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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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32

 菜月に出生の秘密を知られてから、数日が経過した。あれから葉月は、大好きな妹に口をきいてもらえてなかった。

 強く心が痛んでも、顔に出したりはできない。葉月の一挙手一投足が、余計に幼い妹を傷つけてしまうかもしれないからだ。

 楽しい中学校生活を送っていた葉月の環境にも、変化が訪れていた。どこで知ったのか、クラスメートのひとりがからかってくるようになった。

 現在進行形で悩んでいる、血の繋がりについてだ。からかう対象ができて嬉しいのか、周囲の人間を巻き込んで、連日にわたって大騒ぎしていた。

「いい加減にしろよ!」

 葉月の側で、からかう男子生徒に叫んだのは佐々木実希子だった。側には今井好美もいる。

 両親と血の繋がりがないのを周囲に知られて以降、罵詈雑言から守ろうと側にいてくれる。

「葉月、あんな奴の言うことなんて気にすんなよ。アタシだけは、何があっても味方だからな」

「私もよ。困ったことがあったら、すぐに相談してね。友達なんだから、遠慮しては駄目よ」

 励ましてくれる佐々木実希子と、今井好美にありがとうとお礼を言う。二人がいてくれるおかげで、深刻ないじめには発展しないで済んでいた。

「大丈夫だよ。それより、早く音楽室に行こう。次の授業は音楽だよ」

 中学二年生になっても、三人揃って同じクラスに所属できたのが大きな救いになってくれた。

 授業の準備を整えて、音楽室へ向かおうとする。廊下へ出るなり、葉月をからかい続けていた男子生徒が大声を出した。

「おい、皆。捨てられてた女が廊下へ出るぞ。誰か優しい奴がいたら、拾ってやれよ」

 辛辣な言葉が、廊下中に響き渡る。大丈夫だと思っていた葉月の胸が、ズキンと痛んだ。

「……駄目だ。あの野郎、ムカつくから本気で殴ってくる」

 目つきを鋭くした実希子が、腕まくりをして大げさに笑う男子生徒のところへ向かおうとする。

 不穏な空気を察した葉月は、どうしようとばかりに好美を見た。

 佐々木実希子の扱い方を熟知している彼女であれば、上手くコントロールしてくれるはずだ。

 ――いくら実希子ちゃんがゴリラ並みでも、男子生徒には勝てないわ。

 そう言って引き留めてもおかしくないのだが、今日の今井好美は違った。

「殴るだけで足りるの? いっそ、階段から突き落とした方がよくないかしら」

 物騒な発言を披露したあと、佐々木実希子と一緒になって該当の男子のもとへ向かおうとする。

「だ、駄目だよ。実希子ちゃんも、好美ちゃんも落ち着いてってば!」

 二人の制服の裾を掴んで、必死になって引き戻す。

 そこかしこでひそひそ話がされる中、何故か得意げな男性生徒がさらに騒ぎ立てる。

「友達を巻き込むなよ。お前と違って、俺たちは全員、本当の親がいる普通の家庭出身なんだからよ! からかわれんのが嫌なら、さっさと家に帰れ! あ、その家がないんだっけか。なんせお前は捨てられた子だもんなァ!」

 下唇を強く噛んだ葉月が、悔しさに俯いた瞬間だった。

 ドンと大きな音が鳴った。何かと思って顔を上げると、先ほどまで調子に乗っていた男子生徒が顔を青ざめさせていた。

 側には仲町和也が立っている。男子生徒の襟首を右手で強く掴み、睨み殺さんばかりの鋭い眼光を浴びせる。

 先ほどの音は、いつの間にかやってきていた仲町和也が、葉月をからかっていた男子生徒を壁へ押し付けた際に発生したものだった。

「テメエはそんなに偉いのか? それこそ、親から与えてもらっただけじゃねえか。勉強も部活もテメエより頑張ってる高木を、よくもまあからかえたもんだな」

「な、何だよ。冗談だろ。ムキになんなよ。も、もしかして、お前……高木のことが好きなのか?」

「だったら、どうした」

 躊躇いもせずに肯定した仲町和也を、壁に押しつけられたままの男子が笑う。

「色仕掛けでもされたのかよ。さすがだな。捨てられた子供は、そうやって媚を売って生きていくしかねえもんなァ!」

「……本気で腐ってんな。ここまでクズな奴がいるとは思わなかったぜ」

「俺を殴れんのかよ。お前、野球部だろ。暴力事件を起こしていいのかよ。試合に出場できなくなっちまうぞ。俺の親は、学校にコネがあるんだ。覚悟はできてんだろうな」

 葉月の側で、佐々木実希子が「最低だな」と吐き捨てるように言った。

 一方で視線の先に捉えてる仲町和也は、男の襟首を掴んでいる手を離すつもりはないみたいだった。

「少し待ってろ。今すぐ、部活も学校も辞めてやる。そのあとで、徹底的にボコボコにしてやるからよ」

「ひ、ひいっ!」

 仲町和也のあまりの迫力に、偉そうにしていた男子生徒が情けない声を上げた。

 周囲が緊張でシンとする中、葉月は「駄目だよ」と大きな声を出した。

「和也君、せっかく頑張ってるのに勿体ないよ。殴ったら、絶対に駄目だからね!」

 近くまで言って、仲町和也の目を見ながら説得を続ける。

 興奮していた和也はそれでも相手を許そうとしなかったが、葉月が瞳を潤ませるのを見ると小さくため息をついた。

「はあ……高木は少し、優しすぎるだろ」

「その子のことだけじゃないよ。和也君だって、野球部を続けたいでしょ。それに、学校を辞めるのも許さないからね!」

 ようやく男性生徒から手を離した仲町和也に説教を続けていると、佐々木実希子や今井好美もやってきた。

「大丈夫よ、葉月ちゃん。中学校は義務教育だから、辞められないわ。おバカな仲町君と実希子ちゃんは知らなかったみたいだけど」

「……どうして、そこでアタシの名前を出す」

 肩をすくめる佐々木実希子の近くで、尻もちをついていた男性生徒が「ふざけんな」と叫ぶ。仲町和也が手を離した際に、へなへなと座りこんでしまっていたのだ。

「俺をここまでコケにして、ただで済むと思うなよ。親に言えば――」

「――だっさ」

 男子生徒の台詞の最中に、誰かがぼそりと言った。葉月たちではない。周囲で状況を見ていた生徒のひとりみたいだった。

「確かにな。喧嘩売るような真似しといて、殴られそうになったから親に泣きつくってどうよ」

「恰好悪すぎだな。つーか、救いようのないレベルだろ」

 次々と浴びせられる文句に、男子生徒が顔を真っ赤にする。

「うるさいっ!」

 誰彼構わずに叫ぶ男子生徒に、味方する人間は誰もいなかった。

「おい。さっき野球部がどうのとか言ってたけど、俺らは全員仲町の味方だから。覚悟すんのはお前だろ」

 積極的に暴力を振るったりはしないとわかっていても、屈強な野球部の面々に囲まれると怖い。

 野球部員だけでなく、ソフトボール部に所属する女子生徒たちも、目をつり上げて男子生徒を責めだした。

 いたたまれなくなった男子生徒は、何も言えずにどこかへ逃げ出した。ざまあみろと言う気はなかった。ただ、かわいそうだと思った。

「普通に……皆と仲良くしてくれたらいいのにね」

「まったくだ。そうすれば、俺もあんな真似をしなくて済む」

 そう言った仲町和也に、奇妙なニヤけ顔の佐々木実希子が近づく。

「よう、色男。学年中の生徒に見られながら、告白をした気分はどうだ?」

「……何を言ってんだよ。佐々木、悪いものでも食ったか」

「誤魔化すなよ。あいつに葉月のことが好きなんだろって言われて、それがどうしたとか返してたろ。皆、聞いてたぞ」

 思い出して急に恥ずかしくなったのか、仲町和也が顔を赤くする。それでも、あれは何かの間違いだと言ったりはしなかった。

「事実なんだから、仕方ねえだろ。お、俺はもう行くからな!」

「待てって。ゆっくりしてけよ。まだまだアタシがインタビューしてやるから」

「佐々木! お前、たちが悪いぞ!」

 仲町和也と佐々木実希子のじゃれあいに、周囲の生徒たちも楽しそうに笑う。それを見て、今回の一件も落ち着くだろうと思った。小学校時代のような虐めへ発展させずに終わらせてくれた友人たちに、葉月は心の中で何度も感謝した。


 葉月への想いを皆に知られても言葉を濁したりしなかった仲町和也を見習い、いっそ堂々としてやろうと思った。

 丁度その日の国語の授業で、作文を書いてコンクールへ応募することになった。テーマが家族だったのもあり、抱いていた想いを隠さずにすべてぶつけた。

 翌日からは、仲町和也に胸倉を掴まれた件もあって、例の男子生徒は表立って葉月をからかわなくなった。裏では仲の良い友人たちと何やら言ってるみたいだが、たいして気にならないので放置した。

 周りには今井好美や佐々木実希子に加えて、中学生になってからできた友人や部活の仲間もいてくれる。小学校時代みたいに、ひとりぼっちにはならなかった。

 万事解決となればいいのだが、家ではまだ菜月がどこかよそよそしい。姿を見つけて遊ぼうと誘っても、遠慮される。あれだけ仲が良かったのにと、寂しくなる。

 今井好美に事情を相談したりもした。結論は、これまでどおりの態度で接していくというものだった。時間はかかるかもしれないが、いつかきっとわかってくれるはず。その時を気長に待とうと決めた。

 そんなある日、葉月は国語の授業でいきなり先生に名前を呼ばれた。どうすれば菜月が喜んでくれるかを考えて上の空だったので、とても驚いた。

 裏返りそうな声で返事をした葉月を見つめ、老齢の男性教師はにこやかな笑みを浮かべた。

「おめでとう。この前の作文コンクールで、高木の作品が大賞に選ばれたぞ」

 教室内が騒がしくなる。とりわけ佐々木実希子が、自分の事のように大喜びしてくれた。

 少しだけ照れたが、大賞を取れたのは素直に嬉しかった。

「高木以外にも、入賞した生徒もいるぞ。賞を取った作品は展示されるから、興味のある人は見に行ってみるといい」

 男性教師が教えてくれた展示場所は、葉月が父親の春道と出会った思い出のスーパーだった。

 普段はお買い得商品などを並べてる食品売り場のスペースに、作品を展示する特別会場を設置するらしい。

 間違いなく、部活帰りに皆で行くことになるだろう。他にも、家族で行ければいいなと思った。


 その日の夜。家に帰って、両親に報告する。菜月があまり興味を示してくれず、俯き加減でご飯を食べているのが寂しかった。

 両親も姉妹のぎくしゃくした様子をなんとかしたがったが、父親の春道は子供たちに任せて見守るという対応を選んだ。

「そうだわ。せっかくだから、皆で見に行きましょう。菜月もいいわね」

 菜月は反対しなかった。ただ無言で頷いた。最近は、めっきり口数が減ってしまっている。

 買いたいものもあるしと、母親の和葉は食後に皆で出かけようと提案した。少しでも葉月と菜月が、一緒に過ごせるよう気を遣ってくれてるのかもしれない。

 子供たちの主体性に任せようとする春道とは違い、母親の和葉は何かと手助けをしたがる傾向にあった。葉月が幼い頃からそうなので、大きな戸惑いはない。

 葉月も賛成したので、晩御飯を食べ終えて少しだけゆっくりしたあと、皆で近所のスーパーへ向かった。

 閉店時間にはまだ少しあるが、店内にいるお客さんはまばらだった。

 特設会場になるというスペースへ行ってみると、店員の人たちがボードの設置を終えたばかりだった。

 大きなボードに複数の作文が張りつけられている。似たような形で幾つも設置されているが、奥にあるボードには作文がひとつしかなかった。

 もしかしてと思って近づくと、やはりそのボードには大賞作品と書かれて、葉月の作文が展示されていた。

 作文には堂々と、両親とは血が繋がってないと書いた。拾われた子だろうと、自分は大好きな両親の娘だ。

「血が繋がってなくても、絆があれば家族……そうね、そのとおりだわ」

 涙ぐむ母親の和葉が、まだ漢字の読めない菜月に内容を教える。

 あまり興味がなさそうだったが、極端には残念がらなかった。時間はある。のんびりいこう。

 皆で葉月の作文を鑑賞したあと、少しだけ買物をして家に帰る。その途中だった。

「……菜月」

 並んで歩いていた葉月の手を、いきなり菜月が握ってきたのだ。

「……お、お姉ちゃんが、迷子になったら、大変だから……」

 頬を赤くした菜月の言葉に感動する。妹は間違いなく、血が繋がってないと知られる前みたいに、自分を姉と呼んでくれた。それが何より嬉しかった。

「うん、そうだね。お姉ちゃんが迷子にならないよう、しっかり手を握っててね、菜月」

 満面の笑みを浮かべる葉月を見て、菜月も笑顔になった。この日は結局、家族全員で手を繋いで帰宅した。

 夜の風はまだ少し冷たかったが、ものともしないくらいに葉月の心はポカポカと温かかった。

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