような感じだ。

「どうかしたのか」

 慌てて春道は、ベッドの方を確認する。誰の言葉にもろくな反応を示さなかった母親が、いつの間にか涙を流していた。

「そうか……葉月たちが来てるのを、わかってるんだな……」

 なんとなく、春道は嬉しくなった。言葉は交わせなくとも、ここにいるのを母親はわかってくれている。それだけで十分だった。

「お祖母ちゃん、早く元気になって。そうじゃないと、寂しいよ」

 涙を流す以上の反応はなかったが、葉月と菜月は日々の出来事を一生懸命に話し続けた。

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